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第二章 銀色の拘束

第四十二話 一触即発

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 私がダンスのステップを踏めば、どうやら諦めてくれたようで、オリビエは付き合ってくれた。ん? でも、こいつは慣れてない? ちょっと踊り方がたどたどしいので、彼に合わせることにする。意外だ。聖光騎士団総団長の息子なら、こういったことは仕込まれていそうなのに……。

 法王の護衛なんかもやっているんだよな?
 だから、貴族としての立ち振る舞いは重要……でもないか。先程のくそ団員の対応を思い出し、半眼になる。末端団員とはいえ、あれだもんな。上に立つ者もたかがしれている。やっぱ聖光騎士団はくその集まりかも。

「上手いな」

 ダンスを褒めてくれたんだと分かり、浮かれてしまった。

「うん、慣れてる」
「流石聖女様だ」
「お前はもうちょっと練習した方がいい」
「必要なさそうだが?」

 つい、眉間に皺がよってしまった。

「何言ってるんだ。好きな女性が出来た時どうすんだよ? 相手の足を踏む気か?」
「先程も言ったように……」
「それ、駄目だ」

 オリビエの言葉を遮った。

「気にしない女性もいる。絶対いるから。まだ若いのに枯れてどうする」

 どう見てもオリビエは二十代前半だ。

「お前のように?」
「そう、私みたいに」
「……変わっているな」

 オリビエに失笑されてむくれてしまう。

「それ、褒め言葉じゃないから」

 皆に言われまくってるから、もう、この辺でやめてくれ。珍獣扱いされているようだ。絶滅寸前の小動物とかな。

「じゃあ、綺麗だ」

 思わず見上げると、オリビエは笑っていて、見入ってしまう。サイラスにそっくりな顔でそう言われると……ま、まずい。顔が熱い。多分、顔が赤くなってる。

「お前、もしかしてたらしだった?」
「世辞は口にしない」

 ほんとーか? そこはかなり疑わしいが、でも、前向きになっているんだから、これでいいのか……。

「あら、お似合いだわ」

 嘲笑を含んだような女の声で振り返れば、シャンパンを手にしたリアンがいて、眉間に皺が寄ってしまう。何でお前がここにいるんだよ、そう思ったが口にはしない。
 ダンスを止めた私の所まで優雅な足取りで近寄り、リアンが微笑んだ。

 薄紅色のドレスか……。
 長い銀の髪は綺麗に結い上げて、ドレスと同じ色の花をあしらっている。見た目は妖精だけど、やっぱり人を見下すような笑い方が気に食わない。若い時はもう少しましだったように思うけれど、年食って更に性格ねじ曲がったか?

「ねぇ、オリビエ。そんなお子ちゃまを相手にするほど女に飢えているの?」

 嘲笑の響きがあって、むっとなる。きっと眉間にしわ寄ってるな。

「かわいそうねぇ。でも、勝手に実験体になんかなった貴方が悪いのよ? あんな真似さえしなければ、このわたくしと結婚出来たのに……」

 オリビエは何も言わない。ただ、じっとリアンを見つめるだけ。表情が読みにくい。意識的に感情を殺してる?

「何の用だ?」

 私がオリビエに代わってそう言うと、

「いえ、ふふ。お似合いよ、聖女様。美女と野獣と言いたいところだけど、流石に、ねぇ? お子ちゃまと野獣ってところかしら?」

 くすくすとリアンが笑う。
 本当、良い性格している。人の目があるところでは、きちんと敬意を払うふりをするのに、こうして人の目がないと、手のひらを返したように聖女であるはずの自分を貶す貶す。
 ある意味、エレミアより質悪いかも。

「どうぞ、ごゆっくり」

 リアンは優雅に身を翻し、立ち去っていく。何だったんだ? 嫌みを言いに来ただけ? 本当、いい性格している。ちらりとオリビエを見上げるも、やっぱり表情に変化なし。もう、リアンに未練はないのか?

「あのな、もっといい女はいっぱいる。元気出せ」

 そう言うと、ふっとオリビエの目がこちらを向き、

「……あれと結婚したいなどと思ったことはない」

 吐き捨てるようにそう言われ、え? となる。先程までの無表情から一変、不快感がそのまま顔に出ていた。嫌悪感丸出しである。

「でも、リアンと婚約……」
「ああ、一方的に無理矢理婚約させられた。あれから離れられて、せいせいしてる。あんな女に話しかけられるのも、うんざりなんだが逆らえない。くそっ……」

 逆らえない? 一体どういう……。

「誰だ!」

 オリビエが突如そう叫び、後ろ手に庇われてびっくりする。
 目に入るのはオリビエの背中だけ。え? 何が起こった? いや、ちょ、待て待て待て! 武器なんて仕込んでたのかよ、お前!

 オリビエが身につけていた両手の小手から刃が出ていて、ぎょっとなった。どう見ても戦闘態勢に入っている! ここは暁の塔で、危険なんか無いぞ!

 暗がりから出てきた人物を見て、あっとなる。
 ゼノスだ! 仮面付けてるけど間違いない! え? もしかして合成種ダークハーフだってばれた? 何で? ルーファスの目くらましがきかなかったってことか?

「ま、待て待て待て!」

 私は慌ててオリビエの腕にかぶりついていた。

「彼は私の友達だ!」
「友達?」

 オリビエが怪訝そうに言う。

「こいつは合成種ダークハーフだぞ?」

 やっぱりばれたんだ! 私は食ってかかっていた。

「分かってるよ! でも、大事な友達なんだ! やめてくれ!」

  オリビエは一応武器を降ろしてくれたけれど信用できなくて、ゼノスとオリビエとの間に割って入った。両手を広げて、ゼノスに近寄るなと目線で威嚇すれば、

「ああ、そう言えば合成種ダークハーフと懇意にしているって言ってたな」

 そんな事をため息交じりに口にし、オリビエは武器を納めてくれた。刃が小手の中にひっこんだのだ。その行動が意外で目を見張った。
 こいつ、聖光騎士団員なんだよな? しかも総団長の息子だ。一体どうなってる? 聖光騎士団の連中は、合成種ダークハーフだと分かると赤ん坊でも殺すのに……。

「……どうして分かった?」
「うん?」
「ゼノスが合成種ダークハーフだって、どうしてばれた?」
「匂い」
「匂い?」
「俺は新型の獣人で、通常なら気が付かないくらいの違いも拾う」
「え? 実験は失敗じゃなかったのか?」

 驚いてそう言えば、

「いや、これで成功らしい。他の奴らは全員死んだからな」

 オリビエにけろりとそう言われ、絶句する。
 やっぱり魔道実験で人死にが出ているんだ。

「けど、そっちも悪い。気配を完全に消しているから、殺意があると思った」

 オリビエがそう言った。気配を完全に……ああ、ゼノスならやりそうだな。で、気配はないけど、匂いでばれたと。こいつも十分危ない。

「他の団員は……」
「さっきも言ったように俺の感覚は特別だ。他の連中にはまだばれていない。会場の中にも同じような匂いが二つあった。他の連中は騒いでいなかっただろう?」

 同じような匂い……えー、ロイとヨアヒム、かな? あいつらもいるのか。ごちそう目当てで群がるって、ほんっとう脳天気だな。

「……見逃してくれるのか?」

 私がそう問うと、

「命令がないのに何故狩る必要が?」

 オリビエがけろりとそう答えた。

「いや、だって……」
「俺は別に合成種ダークハーフを嫌ってはいないし、憎んでもいない。ただ命令されれば逆らえないからそうしているだけだ。むしろ、聖光騎士団のやり口にこそ反吐が出る。全員死ねと言ってやりたいね」
「え、じゃあ、なんで……」
「さっきも言ったように逆らえない。それ以上は聞くな。言うことを許されていない」

 踵を返してオリビエが立ち去ると、

「サイラス様に似ているな」

 ゼノスがそうぽつりと言った。やっぱりそう思うよな。

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