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第51話ー5

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 ――その日の夜9時。

 宮廷も町も村も、酔っ払いだらけのカプリコルノ国。

 サジッターリオの天才ヴィオリニスタ・ハーゲンが、帰国する時間がやって来た。

「本日はありがとうございました、ハーゲンさん。何度拝聴しても、素晴らしいヴィオリーノの演奏でございました」

「ありがとうございます、カンクロ女王陛下。お喜びいただけて光栄です。また、素晴らしい結婚式にお招きいただき、ありがとうございました」

「お楽しみいただけましたか?」

「スィー、とても! 一発芸も面白かったですし、何よりカンクロ女王陛下の花嫁姿があまりにもお綺麗で!」

「ありがとうございます」

 とベルとハーゲンが会話をしていると、後方から荷物を抱えたフラヴィオやコラード、リナルドがやって来た。

「この小麦や干し肉、豆も持っていくが良い、ハーゲン。おまえ少し痩せたように見えるぞ、ちゃんと食べろ」

「こんなにたくさんありがとうございます、カプリコルノ陛下」

「あと服もやる。今日のその服、いつ買ったやつだよ?」

「ありがとうございます、コラード陛下。そういえばちょっとボロかったかな? 申し訳ありません」

「ところで何も今日帰らなくても、私たちが帰るときに一緒に帰ればいいんじゃないのか? 宴は3日間続くんだぞ?」

 とリナルドが問うと、ハーゲンが首を横に振った。

「私はあの山小屋が落ち着くもので」

「あのぶっ壊れそうな山小屋が? 変わった奴だなー」

 フラヴィオが宴会会場の方を見て、「ナナ・ネネ」と呼んだ。

 数秒後、2匹がテレトラスポルトでぱっと現れる。

「ハーゲンをサジッターリオの山小屋まで頼む。あと荷物持ちのコラードとリナルドも」

 コラードが懐からサジッターリオの地図を出し、山小屋の位置を指差して「ここね」と言うと2匹が承知した。

 荷物を抱えた3人を連れて、指定先までテレトラスポルトする。

 そこはハーゲンの山小屋からほんの10mほど先で、付近にはピピストレッロの姿があった。

 夜空を見上げれば、視界に入るだけでも何十匹ものそれがふわふわと飛んでいる。

 コラードとリナルドが「うわぁ」と言った。

「相変わらず嫌なとこに済んでるな、ハーゲン」

「はぁ、申し訳ありません」

「早いとこ荷物を置いて戻りましょう、コラード陛下」

「お手数をお掛けします」

 3人が山小屋と向かって歩いて行こうとすると、ナナ・ネネが「待て」と言った。

 突如3人に、10枚ものバッリエーラを掛ける。

「山小屋の中にピピストレッロがいる」

「山小屋の中にやばい奴がいる」

 ハーゲンが「え?」と返した後、察した様子で「ああ」と声高になった。

「大丈夫です。きっと『彼』がいるのでしょうが、『彼』は一際魔力が高いだけで、普通のピピストレッロと変わりありません。つまり、こちらが危害を加えなければ何もしません」

 とハーゲンはひとりで山小屋へと向かって行くと、「ただいま」と言いながら山小屋の扉を開けた。

 するとそこは真っ黒で、それは一体何かとコラードとリナルドが目を凝らして見つめる。

 ハーゲンが、「おーい」とその真っ黒なものを指でつついた。

「君が入ったら駄目じゃない。このあいだも出るの大変だったでしょう?」

 真っ黒なものがモゾモゾと動いて外へと飛び出してくると、それが何かようやく分かった。

 明るい月明りに照らされても真っ黒なそれは、とてつもなく大きな蝙蝠の翼だった。

 続いて、半ば二つ折りになった雪のように白い巨大な身体が出て来て、世にも美しい黒髪が現れる。

「下がれ」

 ナナ・ネネがコラードとリナルドを背に庇うや否や、それはふわりと山小屋よりも高く浮遊した。

 蝙蝠の翼が開き、辺り一面の月明かりが遮られて、真っ暗闇に包まれる。

「――…っ……!」

 息を呑んだコラードとリナルドの手から荷物が落ちた。

 そして自然と右手が動くと、ナナ・ネネが「止めろ」と言った。

「剣を抜いたら駄目だ」

「剣に触れたら駄目だ」

 コラードとリナルドがはっとして右手を握り締め、身体の脇にくっ付ける。

 それはハーゲンが「またね」と手を振ると、生息地である山の方へと悠々と飛んでいった。

 その背を見送ったハーゲンが、「もういいですよ」と2人と2匹のいた方へと振り返る。

 しかしそこにあったのは、荷物だけだった。

「あれ? カプリコルノに戻っちゃったか。テレトラスポルト送迎ありがとうございました」

 とハーゲンは誰もいない場所に向かってお辞儀をすると、たくさんの荷物を抱えて山小屋の中に入っていった。

 改めて「ただいま」と言った相手は、簡素な手作りレットに寝転がっているメスのピピストレッロ――ソフィア。

 それは「おかエり」と言うと、食卓の上にある蝋燭に魔法で火を付けた。

 食卓の上には、たくさんの青いドングリが置かれている。

「さっきの『彼』が持ってきたんだね。でも青いドングリって美味しいの?」

「焼ケば」

「ふーん?」

 ハーゲンが椅子の上にヴィオリーノを置き、床の上に荷物を「よいしょ」と下ろす。

 振り返ったら、目前にソフィアの姿があった。

 それは背伸びをして、長身のハーゲンの口元に鼻を寄せる。

「ブドウ酒のにオい」

「分かる? 結婚式の宴が楽しくって、ついついお酒が進んで酔っ払っちゃったよ」

 ソフィアがハーゲンの唇をぺろりと舐めた。

「ごめん、ブドウ酒もらって来れば良かったね」

 とハーゲンはソフィアの紅の唇に口付けると、その雪のように白い身体を抱き締めた。

 すぐ傍にある簡素な手作りレットに倒れ込むと、2つの頭が枕に受け止められた。

 ソフィアの赤い瞳に、酔っ払ったハーゲンの陽気な笑顔が映る。

「聞いて、ソフィア。とても楽しかったよ、カプリコルノ陛下とカンクロ女王陛下の結婚式。向こうの王侯貴族って美男美女ばっかりなんだけど、それぞれ凄い特技を持ってたり、個性的だったりしてさぁ?」

 と言葉通り楽しそうに話すハーゲンの顔を、すぐ目前で見つめるソフィアもどこか楽しそうな様子でいる。

「でもやっぱり花嫁衣裳がとっても綺麗でね、思わず見惚れちゃったよ。いいなぁ……着せたいなぁ、君に」

 ハーゲンがソフィアの美しい黒髪を手に取ると、それは指のあいだから蕩けるように落ちていく。

 白い頬にそっと触れて、もう一度口付けた。

「私のお嫁さんになってよ、ソフィア……――」

 ――ナナ・ネネのテレトラスポルトで、カプリコルノに突如飛ばされたコラードとリナルド。

「げ」と顔を引きつらせた直後、10m下にある砂浜に、「ぎゃっ」と落下する。

 共に落下したナナ・ネネが「ごめん」と言った。

「あちきが失敗した」

「あちきも失敗した」

 つまり、2匹揃ってテレトラスポルトを失敗したらしい。

 それはとても珍しいことだった。

 どうしたのか訊かなくても、テレトラスポルトをする直前のことを考えれば察した。

「ハーゲンの山小屋にいたバケモノみたいなピピストレッロって、もしかしてナナ・ネネよりも魔力高いの?」

 コラードが問うと、ナナ・ネネが少し驚いたようにその顔を見た。

「ああいや、ほら、オレたち人間には魔力が見えないからさ? だよな、ナナ・ネネの方が当然強いよな、うん。分かってる」

 と何となく焦ってしまったコラードが言葉を続けると、2匹は「何言ってる」と声を揃えた。

「あんなの、あちきらじゃ敵わない」

「あんなの、タロウとハナも敵わない」

「タナカさんでもどうか」

「ササキさんでもどうか」

 そう言いながら、ナナがコラードの、ネネがリナルドの額に手を当てて治癒魔法グワリーレを掛ける。

 冷たくなっているその手は、汗で濡れていた。

「あれに近寄るな、コラード」

「あれに関わるな、リナルド」

 と、「あんなの」と揃えた声が震えている。

「人間が敵う相手じゃないぞ――」


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