悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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番外編置き場

乙女ゲームは始まらない

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 悪役令嬢バーベナとヒロインのアナベル その後

ーーーーーーーーーー



 うららかな午後。
 リシャール公爵家では、小さなお茶会が始まっていた。

「――それで、殿下ったらほんとうに怒ってしまって」

 そう話すのは、この邸のご令嬢であるバーベナだ。
 ふう、とそれらしくため息をつく。

「それはきっとやきもちね。バーベナがアンヴィル家のご子息と仲良くしてるのが嫌だったんじゃない?」

 彼女の悩みに、隣に座る空色の瞳の少女はもっともらしい顔でそう相槌を打った。


「そう、なのかしら? でも、お母さまとリコリス様が仲良しだから、フェルと……フェリックスさまとも必然的にうちのお茶会で顔を合わせることが多いだけなのだけれど……」
「それが嫌なのよ、きっと。フリードさまはバーベナをひとりじめしたいの」
「そういうものなのね」

 真面目な顔でそう告げる親友に、バーベナも真剣な顔で頷く。
 フェリックスの事を、思わずまた"フェル"と愛称で呼びそうになって慌てて言い直した。
 バーベナはその件でフリードと喧嘩したばかりなのだ。

 本人バーベナとしては、なんの気はなしに、月に1度の王城での王子とのお茶会の折に、世間話としてフェリックスの名前を出した。
 その際に、彼の名を愛称で呼んだ事がフリードの逆鱗に触れたらしい。見るからに不機嫌になり、ぷりぷりと怒ってしまったのだ。

 ーーフェリックス、というのはヴァイオレットの友人であるリコリスとオーブリーの間に生まれた第1子で、例の乙女ゲームでは"騎士"という役どころで登場する攻略対象者でもある。
 そして、フリードというのが、そのゲームではメイン対象者であるこの国の第1王子の名だ。

 当然のことながら、この事実ゲームの事を知っているのはヴァイオレットとリリーのみで、2人はその内容について他人に話すことはしなかった。
 

「……フリードさまの気持ちもわからなくはないけど……殿方にはどんとかまえていて欲しいよね。なんだかうちのお父さまみたい」
「あら、アナベルのお父さまも同じなの?」
「ええ。やきもちをやきすぎてお母さまをよく怒らせて……まあでも最後は仲良くしているんだけど。ひとさわがせな夫婦なの」
「うちのお父さまもお母さまが大好きすぎて目のやり場に困ることがあるわ」

 お互い大変ね、とため息をついてカップをソーサーに戻す仕草はまさに大人のそれだ。
 だが、いまこの場で、紅茶……もとい、ミルクティーを飲むのは齢9歳の少女2人である。

「バーベナもたいへんね、王子さまが婚約者なんて」

 赤みがかった金髪を揺らし、アナベルと呼ばれた少女は眉を下げる。本当に心配している顔だ。
 基本的には母親似で可憐な印象のある少女だが、特殊な環境で育ったせいか、やけに振る舞いが大人びている。

「でも殿下もずいぶんマシになったのよ。最初の頃はもっとひどかったわ」

 祖母譲りの赤い髪と、母譲りの琥珀の瞳を細めながらバーベナと呼ばれた少女はそっと窓の外を見遣る。
 やけに実感がこもっており、幼い少女とは思えない苦労が窺い知れる。
 ちなみにバーベナが王子と婚約したのは最近のことだ。
 それでも、3才の頃からずっと王子を知っており、正式に話が出始めてから婚約が成立するまで3年もの月日が流れた。

 当初はやんちゃ盛りで俺様だった王子も、この5年で少しは丸くなった……と思いたい。

 最初の頃からすると、随分言葉遣いも丸くなって来たように思うし、多少ギクシャクはするけれど、会話も出来るようになった。


「王子さまって、みんなそうなのかな? お父さまも王子さまだったみたいだけど、絵本の王子さまとはずいぶんちがうもん」
「いちがいにそうとは言えないわ。だってアルベール陛下はとっても優しくて、すばらしいおかただもの。まさに絵本に出てくるようなかたよ!」

 バーベナの言葉に、アナベルも「アルベール陛下は完璧ね」としたり顔だ。

「早く学園に入りたいわ。そうしたら、アナベルも一緒なんでしょう?」
「うん。こっちに留学することは決まってるもの! バーベナと同じクラスになれるように、わたしも勉強を頑張っているんだから」
「わたくしもアナベルと同じクラスになりたいわ……。学園でも毒や鍵開けの授業はあるのかしら?」
「残念だけど、それはないみたい。令嬢たちはみんな内緒で特訓するものらしいから。お母さまがそう言ってたわ」
「そうなのね……」

 
 毒や鍵開けの講習はとても楽しく、それが学園に無いと知った時はとても残念に思った。
 
 (お母さまもアンナさまも、とても良い腕前ですとエマ先生はおっしゃっていたわね。わたしも頑張らないと)

 バーベナがしょんぼりしながらもミルクティーを口に含むと、同じタイミングでアナベルもそれに倣った。

「お嬢様方、マドレーヌはいかがですか?」

 そこに、ワゴンを押しながら侍女がやってくる。
 甘くて香ばしい香りが部屋に広がり、2人の少女は目を輝かせる。

「サラ、いただくわ! ほら、アナベルも好きなだけ食べてちょうだい」
「ありがとう。こっちに来てもこのマドレーヌが食べられるなんて嬉しい!」

 侍女のサラはにこにこと微笑みながら、2人のお皿にマドレーヌをそっと乗せる。
 まるで幼い頃のヴァイオレットたちを見ているようで、とても心が温まる。

 幼い頃から頻繁に会っている公爵令嬢のバーベナと、隣国の公爵令嬢のアナベル。
 姉妹のようにとても仲が良く、2人でいる時はいつもくすくすと笑い合って、笑顔が絶えることはない。

「あと3年したら、アナベルに毎日会えるわね」
「うん、バーベナと同じ寮に入れるかな」
「同室でもいいわね。楽しそうだわ」
「……それ、すごくいい考え! 帰ったらお父さまたちに言ってみる!」
「わたくしも、すぐに頼んでみるわ」

 少女たちは見つめ合うと、手を取り合ってまた笑顔になる。

 きゃっきゃと笑いながら、会話の尽きることのない花のような2人の少女。
 この2人の成長がとても楽しみになりながら、サラはワゴンを引いて移動した。






 3年後、無事に学園での再会を果たした2人は、かつて彼女たちの父親がそうだったように特別な部屋を与えられ、仲良く学園生活を過ごした。

 殿下の婚約者の座を巡って、バーベナとアナベルの間に泥沼の争いが起きる――なんていう乙女ゲーム的な展開はなく、どちらかというと、バーベナに構ってもらえない殿下がアナベルやフェリックス、その他諸々に対して嫉妬していたのだった。


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