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第51話ー4

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 今年サルヴァトーレが3つになったとき、ヴァレンティーナは17歳になった。

 少女の卒業へと向かい始めたこの時期、より美しさが増し、身体が女らしい曲線を描いている。

 波打つ長い髪は相変わらず金糸のようで、眩しく輝く肌は珠のよう。

 艶っぽくなってきた形の良い唇は、母ヴィットーリアを彷彿とさせる。

 特技の歌と舞踏のうち、どちらにするか迷っていたらしいヴァレンティーナだったが、サルヴァトーレが歌を披露したので後者を選んだ模様。

「踊ります」

 と主役二人にお辞儀をして手を挙げると、宮廷楽士たちが優美な舞踏曲を演奏し始めた。

 またヴァレンティーナの言葉が聞こえてか、裏庭を囲う城壁の天辺にコニッリョたちが顔を並べていく。

 そしてヴァレンティーナが天使のような笑顔で舞い始めると、その場にいる誰もが目を奪われ、心を奪われ、恍惚としていく。

「――ああ…なんというお力でしょう、ティーナ様……」

 とベルが呟くと、フラヴィオが愛娘を目で追いながら頷いた。

「誰がもっともカプリコルノ国王に相応しいか考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは余ではない。悪いが、ランドでもない。ティーナだ。人だけでなく、あのコニッリョの心さえも開いてしまうのだから。ティーナが国王だったならば、コニッリョはとっくに仲間になっていたであろう」

「返して頂きたいものですね」

「まだ認めてないのか、アクアーリオ王太子を?」

「無論でございます」

 とベルがアクアーリオ国の席へと顔を向ける。

 間もなく国王夫妻と王太子と目が合ったと思った途端、それらは狼狽した様子で顔を逸らしていく

(――…何……?)

 その態度をベルが不審に思っていると、「アモーレ」とフラヴィオに呼ばれてそちらを見た。

「此度ティーナから受け取った交換日記には、何か特別なことは書かれていなかったか」

「今回は交換日記にて、祝福のお言葉を頂戴致しました。他にはあちらの侍女とお茶をしたとか、あんな話をしたこんな話をしたなど、日常的なことが書かれていました」

 と返しながら、ベルはフラヴィオが何を問うているのか察する。

「ご懐妊の方は、まだ……」

 フラヴィオが「そうか」と返して、アクアーリオ国の席を見た。

 それらはまた、不自然に顔を逸らしていく。

「ティーナは大切にされているのだろうか」

「交換日記には、そのようなことを書かれていますが」

 再び「そうか」と返したフラヴィオが、小さく安堵の溜め息を吐いた。

「ならば、向こうには感謝しないとな」

「私はしません」

 とベルが返すと、フラヴィオが「こら」と少し眉を吊り上げた。

 ベルが「何故なら」と続ける。

「お優しいティーナ様は、優しい嘘を仰るからです。こっちと向こうの争いを避けるため、大切にされていなかったとしても、大切にされていると嘘を仰るからです」

「現時点で、ティーナは嘘を吐いているのか?」

「それは分かりませんが……」

 と、ベルがアクアーリオ王太子へと顔を向ける。

「私の目には、相変わらず汚物にしか見えないのですよ」

 あの金の髪や白いソバカス顔、灰色に近い碧眼、細く尖った顎。

 すべてに嫌悪を感じて、ベルの顔が歪んでいく。

 フラヴィオが、「こら」とベルの頬を摘まんで引っ張った。

「そういう態度ではいけない。ティーナが大切にされていると言うのなら、その言葉を信じるのだ。誰よりも仲の良いそなたに疑われるなんて、ティーナは悲しむぞ?」

「申し訳ございません。しかし……」

 とベルの口が尖ると、フラヴィオが溜め息を吐いてこう言った。

「いい加減にしないと、『2人目』を作ってやらないぞ? トーレも3つになったし、そなたの身体もそろそろ大丈夫だと思って、子作りを始めようと思っていたのに。いらないのか?」

「え?」

 とフラヴィオの顔を見た栗色の瞳が煌めき、頬が染まっていく。

「ベルナデッタは2人目いるのです」

「じゃあ、良い子にするな?」

「『良い女』にするのです」

「良かろう」

 とフラヴィオは「ふふふ」と笑うと、ベルを抱き上げてハナを呼んだ。

「すまん、アモーレの部屋に送ってくれ」

「ハイハイ」

 と呆れ顔で承知したハナが、2人をテレトラスポルトで宮廷の4階の階段脇の部屋へと送り届ける。

 それから少しして舞踏を終えたヴァレンティーナが、主役の席へとやって来て「あれ?」と辺りを見回した。

「父上とベルは?」

「2人目作りに行ったわ」

 とマサムネが答えると、ヴァレンティーナが少し恥ずかしそうに「もー」と言って、ベルが座っていた席にへたり込んだ。

「2人とも、私が誰のための祝福の舞を踊ったと思ってるのかしら。しかも主役が席を外すってどうなの?」

「まぁな。けど許したれ、ティーナ。あいつらの愛の炎は、永遠に燃え盛ったままやから」

 ヴァレンティーナが小さく「いいな」と呟いた。

 微笑を浮かべているその横顔がとても悲しそうに見えて、マサムネが戸惑いながら口を開きかけたとき、アクアーリオ王太子の声が割り込んできた――

「帰るぞ」

 マサムネが眉を寄せた。

「もう? 宴は3日間やで。まだ1日目の夜にもなってへんやん」

「すみませんが、父上もボクも忙しいんです」

「レオーネ国王のワイやってめっちゃ忙しいけど、こうして2人のために時間作って祝いに来てるんやで。もう少し居ても――」

「帰ります」

 と、ヴァレンティーナが慌てたように、マサムネの言葉を遮った。

 アクアーリオ王太子の顔色をうかがうように見た後、マサムネに笑顔を向ける。

「それではムネ陛下、父上とベルによろしくお伝えください」

 とタロウを呼び、すぐにアクアーリオ国の宮廷前へとテレトラスポルトで送ってもらう。

 タロウは「どうも」と言ったアクアーリオ国王に「いいえ」と返した後、何か言いたげにヴァレンティーナに魔法の盾バッリエーラを5枚掛けた。

「ありがとう、タロウ君。でも大丈夫よ」

「うん。でもなんか心配で……」

 とタロウがヴァレンティーナの顔を見つめ、アクアーリオ王太子の顔を見つめる。

「なんだ?」

 と露骨に嫌そうに問うたアクアーリオ王太子が、怯えた様子で一歩後退った。

「用は済んだだろう、早く消えろ」

 タロウが溜め息を吐いて去ろうかとき、宮廷の中から華やかなヴェスティートを来たひとりの女が出て来た。

「おかえりなさいませ、王太子殿下。お待ちしておりました」

 とタロウの猫耳を見て、「きゃっ」と飛び跳ねる。

「あ、すみません」

 と言ったタロウがヴァレンティーナに「どちら様?」と問うと、アクアーリオ国王が上ずった声で返した。

「息子の幼馴染だよ。公爵家のご令嬢でね」

「はぁ、そうですか……」

 とタロウがどこか不審に思ってその令嬢を見ていると、王太子が「早く行け」と言った。

 タロウは再び溜め息を吐くと、ヴァレンティーナに「またね」と言ってからテレトラスポルトで飛んでいった。

 すると令嬢が、もじもじとしながら王太子にこう言った。

「あの、私、王太子殿下のお子を授かりました」

 その知らせに、ヴァレンティーナが一瞬言葉を失う。

 王太子は「本当か!」と声高になると、令嬢は「はい」と言って頷いた。

「よし、そのまま無事に産め! 必ず男だ!」

「は、はい」

 王太子が令嬢の肩を抱き、宮廷の中へと入っていく。

 後から付いていくヴァレンティーナには振り返らず、そのまま王太子と王太子妃の部屋と向かって行く。

 令嬢は本当は、以前は王太子の愛人で、そして先月からは新しい王太子妃だった。

 つまりヴァレンティーナはもう王太子と離婚していて、現在は王太子の愛人だった。

 新しい王太子妃には罪の意識があり、ヴァレンティーナの方へと振り返ったその顔の目には涙が溜まっている。

 気にしないでと宥める意味で微笑を返したヴァレンティーナの目前から、やがて2人は消えていった。

 2人の部屋の前を通り越し、静かに自室へと向かうヴァレンティーナの後を、アクアーリオ国王夫妻が狼狽しながら追い駆けて来る。

「い、言わないでおくれ、頼むから。カプリコルノ陛下やカンクロ女王陛下はもちろん、レオーネ陛下やサジッターリオ陛下にも、このことは言わないでおくれっ…! もう王太子妃じゃなくても、君に苦労は掛けたりしないからねっ…!? 恨みを買って襲われたりしたら、うちの国は一溜りもなく――」

「大丈夫です。父上やベルたちには秘密にしておきますから、ご心配なく」

 と、ヴァレンティーナは笑顔でアクアーリオ国王を宥めると、自室へと入っていった。

 もう王太子妃ではないから、部屋は以前ほど豪奢ではないし、レットもそこまでふかふかではない。

 食事も少し量が減ったように思うし、あまり自由に宮廷の装飾品を身に付けられなくなった。

 でも、そんなことはどうでも良かった。

 新しい王太子妃が無事に男の子を産んだらどうなるだろう?

 そしたらもう、再度ヴァレンティーナが王太子妃に選ばれる可能性は極限まで低くなる気がした。

 ヴァレンティーナが男の子を授かったならまだしも、そんなことはもう奇跡に思えて、いよいよ本当の終わりを感じた。

(皆に、あんなに我儘を言ってカプリコルノ国を出て来たのに……)

 ヴァレンティーナの深く傷付いた蒼の瞳から、大粒の涙が溢れ出していく。

(驕ったわ)

 自身を酷く恥じる。

(私に、アクアーリオ国民を救う力なんて無かったのね。偉大な父上やベル、コラード兄上のような君主の才なんて、私には無かったのね……――)


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