上 下
20 / 21
03 嫌われ聖女と騎士

◇アトルヒ聖王国の聖女3◇

しおりを挟む
□□□□□□□□

『なに……? 怪力なの、聖女って』

 今朝、彼女の元へと放っていた黒鳥を通じてヴァンスに聞こえたのは、そんな嘆きだった。
 ヴァンスが魔力で作った鳥は、こうして諜報をするのに非常に役に立つ。

 窓の外から覗いた鳥の視野からは、枕元で粉々になった羽根ペンを見て悲しんでいる少女が見えた。

(……そんなに悲しいものか……?)

 あの羽根ペンは、昨晩のうちにヴァンスが破壊していたものだ。
 王家から与えられた聖女の見張りの為の道具に過ぎないそれを壊すことに、ヴァンスは何ら躊躇しなかった。
 逆に、早く破壊しなければと思い、彼女に渡してすぐに壊すことを決めた程だ。

 監視対象である聖女。だが、なぜだかそうはしたくなかった。
 こうして黒鳥を窓の外に放っていることもある意味監視ではあるのだが、ヴァンスはその事に気付いていない。

 そうしている内に、何やら考えこんでいた聖女は、急に何かを思い立ったように立ち上がった。
 気合いの入った表情を浮かべながら、クローゼットに手をかける。

(出掛けるのか。聖女の護衛は……職務放棄をしているようだな)

 黒鳥を大きく羽ばたかせて視点を変えると、本来彼女につくべき護衛騎士たちの姿は無かった。

 聖女セシリアはなぜだか学園内の評判が非常に低い。そのせいか分からないが、彼女のために派遣されているはずの護衛はその職務を放棄し、別の令嬢の方についている。

 稀有な存在としてこうして監視をするくせに、聖女セシリアに対する扱いは雑なものだ。
 王家の意向が末端には全く届いていない。まるで、何者かによって阻害されているかのようだ。

「全く……訳が分からない。どこまでねじ曲がっているんだ、この国は」

 そうぼやいたヴァンスは、ガシガシと頭を搔いた。

 ヴァンスにとって、聖女は仇なる存在である。そう教えられているのに、彼女を憎めない自分がいる。

(聖女は外出するようだな。護衛の一人でも必要だろう。どうせこの学園の誰も、彼女を気遣わないのだろうから……)

「……ったく、なんなんだ」
 
 黒鳥からの情報を元に自然とそう考えてしまっていたヴァンスは、騎士のアクスルに連絡を取りながらため息をついた。

 誰も気にかけないせいなのか、聖女セシリアの動向を気にしてしまう。
 それが聖女の力なのだとしたら、とてもありがたくない能力だ。

「能力といえば……あの時発現した光で、この紋様が薄れた。聖女の力は本物のようだな」

 椅子に深く腰掛けたヴァンスは、天井を仰ぐように宙を見た。そこに右手をかざすと、右手首には随分と色が薄くなった黒い輪のような紋様がある。

 以前はもっと忌々しい黒色だったが、先日、セシリアと食事をした際に光に触れたことで幾分か浄化したらしい。

「敵に回すと厄介だな……」

 そうぼやき、ヴァンスは目を閉じる。
 そこに広がるのは暗黒の世界だ。

『いいか、ヴァンス。君の血筋は確かなものだ。過剰な聖女信仰により腐敗した王政を打ち倒した後は、君こそが王になるのだ。私たちを信じてくれ』

 脳裏に蘇る声に、ヴァンスは眉を寄せる。

 母と自分を苦しめた王家は嫌いだ。だが、自らが王に立ちたいかと聞かれれば、少し違う気もする。

「――っ!?」

 刹那、ぶわりと大きな魔力を感じてヴァンスは目を開けた。背筋が震え、身の毛がよだつような感覚を覚える。

(この力は……聖女? セシリアに何かあったのか!?)

 急いで黒鳥の情報を共有したヴァンスが見たのは、突如として巨大な光に包まれる場所と、その中心で今にも倒れそうなセシリアの姿。

「くそ……<ゲート>!」

 そう短く唱えたヴァンスの前には黒い渦が浮かび上がる。考える間もなく中に飛び込み、セシリアの元に急いだ。


***


 「――セシリア!」

 何も無い空間から現れたヴァンスは、急いで光の中の少女に駆け寄った。
 崩れ落ちる身体をなんとか抱きとめると、その顔に生気はなく、真っ青だ。

 セシリアが倒れたことで彼女から放たれる光も徐々に薄れ、周りの建物や木々の造形もその姿を取り戻す。

(一体、どれだけの力を使ったんだ)

 ヴァンスは腕の中の少女に視線を落とす。

 呼吸をしていることは分かるが、それ以外は人形のようだ。意識はなく、力もすっかり抜けている。

「……先生!? どうしてここに」
「話は後です。セシリア……ジェニングさんを運ばなければ。ニーチラングさんは、そちらの女性を救護院に連れて行ってもらってもいいでしょうか」
「は、はい」

 急激に眩い光を浴びたせいで視力が一時的に落ちていたであろう騎士のアクスルが、薄目になりながらヴァンスに近づいてくる。
 その近くに、救護服を着た女性――ヴァンスの母親がぺたりと座り込んでいるのを一瞥したヴァンスは、彼に急ぎそう指示をした。

(なぜ、セシリアと母が会ったのか、まるで分からないが……偶然、か)

 アクスルが呆然とする母親を抱え上げて救護院へと走るのを見届けたヴァンスは、セシリアを抱えて人気のない道へと向かった。

「……取り急ぎ、救護室に運ぶか」

 壁と壁の間、袋小路となっているその場所でヴァンスが右手を空間にかざすと、そこから黒い風が巻き起こる。
 やがてヴァンスの背丈ほどに大きくなったその漆黒の渦に、ゆっくりと足を踏み入れた。

 ヴァンスとセシリアが入ったその渦は、やがて小さくなり、また元のレンガ造りの壁がいつものように並んでいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生後モブ令嬢になりました、もう一度やり直したいです

月兎
恋愛
次こそ上手く逃げ切ろう 思い出したのは転生前の日本人として、呑気に適当に過ごしていた自分 そして今いる世界はゲームの中の、攻略対象レオンの婚約者イリアーナ 悪役令嬢?いいえ ヒロインが攻略対象を決める前に亡くなって、その後シナリオが進んでいく悪役令嬢どころか噛ませ役にもなれてないじゃん… というモブ令嬢になってました それでも何とかこの状況から逃れたいです タイトルかませ役からモブ令嬢に変更いたしました ******************************** 初めて投稿いたします 内容はありきたりで、ご都合主義な所、文が稚拙な所多々あると思います それでも呼んでくださる方がいたら嬉しいなと思います 最後まで書き終えれるよう頑張ります よろしくお願いします。 念のためR18にしておりましたが、R15でも大丈夫かなと思い変更いたしました R18はまだ別で指定して書こうかなと思います

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

悪役令嬢ですが、ヒロインが大好きなので助けてあげてたら、その兄に溺愛されてます!?

柊 来飛
恋愛
 ある日現実世界で車に撥ねられ死んでしまった主人公。    しかし、目が覚めるとそこは好きなゲームの世界で!?  しかもその悪役令嬢になっちゃった!?    困惑する主人公だが、大好きなヒロインのために頑張っていたら、なぜかヒロインの兄に溺愛されちゃって!?    不定期です。趣味で描いてます。  あくまでも創作として、なんでも許せる方のみ、ご覧ください。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜

葉柚
恋愛
妹のアルフォネアは姉であるステファニーの物を奪うことが生きがいを感じている。 小さい頃はお気に入りの洋服やぬいぐるみを取られた。 18歳になり婚約者が出来たら、今度は私の婚約者に色目を使ってきた。 でも、ちょっと待って。 アルフォネアが色目を使っているのは、婚約者であるルーンファクト王子の影武者なんだけど……。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...