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世界で一つだけの華を貴方へ

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「つまり君は、巨躯で熊のような男に殴り倒された。そういうんだね?」


「はい。そうです」


 警務所の尋問室で、ペイリは嘘をついた。


 何故か?


 警務隊よりも、あの少女。


 いや、正確には『あいつら』の方が危険だからだ。


(娘が虚空から持ち出した、あの刃。あれは、決死組が使うとされる、刀と呼ばれる代物だ。どおりで。勝てないはずだ)


 しかも奴らは狼。確実に一人ではない。群れて動いてこその、狼だからだ。


(ファルコ=ルドルフか……)


 あの娘の上衣は、ネイファのものと同じだった。つまりあの子狼は、ヴァルハラ学園に潜入している、ということになる。だとすればもう、ファルコ=ルドルフ、フィリア=ルク=マキュベアリ関連でまず決まりだろう。


 そして考えられるのは、この二択。


 ファルコ=ルドルフを殺すのか。
 あるいは、護衛するのか。

 
(いずれにしても、面倒に巻き込まれるのはゴメンだな。どうでもいいことだ。あいつが死のうがこの国が滅亡しようが、何もかもが)


「そうか。他の者とは随分意見が違うようだが」


「あーだったら僕は幻影を見ていたのかもしれませんね。先天性魔術師には死幻《しげん》がありますから」


「ふん。たかだか五位の魔力量でよくいったもんだ。よし。ちょっと待っていろ」


 男が立ち上がって、出て行った。


 外を見る。


 闇しか広がっていなかった。


 ガチャリ。


 扉が開く。


「おらイケメン。とりあえず最低限の事情は聞いとかんと先に回せないんだわ。やるぞ」


 新しく入ってきた男を見て、ペイリは目を見開いた。


 口調こそ違えど、さっきの男と、同じ男。


 まさか――






  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 人っ子一人いない、夜の街。


 フッと、ペイリを尋問していた男が、姿を現した。


「どうだった? あいつ。何か話してた?」


 脇道に隠れるように立っていた、雪蘭《せつらん》が言った。


 男は頭頂を自らつかみ、引っ張り上げて、引き抜いた。


 そこにいたのは、黒髪の若い女性だった。


「ペイリは話しませんでした。ただ他の者がどうかまでは……」


「ふーん。ま、それならそれでいいか。後はヒョウがどうにかすんでしょ。既に撒き餌はある程度、撒いてるみたいだしね」


 雪蘭《せつらん》が表通りに足を出す。黒髪の少女と二人、肩を並べて、そのまま歩いた。


「しかし、あれはリン姉様の不手際でしたね。まさかあの程度の与太者相手に、桜姫を抜いてしまうとは」


「何バカなこと言ってんの。あの二人はあれでいいのよ」


「え?」


「もしかしてあんた、組長のことバカだと思ってる? あの組長が、あの二人に隠密行動なんてさせるわけないじゃん」


「え、ですが、しかし、え?」


「何もかも想定済みだよ。ヒョウもそれをわかっている。だから――」


 雪蘭は一枚の紙を取り出した。


「この意図も、あいつならすぐわかる」






   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「なるほどね」


 元盗賊王の意地で、一切の痕跡を残すことなく図書館に侵入したヒョウは、収納された過去の新聞を見て、つぶやいていた。


 ヒョウが調べたかった事とは何なのか。


 それは――


『エレノアに帰省中だったファルコ=ルドルフ。エレノア魔術大会優勝の看板を引っ提げて、五月中にも帰国確定!
 ――伴って、フィリア=ルク=マキュベアリ王女も復学確定か。二人の対応に追われる、王室管理室と、ヴァルハラ魔術師学園魔導師たち』


 しかし、本来優勝写真が掲載されていたであろう場所だけ、切り取られて消失している。


(やはりな。こっちを見ている相手に、達人が多すぎると思ったぜ)


 ミーティアのとこの守衛隊長の件もあって、いまいち断定はできなかったが、これでほぼ確定した。


(ファルコ=ルドルフとフィリア=ルク=マキュベアリは、ヴァルハラ学園に在籍している。日付と文面から五月に復学することも確定。にもかかわらず、ファルコ=ルドルフの写真だけが切り取られている。顔なんて、いずれ割れるにもかかわらずだ。何故こっちの情報をわざわざ狭くしたのか。言いたいことは明白だ)


 



『ファルコ=ルドルフはこっちで片付ける。余計な詮索ことはするな』






「ってところか」


 笑いながら、ヒョウは独り言ちにつぶやいた。






  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「むー……」


 リンは例によって、次の休みに着ていく服を模索中だった。しかしその顔は、以前のような浮ついた態度ではなく、真剣そのもの。


 さながら次の戦場に持っていく得物を選ぶ、傭兵のような顔つきだ。


 姿見の前で、服を身体に当てていく。


 壁に張ったカレンダーには、赤で印を打っている。


 その日付は――


 四月二十二日。


 <世界で一つだけの華を貴方へ 了>
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