67 / 93
仮面卿外伝【第一章 太陽と月が出会う時】
第三話 バカップルを真似てみた
しおりを挟む
翌朝、従者の手によって、オーギュストから、かすみ草の花束が届けられた。今日はブリュンヒルデの十六才の誕生である。腕一杯のかすみ草を抱えて、アンバーが喜びに顔を輝かせた。
「姫様、見てください! かすみ草をこんなにたくさん! 姫様がお好きな花ですね?」
アンバーからかすみ草の花束を受け取り、ブリュンヒルデは顔をほころばせる。アンバーが感心したように言った。
「オーギュスト殿下は本当にマメですよね。贈り物はこうして何度も届けられますし、手紙もそう。ギデオン皇太子殿下も見習ったらよろしいのに……。姫様の恋路の邪魔ばかりして、御自分がライード公爵令嬢に振られたら笑えませんよ。ああ、そういえば、ピンクダイヤの髪飾りもいただいたんですね? 今日おつけになりますか?」
「ええ、お願い」
ブリュンヒルデが楽しそうに笑う。なんとも素敵な一日の始まりだった。
「ご機嫌よう、ブリュンヒルデ皇女殿下」
朝食後、アンバーと共に書庫を訪れたブリュンヒルデの元へやってきたのは、従姉妹のアナベルだ。リトア公国へ嫁いだ皇妹が母親なので、身分は公女である。キャラメルブロンドの美女で、ブリュンヒルデより一つ年上だが、随分と大人びて見える。
「ご機嫌よう、アナベル公女殿下」
ブリュンヒルデが挨拶を返すと、アナベルが笑った。
「一応、ご婚約おめでとう。でも、これで勝ったなんて思わないでね?」
意図を図りかね、ブリュンヒルデが眉をひそめると、アナベルが再び艶やかに笑う。
「あら、だって。正妃の座は逃しても、側室という手がありますもの。国へ帰ったら、オーギュスト殿下に正式に申し込む予定よ」
え……。面と向かってアナベルにそう言われ、ブリュンヒルデは絶句してしまう。どう言えばいいのか分からない。結婚もまだである。
婚約段階で側室……
ブリュンヒルデの反応を見て、アナベルが面白そうに笑った。
「あらぁ? 王室に嫁ぐ以上、これくらいは当然じゃない。それとも……女の一人や二人、囲うのも嫌だと裁量の狭いことをおっしゃる気ですの? 王妃としては少々不適格かもしれませんわね? いっそ、正妃の座を他の方に譲った方がよろしいかもしれませんわ?」
嫌みたっぷりのアナベルの台詞に、ブリュンヒルデよりも、主人を慕うアンバーの方が憤慨する。なんって失礼な! アンバーはそう思ったが、侍女の身分では文句を言うことも出来ない。口をぱくぱくさせ、無音で罵った。
「……決定権はオーギュにありますわ」
ブリュンヒルデがぽつりと言う。悲しいけれど、これは事実だ。反対したとしても、彼がその気になれば止められない。アナベルが勝ち誇ったように言う。
「ええ、当然、そうでしょうね。ふふ、楽しみですわ」
アナベルが余裕の足取りでその場を立ち去ると、アンバーがこらえていた怒りを爆発させる。
「何ですか! 何なんですか、あの失礼な物言いは!」
そして案の定、オーギュストと帝都の観光に行こうとすると、狙い澄ましたようにアナベルがやって来た。どこから聞きつけたのか知らないが、帝都の街並みを歩けるよう、きちんと質素な服を身につけている。
アナベルがにっこりと笑った。
「オーギュスト殿下、帝都の観光をなさるのなら、是非、ご一緒させてください。せっかくですもの。わたくしも帝都の街並みを見てみたいですわ」
「出来れば遠慮して欲しいんだが……」
オーギュストが難色を示すと、アナベルがたたみかけた。
「あら、そんな悲しいことおっしゃらないで? はるばる帝都までやってきたんですもの。皇女殿下の従姉妹として仲良くしていただきたいわ」
ブリュンヒルデの従姉妹という部分をやけに強調する。
「……ヒルデ?」
意見を聞かれて、ブリュンヒルデは迷った。アナベルはオーギュストに懸想している。出来るなら、オーギュストの言う通り遠慮してもらいたい。けれど、国同士の付き合いというものもある。単なる私情で邪険にしていいものかどうか……
ブリュンヒルデが迷っていると、オーギュストがため息交じりに言った。
「……分かった、一緒に行こう」
「良かった、嬉しいわ」
アナベルは喜び、はしゃいだ声を上げる。一緒の馬車に乗り込めば、アナベルがブリュンヒルデの髪飾りに目をとめた。
「あら、素敵。ピンクダイヤですの?」
「え、ええ」
「そう、私からの贈り物だ。ああ、よく似合っている」
すかさずオーギュストがブリュンヒルデの唇にちゅっと接吻し、そのままぐいっと引き寄せた。ブリュンヒルデは驚いた。こんな真似をされたことは一度もない。
オーギュ? ちょ、ちょっとひっつきすぎでは?
ブリュンヒルデは戸惑うも、腰から手を離してもらえない。馬車に揺られている間中、オーギュストにべったりである。どうしたって頬が熱を持つ。
それを目にしたアナベルの口元が引きつった。
「な、仲がよろしいんですのね?」
「ああ、見ての通りだ」
オーギュストがさらっと肯定する。いつもこんな感じですと言わんばかりだが、ブリュンヒルデは心中ぐるぐるだ。心の中で首を横にぶんぶん振る。
い、いえ、違うわよ? いつもはこんなにべったりひっついていません。オーギュ? 一体、ど、どうしちゃったの?
ブリュンヒルデは戸惑うばかりだ。
馬車から降りる段になると、アナベルはオーギュストに向かって手を差し出すも、すかさずその手を取ったのは、リンドルン王国の護衛騎士であるレアンドルである。
レアンドルはがっしりとした体格の偉丈夫だ。真面目な性格をそのまま体現したような男で、その表情はいつだって厳めしい。今もまた口を引き結んだまま、お手をどうぞとやっている。
アナベルが憤慨した。
「ちょ、ちょっとお! わたくしはオーギュスト殿下に!」
「その殿下からのご命令です」
きっぱりとレアンドルが言い、アナベルが目を剥いた。
「ま、待って! わたくは招待されてヴィスタニアに来たのよ? エスコートくらいしてくれても……」
オーギュストが冷ややかに言う。
「そうだな? だが、私も招待客だ。接待する義務がどこにある?」
ずばっと切り返され、アナベルが言葉に詰まった。確かにその通りである。直訳するなら、我が儘言っているのはお前だ、といったところか……
オーギュ、もしかして怒ってる?
ブリュンヒルデがそろりと見上げても、オーギュストの表情に変化は見られず、心中は分からない。とはいえ、貴族は大抵、こんな風に表情を取り繕うものだが……
オーギュストが笑った。それこそ見惚れるほど艶やかに。
「もしこれが気に入らないというのでしたら、アナベル公女殿下? このまま馬車で宮殿までお帰りください。帝都の散策は後日あらためてということで……」
「こ、このままでいいわよ!」
アナベルが憤然と言う。馬車を降りれば、先を歩く護衛の近衛兵達が皇族の為に道を作り、人を近づけることはない。近付くなという警告を無視すれば、やはり不敬罪で罰せられる。なので物見遊山の人だかりは、ずらりと並ぶ近衛兵達の向こう側だ。
「ね、見て……」
「凄い素敵……」
周囲を固めている近衛兵達の向こうから、ひそひそと囁く女達がの声が聞こえてくる。こうして街中を歩けば、どうしたってオーギュストに視線が集まる。なのに……
「ヒルデ? ほら……」
オーギュストに、街中で購入した苺のスイーツを差し出され、ブリュンヒルデは内心目を白黒させる。周囲に注目されまくってる最中でこれ……。ブリュンヒルデがそろりと見れば、オーギュストがふわりと笑う。輝くばかりの笑顔だ。
もう、何が何やら……食べろってことよね? どうしたの? 本当にどうしちゃったの、オーギュ? 恋愛劇の男主人公みたいな行動になってるわよ?
口元までもってこられ、食べないわけにも行かず、ブリュンヒルデは恐る恐るそれを口にする。一口大の苺のシュークリームだ。オーギュストの手からパクリと頬張れば、生クリームに絡まる苺の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
とても美味しい、けど……
きゃあっという声が周囲から上がった。いやーん、羨ましい、等々という声が聞こえてくる。どう見ても、この光景を見た女性が反応している。
アナベルが顔を引きつらせた。
「ほんっとーに仲がよろしいんですのね?」
「……それはもう」
オーギュストが笑う。再び周囲がきゃあと反応だ。
その後も、ずっとこんな感じで、ブリュンヒルデはヒヤヒヤしっぱなしだった。とにかくオーギュストの行動が逐一甘ったるい。甘ったるすぎる。
手に口づけ、綺麗だと囁く。腰を引き寄せる。肩を抱く。二人で見つめ合うこと幾たびか……。その度事に周囲がざわめくから、もう、嬉しいやら恥ずかしいやら。美男美女でお似合いね、とう声はちょっぴり、いえ、大分嬉しかったけれど……
「本日はお付き合い下さり、ありがとうございました!」
馬車で宮殿まで帰ってくると、何だか叩きつけるように礼を口にし、アナベルが立ち去った。どうみても怒っている。
「……オーギュ、あの、何かありましたか?」
本当になんと言っていいか分からない。
「いや、別に? ああ……迷惑だったか?」
「いえ、そんなことは……」
ありませんと、ブリュンヒルデは恥らった。
いつものオーギュストと違って戸惑ったけれど、嫌だったわけではない。少し恥ずかしかったけれど……甘ったるいオーギュも悪くないと思ってしまう自分がいる。
オーギュストがやれやれというように息を吐き出した。
「なら、よかった。加減が分からず、やりすぎたかと」
「加減?」
「アナベル公女殿下に自分から帰ると言わせたかったんだ。けど、べったりしすぎて君に嫌われては元も子もないから、とりあえず、同じように街中を歩く恋人達を参考にしたんだが……どこまで大丈夫か手探りだった。かなり粘ってくれたが、これで次から無理矢理ついてこようなんてしなくなるだろう」
もしかして……
「アナベル公女殿下を怒らせたかったんですの?」
ブリュンヒルデが驚き、オーギュストの眉間に皺が寄る。
「迷惑だったんだ。君との時間を邪魔されるのも言い寄られるのも。仕事が忙しくてヴィスタニア訪問もままならない。こうしてヒルデとゆっくり出来るなんて随分と久しぶりだった。なのにあれ……。かといって、ずばっと言うと角が立つので、やんわりと?」
そこで、ブリュンヒルデは、はたと気が付く。自分がアナベルの対応を迷ったので、オーギュストはこういう手段をとってくれたのだと。
でなければ彼の事だ。付いてこないよう対応していた可能性が高い。オーギュストは優しいけれど、施政者としての厳しい一面も持つ。人を動かす立場にいるのだから、当然と言えば当然なのだけれど……
「あのう……」
「従姉妹と喧嘩したくなかったんだろう?」
オーギュストが言う。やっぱり見抜かれていたようだ。
「そうね、ありがとう」
ブリュンヒルデが笑う。甘えるように身を寄せれば、額にキスをしてくれた。嬉しくて笑ってしまう。本当に優しいわ。
「姫様、見てください! かすみ草をこんなにたくさん! 姫様がお好きな花ですね?」
アンバーからかすみ草の花束を受け取り、ブリュンヒルデは顔をほころばせる。アンバーが感心したように言った。
「オーギュスト殿下は本当にマメですよね。贈り物はこうして何度も届けられますし、手紙もそう。ギデオン皇太子殿下も見習ったらよろしいのに……。姫様の恋路の邪魔ばかりして、御自分がライード公爵令嬢に振られたら笑えませんよ。ああ、そういえば、ピンクダイヤの髪飾りもいただいたんですね? 今日おつけになりますか?」
「ええ、お願い」
ブリュンヒルデが楽しそうに笑う。なんとも素敵な一日の始まりだった。
「ご機嫌よう、ブリュンヒルデ皇女殿下」
朝食後、アンバーと共に書庫を訪れたブリュンヒルデの元へやってきたのは、従姉妹のアナベルだ。リトア公国へ嫁いだ皇妹が母親なので、身分は公女である。キャラメルブロンドの美女で、ブリュンヒルデより一つ年上だが、随分と大人びて見える。
「ご機嫌よう、アナベル公女殿下」
ブリュンヒルデが挨拶を返すと、アナベルが笑った。
「一応、ご婚約おめでとう。でも、これで勝ったなんて思わないでね?」
意図を図りかね、ブリュンヒルデが眉をひそめると、アナベルが再び艶やかに笑う。
「あら、だって。正妃の座は逃しても、側室という手がありますもの。国へ帰ったら、オーギュスト殿下に正式に申し込む予定よ」
え……。面と向かってアナベルにそう言われ、ブリュンヒルデは絶句してしまう。どう言えばいいのか分からない。結婚もまだである。
婚約段階で側室……
ブリュンヒルデの反応を見て、アナベルが面白そうに笑った。
「あらぁ? 王室に嫁ぐ以上、これくらいは当然じゃない。それとも……女の一人や二人、囲うのも嫌だと裁量の狭いことをおっしゃる気ですの? 王妃としては少々不適格かもしれませんわね? いっそ、正妃の座を他の方に譲った方がよろしいかもしれませんわ?」
嫌みたっぷりのアナベルの台詞に、ブリュンヒルデよりも、主人を慕うアンバーの方が憤慨する。なんって失礼な! アンバーはそう思ったが、侍女の身分では文句を言うことも出来ない。口をぱくぱくさせ、無音で罵った。
「……決定権はオーギュにありますわ」
ブリュンヒルデがぽつりと言う。悲しいけれど、これは事実だ。反対したとしても、彼がその気になれば止められない。アナベルが勝ち誇ったように言う。
「ええ、当然、そうでしょうね。ふふ、楽しみですわ」
アナベルが余裕の足取りでその場を立ち去ると、アンバーがこらえていた怒りを爆発させる。
「何ですか! 何なんですか、あの失礼な物言いは!」
そして案の定、オーギュストと帝都の観光に行こうとすると、狙い澄ましたようにアナベルがやって来た。どこから聞きつけたのか知らないが、帝都の街並みを歩けるよう、きちんと質素な服を身につけている。
アナベルがにっこりと笑った。
「オーギュスト殿下、帝都の観光をなさるのなら、是非、ご一緒させてください。せっかくですもの。わたくしも帝都の街並みを見てみたいですわ」
「出来れば遠慮して欲しいんだが……」
オーギュストが難色を示すと、アナベルがたたみかけた。
「あら、そんな悲しいことおっしゃらないで? はるばる帝都までやってきたんですもの。皇女殿下の従姉妹として仲良くしていただきたいわ」
ブリュンヒルデの従姉妹という部分をやけに強調する。
「……ヒルデ?」
意見を聞かれて、ブリュンヒルデは迷った。アナベルはオーギュストに懸想している。出来るなら、オーギュストの言う通り遠慮してもらいたい。けれど、国同士の付き合いというものもある。単なる私情で邪険にしていいものかどうか……
ブリュンヒルデが迷っていると、オーギュストがため息交じりに言った。
「……分かった、一緒に行こう」
「良かった、嬉しいわ」
アナベルは喜び、はしゃいだ声を上げる。一緒の馬車に乗り込めば、アナベルがブリュンヒルデの髪飾りに目をとめた。
「あら、素敵。ピンクダイヤですの?」
「え、ええ」
「そう、私からの贈り物だ。ああ、よく似合っている」
すかさずオーギュストがブリュンヒルデの唇にちゅっと接吻し、そのままぐいっと引き寄せた。ブリュンヒルデは驚いた。こんな真似をされたことは一度もない。
オーギュ? ちょ、ちょっとひっつきすぎでは?
ブリュンヒルデは戸惑うも、腰から手を離してもらえない。馬車に揺られている間中、オーギュストにべったりである。どうしたって頬が熱を持つ。
それを目にしたアナベルの口元が引きつった。
「な、仲がよろしいんですのね?」
「ああ、見ての通りだ」
オーギュストがさらっと肯定する。いつもこんな感じですと言わんばかりだが、ブリュンヒルデは心中ぐるぐるだ。心の中で首を横にぶんぶん振る。
い、いえ、違うわよ? いつもはこんなにべったりひっついていません。オーギュ? 一体、ど、どうしちゃったの?
ブリュンヒルデは戸惑うばかりだ。
馬車から降りる段になると、アナベルはオーギュストに向かって手を差し出すも、すかさずその手を取ったのは、リンドルン王国の護衛騎士であるレアンドルである。
レアンドルはがっしりとした体格の偉丈夫だ。真面目な性格をそのまま体現したような男で、その表情はいつだって厳めしい。今もまた口を引き結んだまま、お手をどうぞとやっている。
アナベルが憤慨した。
「ちょ、ちょっとお! わたくしはオーギュスト殿下に!」
「その殿下からのご命令です」
きっぱりとレアンドルが言い、アナベルが目を剥いた。
「ま、待って! わたくは招待されてヴィスタニアに来たのよ? エスコートくらいしてくれても……」
オーギュストが冷ややかに言う。
「そうだな? だが、私も招待客だ。接待する義務がどこにある?」
ずばっと切り返され、アナベルが言葉に詰まった。確かにその通りである。直訳するなら、我が儘言っているのはお前だ、といったところか……
オーギュ、もしかして怒ってる?
ブリュンヒルデがそろりと見上げても、オーギュストの表情に変化は見られず、心中は分からない。とはいえ、貴族は大抵、こんな風に表情を取り繕うものだが……
オーギュストが笑った。それこそ見惚れるほど艶やかに。
「もしこれが気に入らないというのでしたら、アナベル公女殿下? このまま馬車で宮殿までお帰りください。帝都の散策は後日あらためてということで……」
「こ、このままでいいわよ!」
アナベルが憤然と言う。馬車を降りれば、先を歩く護衛の近衛兵達が皇族の為に道を作り、人を近づけることはない。近付くなという警告を無視すれば、やはり不敬罪で罰せられる。なので物見遊山の人だかりは、ずらりと並ぶ近衛兵達の向こう側だ。
「ね、見て……」
「凄い素敵……」
周囲を固めている近衛兵達の向こうから、ひそひそと囁く女達がの声が聞こえてくる。こうして街中を歩けば、どうしたってオーギュストに視線が集まる。なのに……
「ヒルデ? ほら……」
オーギュストに、街中で購入した苺のスイーツを差し出され、ブリュンヒルデは内心目を白黒させる。周囲に注目されまくってる最中でこれ……。ブリュンヒルデがそろりと見れば、オーギュストがふわりと笑う。輝くばかりの笑顔だ。
もう、何が何やら……食べろってことよね? どうしたの? 本当にどうしちゃったの、オーギュ? 恋愛劇の男主人公みたいな行動になってるわよ?
口元までもってこられ、食べないわけにも行かず、ブリュンヒルデは恐る恐るそれを口にする。一口大の苺のシュークリームだ。オーギュストの手からパクリと頬張れば、生クリームに絡まる苺の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
とても美味しい、けど……
きゃあっという声が周囲から上がった。いやーん、羨ましい、等々という声が聞こえてくる。どう見ても、この光景を見た女性が反応している。
アナベルが顔を引きつらせた。
「ほんっとーに仲がよろしいんですのね?」
「……それはもう」
オーギュストが笑う。再び周囲がきゃあと反応だ。
その後も、ずっとこんな感じで、ブリュンヒルデはヒヤヒヤしっぱなしだった。とにかくオーギュストの行動が逐一甘ったるい。甘ったるすぎる。
手に口づけ、綺麗だと囁く。腰を引き寄せる。肩を抱く。二人で見つめ合うこと幾たびか……。その度事に周囲がざわめくから、もう、嬉しいやら恥ずかしいやら。美男美女でお似合いね、とう声はちょっぴり、いえ、大分嬉しかったけれど……
「本日はお付き合い下さり、ありがとうございました!」
馬車で宮殿まで帰ってくると、何だか叩きつけるように礼を口にし、アナベルが立ち去った。どうみても怒っている。
「……オーギュ、あの、何かありましたか?」
本当になんと言っていいか分からない。
「いや、別に? ああ……迷惑だったか?」
「いえ、そんなことは……」
ありませんと、ブリュンヒルデは恥らった。
いつものオーギュストと違って戸惑ったけれど、嫌だったわけではない。少し恥ずかしかったけれど……甘ったるいオーギュも悪くないと思ってしまう自分がいる。
オーギュストがやれやれというように息を吐き出した。
「なら、よかった。加減が分からず、やりすぎたかと」
「加減?」
「アナベル公女殿下に自分から帰ると言わせたかったんだ。けど、べったりしすぎて君に嫌われては元も子もないから、とりあえず、同じように街中を歩く恋人達を参考にしたんだが……どこまで大丈夫か手探りだった。かなり粘ってくれたが、これで次から無理矢理ついてこようなんてしなくなるだろう」
もしかして……
「アナベル公女殿下を怒らせたかったんですの?」
ブリュンヒルデが驚き、オーギュストの眉間に皺が寄る。
「迷惑だったんだ。君との時間を邪魔されるのも言い寄られるのも。仕事が忙しくてヴィスタニア訪問もままならない。こうしてヒルデとゆっくり出来るなんて随分と久しぶりだった。なのにあれ……。かといって、ずばっと言うと角が立つので、やんわりと?」
そこで、ブリュンヒルデは、はたと気が付く。自分がアナベルの対応を迷ったので、オーギュストはこういう手段をとってくれたのだと。
でなければ彼の事だ。付いてこないよう対応していた可能性が高い。オーギュストは優しいけれど、施政者としての厳しい一面も持つ。人を動かす立場にいるのだから、当然と言えば当然なのだけれど……
「あのう……」
「従姉妹と喧嘩したくなかったんだろう?」
オーギュストが言う。やっぱり見抜かれていたようだ。
「そうね、ありがとう」
ブリュンヒルデが笑う。甘えるように身を寄せれば、額にキスをしてくれた。嬉しくて笑ってしまう。本当に優しいわ。
74
お気に入りに追加
14,984
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。