3 / 27
3.甦る凛との関係
しおりを挟む
客がまだ一人残っていた。僕が戻って止まり木に座ってしばらくすると会計を済ませて帰っていった。まだ、営業できる時間だけど、ママはすかさず、表の看板の明かりを落として、ドアをロックした。そしてすぐに水割りを2杯作った。
「お久しぶりですね」
「突然いなくなって、身体でも壊したのではないかと心配していた。でも元気そうでよかった」
「ごめんなさい。突然、仕事がいやになって止めようと思ったの、あんなこといつまでもできないし、何とかしなくてはいけないと思って」
「それで足を洗って、店を開いたの?」
「はじめは、この店の手伝いをしていたけど、店のオーナーが高齢で店をたたむと言うので引き継いだの、権利を譲ってもらって」
「儲かっている?」
「高くするとお客の足が遠のくし、安くすると儲からないし、難しいわ」
「一人でやっているの?」
「小さいお店だから一人で切り盛りしているの。昔の仲間を雇う訳にもいかないし、それに人を雇うとお給料を払わなきゃならないでしょ。でも何とか食べてはいけるようにはなった」
「僕の口から言うのもおかしいけど、やっぱり早く足を洗ってよかったね。突然いなくなったので、寂しかったけど」
「そう言っていただけると嬉しいわ」
「君とのことは誰にも話さないから安心して」
「分かっています」
「今日は久しぶりに会えてよかった。話ができて、元気でいることも分かったから。じゃあ、そろそろ帰ります」
「まだ、おひとり?」
「ああ」
「この上に居住スペースがあるんです。よかったら上がっていきませんか?」
「えっ、いいのかい。できればもう少し話がしたい」
店の奥のドアを開けると2階へ上がる階段があった。彼女に続いてゆっくりと階段を上って行く。居住スペースは8畳くらいの洋室とキッチンとビジネスホテルのようなバス、トイレ、洗面所が一体になったバスルームがついているという。一人暮らしならば十分な広さだと思う。
部屋の入ると奥においてあるセミダブルのベッドが目に付く。すぐに「シャワーを浴びて下さい」と促されてバスルームに入った。
僕に続いて彼女が入ってきて服を脱いだ。そして身体を洗ってくれる。まるで店へ行った時と変わらない。彼女のしたいようにまかせよう。彼女の好意を感じるし、悪い気はしない。
「なんと呼べばいいの?」
「さっきの名刺は本名ですから、凛で」
「凛か! 響きがいい名前だ」
「歯磨きをして下さい」
洗い終えると、二人はバスタオルをまとってベッドへ、それからは離れていた時間を取り戻すかのように、ひとしきり愛し合った。
あの時と同じ時間が過ぎていく。あの時のまま、凜も変わっていない。空いた時間が埋められたような気がした。
「今でも行っているの?」
「時々ね。君のようないい娘にはもうめぐり合わないけどね」
「ありがとう、気に入ってもらえて。うれしいものなのよ、ファンがいるって。あの仕事は相手を選べないのよ、だから好みの人をいつも待っている。それがやるせなくなって、それも止めた理由」
「君に会うと何故かほっとするんだ。今も変わりないね」
「随分変わったわ、年も取ったし」
「そんなことない。君は変わっていない」
「今日はもう遅いから泊まっていって下さい」
「そういえばあのころいつも言っていたね、このまま泊っていきたいって」
「私も二人で身体を寄せ合って眠ってみたい時はあるわ。今日は二人で眠りたいの」
「そうするよ。久しぶりに会ったのだから、もっと話もしたいし」
凛は立ち上がって、水割りを2杯作ってきてくれた。冷たくておいしい。二人はベッドで体を起こしてもたれ合っている。肌が触れ合っていると心も触れ合っている気がしてくる。
思えば、彼女とは怠惰な関係を随分長い間続けていた。いつもたわいもない話しかしていないのに、何となくほっとして心が安らいだ。なぜだろうといつも思っていた。それが突然終わった時、心にポッカリと穴が開いたようだった。
「お店に僕のような昔のお客が偶然来ない?」
「1~2回のお客は私も覚えていないから気が付かない。なじみのお客でも時間が経っているし、髪形や化粧を替えているから、まず気が付かないと思う」
「あなたのようなお客さんがもう一人いたけど、彼なら気付いてくれると思うわ」
「山内君はなぜこの店のなじみなの?」
「彼は偶然にここへ来ただけのお客さん、前の仕事とは全く関係ないわ」
「そうか、兄弟でなくてよかった」
「ふふふ…」
「君が幸せになっているようにと思っていたけど、普通に暮らしていてよかった。ここへ戻ってきたのは、君の迷惑にならにように、もう来ないと言おうと思って来たんだ」
「でもね、あの仕事を離れると、また寂しいこともあるのよ。だから時々寄って下さい」
「もし迷惑でないのなら寄らせてもらうよ」
話が途切れると、また愛し合って、疲れると抱き合って眠った。離れ離れの恋人が久しぶりに会ったように身体と心が満たされていった。
***************************************
朝、目が覚めると、凛はもう起きて朝食を作っていた。
「おはよう。もう、起きたの?」
「いつもなら午前中は寝ているけど、今日は特別」
「昨日の余韻を楽しみたかったのに」
「朝食の準備ができましたから、食べていって下さい」
凜は何を思ったのが、早起きして朝食を作ってくれた。恋人のまねごとをしたかったのかもしれない。僕に特別の好意を示してくれた。
簡単な和食の朝食だったけど、とてもおいしかった。でも別れ際に僕は聞いてしまった。
「お礼をしてもいいのかな?」
「しなくてもいいわ。でも気の済むようにしてくれていいのよ」
「じゃ、気持ちだけ」
そう言って、2番目の店の料金を手に握って手渡した。彼女はすこし悲しそうな眼差しを見せた。それを見て好意を踏みにじってしまったと思った。
「ありがたくいただくわ、店の経営が楽ではないから」
「これまでと同じにしてしまって、気分を害したらごめん。悪気はないんだ。どうしても甘えられなくて」
「また、気が向いたら寄って下さい」
「ああ、ありがとう」
店の前まで送ってくれた。久しぶりの逢瀬で身も心も満たされた。凛はやはりいい女だ。
「お久しぶりですね」
「突然いなくなって、身体でも壊したのではないかと心配していた。でも元気そうでよかった」
「ごめんなさい。突然、仕事がいやになって止めようと思ったの、あんなこといつまでもできないし、何とかしなくてはいけないと思って」
「それで足を洗って、店を開いたの?」
「はじめは、この店の手伝いをしていたけど、店のオーナーが高齢で店をたたむと言うので引き継いだの、権利を譲ってもらって」
「儲かっている?」
「高くするとお客の足が遠のくし、安くすると儲からないし、難しいわ」
「一人でやっているの?」
「小さいお店だから一人で切り盛りしているの。昔の仲間を雇う訳にもいかないし、それに人を雇うとお給料を払わなきゃならないでしょ。でも何とか食べてはいけるようにはなった」
「僕の口から言うのもおかしいけど、やっぱり早く足を洗ってよかったね。突然いなくなったので、寂しかったけど」
「そう言っていただけると嬉しいわ」
「君とのことは誰にも話さないから安心して」
「分かっています」
「今日は久しぶりに会えてよかった。話ができて、元気でいることも分かったから。じゃあ、そろそろ帰ります」
「まだ、おひとり?」
「ああ」
「この上に居住スペースがあるんです。よかったら上がっていきませんか?」
「えっ、いいのかい。できればもう少し話がしたい」
店の奥のドアを開けると2階へ上がる階段があった。彼女に続いてゆっくりと階段を上って行く。居住スペースは8畳くらいの洋室とキッチンとビジネスホテルのようなバス、トイレ、洗面所が一体になったバスルームがついているという。一人暮らしならば十分な広さだと思う。
部屋の入ると奥においてあるセミダブルのベッドが目に付く。すぐに「シャワーを浴びて下さい」と促されてバスルームに入った。
僕に続いて彼女が入ってきて服を脱いだ。そして身体を洗ってくれる。まるで店へ行った時と変わらない。彼女のしたいようにまかせよう。彼女の好意を感じるし、悪い気はしない。
「なんと呼べばいいの?」
「さっきの名刺は本名ですから、凛で」
「凛か! 響きがいい名前だ」
「歯磨きをして下さい」
洗い終えると、二人はバスタオルをまとってベッドへ、それからは離れていた時間を取り戻すかのように、ひとしきり愛し合った。
あの時と同じ時間が過ぎていく。あの時のまま、凜も変わっていない。空いた時間が埋められたような気がした。
「今でも行っているの?」
「時々ね。君のようないい娘にはもうめぐり合わないけどね」
「ありがとう、気に入ってもらえて。うれしいものなのよ、ファンがいるって。あの仕事は相手を選べないのよ、だから好みの人をいつも待っている。それがやるせなくなって、それも止めた理由」
「君に会うと何故かほっとするんだ。今も変わりないね」
「随分変わったわ、年も取ったし」
「そんなことない。君は変わっていない」
「今日はもう遅いから泊まっていって下さい」
「そういえばあのころいつも言っていたね、このまま泊っていきたいって」
「私も二人で身体を寄せ合って眠ってみたい時はあるわ。今日は二人で眠りたいの」
「そうするよ。久しぶりに会ったのだから、もっと話もしたいし」
凛は立ち上がって、水割りを2杯作ってきてくれた。冷たくておいしい。二人はベッドで体を起こしてもたれ合っている。肌が触れ合っていると心も触れ合っている気がしてくる。
思えば、彼女とは怠惰な関係を随分長い間続けていた。いつもたわいもない話しかしていないのに、何となくほっとして心が安らいだ。なぜだろうといつも思っていた。それが突然終わった時、心にポッカリと穴が開いたようだった。
「お店に僕のような昔のお客が偶然来ない?」
「1~2回のお客は私も覚えていないから気が付かない。なじみのお客でも時間が経っているし、髪形や化粧を替えているから、まず気が付かないと思う」
「あなたのようなお客さんがもう一人いたけど、彼なら気付いてくれると思うわ」
「山内君はなぜこの店のなじみなの?」
「彼は偶然にここへ来ただけのお客さん、前の仕事とは全く関係ないわ」
「そうか、兄弟でなくてよかった」
「ふふふ…」
「君が幸せになっているようにと思っていたけど、普通に暮らしていてよかった。ここへ戻ってきたのは、君の迷惑にならにように、もう来ないと言おうと思って来たんだ」
「でもね、あの仕事を離れると、また寂しいこともあるのよ。だから時々寄って下さい」
「もし迷惑でないのなら寄らせてもらうよ」
話が途切れると、また愛し合って、疲れると抱き合って眠った。離れ離れの恋人が久しぶりに会ったように身体と心が満たされていった。
***************************************
朝、目が覚めると、凛はもう起きて朝食を作っていた。
「おはよう。もう、起きたの?」
「いつもなら午前中は寝ているけど、今日は特別」
「昨日の余韻を楽しみたかったのに」
「朝食の準備ができましたから、食べていって下さい」
凜は何を思ったのが、早起きして朝食を作ってくれた。恋人のまねごとをしたかったのかもしれない。僕に特別の好意を示してくれた。
簡単な和食の朝食だったけど、とてもおいしかった。でも別れ際に僕は聞いてしまった。
「お礼をしてもいいのかな?」
「しなくてもいいわ。でも気の済むようにしてくれていいのよ」
「じゃ、気持ちだけ」
そう言って、2番目の店の料金を手に握って手渡した。彼女はすこし悲しそうな眼差しを見せた。それを見て好意を踏みにじってしまったと思った。
「ありがたくいただくわ、店の経営が楽ではないから」
「これまでと同じにしてしまって、気分を害したらごめん。悪気はないんだ。どうしても甘えられなくて」
「また、気が向いたら寄って下さい」
「ああ、ありがとう」
店の前まで送ってくれた。久しぶりの逢瀬で身も心も満たされた。凛はやはりいい女だ。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法
栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす
和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。
職場で知り合った上司とのスピード婚。
ワケアリなので結婚式はナシ。
けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。
物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。
どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。
その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」
春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。
「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」
お願い。
今、そんなことを言わないで。
決心が鈍ってしまうから。
私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」
挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。
まさか、その地に降り立った途端、
「オレ、この人と結婚するから!」
と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。
ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、
親切な日本人男性が声をかけてくれた。
彼は私の事情を聞き、
私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。
最後の夜。
別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。
日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。
ハワイの彼の子を身籠もりました。
初見李依(27)
寝具メーカー事務
頑張り屋の努力家
人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある
自分より人の幸せを願うような人
×
和家悠将(36)
ハイシェラントホテルグループ オーナー
押しが強くて俺様というより帝王
しかし気遣い上手で相手のことをよく考える
狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味
身籠もったから愛されるのは、ありですか……?
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる