骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
27 / 121
第二章 麗し殿下のお妃様

第二十七話

しおりを挟む
「あんたが刺されたりするから……」
 オスカーにそう文句を言ったのは、スカーレットさん。
「それ、僕のせい?」
「油断したのはあんただ」
「妖精姫と鏡勝負なんてするからだよ。普通に倒せばよかったじゃない」
「余計な労力は使わない主義なんでね」
 スカーレットさんがふんっと鼻を鳴らす。
 城仕えの治癒術士さんが、オスカーの治療をしてくれている。
「痛くない?」
「大丈夫だよ、ビー……」
 オスカーが微笑んでくれた。
 治癒術士さんに命に別状はないと言われたけれど、傷はかなり深かったらしくて、立ち上がるのはまだ無理そう。オスカーの手をぎゅっと握れば、オスカーに「ごめんね」と言われてしまう。どうして謝るのか分からなくて、そう聞くと、「君を泣かせたから」とオスカーが口にする。
 そこにあったのはいつもの優しい眼差し。包み込むような藍色の瞳。握っていた手を引き寄せられて、そこに落とされる口づけがくすぐったくて嬉しくて……じわりと涙が浮かびそうになったけれど、慌ててそれを拭う。
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、私は顔を上げた。
 すると、長々と寝そべっていた天竜と目が合った。
 天竜の蛇のように長い巨体は白い体毛に覆われていて、こちらを見つめる青い瞳は優しそう。自国の兵士達は遠巻きにしていて誰も近寄らない。怖いのかな? でも、何だろう、私は傍においでって言われたような気がして、オスカーから離れ、近づいてみた。
 手を伸ばして、そうっと鼻先に触れれば、天竜が気持ちよさそうに目を細める。白い体毛が柔らかく、ふわふわして暖かい。撫でると尻尾らしき部分がぱたぱた揺れ、喜んでいるように見えた。何だか可愛い。
「やれやれ、天竜もあんたにかかっちゃ形無しだね」
「スカー……夕闇の魔女さん」
 慌てて言い直す。これだけたくさんの人がいるのだから、名前を口にするのは厳禁だ。
「これ、私が呼んだの?」
「そうだね、強制召喚されたよ。んでもって暴れ回って屋敷全壊」
 え? 屋敷が壊れたの私のせい?
 唖然として周囲を見渡す。瓦礫の山と青空……。きっと、多分、森の木々もなぎ倒したんじゃないかな、これ……。じゃなければ、こんなに視界がいいわけがない。
 スカーレットさんが豪快に笑う。
「見事なあばれっぷりだったね。あんたを怒らせるからだよ。まったく……」
 自国の兵士達に罪人のように引っ立てられていく人達を眺め、
「あの人達は?」
「あんたの天眼に目を付けて、あんたをさらおうとした連中さ。オスカー殿下はあんたの防壁だったからね。邪魔だったんだろ? 彼を排除しようとして、あんたを怒らせた。間抜けもいいとこさ。天眼の持ち主を怒らせちゃいけないって、誰もが口をそろえてそう言うっていうのに……」
 え? じゃあ……。
「オスカーは私のとばっちりでああなったの?」
「ああ、そういう顔をするんじゃないよ」
 スカーレットさんが宥めるように言う。
「天眼の持ち主を伴侶にするってのは、こういうことなんだから。誰もがあんたを手に入れようとするから、ごたごたはつきものなのさ。でも、一つだけやっちゃいけないことがある。あんたを怒らせたら駄目なんだ。あんたの意志を無視すると、身の破滅を招く」
 そのルールを破るから、こうなるんだよ、とスカーレットさんが言う。
「もしかして今回の件、計画的?」
 だって、タイミングが良すぎる。たくさんの人達に取り囲まれたと思ったら、自国の兵士達が飛び出してきた。これって……。
「そうさ。悪いね、嬢ちゃん。犯人を突き止める為に、あんたを囮として使ったんだ」
「オスカーも知ってた?」
「というか、気付いて止めたね。あんたが囮になるのが最善だって頭で分かってても、あいつはそれに逆らっちまう。計算高い筈なのに、ことあんたのことになると、真逆の行動をする。あんたはオスカー殿下の唯一の弱点なんだね」
 そこへ、誰かの悲鳴が耳に届き、目にした光景に驚いた。
 マリエッタお姉様がお父様に殴られたらしく、お姉様が倒れていた。
 お父様? どうしてここに?
「この恥さらしめ!」
 聞き慣れた父親の言葉と怒声に身をすくませる。
 何年経っても、これには慣れそうにない。
「ごめ、ごめんなさい……」
 涙ながらにマリエッタお姉様が謝った。お父様は鬼のような形相だ。
「何て真似をしてくれた! 殿下を刺しただと? 王族に刃向かうということがどういうことか、分からないとでも言う気か!?」
「お、覚えていないの、お父様。私、利用されたのよ! 鏡よ、鏡、鏡さんの呪法を唱えれば自由にしてやるって、そう言われたから、そうしただけで……知らなかったの! 王家に牙をむく連中だったなんて! 本当よ、信じて!」
「黙れ! このたわけ! いいように操られたなどと口にするな! リンデル家の面汚しめ! この恥さらしの無能者めが! 反逆罪で一族を破滅させる気か! 断頭台に送られる前に、この私が始末してやる!」
 お父様が剣を鞘から引き抜いて……。
「やめて!」
 思わず飛び出していた。人が殺されるところなんて見たくない。マリエッタお姉様をかばうように身を寄せれば、お父様が気を落ち着けるように息を吐き出し、
「王太子妃殿下、申し訳ありません」
 姿勢を正し、そう言った。思わずぽかんとなってしまう。お父様が謝罪したことが意外すぎて、目を見開いた。てっきり一緒になって怒鳴られると、そう思っていたのに……。殴られる覚悟さえしていた。なのに……。
 お父様の言葉が続く。
「私の娘がとんでもないことを仕出かしました。どうか、今この場で処刑する権限をお与え下さい。速やかに憂いを取り除いてご覧に入れますゆえ」
 これは臣下の態度だった。
 ああ、そうか……。何かがすとんと胸に落ちた。これが、外での父親の姿だったのだと、ようやく気が付く。自分の目で見た父親は、常に家の中だったから、娘を疎ましく思う彼の姿しか知らなかった。一族をまとめ上げてきた父親の姿がこれだったのだろう。
 でも……。
「お、お父様はマリエッタお姉様を愛しているでしょう? 助命を嘆願すれば、きっと温情が与えられるはずです。早まった真似は……」
「もはや娘とは思っておりません」
 きっぱりとした物言いに唖然となる。
 え? でも……。愛するマリエッタ……お父様は確かにそう言っていた。自慢の娘だと……一族の誇りだと……。容姿にも才能にも恵まれて、マリエッタお姉様は誰からも愛されていた、そう思っていたのに……どうして?
「やめてよね、あんたにかばわれるなんて、うんざりよ!」
 マリエッタお姉様が私を突き飛ばし、お姉様はお父様に再度殴られる。
 どうして? どうして? だって、愛してるって……あんなに可愛がっていたのに……父親の激変が信じられない。うらやましいと何度思っただろう。可愛がられて、愛されて、私もああなりたいと何度思ったかしれやしない。
 それが、どうしてこんな風になったのか信じられなかった。愛してやまなかった娘を、どうしてこんなに簡単に切り捨てられるのか分からない。オスカーなら……メリルお母様なら……こんな風に愛するものを切り捨てたりしない。何とか助け出そうとしてくれるだろう。お父様の愛と、オスカーがくれた愛が、どうしてこんなにも違うのか……。
 愛していなかった?
 天啓のようにそんな思いがわき上がる。
 愛されていなかった?
 誰からも愛されていたと思っていたマリエッタお姉様。
 でも、それが、うわべだけのものだったとしたら? 美しく才能にあふれていれば愛されて、それを失えば愛を失う……オスカーが自分にくれた愛と、あまりにも違いすぎて、涙があふれて止まらない。
「やめて!」
 振り上げた父親の剣に必死ですがりつく。悲しくて苦しくて……。
 冷酷な父親の眼差し。これの意味がようやく分かったような気がして……。お父様も愛されていなかった? だから誰も愛さない。
 愛のない家だったんだ。自分がうらやましいと感じていたあの光景は幻想で、あそこに愛は存在しなかった。あくまで条件付きの……これがあれば愛してやると、そう言われて育った子供は、どうしてもそれを求める。美しい容姿を才能を……愛されるためにはそれが必要だと頑なに思い込むから。
 オスカーにそれは必要ない。彼のそれは無償の愛だ。彼の手はいつだって温かい。貧しい人、虐げられている人達に向かって、見返りを求めず、それを与える。愛のない家で育った自分だからこそ、それがよく分かる。そして愛されないことがどれほど苦しいものかということも。
「お父様、お願いします。許してあげてください。私に免じて……」
 その言葉でようやく怒りをおさめてくれた。
「礼なんか言わないから」
 マリエッタお姉様がそっぽを向く。
「生意気なのよ、あんた。不細工のくせに。才能のかけらもないくせに。見下さないでちょうだい。うんざりよ」
「ええ、そうね」
 私がそう言うと、びっくりしたような目を向けた。
「あんたなんか嫌いよ」
「知ってる」
 そう言って抱きしめれば、
「ちょっと! 嫌いだって言ってるでしょ! 触らないで!」
「分かってる、でも……」
 私は愛してる、そう言うと、お姉様は驚いたようで、言葉を詰まらせた。
「……気持ち悪い」
「そうね」
「あんた、みっともないわ」
「そうね」
 そんなやりとりをどれだけ繰り返しただろう、あんたなんか大っ嫌いと言いながら、マリエッタお姉様は私の体を叩いていたけれど、ついには泣き出して、最後はすがりつくようにして大泣きした。
「あんた、どんな魔法を使ったんだ?」
 後日、スカーレットさんがそんな事を言い出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket
ファンタジー
小国メンデエル王国の第2王女リンスターは、病弱な第1王女の代わりに大国ルーマデュカ王国の王太子に嫁いできた。 政略結婚でしかも歴史だけはあるものの吹けば飛ぶような小国の王女などには見向きもせず、愛人と堂々と王宮で暮らしている王太子と王太子妃のようにふるまう愛人。 まあ、別にあなたには用はないんですよわたくし。 私は私で楽しく過ごすんで、あなたもお好きにどうぞ♡ 【作者注:この物語には、主人公にベタベタベタベタ触りまくる男どもが登場します。お気になる方は閲覧をお控えくださるようお願いいたします】 恋愛要素の強いファンタジーです。 初投稿です。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

処理中です...