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第29話ー4

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 ベルの友人ハナを除いた一同が部屋から出て行くと、フラヴィオは「アモーレ」とベルの栗色の髪を撫でた。

 小さな顔は高熱で火照り、咳をした小さな身体は力無くぐったりとしている。

「フラヴィオ様……」

「大丈夫だアモーレ、余が必ず――」

「出て行ってください」

 フラヴィオに衝撃が走った。

 フラヴィオが何故だと問う前に、ベルが咳き込んで続けた。

「フラヴィオ様にうつすわけにはいきません」

「そうだな」とハナが続いた。

「フラビーだって一応人間だし、絶対うつらないとは言えないよな。やっぱりあたいが看てるからさ、フラビーも宴に戻ってなよ。国王が体調崩したらそれこそ大変だ」

 フラヴィオが「大丈夫だ」と声高に言って、胸を張った。

「何故ならドルフが死ぬまで病気にならないのは当然のこと、余やフェーデだって物心付いたときから風邪を引いたことがないのだ。だから余の心配は一切いらぬ。安心して頼ってくれ、アモーレ。で、何をすれば良いのだ?」

「――って、何をすれば良いのか分からないんじゃないか」

 とハナの顔が引き攣る。

「ベルが食べられるものでも持って来てよ。水はあたいがいつでも魔法で出せるから」

「おお、そうだな! 待っててくれ、アモーレ! 食事を持って来る!」

 とフラヴィオが戸口へと駆けて行く。

 ハナが「待った」と声高に呼び止めた。

「フラビーが料理するのか?」

「もちろんだ!」

 と答えるなりフラヴィオが部屋を後にすると、顔を見合わせたベルとハナが苦笑した。

「フラビーって、一度でも料理したことあるのか?」

「無いかと……」

 ――1階にある厨房へと駆け下りて行ったフラヴィオは、まず料理長フィコたちに宴の料理を作り続けるよう命じた。

 これからベルの食事を作ろうと思っていたフィコが「ええ?」と動揺する。

「んじゃあ、ベルの飯はどうするんでい」

「心配するな、余の第二の父上よ。余が完璧ペルフェットに作ってみせるのだ」

 とフラヴィオが袖を捲っていくと、フィコが「待った待った」と狼狽した。

「陛下こそ宴に戻ってくれい。俺は陛下を生まれた頃から見てるが、料理をする姿は一度だって見たことがねぇ」

「アモーレの危機を目前に、余に出来ぬことなど無い!」

「いや、出来ねぇから。おとなしく出て行ってくだせぇ。お召し物に醤油なんて飛んだら、落ちなくて大変だって家政婦長に怒られますぜ?」

 フラヴィオは「む?」と自身の衣類に目を落とすと、「分かった」と言って厨房の外へと出て行った。

 諦めたのかと思いきや、廊下で衣類を脱ぎ捨てて全裸で戻って来る。

「これで良かろう?」

「何で思考がソッチの方に行くんでい」

 とフィコがやれやれといった様子で、壁に掛けてあった白のフリルヴォラント付きエプロングレンビューレ(女用)を取った。それを料理する気満々でいるフラヴィオの裸体に付けてやる。

 厨房内が突っ込みたさそうな雰囲気で満たされたが、フラヴィオが「さ!」と厨房担当の使用人たちを催促させた。

「宴の料理をどんどん作るのだ、皆の者! 余は邪魔にならぬよう、厨房の端を借りてやるから気にしなくて良い」

 気になったが、果てしなく気になったが、国王命令なので見て見ぬ振りをして使用人たちが従う。

 フラヴィオは「よし」と気合の入れた声を出すと、冷蔵箱の方へと向かって行った。

 中から霜降り牛肉を取り出したのを見て、フィコがすかさず突っ込む。

「風邪のときに何を作る気でい」

「元気になるのは肉なのだ。だからビーフステーキビステッカだ」

「陛下……」

「ビステッカは切って焼けば出来ることくらい、いくら何でも余だって知っているのだ」

「そうじゃねぇ。風邪のときに、普通そんな重たいもんは食えねぇんですぜ? ティーナ殿下が風邪引いたとき、俺はそんなもの作ってたかい?」

 そういえばヴァレンティーナが風邪を引いたとき、食事には必ず細かく切った野菜を柔らかく煮込んだツッパ(パン入りスープ)を食べていた。

「そうか、ツッパだな。分かった」

 と冷蔵箱の傍らにある野菜置き場から、とりあえず全種類の野菜をひとつずつ取って腕に抱えたフラヴィオ。

 まな板の上に持って行って包丁を握り、いざ刻まん。

「待っていろ、アモーレ……!」

 と「おりゃあぁぁぁあ!」とすべての野菜を一瞬で切ってみせたが、即刻フィコの突っ込みが入った。

「食い辛ぇってんだ」

 具材が大き過ぎる。

 カボチャは四等分、人参は三等分、大根は5cm幅、玉ねぎとカブは縦半分だった。

「10分くらい煮ればトロトロに――」

「なると思ってるんですかい?」

「ならないのか?」

 フィコが呆れ顔になる。

「10分で柔らかくしたいなら、全部1cm角くらいには切らねぇと」

「分かった、1cm角だな。えーと…? まずは、こうして……――」

「ああもう、とれぇな! やっぱり俺が作りますぜ!」

 と、包丁を取られそうになったフラヴィオが、「駄目だ!」とフィコを突き飛ばした。

「余が作るのだ! フィコは宴の料理に戻ってくれ!」

「ベルを何時間待たせる気ですかい! 陛下こそ宴に戻っててくだせぇ!」

「大丈夫だ、すぐに切るのだ! おりゃあぁぁ――イテッ!」

「ほらもう、怪我した! 早く医務室かハナちゃんたちんとこ行って、治療してきてくだせぇ!」

「血を隠し味に使おうと思っただけなのだ! もういいから、放っておいてくれ! ツッパくらいひとりで出来る、小童じゃあるまいし!」

「いや、34歳児にゃ出来ねぇって――」

「出ー来ーるーのーだっ!」

 とフラヴィオが地団太を踏むと、フィコが溜め息交じりに「へいへい」と言った。

「んじゃあ、困ったら呼んでくだせぇ。俺ぁ、アッチの方にいるんでね」

「分かった。まぁ、困らぬから呼ぶこともないけどな」

 再び「へいへい」と返したフィコ。

 一歩踏み出すなり、「あ」とフラヴィオの声が聞こえて振り返る。

「早ぇ前言撤回で」

「違う、呼んでない。余は困ってない。しかし、ちょっと確認する。間違っていないと分かっているが、確認する」

 もうすでに間違っているだろうと察しているフィコが、溜め息交じりに「はいよ?」と返すと、フラヴィオがまな板から手の届く場所にあるハーブエルベ類を指差した。

「これがバジルバジリコだろう?」

パセリプレッツェモロでい」

「あれ?」と眉を寄せたフラヴィオが、今度は近くにある麻袋を指差した。

「この豆は分かるぞ。レオーネ国から買った苗を、パオラが見事に栽培してみせたやつだ――大豆だ!」

「昔っからうちの国で育ててるヒヨコ豆でい」

 フラヴィオがまた「あれ?」と言って、今度はヒヨコ豆の隣の麻袋を指差す。

「おお、パオラの大豆は挽いて粉状に――キナコになっていたのか」

「それ小麦粉でい」

「え……!?」

 と我ながら衝撃を受けたらしいフラヴィオが、ムキになった様子で辺りを見回し、調味料の入った容器を手に取った。

「こ、これは間違いないのだ。絶対間違いない。そう、これは……塩だ!」

「砂糖でい」

 フィコの身体がわなわなと震えていった。

「もぉーーーっ、我慢ならねぇ! やっぱり陛下は出て行ってくだせぇ! 病気で弱ってる俺の可愛い一番弟子に、一体どんなゲテモノを食わせる気でい!」

「駄目だ、余が作るのだ! 余の愛の詰まった手料理を食べればアモーレはすぐ良くなるのだ! フィコは早く宴の料理に戻るのだ!」

「戻りたくても戻れねぇっ!」

 とフラヴィオとフィコが包丁を奪い合っていると、「何してるんですか」とハモり声が聞こえた。

 振り返るとそこに、裸グレンビューレ姿でいるフラヴィオを、さも不審そうに見るフェデリコとアドルフォが立っていた。

 フェデリコの手には林檎が、アドルフォの手には器に盛られたヨーグルトが持たれている。

 フラヴィオがむっとした。

「おまえたち、何だソレは?」

「何だって、兄上のことですから、どうせ昼過ぎまで掛かるんでしょう?」

「それじゃー、ベルが腹を空かせてしまうんでね」

 とアドルフォがヨーグルトにハチミツを掛け、芸術の才に恵まれたフェデリコが林檎を手早く飾り切りにして皿に盛っていく。

 フィコが「ほう」と感嘆した。

「食欲が無くても食べやすいヨーグルトを選ぶところといい、繊細な包丁捌きといい、お二方は陛下とは違いますなぁ」

 フラヴィオの頬が膨れ上がった。

「余を馬鹿にするな! アモーレの危機を目前に、余に出来ないことなど無いのだ!」

 フェデリコとアドルフォからは「はいはい」、フィコからは三度目の「へいへい」が聞こえると、尚のこと頬を膨らませたフラヴィオ。

 一体、何人前を作る気なのか。

 巨大な鍋を持って来て、厨房の隅に用意してある井戸水を満杯近くまで入れた。

 これに用意してある具材を入れたらどう考えても溢れるのだが、それが分からないのか、どうでも良いのか知らないが、「よいしょ」と釜戸の上に鍋を乗せた。

 そして「良いか?」と国王の威厳を漂わせながら、フェデリコとアドルフォ、フィコの3人の顔を見た。

「料理とは、手際の良さが大切なのだ! 具材を切っている時間に、他に何もしないというのは素人だ。よって玄人の余は、具材を切っているあいだに湯を沸かして味付けしておくことにする! まず、塩を大匙3!」

 と言って、大きな手で3掴み分の塩を鍋に入れ、何の冗談かと3人に怒られ。

「何、大丈夫だ。あのな、どんなに塩を入れ過ぎたって、同じ分量の砂糖を入れれば中和されてゼロになるのだ」

 という謎の理論の下、今度は3掴み分の砂糖を鍋に投入して、知能を心配される。

「大丈夫だ、焦るなおまえたち。料理とはエルベで決まるものなのだ!」

 と、何十種類もあるエルベすべてを5本の指で摘まんで投入。

 ほんの一つまみで充分なものや、とても希少で高価なものまであり、ついに堪忍袋の緒が切れたフィコの怒号が1階の廊下に響き渡っていく。

 さらに湯が沸いてくると、厨房内に激臭が充満。

 使用人たちがむせ返りながら廊下へ飛び出し、フェデリコとアドルフォはヨーグルトと林檎を持つと、呆れの長嘆息を吐いて4階へと向かって行った。


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