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最終話ー1 終焉

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 その日のサジッターリオ国は、雲一つない紺碧の空をしていた。

 先ほどまで緑葉を生い茂らせていた木々が猛火を噴き上げ、白煙がまるで入道雲のように空へ舞い上がっていく。

 熱気に包まれた辺り一面の山肌には真っ黒な物体――焼死体が幾多も転がり、誰もが亡くなったものだと思っていたハーゲンの哀哭が響き渡っていた。

「ソフィア! 嫌だ、ソフィア! 死なないでおくれ、ソフィア!」

 ハーゲンの腕に抱かれているソフィアの雪のような肌を、流れ出る血が真っ赤に染めていく。

 その背には矢が9本刺さり、蝙蝠の翼は穴だらけになり、首は深く切られていた。

「ハーゲン……」

「ソフィア! ソフィア!」

「ハーゲン、逃ゲて」

「嫌だ! 君といる!」

「逃ゲて、ハーゲン」

 紅を塗ったような唇で絶え絶えの呼吸をしながら、ソフィアが必死に訴えていた。

 赤の瞳に殺意を滲ませ、ハーゲンににじり寄る仲間たちに向かって、人間には分からない言葉を一言発する。

 するとそれらは一斉に歩みを止め、燃え盛る炎に手をかざして鎮火させていく。

「早く、逃ゲて、ハーゲン。ソフィア、死んだラ、止められナい」

「いいんだ。私はもう、君のいないこの世なんて考えられないんだ。君が死ぬというのなら、私も彼らに殺してもらった方が幸せだよ。それにもう、これじゃお腹の子だって……!」

 首を横に振ったソフィアが、ふと右手を自身の膨らんだ腹部に当てた。

 鋭い5本の爪のうち、人差し指のものを腹部に突き立てて、躊躇った様子なく縦に切り裂いていく。

「――なっ、何をしているの、ソフィア! 駄目だよ!」

 ハーゲンがソフィアの手を掴んだが、それはまた首を横に振った。

「生きテる」

 とソフィアが裂いた傷口から手を入れると、ハーゲンが悲鳴を上げた。

「昼は、人間。夜は、モストロ」

 そう言いながら、ソフィアが腹の中から赤子を引っ張り出す。

「ああ、そんな!」

 とハーゲンが、慌てて両手で赤子を受け止めた。

 黒の髪と銀の瞳、辺りに鳴り渡る元気な産声。

 両手の中に収まってしまうほどの、小さな小さな女の赤子だった。

 それを見つめるハーゲンを、大きな感動が包み込んでいく。

「――…み…見て、ソフィア……この子、君にそっくりだ……!」

 微笑を返したソフィアが、自身と赤子を繋いでいたへその緒を爪で切った。

 狼狽えるハーゲンに、ソフィアが「大丈夫」と返す。

「日が昇レば人間ニ、日が沈メばモストロに」

「今は昼だよ、ソフィアっ…! 今のこの子は、か弱い人間ってことでしょう? だってほら、翼だって無いよ……!」

 ソフィアがまた「大丈夫」と返した。

「純粋な人間にはナれない。目デは分からナいくらい、小さな魔力を感ジる。簡単ニは死なナい。弱っテも、夜が来レば翼が生えテ、元気になル」

 とソフィアの左手が、ハーゲンの頬に触れた。

 その薬指には、白詰草シロツメクサの花が結ばれている。

「この子がハーゲンの傍にイる。ハーゲン、ひとりじゃナい」

「ああ、ソフィアっ……!」

 ソフィアと赤子をきつく抱き締め、啼泣するハーゲンが、間もなく覚悟を決めた様子で「分かったよ」と言った。

「安心して、ソフィア。私は生きるよ。この子と共に必ず生きるよ、約束するよ。愛してるよ、ソフィア。愛してるよ、永遠に……!」

 とソフィアに最後の口付けをしたハーゲンは、その白い顔に浮かんだ安堵の微笑を見届けた後、赤子をしかと胸に抱いてその場を後にした。

 ソフィアのめいにより、動けないでいるピピストレッロたちの煮え滾るような殺意を身体中に浴び、転がっている焼死体にときどき躓いて転びそうになりながら、山を駆け下りていく。

 山の麓に着いたら今度は真っ黒になった馬が大量に転がっていたが、少し離れた場所にいた数頭は生き残っていた。

 ハーゲンはそのうちの一頭の下へ駆けて行くと、まずはその背に掛かっていたローブを頭から被った。

 帽子を深く被り、裾で赤子をしっかりと包み、騎乗する。

 そしてもう一度山の方を見つめた後、泣きながら王都のある方向へと馬を走らせて行った。

「さようなら……さようなら、ソフィア! 私の、ソフィア!」


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