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第49話ー4

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 ――翌日のカプリコルノ国。

 あんこの甘い香りが漂う、西の山――コニッリョの山の麓。

 フラヴィオが耳を疑って、「何っ?」と声を裏返した。

 ついさっき、テンテンのテレトラスポルト送迎でサジッターリオ国からやって来たコラードの顔を見る。

「ハーゲン、本当に宮廷楽士を止めたのか? いや、どうするんだ職を失って」

「よく知らないけど大丈夫らしいです。宮廷楽士になる前も働いてなかったとか何とかで、無職の玄人だどーのこーの」

「なんだそれは」

「さぁ。オレもこんなにあっさり辞められるとは思ってませんでした。もう、マヤにブーブー言われるわ、ハーゲンが可哀想ってレオに泣かれるわで……」

 と、コラードが苦笑した。

「ハーゲン、よっぽどあのヴィオリーノが大切だったってことかなぁ」

「まぁ、ヴィオリニスタならば喉から手が出るほど欲しいヴィオリーノだろうからな。ていうか、ハーゲンは町からも出たのだろう? どこへ行ったのだ」

「町から出て行けって言ったのもオレだけど、さすがに心配だったんで、王都にある実家にはときどき帰るよう言っておきましたが……なんか山小屋を持ってるそうです。ちなみにピピストレッロの山から2キロ先」

「いや、危ないだろうソレ。ときどき様子を見に行った方が良いぞ」

 そんな会話をしている2人の傍ら、ベルが思案顔で腕組みしていた。

「これで良かったのでしょうか……」

 と呟いたベルの顔を、フラヴィオが「アモーレ?」と覗き込む。

 2人の顔を交互に見たベルが、こう言った。

「いえ、あの…ハーゲンさんに宮廷や王都でヴィオリーノを演奏されるのは危険ですから、これで良いと言ったらそうかもしれませんが……本当に良かったのでしょうか」

「ハーゲン自身は変わらず危険だろうって?」

 とフラヴィオが問うと、ベルが「それもありますが」と続けた。

「なんと申しますか……少し不安を覚えませんか?  レオ様いわく、ハーゲンさんは長年ピピストレッロの研究をしていたほどピピストレッロがお好きな様ですし、昨日はレオ様のためかもしれませんけど、自らピピストレッロを呼び出したみたいですし……」

 フラヴィオとコラードが顔を見合わせた。

「余はハーゲンが誰かを想ってヴィオリーノを弾いているのは分かったが、もしかしてその相手はピピストレッロか?」

「かなぁ? だとしたら、叶わない恋してるなハーゲンの奴。だってピピストレッロじゃ、まず相手にされないのに」

「それなら――相手にされないのなら、不安ではないのです」

 とベルが、不安げな表情をして2人の顔を見る。

「これまでも見てきたではありませんか。どこの国も、人間とモストロが初めて共存をしたときには悲劇が起こるのです」

「それはたしかに」

 と2人が声を揃えた。

 コラードが「でも」と返す。

「さっきも言ったけどさ、ピピストレッロが相手じゃどうにもこうにも恋は発展しないって。彼らと目が合うことすら無いんだから。良かったんだよ、これで。これでピピストレッロから国民を守れたわけだから、なんだかんだオレは安心してるよ」

「私もどっちかと言ったら、安心感の方が強いのですが……」

「ならいいじゃん、これで。ピピストレッロの山近くで暮らすハーゲンが心配じゃないわけじゃないから、時々兵士に様子見に行かせるし。そんなに心配しなくて大丈夫だよ、女王陛下」

「はぁ、そうですか……」

 少し離れたところであんこ鍋を掻き回しているヴァレンティーナが、「父上」と呼んだ。

「あんこが炊けたわよ」

 その隣にいるルフィーナが、スプーンクッキアイオをフラヴィオに向かって差し出す。

「コニッリョに『あーん』してみてください」

 いつの間にか、コニッリョがわんさかあんこ鍋の周りに集まっていた。

 フラヴィオは「うむ」と承知すると、クッキアイオを受け取って鍋からあんこを一口すくい取った。

 それをコニッリョたちに向かって差し出す。

「さぁ、誰か食べて良いぞ」

 コニッリョたちがフラヴィオから遠巻きになっていったのを見て、ベルから小さく溜め息が漏れる。

「まだ駄目でしたね……」

「そのようだ。まだ余が――『人間界の王』が怖いのか、おまえたち」

 とフラヴィオが残念そうにクッキアイオを下げようかとき、一匹のコニッリョが一歩だけ前へ出た。

 そして、おそるおそる顔を近付けて、クッキアイオをぱくっと口に入れる。

「――食べたっ!」

 と思わず一同が声高になってしまったら、それは飛び退ってしまい、慌てて自身の口を塞ぐ。

 その状態のままフラヴィオは二口目のあんこを救うと、またクッキアイオを差し出した。

 今度は別のコニッリョが一歩前へ出て、同じようにおそるおそる顔を近付けてクッキアイオを咥えた。

 顔を見合わせた一同の瞳は驚きに見開かれ、感動に煌めいていた。

 ヴァレンティーナにクッキアイオが渡ると、それらがたちまち寄って来る中、フラヴィオはベルを引っ張って後方に下がっていった。

 ある程度距離を置いたところで、コニッリョたちを脅かさないよう小声で口を開く。

「見たか、アモーレっ…! それからおまえたちもっ……!」

 ベルと、後を付いて来たルフィーナ、コラードが頷く。

「コニッリョがついに――いや、再び『人間界の王』の手から、あんこを食べたぞっ……!」

「また一歩前進致しましたね、フラヴィオ様っ……!」

「ああ、アモーレ。きっともう少しだぞ。後、もう少しで……!」

 抱擁し合うフラヴィオとベルを見たヴァレンティーナが、嬉しそうに「ふふっ」と笑って駆け寄ってきた。

「ねぇ父上、ベル、2人目の赤ちゃんの予定はあるの?」

「それどころか、ベルさん後10人くらいは産むんじゃないです? いえ、50歳くらいまで産んでそうだからもっとかも」

 と生あたたかい目で2人を見つめているルフィーナが言うと、コラードも呆れたような笑みで「だろうなぁ」と同意した。

 2人は冗談交じりだったが、純粋に受け止めたらしいヴァレンティーナが「そんなに?」と驚いた。

「凄いわ、ベル。どうやったらそんなに赤ちゃんを授かることが出来るの? 赤ちゃんを授かりやすい日とかそういう以外に、何かコツとかあるの? あったら教えて、お願い」

 とどこか焦った様子のヴァレンティーナを見て、ベルがふと気付く。

(そういえば、ティーナ様はまだご懐妊されていない)

 ヴァレンティーナは結婚して半年だ。

 それでまだ子を授かっていないのは、まだ15と若い年齢を考えると遅いような気もするが、まだそんなに心配するほどでも無いような気もした。

 ルフィーナもそう感じたようで、軽い口調で「そのうち授かりますよ」と言った。

 フラヴィオが「むしろ」と続く。

「父上は、その年で妊娠・出産の方が心配だぞティーナ。正直、まだ早過ぎる」

「そうなのね。でも王侯貴族は私くらいの年齢で産んでる人も少なくないし、それに私……」

 と、ヴァレンティーナが何か気掛かりなことがある様子で、口を閉ざした。

 それを見て、ベルの脳裏にふっとアクアーリオ王太子が現れる。

「ティーナ様、何かあったら必ずベルナデッタとの交換日記に書いてくださいまし。小さなことでも、必ずです」

「ええ、分かってるわベル。これからは週に一度じゃなくて、もっとこっちに来られるようになったのだし。何かあったらすぐに相談するわ」

 とヴァレンティーナはベルに笑顔を向けると、コニッリョの方へと戻って行った。

 手掴みで勝手にあんこを食べているコニッリョもいたが、ヴァレンティーナが器によそって「はい、どうぞ」と一匹一匹に手渡していく。

 その様子を眺めながら、コラードが呟いた。

「遺伝……って、あるのかな」

 ルフィーナが小首を傾げて「遺伝?」と鸚鵡返しにすると、コラードは「何でもない」と返して口を閉ざした。

「無くは無いのかもしれん」

 フラヴィオが答えると、ベルが頷いた。

「何の話です?」

 とルフィーナは問うたが、3人は黙ったままヴァレンティーナを少し心配そうに見つめている。

 3人の脳裏には、ヴァレンティーナの叔母――ベラドンナの姿が浮かんでいた。





※番外編に49.5話あり。
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