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第31話ー2

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 マサムネが起こしに来たのは午前3時。フラヴィオとその補佐、宮廷にいる天使などが、急いで身支度を整え終わったのが午前4時。

「じゃ、行くよ」

 とタロウのテレトラスポルトでレオーネ国へ瞬間移動したら、こちらは8時間早い午後0時。

 まだ寝惚け眼だったり欠伸をしていたカプリコルノ国一同だったが、突如目前に満開の春色が広がると、一斉に覚醒していった。

 桜は他国にもあるが、『桜大国』とも称されるレオーネ国の桜はとても立派で美しく、カプリコルノ国に沢山ある薔薇とはまた違った魅力があった。

「何度見ても、可憐な花よ」

 とフラヴィオが感嘆しながら木を見上げると、背景には雲ひとつない青の空がある。

 耳に心地良い楽しげな小鳥の囀りが聴こえ、どこからか探しているうちにそれは羽ばたいていった。

 枝が揺れ、ひらひらと舞い落ちてきた花弁を手の平で捕まえ、恍惚とする。

「アモーレの唇のようだ」

「食うなよ?」

「はむっ」

「――って、言っとるそばからおまえは」

 とフラヴィオがマサムネにどつかれる傍ら、他の一同が靴を脱ぎ、木の根元付近に用意されていた敷物の上に腰を下ろしていく。

 カプリコルノからもワインヴィーノビールビッラの他、チーズフォルマッジョナッツノーチェなど摘まめるものを持って来たが、そこにはたくさんのレオーネ食やレオーネ酒が用意されていた。また場所は、宮廷の庭の一角のようだった。

 皆が座って片手に飲み物を持つと、マサムネが「ほな!」と声高になった。

「かんぱーい!」

 グラスビッキエーレや陶器がぶつかり合い、軽快な音が鳴る。

 最初はその名の通り『花見』を楽しんでいた一同だが、5分もすれば団子・酒派に転向する者が出て来る。

「なんやベラちゃん、花より団子やな」

 と、レオーネ酒をがぶ飲みしてすでに頬が赤いマサムネ。

「何よムネ殿下、人のこと言えるー?」

 と、肉系の料理を次から次へと口に放り込んでいく1番目の天使ベラドンナ。

 その右隣に行儀良く正座しているムサシ――マサムネの四男坊であり、アドルフォ・ベラドンナ夫妻の養子(長男)――が、愉快そうに笑って口を開く。

「おかん(ベラドンナ)は仕方ないでござりまするよ、父上(マサムネ)。おかんと並べば、これだけ美しい零れ桜とて凡下でござります故」

「おまえ、ほんま誰の子やねん」

 とマサムネが突っ込む傍ら、ベラドンナが「もうっ!」と痺れた様子でムサシを抱き締める。

 するとムサシは、マサムネそっくりな糸目をさらに糸のようにして満面の笑みになる。ベラドンナの息子になれたことは、ムサシにとって本当に幸せなことのようだった。

「そういや、娘にも見せたかったんやけどなぁ」

 と、マサムネが残念そうに言って、桜の花を見上げる。

 フラヴィオの長男・王太子オルランドと結婚したマサムネの娘――長女アヤメは、本日ここへ来なかった。他の王子たちやその従兄弟たち、オルキデーア軍の大将となったアラブや、カーネ・ロッソのテンテンなどと共に、カプリコルノの宮廷で留守番をしている。

「戦でもないのに、余とフェーデ、ドルフの3人が揃って留守を任せられる日が来るとはな。大将やテンテンも有難いが、ランドとアヤメが、将来の『予行練習』をしたいから邪魔しないでくれと、追い出してくれた」

 とフラヴィオが言うと、マサムネが「みたいやな」と頷いた。

 将来のカプリコルノ国王・王妃はまつりごとの予行練習をしてみたいのだそうで、現在ここにいるフラヴィオやその補佐3人に代わって、本日の朝廷に出ることになっている。

「ランドは父親似やなくて、叔父似の真面目な性格でええなぁ。ほんま、将来は誠実な国王になるで」

「余もそう思うのだが、ランド本人はどうも自信が無いんだよな。いやまぁ、立派な国王を目指して頑張っているんだがな?」

「まぁ……ランドはおまえと違って『力の王』とは言われへんからな」

「それもあるのだろうが、先日のカンクロ相手の防衛戦で、ティーナが見事なことをしてくれただろう?」

「ああ、まさか敵国の兵士3000人も抱き込むとはな。しかもカーネ・ロッソ1匹付きて、度肝抜かれたわ。それに人間に怯え切ったと思ったコニッリョも、ティーナだけは怖がらへんのやな。ティーナはほんま優秀すぎやで」

「ランドにとって、そのことも大きいみたいなんだ」

「無理もないなぁ……」

 と呟きながら、マサムネがヴァレンティーナを見る。フラヴィオもそちらの方を見る。

 隣にはベルがいて、乳母の部屋を覗き込んだら偶然起きていた故に連れて来た2人の赤ん坊――レオナルドとジルベルト(来月で1歳)――に一緒に食事を与えているところだった。

 またその食事を2人が食べやすいように小さく切ってやっているのは、ジルベルトの10歳年上の兄ムサシだ。

 すでに乳歯が生え揃い、何でもかんでもかぶり付いて食べるジルベルトには、そんなことしてやる必要もないように思うが、ムサシは面倒を見るのが好きらしい。

「なぁ、ジルの成長がごっついんやけど……もしかして、将来アドぽんより怪力になるんちゃう?」

 少し離れた席にいるアドルフォが頷いた。

「俺の母が、そんなことを言って驚いていましたね。ジルは俺が1歳の頃よりも大きいらしいですし、俺はクルミの殻を2歳の頃に手で割ったそうですが、ジルはもう先日から割り出しました」

「おわぁー、5つくらいで戦場に出れるんちゃう? ほんまカプリコルノの救世主やで」

 と嬉しそうに仰天したマサムネが、「あと」とレオナルドを見る。

「こっちは――レオは、罪作りすぎへん? 一見、フラビー・リコたん兄弟そっくりやけど、目がアリーちゃん似で優しくて、めっちゃモテそう。ついに絶世の美男の世代交代が来たんちゃう?」

 フラヴィオが口を尖らせる一方、アドルフォの左隣にいるフェデリコの方は「たしかに」と頷いた。

「レオの持つ魔力は、凄まじいものがあるようです。――って言っても、レオは人間ですから本物の魔力はありませんが。先日アリーと町へ行った際に、レオも連れて行ったのですが……レオが笑いかけた先々の女性が道端で腰を抜かしまい、あちこちで交通事故が起きてしまいまして。アラブやテンテンの治癒魔法が無かったら、大変なことになっていましたね」

「なんやんねんソレ、必殺技やん。絶世の美乳児レオナルド必殺『破顔一笑』? 流石、救世主のやることは破壊力がちゃうわー」

 とマサムネが愉快げに笑っていると、アドルフォの右隣にいるベラドンナが「たださぁ」と溜め息交じりに口を開いた。

「レオって、中身がアリー似っぽいんだけど……」

 と、見られたフェデリコの左隣にいる2番目の天使アリーチェ。その顔に、困惑が浮かぶ。

「そ…そうなのよ。先日も、ジルくんが蟻さんを踏んづけちゃったら、それを見たレオが大泣きしちゃって……。レオは窓辺に小鳥が止まったら見惚れるし、野兎を見たらはしゃぐし、コニッリョを見ても喜ぶし、タロウ君やハナちゃん、ナナちゃん・ネネちゃんの猫耳や尻尾を触るのなんて、大・大・大好きだし、とにかくわたしと同じで生き物が大好きみたいなの」

 ベラドンナが「そうそう」と続いた。

「そうなのよ。レオに狩りは確実に無理ね。増してや、戦場に出るなんて……」

 父親フェデリコが「困りましたね……」と言いながら、国王の顔を見る。

 それは難しい顔で「うーん」と唸った後、苦笑した。

「まぁ……良い、無理に武官にならんでも。レオが余やフェーデの力をどの程度受け継いでいるかにもよるが、賢いようなら文官でも良い」

 とフラヴィオはまたヴァレンティーナたちを見ながら、「どっちにしろ」と続けた。

「未来は安泰に思える」

 会話をしていた大人たちが頷いた。

「すまん、ランド」

 と謝った上で、フラヴィオがヴァレンティーナを指差す。

「女王」

 続いて、ベルを指す。

「補佐」

 ジルベルトを指す。

「武官――父親を継いでプリームラ軍元帥だ」

 レオナルドを指す。

「武官だったなら父親を継いでオルキデーア軍元帥、文官だったなら女王の補佐その2が良かろう」

 ムサシを指す。

「国内一の弓使い。オルキデーア軍・プリームラ軍どちらでも良いが、将来その腕は世襲だけでなれる少将・中将には収まらん。真に実力のあるものだけがなれる『大将』になる」

 納得しながら頷いていた大人たちの中、「それから」と続いたマサムネ。

「女王ティーナが魔法担当のコニッリョたちをワサワサ仲間にしてくれれば完璧やな、うん。――って」

 苦笑した。

「現実を想像しようや。実際はティーナは女王にならへんのやし、しかもアクアーリオに嫁ぐみたいやし、『未来は安泰』ちゃうて。ティーナがおらんくなったら、コニッリョも寄って来なくなるんやで? カプリコルノ国民もコニッリョも、まだ互いに不信感があるんやから。そら、今は魔法担当にアラブやテンテンがおって前より大分安全になったけど、当然まだまだ足りへんし……」

 とマサムネが、フラヴィオの胸をどついた。

「しつこいようやけど、今はおまえが頑張らなあかんのやフラビー。カンクロ国王が亡くなってワン・ジンの時代になったって、ワイは結局変わらへんと思うし、コニッリョの力はこの先も必ず必要になる。おまえがメッゾサングエと結婚すれば国民は当然、コニッリョにも影響あって、『融和』に繋がるから。言ったやろ? おまえはコニッリョから見たら『人間界の王』で、それがモストロの血が流れるメッゾサングエを嫁にしたっちゅーことは、コニッリョにとってもデカいんや」

「うむ……」

「ワイも今、必死こいてまたおまえに見合ったメッゾサングエ探しとるから。それで見つからんかったら、やっぱりルフィーナや」

 フラヴィオが小さく「そうか」と答えた。マサムネの目に映る横顔には、すっかり笑顔が無くなっていた。

「期限は今年の9月9日な」

 それはベルの18歳の誕生日だった。

「それ以上は待たれへんから、その日まで恋人ベルと好きに過ごし――」

「うるさいな!」

 と突如、ハナの甲高い怒号がマサムネの言葉を遮った。

「花見を楽しんでるときに、嫌な話するなよ! マサムネ、おまえにはときどき本当にイライラする! イライライライラして、さっぱり勉強が進まない!」

 と、それまで難しい顔で読んでいた分厚い本を、マサムネの顔面に向かって投げつける。

「ああーっ! ハナおま、最上級闇魔法の魔法書投げんなや! これ世界に一冊しか無いんやで!」

「うるさいうるさいっ! 無駄に難しいだけじゃなく、一生使わないかもしれない魔法を覚えろとか言いやがって! もうーーーっ、ヤダ! ヤダヤダヤダっ!」

 と、ハナが芝生の上に転がって大暴れする。

 突然のことに驚いたベルが「ハナ?」と立ち上がって近付いてくと、ハナが「にゃあぁぁぁん!」とベルの膝の上に突っ伏して泣き出した。

「酷いんだ、マサムネが酷いんだベル! あいつ、あたいを苛めて遊んでるんだ! あの分厚い魔法書、全部読んで覚えろって言うんだ!」

 その魔法書を取ったベルの口から、「わ」と漏れた。

 重い。

 大体縦30cm、横20cmの本で、その厚さは10cmはある。ずっしりとしてベルの片手では持てず、両手を使って持ち上げる。

 しかも開いてみたら、小さな文字がびっしりと書かれていた。

 これでは、優秀なハナがこうなってしまうのも無理はない。すでに会得しているらしいレオーネ国王付きのガット・ネーロには驚愕してしまう。

「うー」と、ナナ・ネネが目頭を指で押さえながら、2匹で一緒に読んでいた薄めの本をハナに向かって「やる」と差し出した。

「あちきらもう無理」

「こっち先に覚えろハナ」

「あちきら休憩」

「しばらく勉強しない」

 マサムネがナナ・ネネを見て「くぉら!」と眉を吊り上げた。

「おまえらは『オブリーオ』だけやろ! それくらい覚え!」

 と、その薄めの魔法書は、最上級闇魔法の中でも『オブリーオ』だけが書かれているものらしい。

 よく見たら同じものを読んでいたタロウが、むっとした顔でマサムネを見る。

「本当にうるさいな、怒鳴らないでくれる? 僕の妻たちはティグラートで風属性なんだから、最上級の闇魔法となったら難しくて当然なんだ。勉強のし過ぎで体調不良になったらお腹の子に悪いかもしれないから、無理させないでよ。大体、闇魔法なんだから僕が覚えればそれで良いでしょう?」

「なんやねん、体調不良って、腹の子に悪いって。頑丈な最強モストロが何心配しとんねん。頑丈過ぎて、産まれた直後に山に放り投げたって勝手に育つっちゅーねん。アホか、父親ぶりよって」

「父親だもの、僕は」

 そう言ってタロウが、ナナ・ネネの少し膨らんだ腹を愛おしそうに撫でる。

 来月に産まれる予定らしいが、お腹は『少し』しか膨らんでいない。3ヶ月で産まれるというのだから当然かもしれないが、人間の赤ん坊よりずっと小さく産まれるとのことだった。

 ふとベルが、「そういえば」と思い出す。

「ハナが読んでいる最上級闇魔法の魔法書は世界に一冊だけのようですが、オブリーオの魔法書だけは複数あるのですね。テンテンさんが、カンクロ国にもあるみたいなことを言っていました」

 レオーネ国一同が、「は?」と間の抜けた声を出した。

 その内のマサムネの顔が、見る見るうちに驚愕に染まっていく。

「オブリーオの魔法書が一冊足らんと思ったら、奴らに盗まれとったんかいなっ……!」

 そういうことなのかと、ベルの口からも「ええ?」と驚きの声が出る。

 一方で、顔を見合わせていた猫4匹の顔は冷静だった。

「カンクロにオブリーオの魔法書――最上級闇魔法の魔法書があったって、宝の持ち腐れじゃないか? あたいら闇属性のネーロだって大変だし、風属性のティグラートはもっと大変だし、さらに属性が違うだけじゃなく魔力もまったく足りないカーネ・ロッソじゃ、どうにもこうにも使えないだろ」

 とハナが言うと、ナナ・ネネが「だなぁ」と同意した。

「そうだね」と続いたタロウ。

「だからそんなに焦る必要ないよ。そのうち機会が来たときに取り返せば問題ない」

 そう言いながら、フラヴィオの方へとやって来た。

「さっきはマサムネがごめんね、フラビー。せっかくのお花見なのに、すっかり嫌な気分にさせちゃったね。だから僕が練習させてもらうよ」

 フラヴィオが「うん?」と小首を傾げると、タロウがこう言い直した。

「フラビーにオブリーオの実験台になってもらって、その記憶を消させてもらうよ」


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