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さくさくクロワッサンの話。

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「あ~ぁ……。せっかくの休日なのに、一日中雨なんて嫌ねぇ………。」

 やっと地獄の一週間が終わり、疲れ切った体を休めようとゆっくりと寝ていて遅く起きた朝だったが目覚めの気分は気持ちを重くさせるものだった。

「この一週間は残業続きで洗濯も思う様にできなかったし、今日こそは全部洗濯してお日様の下に干して気分的にもスッキリとさせたかったのにな~ぁ。あ~ぁ……、なんだか気分がブルーだわ~。」

 一応は溜まっていた洗濯物を片づけようと8時頃には一度目を覚ましていたのだが、起きた後に雨模様なのが分かるとがっくりと肩を落としてベッドの中へと戻り、そのまま二度寝をしてゴロゴロと昼近くまで過ごしていた。

「……そろそろ起きるか~。」

 小腹が空いてきたのを感じてベッドの中で弄っていたスマホをナイトテーブルの上へと置くと、重い体を仕方なしにと起き上がらせて私は両手を頭上にあげて伸びをした。

「ぅんん~………っ。さて、今日はどうしようかな~ぁ。」

 パジャマから着替えた私は台所へと行くと、冷蔵庫の中をガサガサと漁って今日は何を食べようかなと思案した。

「とりあえずはインスタントのコーンポタージュスープでも飲んで……、あとはパンでも作りながら考えるかなぁ。今は頭がまだ寝坊助だから何も思いつかないや……。」

 私はお湯を沸かしてからマグカップにインスタントのコーンポタージュスープを作り、フーフーとさせて飲みつつあのレシピ本を開いた。

「今日は何にしようかな~。」

 特に何も考えることも無く、ただ何気なく適当にパッと開いたページにあったものがやたらと気になり、捲ったページをすぐにそこへと自然と私の手は戻してしまっていた。

「これは……『寝苦しい夜は私に抱きついて! これがあれば砂漠の妖精もぐっすり眠れるさくさくクロワッサン』って。クロワッサンを抱き枕にするの? なんだか面白い!」

 雨模様で湿度の高い中、さくさくのクロワッサンを作るのは素人の私にはなかなか難しい様に思えたが……、この不思議なレシピ本にいざなわれるがままに今日はこれと決めた。
 いつもの様に棚からホーロー製の密閉容器を取り出し、レシピに書いてある量の小麦粉をお気に入りのデジタル秤の上に乗せたボウルの中に入た。

「あとは砂糖に塩にイーストに……、それから一番重要なバターも、ねっ!」

 色々と計量して準備している間にバターも室温へと戻り、お気に入りのエプロンをして腕をまくると「よしっ!」と気合を入れた。

「クロワッサンはバターが大事~。」

 そう私は歌いながら麺棒を使い、ラップに包んだバターを板状になる様に押さえつけて四方にのばしていき、それを冷蔵庫へポンッ!
 次にボウルへとふるった小麦粉に砂糖に塩にイーストを入れて一混ぜすると、さっきとは別のバターを千切ってそこへ入れ、牛乳を入れたら手でかき混ぜる様に混~ぜ混ぜ。
 まとまってきた生地を捏ね台の上へと取り出すと、手の平でグッと押してのばして引いては押し、数分捏ねると……さあ、お待ちかね!

「このっ! 私にっ! ミスを、押し付けてっ!」

 捏ね台へと向けて一週間分のストレスをぶつける様に、私は生地をビッタンビッタンと叩きつけては折りたたむ動作を繰り返した。
 帰ってから洗濯もできない程に疲れるまでに今週は残業するつもりはなかった……。
 それが後輩がちょっとしたミスを幾つかし、上から押し付けられる仕事も重なって残業続きとなってしまっていたのだ。

「あぁ……。これだけでも、なんだか少しスッとした。」

 私はふぅ~と一息吐くと、体の中で淀んでヘドロの如く溜まっていたストレスが吐息と一緒に少し抜けていくのを感じた。
 そして丸くまとめた生地を持ち上げると、捏ね台に打ち粉をして麺棒で四方へとのばして平たくすると、その後は生地をバットへと入れて上にラップをかけた状態にして冷凍庫でひと休み。

「暫しの待ち時間、洗濯機でもまわしにいこうっと……。こういう時に、乾燥機付きにしといて良かったって思うのよね~。」

 パン生地や粉の付いた手を洗うと私は洗濯機の置かれた洗面所へと行き、溜まりに溜まった洗濯物の選別を始めた。

「タオル、タオル、タオル、色物………あっ! これは洗濯ネットに入れておこう……。」

 選別が終わると、まず一回目に洗濯するものを洗濯機に入れてスタートのスイッチをピッと押した。

「来週はもう少し、暇になるといいなぁ……。」

 台所に戻ろうと振り返ると、目の端にチラリと入ったまだある洗われていない洗濯物の山に、私は肩を落としてぼやいた。

「さて、と……。そろそろいいかな~。」

 時計を確認すると三十分程経っており、ちょうどいい感じと冷凍庫から生地の入ったバットを取り出す。
 打ち粉をふった捏ね台に生地を置き、さっきよりも大きく四方へググイッとのばしていく。
 のばした生地の真ん中に最初に用意したバターを置くと、大切な荷物を包む様に四つの角を右へ左へと持って行って丁寧に包み込んでいく。

「バターにしたためた恋文を~、パンの封筒に入れましょう~。」

 私は歌を歌いながらバターの姿が見えなくなる様に包み込むと、真四角になった生地を麺棒で縦長へとのばしていく。
 長方形へとのばした生地を中央に向かって四つ折りにしてからまたのばし、クルッと半回転させてから更に四つ折りにしてからのばし……。

「本当はこれをいっぱい繰り返した方がサクサク度が上がってより美味しいけども……、素人で手作りの私にはこれが限界……。あんまり時間かけると中のバターがダレちゃうし、ねっと……。」

 バターを折り込んだ事で少々抵抗の出てきた生地をグイグイと麺棒でのばしていっていると、心地良い疲れから息が少しばかりあがってきた。

「さて……、ちょっと温まっちゃった生地を冷凍庫でちょっと休ませようか……。」

 バットに再び生地を入れたらラップをかけて、お休みなさい。
 冷蔵庫から取り出した冷たい紅茶をコップに注ぎ、そこへレモンの蜂蜜漬けをポンっと入れ、混ぜてから飲むとあら不思議。

「疲れているときはこれよね~。ぅ~ん。さっぱり美味しい!」

 アイスティーを飲んでシャッキリした私と同じく、一休みしてシャッキリピンとしたパン生地を捏ね台へと取り出すと、橋をグニグニと麺棒で押さえつけて柔らかくする。
 そうしてクルッと半回転させたならば麺棒でまた長方形へとのばしていき、いい感じの大きさになったら上下を切ってキレイな形に整え、目印を付けてジーグザグ。

「ジグザグ、ジグザグ切って三角形にしたならば~、クルクル巻いて~、ハイッ! クロワッサン。」

 鼻歌を歌いながら切って二等辺三角形にした生地を全て転がす様にクルクルと巻いてクロワッサンの形にし、天板に並べると初夏の気温の少し涼しい室内で発酵タイム。

「クロワッサンの発行は少し時間がかかるから~、この間に何か……。よしっ! タレに浸けておいた鶏肉を焼いてから、それでチキンサラダを作ろう!」

 よく考えたら最近は野菜不足だったのが続いており、パンを捏ねている間に覚めてきた頭が「生野菜が食べたい!」と喚いている。
 冷蔵庫に買い置きしていた野菜という野菜を取り出し、二人前は作れるかという木製のサラダボウルがいっぱいになる量の野菜を千切って洗って刻んで乗せていく。

「キャベツにレタスにミニトマト、ホウレン草に玉葱、胡瓜に人参……、ブロッコリースプラウトも入れちゃおっと!」

 ありとあらゆる野菜を食べやすい大きさや形に切って次々と木製のサラダボウルへと次々に盛っていくとあっという間にこんもりとした山となった。

「じゃあ、後は……。このチキンを焼いて~。」

 下にある扉を開いてフライパンを取り出すとコンロに乗せ、火をつけた。
 フライパンが温まると油をひき、そこへ冷蔵庫から出しておいた美味しく浸かった鶏肉を入れるとジュワッと音が鳴る。

「良い音~!」

 チリチリと油が弾ける音が鳴り、パチパチと鶏肉が喝采をあげる音が鳴る。
 鶏肉が次第に白く身を変化へんげさせてゆき、ひっくり返すと程良くキツネ色になった肉が私を誘惑する。
 なんともいえぬ醤油ベースのタレが焦げた香ばしい匂いが気分を陽気にさせていく。

「醤油の焦げた臭いにワクワクするなんて……、これぞ日本人って感じよね~。」

 焼きあがった鶏肉は一度皿へと取り、少し冷めるまで待つことにした。
 そんなこんなでサラダの準備をしているとクロワッサンの発酵タイムは終わりとなった。

「お待ちかねのメインディッ~シュ!」

 プワッと少し大きくなったまだ白い姿のクロワッサンの生地に、溶き卵をハケで塗ってツヤをまとわせ、早く来いよと語りかけるオーブンの中へと入れる。

「上手くいきますように……。」

 私はお祈りをしながらオーブンの扉を閉めた。
 素人に……、しかも雨で湿度が高くて気温もそこそこなこの気候の中ではクロワッサンは難しいと分かっているので、私はドキドキと緊張からゴクリと唾を飲み込み、最後のオーブンへと祈りを捧げるのだ。
 最後の焼き上がりを待つ間、サラダのドレッシングを作って待つことにした。

「塩に胡椒にたっぷりのレモン汁。そこにオリーブオイルとちょっとの蜂蜜。仕上げに砕いたアーモンドを入れたらグルグル混ぜて出来上がりっと!」

 ほど良く冷めた先程のチキンを手で割いて解しサラダの上へと乗せると、サラダ全体にまんべんなく行き渡る様に出来上がったドレッシングをかけた。

「こ・れ・で……、ざっくりと全体を和えたら、チキンサラダの完成っ! クロワッサンもそろそろ焼けるはず。」

 出来上がったサラダを食卓へと運び、ナイスタイミングで焼き上がりを報せる音を鳴らすオーブンへと足を向ける。

「さ~て、どれどれ……。」

 少し自信のなかった私は、ミトンを嵌めた手にグッと力を入れてオーブンの扉を開いた。
 中からはいい匂いを漂わせ、琥珀色に火焼ひやけしたクロワッサンが私に微笑みかけてきた。

「やったぁ! なかなかにして上手くいったわ。うぅ~ん、我ながらに素晴らしい!」

 その美しい出来栄えに自画自賛の称賛を送ると、浮足立った気持ちでクルリと半回転をして振り返って食卓へと向かった。

「これはっ! 楽し………み?」

 しかし振り返った先にあったのは食卓ではなく、またもや知らない場所のどこかであった。
 キョロキョロと周りを確認するが如く見まわしてみれば、目の前にあるそれは広い広い砂漠にポツンと建っている金や銀の縁取りが施され色とりどりの玉葱の形をした屋根を乗せた、それは正に……中東にでも建っていそうな城。

「ま、た……? でも………。」

 考えようと頭を働かせるも、太陽が照り付ける砂漠の中という暑さからクラリと膝を崩しそうになった。
 その時、ふいに触れたポケットに中へ何か入っているのを感じ、何だろうかと中を探ると前回森の妖精に貰った木の実が入っていた。
 こんな所へ入れた覚えはないのになと思いながらも、その木の実をパクリと食べた。
 すると暑さからきていた眩暈も治まり、体に溜まっていく暑さも抜けていくみたいにスッと体の中を吹き飛ぶ一陣の風を感じた。

「やぁやぁ! 注文していた品はそれかい? それかい?」

 そこへ、私にそう陽気に私に語りかけてきたのは、この風景にピッタリといった雰囲気の、まるでシンドバットの物語の中にでも出てきそうなアラビアンな格好をした小さな妖精であった。

「えっ、と……。」

「最近暑くて暑くて寝苦しくてさ~。寝ているときに落ち着かないから抱き枕が欲しかったんだよね~。」

「抱き枕?」

「うん、そう。君の持っているそれさ。」

 妖精は私の持っている天板の上のクロワッサンを指さし、二っと笑って見せた。

「それを1つ貰うお礼に、夢幻蝶の鱗粉で作った特製のクリームをやろう。手を出せよ。」

 そう言って妖精は私の持っているクロワッサンの所までパタパタと飛んでくると、幾つかある中から吟味して一つを選び、城の中へと運び込むと言われて出していた私の右の手の平の上に小さなツボをちょこんと置いて帰っていった。

「あ、ありがとう……。」

「これさえあればどんな乾燥もへっちゃらさ。君の顔のお肌はちょっと荒れている様だし……ピッタリだね!」

 その言葉にドキッとし、荒れた素肌を見られたことに少し恥ずかしくなって顔を赤くした。

「またよろしくねっ! 可愛い人間さん。」

 そんな私の様子にお構いなく、妖精は私にウィンクを飛ばしてキメ顔をし、別れの言葉を告げた。
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