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貴女が盗んだものは

お前だろ

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「西を手薄にですか?」


 ヒョウの提案に、ミーティア家を守護する守衛隊長が答えた。


 ヒョウはリビングのソファーに腰掛けており、スカイプは守衛隊長の近くに立って、同席している。


 ミーティアは今はいない。犬の散歩に行っているからだ。無論監視はついているが、まあ釣れないだろうなと、ヒョウは思っていた。

 
 何故ならもう、目星はついた。


「そうだ。ここの守衛はガチガチすぎる。これじゃ外からちょっかいをかけることがまず不可能になる」


「そのための守衛です」


「犯人を釣りだした方が早い。西は高い木が茂っていて、比較的侵入しやすい。またこのリビングとも近い。というか、すぐそこだ」


「囲した敵には、あえて逃げ道を開けておく。斎の兵法書にある囲師必闕いしひっけつの応用なのだと思いますが、そんなにうまくいきますかね。犯人の気質は今までの行動からいって、かなり奥手といっていいでしょう。突然そのような奇行に出るとは思えませんが。失礼ですが、奇策を練ればよいと思っておられませんか?」


「今までとは違うことが起きている。だから手順を変えるのさ」


「今までと違うこととは? あなたがこの屋敷にいることですかね」


「煽るな」


「失礼。失礼ですがという一文をつけそこねましたか」


 ヒョウは鼻で笑った。中々に言ってくれるが、こいつは相当できる。ジョニーとロナウドがA級猛者なら、この守衛隊長はS級猛者である。


 ヒョウはおもむろに、ポケットから例の脅迫状を取り出した。


「何ですかそれは?」


「猫耳あてに脅迫状がきてたのさ」


「脅迫状?」


 守衛隊長が、スカイプに目を向ける。


「いえ、私も今知ったのです。いやはや困ったことになりましたな」


「ちょっと拝見させていただいてもよろしいですか?」


「読んだら返せよ」


 ヒョウは手首のスナップだけでそれを放った。守衛隊長がそれを受け止める。瞳の色を深くした。見鬼けんきを用いたからである。訝しげに眉を持ち上げてから『裏面』を見た。


 その時、守衛隊長の目が、スカイプの時と同様に――スカイプとは違って、威圧的ではあったものの――見開かれた。

 
 口元に手を当てる。


「わかるか? 犯人は動く気満々なんだよ。ここで罠張らないでどこで張る」


「……いずれにせよ、今日と言い切れるものではないですね。今日は台風だ。夕方には雨も降るという。まず現れないでしょう」


 守衛隊長が、ソッと脅迫状をテーブルの上に戻した。表向きで。


「三日は試すさ。これで来ないようなら、内部犯を一から洗った方がいいな」


「……なるほど。手荒そうだ。いいでしょう。やっても構いませんが、ただし、条件一つ。一時間に一度、ミーティングの時間を作って下さい。不手際だ何だと、後々騒がれたくないもので。それでよければ、ご随意にいたしましょう」


「……そうだな。じゃあそうしてくれ」


「それではまた一時間後」


 頭を下げて、守衛隊長が去っていく。


 ヒョウは鞄から伝書を取り出し開いた。リンからの連絡は未だない。


 ヒョウは口元を押さえた。


 リンは北翼ほくよくの人間に狙われている。もしもは十分に考えられた。しかし――


(あのリンが、そんなに簡単にトチるはずないんだけどな……) 


 アイリスにも言ったがリンは強い。今のリンを誰にも気づかれず、かつ殺さずに捕らえるのは困難極めるはず。それだけの調練は積んできた。だがしかし、唯一の懸念があるとすれば、それは――


(アホなんだよなー、あいつ。まあ、一応位置ぐらいは把握しとくか)


 目を閉じた。魔力探索。リンには、常時ヒョウの魔力が維持されるような指輪を渡している。魔力の位置と、この町の地図を照らし合わせると――


(結構不穏な場所にいるな。意味不明な返信内容も含めると、見過ごすのはやり過ぎか。ただその場合、こっちの手順がやや限定されることになる)


「それでは私も、仕事がありますから、この辺で」


「じぃさん」


 立ち去ろうとしたスカイプを、ヒョウが呼び止めた。


「は、はい。何でしょう」


「何でしょうじゃねえよ。俺は部外者だぜ? 俺を一人にしていっていいのかよ?」


 振り返って、ヒョウが言った。


「おっと……確かにそうですね。ではお嬢様が戻られるまで、ここに留まらせていただきます」


 スカイプが両手を前で重ね、その場て直立する。


「あんたさあ」


「はい」


「これは俺が、あんたを疑っているから言うんだが――」


「え?」


 ヒョウはかけていた眼鏡を机の上に置いた。そして――


「この脅迫状について、心当たりはないよなあ?」


 二本の指で脅迫状を挟んで、ヒョウが言った。瞳の色は深い。見鬼けんきを用いて、精神世界アストラルサイドからスカイプを見据えているからだ。


「まさか!! ありません、断じて!!」


 やはり、嘘はついていない。


「なら、文面は」


「文面?」


「そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います。この文面に、心当たりはないか?」

 
 ヒョウが目を細めた。見鬼けんきは解いていない。


「そ、そうですね。見たことがあるような気もします。ただ特にひねりがある文でもないですから」


「なるほどな。確かにそうだ」


 嘘はついていない。ただ見鬼けんきの逃げ方としてはよくある形だ。


 お前が犯人か? と聞けば早いと思われるかもしれないが、それは違う。例えそれで犯人と断定できても証拠はない。仮に証拠があっても、犯人がしてることは犯罪とは言い難い。


 ミーティアを喜ばせるためにやったと言われて、法がどれほどの裁きを犯人に与えられようか。ヒョウ自身そのオチの可能性は多分にあると思っている。裏があるのでは? と考えるのは少し陰謀論にすぎる。
 

 しかし、スカイプがミーティアを見た時の心情に、さほどの『愛』は感じなかった。『憎』を少なからず感じたのは事実だが、執事やってれば嫌なことの一つや二つあるだろう。ましてやミーティアはあんな性格だ。イライラするなという方が難しい。


 整纏せいてんもあるだろうが、スカイプは、正にも負にも吹っ切れていない。


(こいつが何かをしようとしているのはまず間違いない。俺にその手は通用しない。だが、今回のこの件と、関連しているとも言い切れない、か)


「あの……」


「ん?」


「トイレに立たせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ。だが最後に一つ、これだけは言っておく」


「はい。何でしょう?」


「理由は言わない。しかし俺はお前を疑っている。今後猫娘の身に何かあったら俺は真っ先にお前を死界に落とす。犯人でないなら何事もないことを祈れ。犯人なら思いとどまれ。以上だ。行っていいぞ」


「わ、わかりました」


 バタン。


 扉が閉められる。


 ヒョウは足を組み、鞄を持ち上げるや、中から小さな女神像を取り出した。逆さにして、足元から伸びた輪に指を入れ、引き抜く。


 輪の先から伸びる黒刃。輪の部分も黒い。ヒョウはそれを自分の身体に押し当てた。見鬼けんきで見ると、そこだけ自分の魔力がき止められている。


(まさかまた、昔の商売道具を使うことになるとはなー)


 黒刃を、女神像を模した鞘に納め、それをポケットに忍ばせる。


 表に出していた脅迫状は、ポケットにしまっていた空の封筒の中に込め、それをまたポケットにしまう。


 返信がきていないと知りつつも、伝書を開いた。やはり返信はきていなかった。揺れていなかったので、きていないのは知っていたけど。


 羽ペンを手に取り、サラサラとメッセージを綴《つづ》る。


 伝書を閉じ、腕を組み、目を閉じた。


(後三十分待って返信がないようなら、一度リンの元に出向いた方がいい。その場合、フェイクを噛ませるか、あるいは――)

  
 頭の中で、幾通りのもの計画を練り上げる。


(ま、いずれにせよリン次第か)


 薄目を開き、ヒョウは思った。
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