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03 嫌われ聖女と騎士

家族

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 幸いにも今日は休日だ。行動を起こすことが出来る。
 私は早速、寮から出て町に来ていた。

(……確か聖女には護衛が付けられるはずだけど、私にはそんなものはいないような……?)

 小説では、聖女を大切に思った王子バレリオが配慮してくれるのと、騎士のアクスルがその役を買って出てくれるからこその手厚い保護だったのだろう。

 聖女だ聖女だと持ち上げられる割には、周囲には誰もいない。

「先に私もお母さんたちの顔を見に行こうかな……」

 町に出れば、足は勝手に家へと向かっていた。本来の目的はヴァンス先生のお母さんがいるであろう救護院を訪ねることだが、少しくらい寄り道をしてもいいだろう。

 石畳の街路を進むと、見慣れた街角が見えてくる。
 あの角を曲がれば、もうすぐ家だ。
 私はわくわくした気持ちで足を進めた。

「あれ……?」

 家の前に立ち、木造の扉を何度かノックをしたが、全く反応がない。
 小窓から中を覗いてみるが、中で人が動いている気配もない。

「お母さーん? 出掛けてるのかなあ」

 父は普段、この時間ならば働きに行っている時間だ。しかし母は基本的に家に居て、繕いものや家仕事をして過ごしていたはずなのに。

 扉には鍵がかかっていて、揺すってもあくことはない。完全に留守だ。

(残念。お母さんの顔を見たら、元気が貰えそうな気がしたのに)

 前世の記憶があっても、今世ではふたりが私にとっての家族だ。三人で身を寄せあって、助け合って暮らしてきた。
 だから、母の笑顔を見たかったのだが、いないものは仕方がない。

「――何をしている、聖女」
「ひっ!?」

 肩を落としながら踵を返したところで、不意に声をかけられた。上背のある男が眼前に立っていて、恐怖しかない。

 ばくばくとうるさい心臓を押さえながら見上げると、その顔に見覚えがあった。

「――アクスル・ニーチラング……さま」

 危ない。
 ついうっかり呼び捨てにする所だったが、すんでのところで「さま」を添えることが出来た。

 燃えるような赤毛に、鋭い錆色の眼光の騎士さまが私を見下ろしている。
 例のリディアーヌさんにエア騎士の誓いをしていたあの人物だ。

「……」
「……」

 む、無言……。急に現れて無言……。
 負けじとしばらく見つめあっていると、ニーチラングさんの方が先にぱっと目を逸らした。
 私の勝ちだ。

「……こんな所で何をしている。外出許可はとったのか」
「えっ? 許可がいるんですか?」
「当たり前だ。むやみに学園の外に出ることは禁じられている」
「……そんなこと、誰も教えてくれませんでした」

 なんなら、堂々と寮の玄関から外に出たし、正門を通る時には守衛さんにも会釈をした。
 でも誰も、私に声をかけなかった。

(……嫌われているから、なのかな。忠告すらしてもらえないなんて)

 ニーチラングさんに当たっても仕方がない事だが、私は悲しくなって俯いてしまう。

「……君に伝えなかったのは学園側の落ち度だ。そんなことより、ここで何をしている?」

 はあ、とため息が聞こえたかと思えば、意外にも私を慰めてくれるような言葉が降ってくる。
 私の事を嫌いな集団の一員とはいえ、騎士さまはいい人のようだ。

「救護院に行こうと思いました。その前に、母の顔でも見ようと思ったのですが……留守みたいなので、戻ろうとしていました」

 顔を上げた私は、真っ直ぐにそう答えた。
 嘘は言っていない。

 ニーチラングさんは私の答えを聞くと、一瞬だけ驚いた顔をして、それからまた無表情に戻る。

「ここが、聖女の家なのか」
「はい」
「……本当に知らない、のか?」
「何をです?」
「そこに立て看板があるだろう。"売家"となっている。つまりここは空き家だ」
「え……?」

 ニーチラングさんの言葉に、頭を殴られたような衝撃を覚える。
 そういえば、最近両親と手紙のやり取りをしたのはいつだっただろう。

 入学するとき、この家の前で二人と話をして、ぎゅうぎゅうと抱き合って、それから別れた。

「そんなこと……っ!」
「待て……!」

 私は急いで家の裏へと回った。キッチンがあるその場所には出窓があって、母が趣味で育てていた何かの植物が置かれていたはずだ。

 毎日お手入れをされていたその植物は、いつも鮮やかな緑で、キッチンに彩りを添えていて――

「嘘……どうして……?」

 お母さんの手作りのカフェカーテンはそのままだったが、その近くに置かれていたはずの植物は、すっかり枯れてしまっていた。
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