悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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番外編置き場

小さな庭園(前) ーテオフィル視点ー

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◇「48 小さな庭園」の裏側。
  



「僕、レティにプロポーズしたんだ」
「は……?」

 突然のアルの言に手に持ったカップが滑り落ちそうになり、すんでのところで持ち堪える。
 ただ、受け止めきれなかったカップの底が、ソーサーにぶつかってカチャンと音を立てた。

 休校から数日が経ち、学園内の警備が見直された上で再開されたが、隣国の王女がまだ城に滞在している関係から、俺とアルとジークはまだ寮には戻っていない。

 早朝に俺に用事があると言って公爵家にやってきたアルを応接間に通し、急いで準備をしたメイドが俺とアルにお茶を注いですぐのことだった。
 アルの口から予想外の言葉が飛び出したのは。


「ふふ、今さらでしょ。直接ふたりで話したことは無くても、テオなら僕の気持ちは知ってると思ってたけど」
「それは……分かってるけど」

 涼しい顔をして、目の前に座る王子はゆっくりと紅茶を口に含む。

 当然、アルの気持ちがレティに向いていることは知っていた。同じ気持ちを持つ者同士、きっと気付いたのは同時だったと思う。

 幼い頃、うちの庭園で出会ったレティは俺にとってもアルにとっても特別な女の子で。
 途中親交が途絶えた時は、どうやって彼女の元を訪ねるか、そればかりを考えていた。
 だけど小心者の俺はなかなか行動に移せず、両親から、レティは城に通ってアルと共に勉強をしているらしいという事を聞いたのだ。

『テオのお気に入りのヴァイオレット嬢は、城に通っているらしいな。アルベール殿下と親交を深めていると、専らの噂………うぐっ!』
『あ・な・た! テオ、ヴァイオレットちゃんはお勉強のために行ってるだけなのよ~』

 父の言ったことに茫然としていると、母が慌ててフォローをする。
 どうやら油断していた所に肘鉄を入れられたらしい父は、それ以上の言葉を紡げずに悶絶している。
 国王陛下と兄弟の筈だが、実は思慮深い陛下とは異なり、父は行動で示すタイプ。

 王位継承で揉めるはずの第一王子と第二王子だったが、「(めんどくさ過ぎて)俺には無理だな。兄さんよろしく!」と言って王弟殿下であった父がレースから早々に離脱したという噂は、絶対に真実だと思う。

『いや~ほんっと国王って忙しそうだよなぁ、俺早めに逃げてて良かった。自分の領地だけ経営してる方がいいもんな』
『リチャード……』
『ブライアム先輩も、兄さんをよろしくな! わはは!』

 宰相であり、レティの父であるロートネル侯爵と父が2人で部屋で飲んでいる所に偶然通りかかった俺は、上機嫌でそう話す父の言を聞いてしまったのだ。思わずため息が出た。
 俺が成人し、誰かと結婚したら早々に爵位を俺に譲り、領地の隅で母とふたり自由気ままな隠居生活を送るつもりらしい。
 お陰で幼い頃から領地経営について事細かに叩き込まれたものだ。


 アルとレティが今も会っている事。
 そして、その事を知らなかった事。

 どうしようもない焦燥感と、喪失感が俺を襲った。

 だが、レティが俺と距離を取ったのはあの日。
 俺なりに勇気を振り絞って、自分で町に行って選んだ青い花の髪飾りを彼女に贈った日からだ。

 何か気に障ることがあっただろうか、嫌われることをしたのだろうか。
 決定打が怖くて、何も聞けずに2年が経った。

 せめてもの救いは、それでも彼女が誰の婚約者になる事もなく学園の入学の日を迎えることになったことだった。

 入学してから再び距離を取られそうになったが、強引に頼むと困ったように眉を下げた彼女は、周りに人がいない時はという条件で、以前のように気安く話すことを了承してくれた。

 何も変わらない彼女の様子に内心歓喜する。
 あの髪飾りを使ってくれている姿は見たことはなく、その事を考えると胸がちりりと痛むが、それでも一緒に時を過ごして笑い合えることで全てが吹き飛ぶ。

 ――近いうちに、気持ちを伝えよう。


 嫉妬に駆られた令嬢たちの悪意を一身に浴びるレティを見て、そう決めた。
 共に密室に閉じ込められた相手が毒に慣れた王族のジークだったこと、彼女レティに毒や鍵開けの知識があったこと、アンナが解毒薬を作っていたこと。

 偶然にも全てのピースがかっちりと組み合わさって事なきを得たが、もし少しでも条件が狂って、レティが他の男に穢されていたらと考えると背筋が凍った。

 欲を言えば、彼女を婚約者にしたい。
 それが叶わなくても、気持ちを伝えたい。

 この騒動が落ち着いたら、時間を取ってもらおう。
 今ならちょうど、うちの庭園に咲く花も見頃だ。

 そう思っていた矢先のことだった。
 アルがレティにプロポーズをした、というのは。
 それに、アルの様子からすると、レティは受け入れたのではないか。

 ……一気に体がかっと熱くなったが、それもそうか、と冷静に受け入れる自分もいて、とても混乱している。
 アルのいい所は俺がよく知っている。非の打ち所が無いというのは、ああいう人物のことを言うのだろうと思う。


「テオは、これからレティの様子を見に行くんだよね?」
「……ああ、その予定だ」

 どんどん無表情になる俺とは対照的に、アルは笑顔を崩さない。
 元々ずっと体調不良のレティが心配だった俺は、侯爵家に行くつもりだった。そしてその予定は、確かに昨日この友人に伝えたのだ。

「じゃあ、これ。レティに渡してくれる? 大事な手紙なんだ」

 取り出されたのは、王家の紋章が入った封蝋を施された手紙。
 このタイミングでの手紙ということは、内容は婚約に関する重要な手続きの書面が入っているのだろう。

「っ、自分で――」
「そうしたいのは山々なんだけど、ほら、まだ正式に発表するのはまだ先だし、今から噂が立つとレティの安全上よくないでしょう。よろしくね、テオ」

 自分で渡すように言おうとした言葉が遮られる。
 この場でこの手紙を破りさりたいが、重要な手紙だ。
 そんなものを破棄したと知られたら、なんらかの処罰を受けるだろう。

「……分かった」

 気持ちを押し殺して受け取った手紙は、とても重かった。



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