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貴女が盗んだものは

説明

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「なるほど。そういうことだったんですね」


 あの後、リンを屋上に呼び出して、ことの事情を説明したヒョウは、安堵の息をついた。


 何でって、このバカもといリンが頭を上げたのは、話が七合目を過ぎたあたりだったからだ。


 それまでリンはずっと顔を俯けていて、ヒョウはずっと慌てていた。何故かわからぬまま。


「ですが、ミーティアさんも大変ですね。その……誰かよくわからない人に、付きまとわれるというのは」


「……そうだな」


 リンは、北翼ほくよくの人間に狙われている。しかもその過程で、家族と幼馴染を殺されている。


 重みこそ違えど、リンには思うところはあるだろう。


「まあってなもんで、俺は今日一日あいつに付き合わなきゃいかん」


「一日で大丈夫なのですか?」


「俺は一日で片付けるつもりだ。ダラダラ長ったらしいのは嫌いだからな」


 まあ理由はそれだけじゃないけど。と、ヒョウは思ったが、口には出さなかった。


「ふふ」


「なんだよ」


「いえ。嫌いだからという一言で望みを叶えてしまうのが、兄様らしいなと思って」


 ヒョウはシニカルに笑いながら、目をそらした。ガリガリと頭をかく。


「あ、いえ申し訳ございません。その、困らせるつもりは、なかったのですが……」


「え?」


 ヒョウはリンに目を向けた。


 確かにヒョウは困っていた。というか、どう答えたらいいかわからなくなったのだ。


 ヒョウは先天性魔術師で、俗にいう魔族と呼ばれる存在だった。


 魔族は賢い。どれぐらい賢いのかは、九歳で三番隊の副長だった(らしい)、カルロを見ればわかるだろう。


 差別だと、騒いでいるわけではない。ただ時折、人間リンにできることと、魔族じぶんにできることの境界線がわからなくなって、戸惑う。


 そしてそんな時、不思議と笑みが零れるのだった。


 ただまあ、そんなことはどうでもよくて。


「どうして俺が困ってるって思うんだよ」


 ヒョウが尋ねた。そんなに態度に出ていただろうかと思ったのだ。確かに目こそ逸らしていたが、笑ってはいた。


 見破られる道理はないと思うのだが。


「あ、いえその、なんとなくで、言っただけなのですが……」


「何となくかよ」


「何となくですが、兄様のことはわかります。二年間その……見てきましたから。兄様のことを」


 口元を隠しながら、リンが言った。


 ヒョウはまた目を背けて頭をかいた。だったら今の気持ちも読んでみろと言いたいが『じゃあ』とばかりに正答されても困るので、何も言えなくなった。


 そんな時。


 コンコン。


 扉が叩かれた。


「ねえまだー? そろそろ一緒に帰ろうよー」


 ミーティアの声が聞こえた。


「兄様」


「んー?」


「どうかミーティアさんのこと、お救い下さい。リンには、お願いすることしかできませんが」


 ヒョウは一度目を上向けた。






『強さが欲しいんです。自分以外の全てを守れる強さが』






 昔リンに、三番隊に入った理由を聞いたときの言葉を、ふと思い出した。こいつは今も、誰かの幸せを願ってるんだなと思って。


 リンは親兄弟幼馴染を殺されている。それでもリンは復讐を考えなかった。自暴自棄ではあっても、その根底の優しさだけは、揺らいでいなかった。


 立派だと思った。間違っていようが、中々言える言葉じゃない。ヒョウはそれ以降、リンに見鬼けんきを使うのをやめた。


 いつか正解にたどり着く日がくる。そう思いながら、リンを見てきた。しかし二年見てきたからこそわかるのだが、スイッチ入ったリンはてこでも動かない。


 そろそろ、背中ぐらいは押してやるべきか。


 ヒョウは思った。


「リン」


 腰を下ろして、リンの頭に手を置き、顔を近づける。


「え?」


「調練だ。お前に命を言い渡す」


 リンが両手で口元を隠す。


 ヒョウは続けた。


「お前が願うのはなー、相手じゃなくて自分の幸せだ。だから次に兄様と会うまでに、自分の願い事を考えておけ」


 腰を持ち上げる。


 今も口元を隠し続けるリンを見て、笑ってから、扉を開けた。


「は――」


 リンが言葉を結ぶ、その前に。


「あーもう遅いってヒョウさーん。早く行こうよ、ボク待つの好きじゃないんだからさー」


 ヒョウの手を取って、ミーティアが外に引っ張っていく。


 出る前に、ミーティアが振り返った。リンと目が合う。


 手を立て『ゴメンね』と合図を送る。


 リンは――


「行ってらっしゃいませ、兄様」


 静かに見送った。

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