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第41話ー5

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 ――1時間後。

 カプリコルノ・カンクロ両国の互いの内情を大雑把に話し終わってみると、大学士堂の中にいる一同皆が腕組みしていた。

「そうですか……カプリコルノ国のコニッリョという臆病なモストロにとって、カプリコルノ陛下が人間界の王と」

 とマー・ルイが言うと、ベルが「はい」と頷いた。

「ですから現在、我が主がカプリコルノで武を振るうことは好ましくないことなのです。これまで敵襲に遭う度に武で国を守って来ましたが、これからはコニッリョの信頼を得るまでのあいだは控えないと」

「面倒なモストロですね」

 と、サン・カクが苦笑した。

「だってカーネ・ロッソなんて、食べ物さえ与えればベタベタに懐きますよ。まぁ、庶民の質素な食事ではなく、ご馳走でなければ駄目みたいですが。ああ、そうだ。宰相閣下がこっちで手懐けたカーネを、カプリコルノの兵士にするっていうのは如何でしょう。大丈夫ですよ、すっかり安心出来るくらい大量に連れて行ってもらっても」

「すでに一匹テンテンさんというカーネ・ロッソがいてくださるのですが、肉食寄りのことから、コニッリョに怯えられてしまうようです。コニッリョは光属性のことから治癒魔法に優れるだろうとのことで、否が応でも仲間にしたいのですよ。うちに足りていないのは力ではなく、治癒や防御、支援なので。それ故、心配がいらなくなるほど大量にカーネを連れ帰るというのは抵抗が……」

「なるほど、コニッリョが逃げてしまいますか。それにカーネが得意なのだって魔法より武の方だし、あまり役には立たないか。……あ、でも、ここカンクロ国から国を守るために始めたことでしょう? ならばカプリコルノ陛下がカンクロを手に入れてしまえば、コニッリョの力は必要なくなるのでは?」

「甘いですよ」

 と、マー・ルイ。

「どこに国にも悪党は存在しますし、この世から消えることもない。カンクロから反逆者が出ることも考えられますし、もう世界中の国々でモストロを軍隊に導入し始めている。そういう時代に入っているのですよ。最も脅威である人型モストロだって、この国のカーネとレオーネ国のガット、カプリコルノ国のコニッリョ以外にもいるかもしれない」

「そうですね。私の知っている限りですと、サジッターリオ国にも居ます。ご存知ではありませんでしたか? そのモストロの力を借りて、カンクロ遠征軍にトドメを刺させて頂いたのですが」

 マー・ルイが「そうでした」と答えた。

「ダイ・ケイ将軍がそんなことを言っていました。いえ、ダイ・ケイ将軍は本国をレオーネ・ヴィルジネ連合軍の襲撃から守っていましたが、遠征から辛うじて帰還した将軍がそんなことを言っていたと」

 と、ここで、外に出ているリエンが「もう大丈夫かナ?」と顔を覗かせた。

 香自体は15分ほどで消えていたが、カーネ・ロッソの鼻にはまだ強く香るらしく「うわぁ」と顔を顰めた。

 でも大分マシになったようで、「何の話してたノ?」と中に入ってきた。

 正直に答えるわけにもいかない故に、ベルが机の上の紙をリエンに手渡しながらこう言った。

「リエンさん、これを戸部尚書までお願い致します」

「分かっタ。尚書は今朝廷に出てるかもしれないかラ、戸部の職場で戻って来るまで待ってル……けド、これ何? 国庫金を増やすための何カ?」

「はい。カプリコルノのように小さな国ならすぐにバレることなのですが、どうやら課税対象となる所有地を大量に隠し持っている方々がいるようなので、今一度戸部に土地調査をしていただこうかと」

「げっ、そうなノ!」

「そういう不正が無くなり課税対象が増えれば、逆に現在の重税を軽くすることが出来、生きるか死ぬかの貧困に陥っている方々を救うことが出来ます。また、民衆がそんなことになっている一方で、官僚の方々の国庫への上納金は蚊の涙ほどであり、私財の蓄財額が掃いて捨てるほどございましたので、そのことなどについても。ああ、私が官僚の敵になるのは慣れていますから、お構いなく」

「王妃陛下やっぱり記憶喪失になってな――」

「また陛下の無駄遣いに関しましては、後で私の方から直接申し上げておきます。はい、いってらっしゃい」

 とリエンは追い出されるようにして、「いってきまス」と戸部の職場へと飛んでいった。

 シー・カクがすぐに話を戻す。

「宰相閣下、カプリコルノ陛下がカプリコルノで武を振るってはいけないのは分かりました。しかし、カンクロ国ではよろしいということですね?」

「それはそうですが……それは、どういう状況でしょう」

「皮肉な話ですが、さっきお話した通り、カンクロ国は軍事力の強化のためにモストロを仲間に入れた結果、そのモストロに支配されつつあります」

「王太后陛下ですか」

「そうです」

 ゴ・カクが口を開く。

「野生のカーネ・ロッソの目は、とても澄んでいる。それを考えると、後宮での生活が――人間が、王太后陛下をああしてしまったと思うと、わしは胸が痛むが……。しかしもう、王太后陛下の暴君ぶりには誰もが目を瞑れるものではありません。この国は現在、いつ人間とカーネ・ロッソの内乱が起きてもおかしくはない状況になっています」

 マー・ルイが続く。

「例えば、陛下が王太后陛下の暴虐ぶりを見兼ねて処刑を決めたとしましょう。しかし、人間相手のようには行きません。王太后陛下の飼い主でいらした先王陛下が、おとなしく処刑されるよう命じたなら話は別ですが、今やそれも叶いません。人間よりも遥かに強いですし、何より王太后陛下は野生にたくさんの仲間がいる」

「そうなんです……?」

 と、警戒したベルが眉を顰めた。

「もともとカーネ・ロッソは群れで暮らすモストロで、王太后陛下は大人になるまで野生の群れの中で暮らしていました。また王太后陛下は野生に夫君がいらっしゃり、ワン・ジン陛下の他にもご子息・ご息女がたしか4匹ほど。王太后陛下は野生にいる家族のために三日に一度は宮廷の料理を届けていますから、絆もとても深いものと推測します」

 ゴ・カクが同意して頷く。

「王太后陛下は、カーネ・ロッソにはお優しい方です。時には、家族以外のカーネ・ロッソたちにも食事を与えていることでしょう。いわば、野生カーネ・ロッソの女王のようなものです、王太后陛下は」

「すべての野生カーネ・ロッソのですか?」

 とベルが問うと、マー・ルイが「いいえ」と言ってカンクロ国の地図をベルの机の上に広げた。

「おそらく、この辺のカーネ・ロッソたちかと」

 と指で丸く囲った部分は、果てしなく広大なカンクロ国にある山々を五分の一は占めようか範囲だった。

「人間の主を持ち、人間界にもたくさんカーネ・ロッソが下りて来ましたが、野生の数にはまるで敵っていません」

 とマー・ルイが、真剣な面持ちでベルを見つめる。

「カンクロ国を手に入れるという意味でも、最終的には王太后陛下との戦いになるでしょう。そうなった場合、必要となるのは『力の王』のお力です」

 ベルの栗色の瞳が動揺する。

 返事を出来ないでいると、マー・ルイが「大丈夫です」と言った。

「これはカプリコルノ国とカンクロ国の戦ではなく、カンクロ国の内戦です。カンクロ国の人間と野生カーネ・ロッソの戦いですから、カプリコルノ陛下が恨みを買ってカプリコルノ国が襲われるという可能性は低いでしょう。野生カーネ・ロッソを敵に回したところで、テレトラスポルトは使えませんし、それ以前にカプリコルノ国の場所も分からなければ、地図を見ても理解が出来ない」

「まぁ、代わりにカンクロの宮廷が襲われるかもしれませんが……どうでしょうねぇ? 王太后陛下を倒した後は、食べ物をやれば普通に懐く気がしますが。それくらい食べ物に弱いんですよ、カーネ・ロッソって。それに力の王がカンクロ国王になってくださるのならば、カーネでは手も足も出ないかと」

 とサン・カクが、「だから」と期待に満ちた瞳でベルに問う。

「ここはフラヴィオ・マストランジェロ陛下にお助けいただきましょう、宰相閣下。それで国王に君臨しても誰も文句は言えませんし、民衆は幸せになりますし。これは宰相閣下をお守りする戦でもあるのですから、フラヴィオ陛下は必ず来てくださるでしょう?」

「――……っ……」

 言葉の代わりに涙が出て来たベルを見て、大学士たちが一斉に狼狽した。

「ど、どうされたのです、宰相閣下! 酒池肉林王陛下ならば、あなたのためにすっ飛んで来るでしょう!?」

「私にそんな資格はありますか……フラヴィオ様にお助けいただく資格はありますか、フラヴィオ様の視界に入る資格はありますか。私は今、フラヴィオ様にこの姿を晒すことが悍ましい」

 大学士たちが、はっと口を閉ざす。

 ベルが現在、ワン・ジンの子を妊娠しているらしいということを一瞬忘れていた。

「陛下は横暴だ! 両親どちらともそうだから仕方無いのかもしれないが、なんと酷いことをするのか! 俺は、つくづくあの親子を好きになれない!」

 とシー・カクが声を荒げる一方、マー・ルイがベルに問う。

「カプリコルノ陛下のお子ということは考えられないのですか?」

「リエンさんが、私のお腹から小さな魔力を感じると。それはメッゾサングエの証拠であり、フラヴィオ様のお子ではありません」

「そうだヨ」

 と、リエンの声が聞こえた。

 戸部から戻ってきたようで、戸口から小走りでベルの方へと寄っていく。

「王妃陛下のお腹の子は、ご主人様の子ネッ…! メッゾサングエや並のカーネは魔力が低いから分かり辛いかもしれないけド、リエンはガットくらい魔力があるから感じるヨッ……!」

「――……リエンさん」

 マー・ルイの冷静な瞳が、リエンの揺れ動く栗色の瞳を真っ直ぐに見つめている。

「王妃陛下がご出産される際、あなたは誰に任せようと? 宮廷医をあの邸宅に連れて来て、ですか?」

「ご、ご主人様はそう言ってるけド……」

「あなたは気が進まないようですね、リエンさん」

 リエンが閉口して、マー・ルイから目を逸らす。

「私の妻は町医者をやっているのですが、王妃陛下さえ宜しければお手伝いしますが?」

 リエンが「えっ?」とマー・ルイの顔を見た。

「い……医者なノ?」

「ええ、そうです。助産の仕事も産婆並に経験しています。また、例え陛下などに知られたくないことなどがありましても守秘します」

「そ…そウ……」

 ベルが「リエンさん?」と顔を覗き込むと、「あっ」と声を上げてベルの手を握ったリエン。

「戸部尚書が職場に戻ったってことハ、ご主人様も一旦帰って来るから行こウ!」

 と、ベルの返事を聞く前に、テレトラスポルトで大学士堂を後にした。

 大学士たちが顔を見合わせる。

「なんか怪しくありません? リエンさんは、本当は宰相閣下のお腹から魔力を感じていないのでは」

 とサン・カクが言うと他も同意して頷いたが、マー・ルイは思案顔でいた。

「リエンさんが嘘を吐いていたとしても、実際に産まれてみなければ分かりません」

「何故です? リエンさんならお腹に触れば、魔力があるかどうか分かるでしょう?」

「基本はそうですが、妻曰くメッゾサングエの場合は個人差があるのですよ。お腹に命を宿した瞬間から純血並の魔力を持っている子もいれば、お腹にいるあいだも産まれてからも人間とほぼ変わらない子も存在すると。大半は親の半分以下の魔力で生まれ、月日を重ねるごとに親の半分ほどの魔力まで成長して止まるようですが」

「それ、人間とカーネの半々のメッゾサングエの話ですよね? なら、陛下のお子だったら三分の一で、尚のこと人間に近いのが産まれる可能性が高いんでしょうし、リエンさんもどっちのお子か断定出来ていないってことですか」

「お子のことも気になるが、それはもう少し先のことだぞい」

 と、ゴ・カクが口を挟んだ。

「その前にわしは、陛下がどうされるのかが気になる。妻を取るのか、母を取るのか」

「とりあえず、陛下は宰相閣下にカプリコルノ陛下の記憶があると分かったら殺すのだそうです」

 とマー・ルイが呆れ顔で言うと、シー・カクが苦虫を噛む潰したような顔で「イカれてる」と呟いた。

「それは裏を返せば、それほどに宰相閣下を――王妃陛下を想われているということ。殺しても構わない程度の存在という意味ではない。恋慕は時に、人を変えるぞよ?」

 サン・カクとシー・カクが顔を見合わせた。

「さっきの『例えば』の話が本当になりますかね。陛下が王太后陛下に処刑の決断を下すっていう」

「どうだろうな。俺は陛下と王太后陛下の親子の絆は、普通の親子よりも深いと思っている。後宮で蔑まれて育ってきた陛下に愛情を注いできたのは、先王陛下と王太后陛下だけのように思う分」

「いや、わしが言いたいのは少し違うことでな?」

 とゴ・カクが言うと、マー・ルイが「ええ」と相槌を打って耳を傾けた。

「王妃陛下は、カプリコルノ陛下のためにではあるが、国民の笑顔を望まれるお方。ならば、陛下はカプリコルノ陛下を恐れるあまりにか、石材貿易を止めてしまったものの、王妃陛下のために善良な国王になろうと努力してくれるのではと……わしは少し思うぞよ」

 シー・カクが眉を顰めた。

「どうされた、ゴ・カク殿。結局はカプリコルノ陛下ではなく、ワン・ジン陛下に付いて行くのか?」

「そうは言っておらんよ、シー・カク。陛下でも王太后陛下の暴虐を止められぬのだし、もうこの国は力の王にお助けしてもらう必要があるのだから。ただ、わしは……」

 と目を伏せたゴ・カクに、悲しそうな微笑が浮かぶ。

「何の罪もないのに人間に蔑まれ、捻くれて育ってしまった不憫な陛下が、きっと初めて親以外の人間を愛した。人を愛することを覚え、少なからず人に対する優しさが芽生えた」

 シー・カクが「そうか?」と言うと、ゴ・カクが「そうだ」と返した。

「だからわしは少し、見てみたいと思うぞよ。あの陛下が王妃陛下のお力で、どこまで良い方へ変わることが出来るのか。……いや、どこまで本来のお姿に戻れるのか――」


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