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最終話ー20

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 ――学校へ真っ先に辿り着いたのは、そこから一番近い場所にあった2つの避難所――教会と病院を守っていた王太子オルランドと第六王子アレッサンドロ、オルキデーア軍大将アラブだった。

 民衆を囲って保護している兵士共々バッリエーラは無くなり、鎧は一部破壊され、重傷ではないものの怪我もしていた。

「皆、よく頑張った! 学校に着いたぞ!」

 とオルランドが真っ先に南門から校庭に入るなり、はっと立ち尽くす。

 続いてアラブとアレッサンドロ、兵士、民衆の足も止まる。

 一見、7月の銀世界という稀有な光景が広がっているのかと見間違う。

 ところどころ鮮やかな赤で染まり、校庭の一角で葉を青々と生い茂らせていた樹木はどこへいったのか、小さな木炭のようになっていた。

 時が経つにつれ足の踏み場が無くなったようで、残りわずかな兵士たちが、真っ黒になった仲間たちを端の方へ集めて山を作っている。

 校庭の真上を見れば黒の塊があり、フェデリコとアドルフォが降ってくる火球や炎の蛇を避けながら、絶え間なく刃を振るって白の灰を積もらせていた。

「な…なんだこれは…! 学校はこんなことになっていたのか……!」

「教会と病院を守ってた僕たちだって大変だったのに……!」

 3人の姿に気付いたフェデリコの声が響いてくる。

「早く民衆を避難させろ!」

 3人ははっとして「スィー!」と返事をすると、2つの避難所から連れてきた民衆を校舎の入り口まで送り届けた。

 そして急いでフェデリコとアドルフォに加勢しようとしたら、二人に「良い!」と拒まれた。

「兵士は残していってくれると助かるが、ここは私とドルフに任せて、おまえたち3人は宮廷の皆を助けに行ってくれ!」

「こっちに向かってきているはずなんだが、まだ着いていないんだ! もうすぐ近くまで来ているかもしれない!」

 3人は承知して北門の方へと駆けていく。

 一歩進むごとに、地面を埋め尽くす灰が雪煙のように舞い上がった。

「これだけ倒しても、まだあんなにいるのか! どこからか湧いて出て来てるんじゃないのか!」

「伯父上、僕はピピストレッロの数も気になるけど、母上がさっき言ってた『バケモノ』が気になります!」

「そうだな、アレックス。ルフィーナ王妃陛下が仰っていたな……バケモノがティートもエルネストも、それからきっとコラードもレンツォもリナルドも殺したって。父上が村の方から離れられなくなったみたいだし、宮廷に現れてなければ良いが……!」

 北門から学校の外へ出ると、一度立ち止まってアラブとアレッサンドロが耳を澄ませた。

 そして同時に左方向を見、「こっちだ」と言うなり駆けていく。

「近いところにいるのか?」

「スィー、オルランド殿下! 女子供の泣き声がします!」

 曲がり角を二つ通り越して右へ行くと、それは見えた。

 宮廷の箱馬車が多数のピピストレッロに囲まれており、その中に一匹桁外れに大きな者が馬車の行く手を阻んでいる。

「なっ…なんだあいつは! あいつがルフィーナの言ってたバケモノかっ……!」

「でも伯父上、あのバケモノ魔力は高いけど、普通のピピストレッロよりずっと高いってわけじゃありません! それって兄上たちが、翼をボロボロにしてくれたからだ! 見てください、あのどっちも半分ずつしかない翼! フランジャみたい!」

「待て……ガルテリオがいないぞ。じいやもばあやも、料理長も、他の使用人も兵士もいない」

「馬車の中に隠れてるんですよ、ランド兄上!」

「その可能性は低い。この状況下なら、私の弟や従兄弟たち、じいやばあや、料理長、使用人、兵士はたとえ四肢を失ったって戦う」

「え…? それって、つまり……そんな!」

「悲しんでる暇はない、アレックス! 残りの皆が危ない、行くぞ!」

 とオルランドが先頭になって、馬車を囲うピピストレッロに突撃していく。

「僕もう疲れて、とっても小さいのしか出せないけどっ……!」

 とアレッサンドロが、「テンポラーレ!」と魔法を唱えた。

 すると綿菓子のように小さな雨雲が、馬車の前方に立ち塞がっているピピストレッロたちの頭上にポンポンと現れた。

 とてもとても小規模な嵐と雷が、ピピストレッロたちに襲い掛かっていく。

「うぅ、やっぱり弱すぎて効いてない……」

「充分だアレックス。奴らを混乱させるくらいは出来たらしい」

 とオルランドが腰からロングソードスパーダ・ルンガを、アラブがシャムシールを抜き、それらに背後から切り掛かって首を飛ばし、灰にしていく。

 馬車の窓からオルランドの愛息子――テツオの顔が見えた。

「おとーん!」

「待ってるんだ、テツオ! 今助ける!」

 馬車の上に乗っていたジルベルトと、荷物置きに立っていたムサシが飛び降り、大きなオスのピピストレッロに向かっていく。

「助かり申した、お三方!」

 と刀で戦いながら三人を一瞥したムサシが、すぐにまた目を戻した。

「って、大丈夫でござりまするか!」

「おまえら血が出てるじゃねーか! 魔法使い2人もいんのに! どっちも魔法使えなくなったってことか!?」

 アラブが「ノ」と首を横に振る。

「どうやらハナちゃんたちは来ないようだと判断してからは、敢えて重傷を負った場合だけ治癒魔法を掛けることにしていたんです。何が起こるか分からないので。アレックスは治癒魔法が出来ないに等しいですし、自分も得意ではないので一度に掛けられる範囲が狭く、軽傷でも1回のグワリーレで済まなかったりするんですよ。つまり、治癒に大幅に力を使ってしまうので、いざという時のことを考えると……」

「でかした! その『いざという時』が今だ!」

 とジルベルトが言った傍ら、ルフィーナが馬車の窓から顔を出した。

「お兄ちゃんとアレックスは、まだ魔法を使える余裕があるってことなのね?」

 アレッサンドロが「ノ」と答える。

「僕はそろそろダメです、母上。もう小さな魔法しか使えないから、剣に切り替えて戦います」

「お兄ちゃんは?」

「さっき言った通り、治癒にあまり魔法を使わなかったっていうのと、こいつらを倒すのは魔法よりシャムシールで首を切り落とす方が早いっていうのもあって、まだそこそこ行ける」

「テレトラスポルトは?」

「それは消費がでか過ぎるから、カプリコルノ国内でせいぜい2回だ」

 とアラブが「どうした?」と問うと、御者席にいるレオナルドが急いで現在の状況を説明した。

 みるみるうちに、3人の顔が驚愕に染まっていく。

「あいつかっ……ハーゲンか! この悲惨な状況は、すべてハーゲンが作ったのか! 捕まえて、赤ん坊ごとこいつらに突き出してやる!」

 と怒りを露わにしたアラブがすぐにテレトラスポルトしようとしたとき、馬車の中からシャルロッテが顔を出して「待って!」と言った。

「あなたハーゲンを数回見たことある程度でしょう? 私も一緒に連れていけない?」

「申し訳ありませんが、それは難しいです。ひとり増えると、大体倍の力を使うので。それに帰りはハーゲンと一緒になりますが、それもおそらく王都までは飛べないので途中から走って帰ってくることになります」

「分かったわ、それじゃ駄目ね。ハーゲンの姓はガイガーよ、ハーゲン・ガイガー。後、うちの兵士にこっちに戻って来て戦うよう言っておいて」

 続いてマヤが窓から顔を出した。

「ハーゲンの年はベルナデッタ女王陛下と一緒で、身長は180cm、金髪で綺麗な顔をしていますわ。あと銀の瞳をしているの。ちなみにカプリコルノ語を話せるから、探す上でそんなに苦労しないはずよ」

 アラブは「スィー!」と承知するなり、その場からテレトラスポルトしていった。

 オルランドが生存者を確認するために馬車に駆け寄り、窓の中を覗き込む。

 すべての天使と幼子たち、シャルロッテたちの他、どういうわけか民衆の女が7人乗っているところが少々気になったが、そんなことより妻子の無事な姿を見つけて安堵の溜め息を吐く。

「良かった…アヤメ、テツオ……」

 窓から泣きながら顔を出した二人の首を、ぎゅっと抱き締めた。

「良かったランド、無事やったんやな……!」

「せやけどおとん、怪我しとるやん! 大丈夫なん?」

「ああ、こう見えて軽傷だから大丈夫だ。二人共、心配しないで学校へ急いでくれ。私も後から行くから、そこでまた落ち合おう」

 とオルランドは兜の面頬を上げて妻子に笑顔を見せると、御者席の方を見た。

「レオ、私たちが道を開けるから頼んだぞ!」

 ジルベルトとムサシが大きなオスのピピストレッロの相手をし、オルランドとアレッサンドロが他のピピストレッロを排除して馬車の通り道を作る。

 レオナルドが急いで馬車を発進させると、荷物置きに立っているファビオが万が一に備えて弓矢を構えた。

 馬車の窓からは天使軍の問題児その1が弓矢を、その2がバレストラを構えて顔を出す。

「急いでや! 急いでや!」

 とテツオが御者席の後ろの壁を叩いた。

「おとん、怪我しとった! あんなバケモノと戦うのに、怪我しとった!」

 続いてビアンカも壁を叩きながら叫ぶ。

「急いで、レオ! もう皆バッリエーラが無いはずよ! 4人とも危ないわ!」

「スィー、急いでいます!」

 オルランドたち4人の方から零れて来た数匹のピピストレッロが、疾駆する馬車を追ってくる。

 それをベルとベラドンナ、ファビオの矢が射落としていく。

「便利ですね、この馬車。乗って避難を始めてから、彼らの炎を見ていません」

 とベルが追ってくるピピストレッロの様子を眺めながら言うと、レオナルドがこう返した。

「それは、先ほどムサシ殿下が仰った通りです。彼らが疲れて魔法を使えなくなってきているのもありますが、一番の理由は『探しもの』がこの中にあるかもしれないと思っているからです」

「やはりそうですか。ならば私は、学校へ着いたらこの馬車でフラヴィオ様のお迎えに行って参ります」

 アリーチェが「駄目よ!」と声高に言った。

「危ないわ、ベル! ルフィーナ王妃陛下のバッリエーラだって、今掛かってる一枚が最後なのよ? そういうことしたら、フラヴィオ様にこっ酷く怒られるんだから!」

 ベルが「ノ」と返す。

「フラヴィオ様は、村の馬車などに民衆を乗せて避難させていることでしょう。しかし、もともと村の女子供やお年寄りをすべて乗せられるだけの馬車はありませんし、ピピストレッロたちが馬や馬車には興味が無くても、延焼や飛び火によってさらに数が減ったことも考えられます」

 ベラドンナが「そうね」と続いた。

「なかなか進まなくて困ってると思うわ、フラヴィオ様。この馬車は大人で20人、子供だけなら40人くらいは乗せられるし、迎えに行くべきよ。ワタシも一緒に行くわ、ベル。趣味の狩りのお陰で、弓矢は大得意だもの」

「ベラちゃんまで!」

 とアリーチェが眉を吊り上げると、ベラドンナが「うるさいわね」と苛立った声で返した。

「アンタもう3人も我が子を失ってるのに、よくそうやっておとなしくしていようって気になれるわね。アンタみたいにポンポン子供授かって産んでくるとそうなるわけ?」

「な…なによ、それっ……?」

「今、ワタシの二人の息子と甥っ子が、他のピピストレッロとは見るからに違うバケモノ相手に戦ってるのよ。ワタシは長いあいだ子供が出来なくて、辛くて辛くて陰で泣いてばかりのときに救ってくれたムサシも、やっとの想いで授かって、命懸けで産んだジルも、ワタシの掛けがえの無い大切な息子なの。お姉様が残したランドだって、血の繋がりはないけどアレックスだって、ワタシの大切な甥っ子で家族なのよ」

「それは分かってるし、4人ともわたしにとったって大切な家族よ。でもわたしたちが勝手な行動を取ったら、フラヴィオ様たちに迷惑が掛かるから言ってるのよ」

 ベラドンナが「うるさいわね!」と声高になる。

「さっきルフィーナ王妃陛下が言ってたじゃない! 学校で戦ってるドルフとフェーデは手が離せる状態じゃないって! それって、フラヴィオ様が学校へ辿り着かないうちは4人を助けに行けないってことよ!」

「そ…そう…だわ……ごめんなさい――」

 馬車の扉が開く音がした。

 一同がそちらを見ると、テツオが弓矢を持って馬車から飛び降りたところだった。

 地面の上に転がった後、来た道を走って戻って行く。

「テツオ! あかん、戻り! テツオ!」

 と馬車の扉から顔を出したアヤメも、続いて飛び降りていく。

 レオナルドが「えっ!」と狼狽して馬車を止めようとすると、ベルが「ノ!」と言った。

「学校はすぐ目の前です、レオ様! このまま進んでください! そしてファビオさん護衛ありがとうございました、お願いします!」

 ファビオが「スィー!」と荷物置きから飛び降り、親子を追い駆けていく。

 間もなく馬車が学校の北門から校庭に入ると、一同が思わず「わっ」と驚くほど白の灰が大量に舞い上がり、窓の景色を目隠しした。

 レオナルドが咳き込みながら馬車を校舎の入口前まで走らせ停車すると、箱の中にいた一同が急いで校舎の中へ駆け込んで行く。

「ベルさん、ベラドンナさん、わたしも陛下のお迎えに行きます。わたしはメッゾサングエでお二人より頑丈ですから、御者になります!」

 とルフィーナは御者席へ向かっていき、箱に残ったベルとベラドンナは真っ白な窓の外に向かって、声を大きくする。

「フェーデ様、ドルフ様! 今、ムサシ殿下とジル様、オルランド様、アレックス様がバケモノ相手に戦っています!」

「さらにアヤメちゃんとテツオも馬車から飛び降りて、そっちに戻って行っちゃったわ! 頼りになるガルテリオも、家政婦長も料理長も、それから執事も使用人も宮廷で戦ってた兵士も死んじゃっていないの! アラブ将軍は今、プリームラに移動中のサジッターリオ国民の方に行ってるし!」

 斬っても斬っても押し寄せてくるピピストレッロ相手に戦い、まるで手を離せない状態の二人が狼狽した。

 フェデリコが兜の面頬を上げて、レオナルドを見る。

「私かドルフが4人を助けに行く! レオ、代わってくれ!」

「ぼ…僕はっ……」

「なんだ、レオ……! まさかおまえは、ここまで一度も戦わずに来たというのか!」

 と父に怒号されたレオナルドが「ごめんなさい」と御者席で泣き出すと、ベルが「ノ」とフェデリコに返した。

「私とティーナ様は、レオ様にお助けいただいております。戦わずとも、何もしなかったというわけではありません」

 ベラドンナが急いて「それより」と話を切り替える。

「ワタシとベル、それからルフィーナ王妃陛下はこの馬車でフラヴィオ様を迎えに行ってくるわ!」

 フェデリコとアドルフォが「こら!」と声を揃える。

「おとなしくしていてくれ、天使軍の問題児その1・その2!」

「そして、その3はルフィーナ王妃陛下ですか!」

 と叱られたルフィーナが、「ち、違います!」と手を振って否定する傍ら、ベルが「大丈夫です」と話を続けた。

「探しものをしている彼らは、どうやらこの箱馬車に向かって炎を使うことが出来ないようなのです」

「それにね、ワタシたちにはバッリエーラが50枚掛かってんのよ!」

 と大法螺を吹いたベラドンナに、正直な性格をしているルフィーナは動揺したが、ベルの方は躊躇なく便乗した。

「それ故、ご心配なく。では、ごきげんよう」

 二人からまた「こら!」と叱られる中、ルフィーナがレオナルドと変わって御者席に着いた。

 そして馬車を発進させようかとき、「待って!」とヴァレンティーナの声が聞こえてきた。

 校舎の中に避難したはずのそれが、駆け戻ってくる。

「ベル、私も一緒に連れて行って!」

「ティーナ様に私の傍から離れないよう言ったのは、他の誰でもないこの私ではありますが、ここまで来たら学校の中が一番安全ですから――」

「分かってるわ。でも村の方へ行くのでしょう?」

「フラヴィオ様はもう王都には入っているでしょうから、村には出ないかと」

「でもここよりは村に――コニッリョの山に近くなるでしょう? それなら、私も行かないといけないわ。コニッリョのウサギの耳は、ガットほどではないかもしれないけど、とても良く利くもの。ここよりもう少し近くなれば、私の声が届くはずよ」

 愛する者を失い、深い悲しみに染まった蒼の瞳が必死にベルを見つめていた。

「もう誰も失いたくないの……! タロウ君たちが来ないなら、コニッリョの力を借りるしかないわ。コニッリョはまだグワリーレしか使えないけど、彼らの優秀なグワリーレなら一度に多くの怪我人を治すことが出来るもの。そしてそのコニッリョの皆を動かせる人間は世界中で私だけで、生き残ってる皆の命は私に掛かってると言っても過言ではないのよ。だからお願い、私も連れて行って」

「スィー、ティーナ様。頼りにしております」

 ヴァレンティーナも馬車に乗り込むと、フェデリコとアドルフォの3回目の「こら!」が響き渡った。

「いざとなったら、シルビーを叩き起こしてください! グワリーレ程度なら数回使えるくらいには回復しているはずですから! では!」

 とルフィーナがお構いなしに発進した馬車は、灰を派手に舞い上がらせながら校庭を疾駆し、南門を駆け抜けていった。


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