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英雄・オデュッセウス

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「オデュッセウス様! ――英雄・オデュッセウス様! どうかダンジョンから出てきてください!」


 ここはかの有名な遺跡ダンジョン、英雄の砦。
 砂漠の街トロイアの外れに位置する、踏破済みで守護モンスターが消えた故に観光地と化したダンジョンの一つである。
 その出入り口前でなにやら神妙な面持ちをし、小綺麗な身なりの四十歳ぐらいと思しき細身の男が今日も大声を張り上げていた。


「王宮はあなたが戻られるのを待っているのです! どうかっ……どうか英雄様!」


 ここのところ毎日のようにして繰り広げられるそれに、街から用事で訪れる人らはうんざりとしているのだった。
 今日も今日とて――ほらっ。


「帰りなさーい! うちのオー君は取り合わないって言っています!」


 そう言ってとある人物(?)がダンジョンから出てきた。
 その人物は男を追い払う為に武器に箒を持ち、ブンブンと振りながら追い駆けまわすのだった。


「オー君の敵~! 出ていけ~!!」

「ヒィィィィッ!! ……仕方ない、また出直そう。」


 男は暗い顔をして溜め息を吐き、ダンジョンを後にした。
 この男の正体、実はこのトロイアの属する国の王の側近、その一人である。
 そんな国の重要人物がこんな所で何をしているのかと言うと――。


「王があんなことをしなければ……。なんで俺がこんな仕事を……。引きこもってしまった英雄の説得なんて……俺の仕事じゃなーい!」


 事の発端は半年前に遡る。
 ある日、ダンジョンから溢れ出てきた巨大な守護モンスターが街へと襲ってきた。
 あわや壊滅かと思われたその時、門番をしていた兵士であるオデュッセウスが倒したことにより、民衆から英雄と称えられる様に――。

 しかし英雄と称えられはしたがオデュッセウスは貴族ではなく、一平民でしかない。
 国の為に命を投げ出して戦うことが当たり前とされている兵士であっても、平民という身分故にちょっとした金以上の褒美は与えられない。
 通常は――。

 だがそんな噂を聞きつけた国王が民衆の声の大きさに、国の英雄を平民のままにはしておけんとオデュッセウスに勲位を授けた。
 そこまでは良かったのだが…………。

 以前から人使いが荒いと王宮では噂のあった国王は力があると言っても平民だからと侮り、オデュッセウスにあれやこれやと王命を出した。
 狭い場所に巣食う、兵士一人では討伐が困難な強大モンスターの討伐……周辺国から送られてくる暗殺者の捕縛や殺害……。

 叙勲したとはいっても国王との謁見が許されるにまで軍階級を少し上げただけで、その身分は平民のまま……。
 断れないのを良いことに、騎士団員のやりたがらない仕事ばかりを王命として振ってくる。

 国王に呼び出されて王宮に行けば、貴族の子弟のみで構成された騎士団員の人たちからそれを「騎士でもないのに」と蔑まれ……。
 中へと入る為に声を掛けた使用人らや文官らには睨まれ……。

 最後、国王に至っては褒めることも仕事を認めることも決してせずに無理難題を放るだけ。
 それでもやっと依頼された仕事を片付けて報告するも……「こうしろなんて余は言っていない!」と自分の満足できる結果ではなかったと難癖をつけて暴言を吐くばかり。

 まさにパワハラと言える国王らからの繰り返される言動に耐え切れなくなり、ついには一か月前にオデュッセウスは王都から遠く離れた辺境の地へと逃げたのだった。
 それに慌てたのはまさかの騎士団。

 オデュッセウスが叙勲される前、国王のパワハラを一番に受けていたのがそこだった。
 それがオデュッセウスへと国王の標的が移動し、更には平民だからと自分たちの雑用を持押し付けて楽もできていた。

 それがオデュッセウスが逃げ出した途端に元通り……。
 いや、元より酷くなっているのかもしれない。

 そのクレームは側近中で一番の格下である、ある男の下へと集まった。
 それが先程、ブツクサと愚痴りながらダンジョンから去って行ったあの細身の男である。


「オー君♪ お待たせ~♪」

「『おかん』~。そろそろ飯……。」

「あぁ、そうね! そろそろ夕飯時になるわね~。全く……毎日毎日騒がしいお客様を相手するのも面倒なものだわ。」

「ん? また来てたの?」

「そうよ~。」


 ここはダンジョンの奥深く――にあるとある一室。
 あの王宮から逃げてきた英雄・オデュッセウスがそこにいた。

 オデュッセウスはこの辺境にある砂漠の街、トロイアへと逃げてくるとすぐにダンジョンへと向かった。
 大昔に踏破されて観光地となっていたがすっかりと寂れ、居たとしても一ヶ月に一人か二人ほどしか観光客の訪れないこのダンジョンへと隠れるように住み着いたのだった。
 勿論、不法にというわけではなくちゃんとトロイアの市長へと金を払って……。

 そして道中での買い物で、小間使いとして使役できるモンスターを召喚できるという魔法陣の描かれたスクロールを怪しい商人から買った。
 そうしてダンジョンの奥へと着いた時、うっかりと泉の中へと落として濡れてしまった事が要因なのか……その魔法陣からは予定とは違う『おかん』が召喚されたのだった。

 『おかん』はまるで母親の様に炊事・洗濯・掃除……と積極的に嬉しそうに世話をし、オデュッセウスを甘やかしてくれた。
 それだけではなく、両親を早くに亡くしていて寂しい思いをしていたオデュッセウスは『おかん』が自分の母親の様に接してくれることが嬉しかった。

 無限に湧き出るダンジョン内の資源を商人と売り買いして金も稼ぎ、生計も立ててくれた。


「なんと――楽なんだ!」


 そんな気楽な暮らしもオデュッセウスを散々探していたのか今から半月前にはとうとう見つかり、一週間後にはあの側近の男が説得に訪れるようになった。
 最初こそオデュッセウスが外へと出て応対していたものの、無理矢理連れ帰ろうと側近の男が連れてきた騎士が掴みかかろうとした時――。


「オー君!? まぁまぁまぁまぁ! よくもオー君にぃ~~~!!」


 騎士の着けていた防具や剣のつかがうっかりとオデュッセウスの顔や体に当たり、小さな傷が幾つかついてしまった。
 件の『おかん』がそれを発見するや鬼の様な形相へとなり、怒り狂って殺さんばかりの勢いで側近の男たち一同に襲い掛かってきたのだった。

 流石にこれはやり過ぎだとオデュッセウスも止めたが……。
 それからというもの、説得に来き側近の男も強くは出れなくなってダンジョンの外から大声で説得をする毎日が続いている。


「『おかん』~♪」

「はいはい。オー君は甘えん坊さんねぇ♪ 良い子、良い子♪」


 『おかん』のお陰で何もせずとも暮らして行けるようになっていたオデュッセウスはこの事が切っ掛けとなり、すっかりとダンジョンから出てくることが無くなっていった。
 加えて人間関係に疲れたからと『おかん』に甘え、完全なる引き篭もりとなった。


「僕はもう人間に疲れた……。この先は『おかん』に甘えて、お気楽で自堕落なニート生活をするんだぁ♪」


 あまりにもな仕打ちに鬱へとなりかけていたほど精神の疲弊していたオデュッセウスは、『おかん』の膝枕の上で耳掃除をしてもらいながらそう宣言した。
 次の日もまた、懲りずにあの男は来た。


「何度も何度も――迷惑なのよ!! そんなにオー君に戻ってきてほしかったら、オー君に国王の椅子でも用意しなさい!」

「えっ……!? それは……無理っ――!」

「なら帰れ!」
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