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20.意外なお見合いをした!
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俺が帰ってくる2か月前に父は退院して家に戻っていた。親父は脳梗塞で左半身が不自由になっている。
仕事ができないことはないが、ひところよりもずっと体力が低下していて事務所に座っているのが精一杯のようだった。
戻ってから1か月ほど経って、俺がひととおり仕事の廻しを覚えたころ、お見合いの話があった。
同業組合の伝手で、相手は老舗菓子店の社長の姪だと言う。東京の大学を出て、しばらくは東京で会社勤めをしていたが、2年前に戻ってきて、今は母親の実家の菓子店を手伝っているとのことだった。
親父がどうしても身を固めてくれというし、お袋もとても良い人がいるからというので、お見合いをしてみる気になった。間に入っている吉本さんが来て、履歴書と写真の説明をしてくれた。
去年からお見合いをしているがご縁が無くて、お見合いだけでもしてくれれば自分も顔が立つと言っていた。写真を見れば分かるが、とても地味な娘さんで東京暮らしをしていたお宅の御曹司のお気に入るかどうか自信がないと言う。
それで履歴書と写真を見せてもらった。相手の名前は「白石結衣」だった。何度も名前と履歴書を読み直す。同性同名もあるが、前に彼女から聞いたことのある大学名は同じだった。すぐに写真で確かめる。
間違いなくあの地味子だった。でもなぜ絵里香の姿ではないのか、あの方が魅力的で可愛いのに不思議だった。この写真と同じ容姿でお見合いすれば、かなりの確率で断られると思ったからだ。
同郷だったのか。そういえば地味子に出身地を聞いたことはなかった。まあ、関心もなかったので聞こうともしなかった。会話はお互いに標準語を使っていたので分からなかった。
すぐに世話人に是非会わせてほしいとお願いした。彼は俺からの意外な依頼に半信半疑であったが「まとまると嬉しい、これもご縁だ」といって帰って行った。
もちろん母親にも父親にも、今度の見合いの相手があの時紹介した「石野絵里香」と同じ人だとは言わなかった。写真を見てもお見合いの場でも、あの写真の姿ならば絶対にあのとき紹介した娘とは分からないだろう。
ひとつだけ懸念があった。彼女はこのお見合いの話を断るかもしれない。でもそれなら自宅も勤務先も分かったので、会いにいけば良いと思ったら気が楽になった。あのいなくなった時の寂しさ虚しさが思い出された。もう俺から逃げられないし絶対に逃がさない。
後日世話人からお見合いの日程について相談があった。ということは先方もお見合いを承知したということだ。
日程の調整はすぐについた。場所は人目につきにくい料亭の一室を借りて行うことになった。そこは組合の会合にも使っている気心の知れた店だ。組合が俺の歓迎会をここでしてくれた。
俺とお袋は会場に約束の時間よりもかなり早く着いた。先方はまだ着いていなかった。時間丁度に先方が世話人と共に現れた。
あの時と変わらない地味な服装だ。度の強いあの赤いメガネもしている。世話人が済まなさそうに俺の顔を見てから、彼女を紹介してくれた。
「こちらが白石結衣さんです。お母さまの体調が不良で今日はお一人でお見えです」
「篠原真一です。はじめまして、よろしくお願いします」
「白石結衣です。こちらこそよろしくお願いします」
「お母さまが体調不良と言うことですが、大丈夫ですか?」
「2年ほど前から体調を崩しまして、私は母を助けるために東京から帰って参りました。もう一人でも生活できるまでには回復しました」
彼女が突然姿を消した訳が分かった。
「今、伯父さんの店のお手伝いをしていると聞きましたが?」
「父が亡くなってから母は伯父の店の手伝いをしていましたが、体調を崩しまして、それからは私が手伝っています」
「手伝いといいますと?」
「経理の手伝いです。大学でも経営、経理などを学びましたので」
「そうでしたか」
いろいろな辻褄が合ってきた。まだ、聞きたいことが山ほどあるが、それをお袋の前や世話人の前で聞く訳にもいかない。
「吉本さん、二人だけでお話させてもらえませんか? 母さん、それでいいかい、聞いておくことはない?」
「あなたのお見合いだから、あなたがそうしたいのなら、それでいいわ。ゆっくり気のすむまでお話したらいいわ、白石さんもそれでよろしければ」
「私は構いません」
それを聞くと、お袋は世話人の吉本さんと部屋を出ていった。二人になるとすぐに話始める。
「君が急にいなくなった訳が今初めて分かった。どうして言ってくれなかったんだ」
「あなたに言ったところでどうにかなる話ではなかったからです」
「俺は君がいなくなってから随分探した。でも見つからなかった」
「すみません、過去と決別したかったので、そうしました。私は都会へ出てみたくて、母に無理を言って東京の大学へ行かせてもらいました。でも都会の絵の具に染まってしまって、東京で就職までしてしまいました。母の苦労を考えないで自分の我が儘を通しました。でもセクハラで恋人に振られて会社も辞めなければならなくなりました。せっかく篠原さんに好かれたと思ったら、ご両親に結婚を反対されました。罰が当たったのだと思いました。だから母が身体を壊したのが分かると、すぐに母の力になろうと思って、過去と決別して故郷へ帰る決心をしたのです」
「俺も過去の人となったのか?」
「それじゃあどうすれば良かったのですか?」
「そうだね、あのままでは親にも反対されてどうしようもなかったからね。君がいなくなって、踏ん切りがついたのだと思う。俺も君と同じように過去と決別して故郷へ帰ってきた。倒れた父親の力になろうと思って」
「こんな形で再会するとは思いもしませんでした」
「どうしてお見合いを受けてくれたの?」
「はじめは篠原真一と聞いて、同性同名かと思いました。写真を見て驚いたんです。まさか同郷だったとは、気が付きませんでした。しかも老舗のお菓子屋さんの息子さんだなんて、これはきっと何かのご縁だと思いました」
「会社ではこのことは一切秘密にしていたからね。最近は個人情報が守られるから自分で言及しないと誰にも分からない」
「確かに老舗のお菓子屋さんの店名は知っていても、社長の苗字は知りませんからね」
「ひとつ、聞きたいことがある。どうして、あんなに可愛いのに、お見合い写真は地味な姿で撮っているの? しかもメガネをかけたりして」
「見かけで好きになられたくないんです。だからこれまでも会う前にほとんど断られました。会っても断られました。それでもいいんです」
「俺が言えたことではない。俺も同じだったから。あの半年、俺は君の何を見ていたんだろうと思った。何も見えていなかった。あんなに優しく親切にしてくれていたのに、気づこうとも好きになろうともしなかった。俺はそんな男だ。捨てられて当然だと思った」
「でもあなたは私と半年の間、誠実に暮らしてくれました」
「契約に従っただけだから。俺はそういう男だ」
「お見合いのお返事、あなたはどうされますか?」
「どうするって、今更言うまでもない。是非お付き合いしてほしい。頼む。どうか付き合ってくれ。もう親の反対もない」
「私もお付き合いしたいとお願いするつもりです。ただし、今の地味なままで良ければですが」
「俺はそのままでいいけど、どうしてこだわるの?」
「あの絵里香を好きになられるのが怖いんです。見かけだけを好きになられるのが怖いんです」
「俺はもう見かけだけで好きになることはない。いやというほど思い知った。でもね、今、思い返すと、君がマル秘の原紙を届けてくれた時、きっと俺は君に何かを感じたんだ。それは自分でも分かる。だから同居を提案した。そのときはその何かが分からなかっただけだと思うようになった。その時の気持ちを信じたい」
「私も同じかもしれません。すぐに同居を承知しましたから」
「これも何かのご縁だろう。定めと言ってもいいかもしれない。素直に従った方がよさそうだ」
「私もそうしたいと思います」
それからしばらく二人はこの離れていた2年間のことを話した。俺はずっと彼女を探していたこと、あれから合コンにも行かなくなったこと、彼女がいつ帰って来ても良いようにサブルームを空けたままにして、それからは同居人を住まわせなかったことを話した。地味子は嬉しそうにその話を聞いてくれた。
地味子もあの億ションでカラオケを練習したことやHビデオを見たことなどを時々懐かしく思い出していたことを話してくれた。俺はそれを聞いてあのころを思い出していた。
頃合いを見て、二人は吉本さんとお袋に声をかけた。そして地味子はお袋に挨拶を済ませると吉本さんと一緒に先に帰っていった。二人を見送ってから、お袋が話しかけて来た。
「二人で何を話していたの?」
「ここへ帰って来る前の東京でのことを話していた。彼女は東京では随分苦労したみたいだ。親不孝をしていたから罰が当たったと言っていた。俺も同じようなものだったと話した」
「よさそうなお嬢さんじゃない。見た目はとっても地味で、あなたの好きなタイプではないように思うけど、どうするの?」
「人は見た目だけじゃないよ。いい娘だと思うので、是非お付き合いしたい。吉本さんにそう伝えて下さい」
「あなたも東京で苦労したのね、人を見る目が変わったみたいだから。分かったわ、そう伝えます」
お袋が吉本さんに交際の希望を伝えると「ご縁があって良かった。これで肩の荷が下りた」と喜んでいたという。吉本さんには、本当にお世話になりました。
こうして、二人の新たな交際が始まった。
仕事ができないことはないが、ひところよりもずっと体力が低下していて事務所に座っているのが精一杯のようだった。
戻ってから1か月ほど経って、俺がひととおり仕事の廻しを覚えたころ、お見合いの話があった。
同業組合の伝手で、相手は老舗菓子店の社長の姪だと言う。東京の大学を出て、しばらくは東京で会社勤めをしていたが、2年前に戻ってきて、今は母親の実家の菓子店を手伝っているとのことだった。
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去年からお見合いをしているがご縁が無くて、お見合いだけでもしてくれれば自分も顔が立つと言っていた。写真を見れば分かるが、とても地味な娘さんで東京暮らしをしていたお宅の御曹司のお気に入るかどうか自信がないと言う。
それで履歴書と写真を見せてもらった。相手の名前は「白石結衣」だった。何度も名前と履歴書を読み直す。同性同名もあるが、前に彼女から聞いたことのある大学名は同じだった。すぐに写真で確かめる。
間違いなくあの地味子だった。でもなぜ絵里香の姿ではないのか、あの方が魅力的で可愛いのに不思議だった。この写真と同じ容姿でお見合いすれば、かなりの確率で断られると思ったからだ。
同郷だったのか。そういえば地味子に出身地を聞いたことはなかった。まあ、関心もなかったので聞こうともしなかった。会話はお互いに標準語を使っていたので分からなかった。
すぐに世話人に是非会わせてほしいとお願いした。彼は俺からの意外な依頼に半信半疑であったが「まとまると嬉しい、これもご縁だ」といって帰って行った。
もちろん母親にも父親にも、今度の見合いの相手があの時紹介した「石野絵里香」と同じ人だとは言わなかった。写真を見てもお見合いの場でも、あの写真の姿ならば絶対にあのとき紹介した娘とは分からないだろう。
ひとつだけ懸念があった。彼女はこのお見合いの話を断るかもしれない。でもそれなら自宅も勤務先も分かったので、会いにいけば良いと思ったら気が楽になった。あのいなくなった時の寂しさ虚しさが思い出された。もう俺から逃げられないし絶対に逃がさない。
後日世話人からお見合いの日程について相談があった。ということは先方もお見合いを承知したということだ。
日程の調整はすぐについた。場所は人目につきにくい料亭の一室を借りて行うことになった。そこは組合の会合にも使っている気心の知れた店だ。組合が俺の歓迎会をここでしてくれた。
俺とお袋は会場に約束の時間よりもかなり早く着いた。先方はまだ着いていなかった。時間丁度に先方が世話人と共に現れた。
あの時と変わらない地味な服装だ。度の強いあの赤いメガネもしている。世話人が済まなさそうに俺の顔を見てから、彼女を紹介してくれた。
「こちらが白石結衣さんです。お母さまの体調が不良で今日はお一人でお見えです」
「篠原真一です。はじめまして、よろしくお願いします」
「白石結衣です。こちらこそよろしくお願いします」
「お母さまが体調不良と言うことですが、大丈夫ですか?」
「2年ほど前から体調を崩しまして、私は母を助けるために東京から帰って参りました。もう一人でも生活できるまでには回復しました」
彼女が突然姿を消した訳が分かった。
「今、伯父さんの店のお手伝いをしていると聞きましたが?」
「父が亡くなってから母は伯父の店の手伝いをしていましたが、体調を崩しまして、それからは私が手伝っています」
「手伝いといいますと?」
「経理の手伝いです。大学でも経営、経理などを学びましたので」
「そうでしたか」
いろいろな辻褄が合ってきた。まだ、聞きたいことが山ほどあるが、それをお袋の前や世話人の前で聞く訳にもいかない。
「吉本さん、二人だけでお話させてもらえませんか? 母さん、それでいいかい、聞いておくことはない?」
「あなたのお見合いだから、あなたがそうしたいのなら、それでいいわ。ゆっくり気のすむまでお話したらいいわ、白石さんもそれでよろしければ」
「私は構いません」
それを聞くと、お袋は世話人の吉本さんと部屋を出ていった。二人になるとすぐに話始める。
「君が急にいなくなった訳が今初めて分かった。どうして言ってくれなかったんだ」
「あなたに言ったところでどうにかなる話ではなかったからです」
「俺は君がいなくなってから随分探した。でも見つからなかった」
「すみません、過去と決別したかったので、そうしました。私は都会へ出てみたくて、母に無理を言って東京の大学へ行かせてもらいました。でも都会の絵の具に染まってしまって、東京で就職までしてしまいました。母の苦労を考えないで自分の我が儘を通しました。でもセクハラで恋人に振られて会社も辞めなければならなくなりました。せっかく篠原さんに好かれたと思ったら、ご両親に結婚を反対されました。罰が当たったのだと思いました。だから母が身体を壊したのが分かると、すぐに母の力になろうと思って、過去と決別して故郷へ帰る決心をしたのです」
「俺も過去の人となったのか?」
「それじゃあどうすれば良かったのですか?」
「そうだね、あのままでは親にも反対されてどうしようもなかったからね。君がいなくなって、踏ん切りがついたのだと思う。俺も君と同じように過去と決別して故郷へ帰ってきた。倒れた父親の力になろうと思って」
「こんな形で再会するとは思いもしませんでした」
「どうしてお見合いを受けてくれたの?」
「はじめは篠原真一と聞いて、同性同名かと思いました。写真を見て驚いたんです。まさか同郷だったとは、気が付きませんでした。しかも老舗のお菓子屋さんの息子さんだなんて、これはきっと何かのご縁だと思いました」
「会社ではこのことは一切秘密にしていたからね。最近は個人情報が守られるから自分で言及しないと誰にも分からない」
「確かに老舗のお菓子屋さんの店名は知っていても、社長の苗字は知りませんからね」
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「見かけで好きになられたくないんです。だからこれまでも会う前にほとんど断られました。会っても断られました。それでもいいんです」
「俺が言えたことではない。俺も同じだったから。あの半年、俺は君の何を見ていたんだろうと思った。何も見えていなかった。あんなに優しく親切にしてくれていたのに、気づこうとも好きになろうともしなかった。俺はそんな男だ。捨てられて当然だと思った」
「でもあなたは私と半年の間、誠実に暮らしてくれました」
「契約に従っただけだから。俺はそういう男だ」
「お見合いのお返事、あなたはどうされますか?」
「どうするって、今更言うまでもない。是非お付き合いしてほしい。頼む。どうか付き合ってくれ。もう親の反対もない」
「私もお付き合いしたいとお願いするつもりです。ただし、今の地味なままで良ければですが」
「俺はそのままでいいけど、どうしてこだわるの?」
「あの絵里香を好きになられるのが怖いんです。見かけだけを好きになられるのが怖いんです」
「俺はもう見かけだけで好きになることはない。いやというほど思い知った。でもね、今、思い返すと、君がマル秘の原紙を届けてくれた時、きっと俺は君に何かを感じたんだ。それは自分でも分かる。だから同居を提案した。そのときはその何かが分からなかっただけだと思うようになった。その時の気持ちを信じたい」
「私も同じかもしれません。すぐに同居を承知しましたから」
「これも何かのご縁だろう。定めと言ってもいいかもしれない。素直に従った方がよさそうだ」
「私もそうしたいと思います」
それからしばらく二人はこの離れていた2年間のことを話した。俺はずっと彼女を探していたこと、あれから合コンにも行かなくなったこと、彼女がいつ帰って来ても良いようにサブルームを空けたままにして、それからは同居人を住まわせなかったことを話した。地味子は嬉しそうにその話を聞いてくれた。
地味子もあの億ションでカラオケを練習したことやHビデオを見たことなどを時々懐かしく思い出していたことを話してくれた。俺はそれを聞いてあのころを思い出していた。
頃合いを見て、二人は吉本さんとお袋に声をかけた。そして地味子はお袋に挨拶を済ませると吉本さんと一緒に先に帰っていった。二人を見送ってから、お袋が話しかけて来た。
「二人で何を話していたの?」
「ここへ帰って来る前の東京でのことを話していた。彼女は東京では随分苦労したみたいだ。親不孝をしていたから罰が当たったと言っていた。俺も同じようなものだったと話した」
「よさそうなお嬢さんじゃない。見た目はとっても地味で、あなたの好きなタイプではないように思うけど、どうするの?」
「人は見た目だけじゃないよ。いい娘だと思うので、是非お付き合いしたい。吉本さんにそう伝えて下さい」
「あなたも東京で苦労したのね、人を見る目が変わったみたいだから。分かったわ、そう伝えます」
お袋が吉本さんに交際の希望を伝えると「ご縁があって良かった。これで肩の荷が下りた」と喜んでいたという。吉本さんには、本当にお世話になりました。
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