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第二章 銀色の拘束
第三十四話 馬子にも衣装
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「エラ様! 大丈夫ですか!?」
寝ぼけ眼で見上げると、侍女のアンナが仰天していた。
アンナはふくよかな中年女性で、しっかり者である。
あー……どうやらベッドから転がり落ちたらしい。夢見が悪すぎる。というか、試練の谷での出来事は忘れたいのに、くっきりはっきり脳裏に焼き付いていて、記憶から消えてくれないってどうよ。
もぞもぞと起き上がり、反転していた視界を元に戻す。
「あー、大丈夫。平気平気」
助け起こそうとしたアンナに笑ってみせる。
「では身支度を致しましょう」
「身支度?」
つい、首を捻れば、
「本日開かれる舞踏会は、各国から沢山の賓客がいらっしゃいます。皆様、聖女様に会うことを楽しみにしていらっしゃるんですよ。さ、お支度を」
ぬええ……。
「それ、出なきゃ駄目?」
「駄目でございます。大丈夫ですよ。聖女様はただにこにこ笑って、ご挨拶して下さればよろしいのですから」
アンナがにっこり笑った。
にこにこ笑って挨拶、ねぇ。堅苦しい席はどうも苦手だ。まぁ、やろうと思えば出来るけどな。なんせ、前世では、貴族社会で必要なマナーは一通り叩き込まれた。貴族内部に潜入して暗殺する事もあったから、ダンスなんかも出来てしまう。
ダンス、ダンスかぁ……。
そういや、サイラスともよく踊ったな。まほろばの森にある湖の上で、一緒に何度も踊った。日の光に輝く水の上に立つって、本当、あれは不思議で楽しい体験だ。サイラスがいたから水の上に立つ事も出来たんだよな……。ああ、懐かしい。もう一回踊りたい。サイラスと。はぁ……。
お風呂に入れられ、髪を梳られ、念入りに手入れをされてしまう。
舞踏会用のドレスも白いんだな。聖女の衣装とよく似ている。豪奢だけど清楚だからこれも似合ってくれた。化粧もしてくれたから、少しは大人っぽくなったかな?
じっと鏡に見入っていると、
「よくお似合いですよ」
アンナが褒めてくれた。うーん……誰かに見せたい。サイラス、は無理だから、部屋の外にいるエドガーに見てもらおう。護衛のエドガーは背の高い真面目な好青年だ。
「可愛いか?」
にぱっと笑ってみせると、
「ええ、馬子にも衣装ですね」
エドガーもまたにっこりと笑って言った。おうい。
「……世辞でも可愛いって言えんのか」
ついむくれてしまう。
「ですから可愛らしいと」
「エドガー、あのな。馬子にも衣装は褒め言葉じゃないぞ。どんな奴でも衣装次第で立派に見えるって、嫌みが入っているんだよ。別の奴に聞きにいく」
「合成種の所ですか?」
「友達だからな」
「はいはい分かりました。撒かないで下さいね?」
先に牽制された。まぁ、何も言わないのなら別にいいか。
白いドレスをひらひらさせながら廊下を歩いていると、魔道士達が恭しく頭を下げる。これも何だかなぁ……慣れない。でも自分の地位が高いのは助かる。合成種に会いに行っても表だって誰も文句言わないもんな。
「おや、聖女様、どちらへ?」
うん、エレミアを除いて。なんでばったり合うかな。
真っ直ぐ伸びた茶色の髪は、肩の辺りできっちり切りそろえられ、にこにこ笑う顔はハンサムで人当たりがよさそうに見える。見えるだけ、だけど。
「合成種のところ」
「本当、歯に衣着せませんね、あなたは」
にこにこ笑いながらも、険悪オーラをきっちりまき散らしてくるし。言葉にするならふざけんなってところか。
「先に言っておきますが、彼らは舞踏会には出られませんからね?」
エレミアがそんな忠告を口にした。
「なんで?」
「合成種だからです」
「私があいつらと一緒に出たいって言ったら?」
「言ってもいいですけどね」
エレミアがにこにこと言う。いいのか?
「聖光騎士団の連中も招待されていますよ? どうなるか分かりますよね? 彼らと乱闘になっても僕は見捨てますから、あしからず」
聖光騎士団って、合成種を目の敵にしている集団じゃんか。そんなの呼ぶなよ。
「似合います?」
一応エレミアにも聞いてみると、にっこり笑ったまま、
「社交辞令がいいですか? それとも本音?」
エレミアがそう口にした。こういうこと言ってくるのか。あー、そうだな……。
「本音で」
「よく似合っていますよ。幼児体型のあなたにはぴったりです」
左様で。褒めているのか貶しているのか……多分、貶しているんだな。
「ちなみに社交辞令は?」
「とっても綺麗ですとも」
紳士的な微笑みまでサービスか。作り笑い上手すぎだろう、お前。社交辞令の方だけだったら、うっかり騙されそうだ。
「ウォード様は、すっきりするくらい正直だから、逆に好きになりそうです」
私がそう言うと、エレミアはにこにこ笑ったまま、
「おや、そうですか。それはありがとうございます。マゾですか?」
違います。ま、いいや。でも何で、エレミアはサイラスを目の敵にしてるんだかな。いまだに謎だ。
「どうして合成種が嫌いなんですか?」
「両親の敵だからですよ、聖女様」
さらっと聞いたらさらっと答えられて、思わず言葉に詰まった。
「驚くくらいなら聞かないで」
エレミアの顔からすっと笑みが消えた。流石に不愉快そうで、まずかったか? と背筋がひやりとなる。
「あ、その、悪い……」
まさか馬鹿正直に言ってくれるとは思わなくて、何て答えていいか分からない。
「あのね、聖女様」
エレミアが嘆息し、ぐっと顔を近づける。笑みを消した顔は、やっぱり怖いんだと分かる。いや、こっちが素なのかも。いつもは笑って誤魔化しているだけで……。そう、人当たりが良く見えるのは作り笑いのせいだ。
「僕みたいなのはたくさんいるよ?」
そう囁かれて、びくりと体が震えた。
「合成種が殺人鬼になるのはめずらしい事じゃない。普通の人間がそれに太刀打ち出来ないってことも分かるよね? 君は聖女様だから、ここで表だって非難する人はいないだろうけど、君の行動を内心不愉快に感じている魔道士はたくさんいる。僕は聖女を守る立場にいるから、君を害する真似はしないけど、あまり目立った行動はしないほうがいい。反発する愚か者ってのは存外多いんだ。僕達五大魔道士の手を煩わせるような真似はしないで」
「……努力する」
「なら……」
「合成種との付き合いは止めない」
きっぱり言うと、エレミアは閉口したように肩をすくめた。
「ああ、本当、なんで君が聖女だったんだろうね? やれやれだ」
立ち去りかけたエレミアの背に向かって言った。
「でも、ありがとう」
はあ? って言いたそうな顔で振り向かれたけれど、
「一応、心配してくれたんだろ? 建前でも何でも嬉しかったよ、ありがとう」
そう言ってにっこり笑ってやった。
「……本音では君もサイラスと一緒に始末したかったんだけどな」
エレミアがそう返してきて、口元が引きつってしまう。それも分かる。地獄の軍団に襲われた時、本気の本気で攻撃してきたもんな、お前! サイラスが壁になってくれたから無事だったけれど! 分かってたけど、わざわざばらすなよ!
「お前、ほんっと性格悪いな」
つい、そう愚痴れば、
「正直なのがいいんでしょう?」
しれっと返されてしまった。やっぱりエレミアだよな、うん。
気を取り直し、ゼノスの部屋まで行って、ノックをする。
ゼノスは目つきの鋭い細身の男だ。
黒髪に漆黒の剣、身につける衣服も黒く、おまけに信じられないほど身軽なので、黒い鳥みたいに見える。見た目は二十代前半だけど、合成種なので年齢不詳だ。年取らないんだよな、こいつら。
部屋から出てきたゼノスを見て、にっこり笑ってみせた。自分では極上の笑みのつもりだが、実際はどうなのかは分からない。まぁ、つもりはつもりだ。
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アンナはふくよかな中年女性で、しっかり者である。
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もぞもぞと起き上がり、反転していた視界を元に戻す。
「あー、大丈夫。平気平気」
助け起こそうとしたアンナに笑ってみせる。
「では身支度を致しましょう」
「身支度?」
つい、首を捻れば、
「本日開かれる舞踏会は、各国から沢山の賓客がいらっしゃいます。皆様、聖女様に会うことを楽しみにしていらっしゃるんですよ。さ、お支度を」
ぬええ……。
「それ、出なきゃ駄目?」
「駄目でございます。大丈夫ですよ。聖女様はただにこにこ笑って、ご挨拶して下さればよろしいのですから」
アンナがにっこり笑った。
にこにこ笑って挨拶、ねぇ。堅苦しい席はどうも苦手だ。まぁ、やろうと思えば出来るけどな。なんせ、前世では、貴族社会で必要なマナーは一通り叩き込まれた。貴族内部に潜入して暗殺する事もあったから、ダンスなんかも出来てしまう。
ダンス、ダンスかぁ……。
そういや、サイラスともよく踊ったな。まほろばの森にある湖の上で、一緒に何度も踊った。日の光に輝く水の上に立つって、本当、あれは不思議で楽しい体験だ。サイラスがいたから水の上に立つ事も出来たんだよな……。ああ、懐かしい。もう一回踊りたい。サイラスと。はぁ……。
お風呂に入れられ、髪を梳られ、念入りに手入れをされてしまう。
舞踏会用のドレスも白いんだな。聖女の衣装とよく似ている。豪奢だけど清楚だからこれも似合ってくれた。化粧もしてくれたから、少しは大人っぽくなったかな?
じっと鏡に見入っていると、
「よくお似合いですよ」
アンナが褒めてくれた。うーん……誰かに見せたい。サイラス、は無理だから、部屋の外にいるエドガーに見てもらおう。護衛のエドガーは背の高い真面目な好青年だ。
「可愛いか?」
にぱっと笑ってみせると、
「ええ、馬子にも衣装ですね」
エドガーもまたにっこりと笑って言った。おうい。
「……世辞でも可愛いって言えんのか」
ついむくれてしまう。
「ですから可愛らしいと」
「エドガー、あのな。馬子にも衣装は褒め言葉じゃないぞ。どんな奴でも衣装次第で立派に見えるって、嫌みが入っているんだよ。別の奴に聞きにいく」
「合成種の所ですか?」
「友達だからな」
「はいはい分かりました。撒かないで下さいね?」
先に牽制された。まぁ、何も言わないのなら別にいいか。
白いドレスをひらひらさせながら廊下を歩いていると、魔道士達が恭しく頭を下げる。これも何だかなぁ……慣れない。でも自分の地位が高いのは助かる。合成種に会いに行っても表だって誰も文句言わないもんな。
「おや、聖女様、どちらへ?」
うん、エレミアを除いて。なんでばったり合うかな。
真っ直ぐ伸びた茶色の髪は、肩の辺りできっちり切りそろえられ、にこにこ笑う顔はハンサムで人当たりがよさそうに見える。見えるだけ、だけど。
「合成種のところ」
「本当、歯に衣着せませんね、あなたは」
にこにこ笑いながらも、険悪オーラをきっちりまき散らしてくるし。言葉にするならふざけんなってところか。
「先に言っておきますが、彼らは舞踏会には出られませんからね?」
エレミアがそんな忠告を口にした。
「なんで?」
「合成種だからです」
「私があいつらと一緒に出たいって言ったら?」
「言ってもいいですけどね」
エレミアがにこにこと言う。いいのか?
「聖光騎士団の連中も招待されていますよ? どうなるか分かりますよね? 彼らと乱闘になっても僕は見捨てますから、あしからず」
聖光騎士団って、合成種を目の敵にしている集団じゃんか。そんなの呼ぶなよ。
「似合います?」
一応エレミアにも聞いてみると、にっこり笑ったまま、
「社交辞令がいいですか? それとも本音?」
エレミアがそう口にした。こういうこと言ってくるのか。あー、そうだな……。
「本音で」
「よく似合っていますよ。幼児体型のあなたにはぴったりです」
左様で。褒めているのか貶しているのか……多分、貶しているんだな。
「ちなみに社交辞令は?」
「とっても綺麗ですとも」
紳士的な微笑みまでサービスか。作り笑い上手すぎだろう、お前。社交辞令の方だけだったら、うっかり騙されそうだ。
「ウォード様は、すっきりするくらい正直だから、逆に好きになりそうです」
私がそう言うと、エレミアはにこにこ笑ったまま、
「おや、そうですか。それはありがとうございます。マゾですか?」
違います。ま、いいや。でも何で、エレミアはサイラスを目の敵にしてるんだかな。いまだに謎だ。
「どうして合成種が嫌いなんですか?」
「両親の敵だからですよ、聖女様」
さらっと聞いたらさらっと答えられて、思わず言葉に詰まった。
「驚くくらいなら聞かないで」
エレミアの顔からすっと笑みが消えた。流石に不愉快そうで、まずかったか? と背筋がひやりとなる。
「あ、その、悪い……」
まさか馬鹿正直に言ってくれるとは思わなくて、何て答えていいか分からない。
「あのね、聖女様」
エレミアが嘆息し、ぐっと顔を近づける。笑みを消した顔は、やっぱり怖いんだと分かる。いや、こっちが素なのかも。いつもは笑って誤魔化しているだけで……。そう、人当たりが良く見えるのは作り笑いのせいだ。
「僕みたいなのはたくさんいるよ?」
そう囁かれて、びくりと体が震えた。
「合成種が殺人鬼になるのはめずらしい事じゃない。普通の人間がそれに太刀打ち出来ないってことも分かるよね? 君は聖女様だから、ここで表だって非難する人はいないだろうけど、君の行動を内心不愉快に感じている魔道士はたくさんいる。僕は聖女を守る立場にいるから、君を害する真似はしないけど、あまり目立った行動はしないほうがいい。反発する愚か者ってのは存外多いんだ。僕達五大魔道士の手を煩わせるような真似はしないで」
「……努力する」
「なら……」
「合成種との付き合いは止めない」
きっぱり言うと、エレミアは閉口したように肩をすくめた。
「ああ、本当、なんで君が聖女だったんだろうね? やれやれだ」
立ち去りかけたエレミアの背に向かって言った。
「でも、ありがとう」
はあ? って言いたそうな顔で振り向かれたけれど、
「一応、心配してくれたんだろ? 建前でも何でも嬉しかったよ、ありがとう」
そう言ってにっこり笑ってやった。
「……本音では君もサイラスと一緒に始末したかったんだけどな」
エレミアがそう返してきて、口元が引きつってしまう。それも分かる。地獄の軍団に襲われた時、本気の本気で攻撃してきたもんな、お前! サイラスが壁になってくれたから無事だったけれど! 分かってたけど、わざわざばらすなよ!
「お前、ほんっと性格悪いな」
つい、そう愚痴れば、
「正直なのがいいんでしょう?」
しれっと返されてしまった。やっぱりエレミアだよな、うん。
気を取り直し、ゼノスの部屋まで行って、ノックをする。
ゼノスは目つきの鋭い細身の男だ。
黒髪に漆黒の剣、身につける衣服も黒く、おまけに信じられないほど身軽なので、黒い鳥みたいに見える。見た目は二十代前半だけど、合成種なので年齢不詳だ。年取らないんだよな、こいつら。
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