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第一部最終章 いつの日か、君に

君が立てるデートコースは

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「兄様。一つ聞いてもいいでしょうか?」


 部屋でコーヒーを飲んでいた時、リンが言った。


「ん~?」


 椅子の前足を持ち上げながら、ヒョウは尋ねた。


「その……明日の件なのですが……」






『あーだからその、暇なら、どっかに遊びに行かないか? 二人だけで』






 以前自分が言った言葉を思い出す。


 うーん。ヒョウは腕を組ながら唸った。

 
 はっきり言って、あのときの自分はどうかしてたなと思う。


 正直酔ってた。こんな不得手な分野に自ら足を突っ込むとは。


 というか、よくよく考えてみると、女と楽しむために出かけるなんてことは初めてかもしれない。


「それなんだが、お前、どこか行きたいとことかあったりするか?」


 振り返って、ヒョウは尋ねた。


 自分から誘っておいて、目的地も決めていない。これが女から見て、多大な減点対象になることは知っていた。


 とはいえ、わからないものはわからないのだから、仕方がない。


 とりあえず手探りでやっていくしかない。


 そんなヒョウの気持ちを知ってか知らずか、リンがくすぐったそうに笑った。


「よかったです」


「は?」


「兄様のことだから、もう忘れてるんじゃないかと思いました」


「お前ね」


 まあハードル低いのは結構なことなんだけどさ……。


「ふふ」


「で? 結局どこか行きたいとことかあったりしないのか?」


「兄様はないのですか?」


「俺? 俺は――うーん」


「兄様が休みの日に行きたいと思っていた場所に、リンも同行させていただけるだけで構いません」


「俺がね――」


 少し考えた。


 実を言うと、問題がもう一つあった。その日を狙い打つようにして、マルコから頼み事をされたのである。

 
 行けたらなと曖昧な返事を返しておいたが、マルコには借りがある。


 できることなら回収してやりたいとは思っていた。


 この街の地図。頭の中から取り出した。


 計算する。この間二秒。


「――じゃあ買い物かな? 表通りに行けば、何かしろの店には行きつくだろ」


「眼鏡を新調されるのですか?」


「眼鏡はもういらね」


 ヒョウは裸眼で七、0以上あるが、学園に潜入するにあたり、眼鏡をかけることを組長から強制されていた。


 しかしそれは来てすぐに、敵対していた相手に投げつけて破壊した。


 スペアもあったが、それもヒョウの練魔に耐えきれず壊れた。鉱石は魔力に反発する。代えをわざわざ見繕おうとは、ヒョウも思っていないのだった。


「ふふっ」


 リンが笑う。


「組長の指令を無視すると、また怒られてしまいますよ?」


「激しい戦いの末にぶっ壊れてしまったからな。しょうがない」


「え、そうなのですか?」


「アホ。嘘に決まってるだろ。普通に秒殺だったよ」


 リンが胸に手を当てて、ホッとした顔を見せる。


「ビックリしてしまいました。兄様と向き合える人が、風也《かざや》兄様以外にいるのかと思って」


「お前ってやつは、人の言うこと何でも信じるよな」


「そ、そのようなことはありません。ちゃんと相手と内容を選んでおります」

 
「じゃあ俺はどの基準にいるんだよ」


「え?」


 ちょっと意地悪かなと思いつつも、聞いてみた。


 リンが自分に好意を持っていることぐらい、脳みそ溶けていなきゃ誰でもわかる。


 だが、リンは十一。ヒョウは二十二である。


 もしリンの気持ちを受けたなら、それはそれで、やはりどうしようもないほど脳が溶けている。


 だからただ、からかって遊んでいるだけだ。


 それぐらいなら、許されるだろう。


「兄様の言葉なら……その、なんでも」


「え」


 真っ赤な顔で口元を隠しながら、リンが言う。


 ヒョウは知らず知らずのうちに、間抜けな顔を作っていた。


「と、とは申しませんが、その、何でもは言い過ぎですが、その、ある程度までならば、信用します」


「ふーん」


 リンは真っ赤な顔で目を伏せながら、視線をあちこちに移動させている。


 もうちょっとからかえないものかと考えた。


 そう考えないと、真剣《ガチ》になってしまう気がする。――なんつって。


「うーん」


「兄様?」


「ん?」


「もしかして、リンのことを騙そうとしておられますか?」


 リンがジト目でヒョウのことを見つめる。


「俺がお前を騙そうとするわけないだろ?」


「そ、そうでしたか。申し訳ありません。疑ってしまいました」


 リンが両手で口元を隠し、顔を赤くした。


「あーあ。とうとうやっちゃったね、リンちゃん」


「も、申し訳ございません」


「知ってるか? リン。北翼ほくよくじゃ、相手を疑った女は、相手にキスしなくちゃならないって風潮があるんだぜ? 参ったな―」


 余談だが、ヒョウは時折こういうエッチな冗談を混ぜる。それが自分の本質の対極にあると、思っているからだ。


 ヒョウは自分を見せることを好まない。


「え!! そうなのですか!?」


 リンが口元を隠して驚いた声を上げる。


 ヒョウはガクリと肩を落とした。


「いや、嘘に決まってるが」


「ふふっ。知ってました」


「え」


「昔兄様に、同じことを言われたことがあります。その時は信じてしまいました」


「え、マジ?」


「はい」


「例によって全く覚えてねえな……」


「兄様は覚えることが早い分、忘れるのも早いですから」


「そうなんだよねー」


 いや待てよ。


 信じてしまいました?


「え、ってことは、俺前に――え?」


「ふふっ。じゃあ――リンは今日はもう寝ちゃいますね。兄様」


 閉められたカーテンの間から顔だけを出して、リンが言った。


 その顔は真っ赤であり、楽しそうであり。


 ヒョウをからかっている可能性も多分にあった。


 だが、楽しい思い出を語っている、そんな風にも思えた。


「明日。楽しみにしています。兄様。おやすみなさい」


 カーテンが完全に閉じて、黒砂炎の明かりが消された。


 リンが寝るのなら、自分も寝ていい。しかしこれは結構、え~~。


 ヒョウはしばし、机の前で頭を抱えた。


 しかし答えが出ることは、ついぞなかった。
 
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