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第46話ー4

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 ――1493年4月。

 レオナルドとジルベルトが3歳になった。

 マストランジェロ一族の男は、この年齢から『中の中庭』で体力作りや武術の鍛錬を始める。

 よって、ジルベルトに一足遅れてレオナルドの方も始まった。

『上の中庭』の将軍――貴族たちや、『下の中庭』の民兵たち、宮廷で働く使用人たちなどが興味津々と覗き込んでいた。

 ジルベルトの方はもう幼児の面影すらないが、レオナルドも並の3歳児よりもずっと大きく、身長は110cm弱あり、筋肉質で体重が25kgあった。

 初めての布鎧を装備し、礼儀正しく伯父フラヴィオや父フェデリコ、血の繋がらない他人ではあるが、叔父だと思っているアドルフォに「よろしくおねがいします」と礼儀正しくお辞儀したレオナルド。

 柔軟運動を終えて筋肉強化訓練の時間になると、フラヴィオにこんなことを言われた。

「そうだ、レオ。それが腕立て伏せだ。おまえは今日が初めてだし、3つとまだ小さいから、皆のようにしばらくは重りで負荷は掛けなくて良いが……ちょっとやれるだけやってみろ」

「スィー、伯父上。いーち、にーい、さーん……」

『中の中庭』をどよめきの声が囲んでいった。

「356、357、358――」

「と、止まれ! 止まるのだ、レオ! な、何をしているのだおまえは!」

「え? さっき伯父上に、やれるだけやってみろと言われ……」

「ああ言った、余が悪かった! でも3つの幼児だと思うと恐ろしいわ、おまえ! 次だ、次! 長距離走だ、レオ! 思いっきりじゃなく、ゆるゆるゆっくりと長く走るんだ。でもおまえは小さいから、疲れたらすぐに休んで……――」

『中の中庭』を再びのどよめきが包み込んでいく。

「ま、待て待て。止まれレオ、止まれ」

「スィー、父上?」

「おまえ、何故まだ走っているんだ? 今、何周目だ?」

「16周目です」

「な、なんで8kmも走っているんだ……!?」

「さっき伯父上につかれたら休めと言われたのですが、まだぼくがつかれてないからです」

「いや、疲れてくれ!」

 次は瞬発力強化のための短距離走。

 レオナルドとバケモノ幼児ジルベルトを並べて走らせてみた。

「おまえとしょうぶか。しょうぶとなったら、オレは手かげんしねーぞレオ。おまえもほんきで走れ」

「ほんきだね? わかったよ、ジル」

『中の中庭』が熱狂に包まれる。

 寸分の差でレオナルドが勝ってしまった。

「おまえ速くねぇー!?」

「うーん、分かんない」

 でも2本目の短距離走で躓き、勢い余って派手に転んだレオナルドが「わーん」と泣き出す。

 それを見て上・下の中庭からは将兵が、宮廷の中からは使用人たちが飛び出してこようとしたが、「良い!」とフラヴィオが制止した。

「助ける必要は無い。あいつがこれで立てなかったら腹の皮が捩れるわ。レオ、自分で起きるのだ」

 そう言われて身体を起こしたと思ったレオナルドだったが、大地の上に尻を付いたまま立ち上がろうとせず、泣きじゃくっている。

 心配して「どうしたんだよ」と近付いて行ったジルベルトが、間もなくフラヴィオたちの顔を見た。

「なんだ? どうした、レオ」

 とフラヴィオたちも近寄って行くと、レオナルドはくっ付けた両手の中に何か持っているようだった。

 よく見てそれが何か分かると、一斉に顔を見合わせて苦笑した。

「レオ、おまえな……」

 蟻を踏んづけて、殺してしまったらしい。

「その優しい心は決して悪いものでは無く、咎めるつもりは無いが、戦場に出られる程度にはなってくれ。もう確定だ。おまえは余やフェーデの力をそのまんま、もしくはそれ以上に継いでいる。将来、確実にジルはプリームラ軍の、おまえはオルキデーア軍の元帥だ。ほら、早く泣き止むのだレオ」

 と言ったところで泣き止みそうにないレオナルドのために、急遽『中の中庭』の隅に小さな蟻の墓を作る。

 摘んできたタンポポの花を墓に添え、酷く落ち込んだ様子で鼻を啜るレオナルドを見ながら、フラヴィオとフェデリコ、アドルフォは顔を見合わせてぼやいた。

「参ったな……」

 レオナルドは午後からの武術の鍛錬も優秀で、飲み込みが早くて筋も良く、10分もすれば上級者のように竹刀を振るってみせた。

 また、マストランジェロ一族の男は3歳から『マストランジェロ王家男子家訓の書』を読み始めなければならない義務があった。

 せっかくなので、兄弟のように育っているジルベルトにも読ませることに。

 始めの『第一巻』は優しい言葉で書かれているのだが、ジルベルトの方にはまだ難しかったらしい。

 大人と会話のやり取りがしっかり出来るジルベルトだが、読み書きが好きではなく、そっちの方の成長はレオナルドよりもゆっくりだった。

「レオ、ここなんてかいてるんだ?」

「えーと、『オンナをほめられぬオトコが、オンナをおとせると思うべからず』だって」

「ふーん? それって、オンナはほめりゃおちるってことか?」

「そういうことかなぁ」

 早速実行に移った。

「トーレでんか、あなたのひとみはオルキデーア石よりもうつくしく、くちびるは朝つゆにぬれたバラの花びらのようにうるわしく、それから……ああ……ああ、大好きですトーレでんか。ぼくは、冬の空のように澄んだあなたの吐息を吸引しながら絶え果てたい」

「おう、ティーナ。最近いいチチしてんじゃねーか、え? この調子でケツもデカくなれよー」

 2人に待っていたのは伯父の拳骨だった。


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