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第28話ー1 敵国の王太子
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ベルが「はい」と返事をすると、カンクロ国王太子ワン・ジンが問うてきた。
「商人だそうだな。どこの国のだ」
「ここサジッターリオ国です」
「名はなんだ」
「エミと申します」
「たしかに、カプリコルノっぽくは無いな」
どうやら、これから侵攻しようとしている敵国カプリコルノの罠なのではないかと疑われているようだった。
実際その通りではあるが、ベルは動揺を見せないよう平然と振る舞う。
しかし――
「貴様、『土』をどう思う」
と突如謎の質問をぶつけられ、思わず栗色の瞳が動揺してしまった。
(つ、『土』……?)
分からない。そんなことを問われた意味が、本気で分からない。
が、ここで返答を間違うと策が失敗に終わることだけは察した。
(土、土、土……!)
頭を超高速で回転させ、それなりの返答を黙考する。
『土』で思い出すのは、自身の子供の頃だった。よく弄っていた故に。
「私は今でこそ商人ですが、生まれは農民なもので……木を育み、作物を実らせてくれる大地――土は、私の命を紡いでくれました。そう、土は私にとって偉大で掛けがえのない母のような存在でございます」
ああ、もう言葉が続かない。こんなので良かっただろうか。
「悪くない」
良かったらしい。ワン・ジンの眉間のシワが薄くなった。
そして偽りの名前――エミ――を呼ばれた。
「例の山へ案内しろ。と言っても魔法で移動するから、方向を教えてくれればいい」
と、ワン・ジンがベルに手を差し出して来た。テレトラスポルトを使うのだと分かる。
ベルはコラードの手を左手でしかと握ると、ワン・ジンの手の上に右手を乗せた。
そして誘導すべき山がある方向に顔を向けて「あちらです」と言うと、何百匹といるカーネ・ロッソのどれかがテレトラスポルトを唱えた。
その後を他のカーネ・ロッソたちも追ってくる。またさらにその後を、ハナたちもこっそり付いて行っている。
何度もテレトラスポルトを繰り返して辿り着いた場所は、ベルが一度だけ来たことのある山の麓だ。
あれは、コラードがシャルロッテを口説き落とした舞踏会の日の夜だった。あのときのように、今回も真っ白な雪が積もっている。
「この山です」
とベルが言うと、ワン・ジンたちがそれを見た。ワン・ジンを含め、カーネ・ロッソたちが山の匂いを嗅ぐ。
「おおっ! ご主人様、肉の匂いがします!」
ワン・ジンが頷いて「行って来い」と言うと、カーネ・ロッソたちがはしゃいで山に駆け込んで行った。
(さて、何が起こるでしょう)
この山には、普段人と関わることのない人型モストロがいる。
だから誘導して来た。
いわばこの山は彼らの縄張りで、それを踏み荒らしたとき何が起きるだろう。
マサムネたちいわく、彼らはまるで人や他のモストロに興味を持たないようだと言っていたが、生きるための食物が奪われたときまで、そうはいられるものだろうか。
もしこの国の人間が彼らの山から食料を奪うことがあったなら、きっと少なからず敵対関係は生まれるだろうとベルは思う。
カプリコルノ国も、500年前までのレオーネ国も、人間とモストロが不仲となったのは食べ物の争奪が一番の原因なのだから。
(私は、この山の彼らを、まだ名前すら知りませんが……)
その姿を、あの日ベルは少しだけ見た。
ほんの数秒のあいだで、一匹のオスだった。
周りの雪に溶け込むように肌が白く、紅の瞳と唇を持ち、蝙蝠のような翼が生えていた。そして、月光に照り輝く世にも美しい黒髪を持っていた。
「エミ」
隣からワン・ジンに呼ばれて、その顔を見る。
眉間の皺はもう無くなったが、どこか怒っているように見える。そういう顔らしい。
「貴様、モストロが平気そうに見えるが」
ベルは「はい」と返事をした。
「私には、商人をしているうちに知り合ったテレトラスポルト旅商人の友人がおりますので」
ワン・ジンが納得したように「なるほど」と言った。
「遠方にあるうちの国に商売に来るときは、そいつにテレトラスポルトしてもらうわけか」
「はい。友人は普段は他国に住んでおりますが、カンクロ国へ行く際には迎えに来てくれるので、ありがたく。モストロは――特に人型モストロは、私にとって人間の友人と変わりません」
「そうか」と返して来たワン・ジンの口元に、安堵したような笑みが浮かんだように見えた。
「俺はカーネ・ロッソのメッゾサングエなんだ」
「左様でございましたか。ご両親様のどちらかがカーネ・ロッソなのですか? それとも、おじい様やおばあ様でしょうか?」
と問うた直後に、ベルが「あれ?」と小首を傾げた。
「でも……おじい様やおばあ様ってことは無さそうですね? 私はここ近年で、カンクロ国民とカーネ・ロッソが仲良くなったように存じております」
ワン・ジンが「ああ」と頷いた。
「俺の母親がカーネ・ロッソなんだ。俺が生まれたとき――19年前は、まだ周りにメッゾサングエは居なかった。最近になってマシになって来たが、それまでは人間には忌み嫌われていた」
と、ワン・ジンがベルを一瞥して問う。
「俺を、嫌だと思うか」
「いいえ。つい先ほども申し上げたではありませんか」
と、ベルは少しおかしそうに笑って見せる。自然なものであれ、作りものであれ、日に日に笑顔が上手になっていく。
ワン・ジンが「そうか」と言った。やっぱり口元にうっすら笑みを浮かんでいる。
そしてベルの顔から一旦目を逸らしたと思ったら、また謎の質問をぶつけてきた。
「エミ、泥ダンゴは好きか」
「どろだんご?」
と鸚鵡返しに問うた後に、困惑する。それって、子供の頃に畑の土で作ったアレのことだろうか?
(何故そんなことを……)
ベルの様子を見たワン・ジンが、ふと地面を指差した。すると雪の中から、ぽこんとピカピカの茶色い玉――泥ダンゴが現れた。
コラードは知らないらしく、「なんだ?」と声を漏らした。
泥ダンゴが浮遊し、ワン・ジンの手の中に収まる。
「これだ。知ってるか?」
「はい。子供の頃に作って遊びました。懐かしいですね」
と、言葉通り懐かしい気分になる。そしてちょっと感動する。
子供の頃、何日も掛かって作ったものが一瞬で出来てしまった。しかも、記憶の中の泥ダンゴよりもピカピカに輝いていて、思わず「凄い」と漏れた。
が――
「いるか?」
いらない。
ピカピカでも宝石じゃあるまいし、儲からない。
遠慮しているわけじゃない。いらない。
しかし、正直にそう言ってはいけないのは分かる。
「そんな、よろしいのですか? 私、こんなに綺麗な泥ダンゴを見たのは初めてです」
「ああ、いい。土さえあればいつでも作れる」
「では、ありがとうございます。嬉しいです」
とベルが笑顔を作って泥ダンゴを受け取ると、ワン・ジンが「ん」と言いながら目を逸らして耳を赤くした。
「珍しいな、人間の女なのに。泥ダンゴで喜ぶとは」
「こんなにピカピカで美しいのですから、私だけでは無いのでは?」
「居なくはない。子供なんかは喜ぶ。しかし、さっきも言った通り俺は忌み嫌われて来たこともあって、喜ぶ人間の女が居るなと思っても、それは金や身分狙いの女共ばかりだ」
ベルが「え?」と小首を傾げると、ワン・ジンが続けた。
「まだ名乗っていなかったな。俺はワン・ジンだ」
「まぁ、カンクロ国の王太子殿下でいらっしゃいましたか。これはご無礼を」
とベルが跪こうとすると、ワン・ジンが慌てたように「良い」と言った。
「立て、エミ」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
とベルがまた笑顔を作ると、「ん」と返したワン・ジンの耳がまた赤くなった。
ベルが「ところで」と会話を続ける。
「ワン・ジン殿下、先日カンクロ国に行った際に小耳に挟んだのですが……カンクロ国王陛下のご容態は如何でございますか?」
「ああ…そのことか。分からん……」
と少し沈んだその様子から、噂通りカンクロ国王は病に罹っているようだった。その容態も芳しくないように思える。
「こんなところにいらっしゃってよろしいのですか?」
「ああ。人間の病は気からと言う。カプリコルノを手に入れれば、父上もきっと元気を取り戻す」
「カプリコルノを? では、遠征中でございましたか」
「ああ。だから今はカプリコルノに行くな。危険だぞ」
「畏まりました。ご心配ありがとうございます」
「後、それから」
と、ワン・ジンが少し動揺したのが分かった。
「もらっても良かったのか、干し肉。飼い犬から渡されるなりに食ってしまったんだが……町に食い物はあるのか?」
「家の中を探せば何か出て来ると思うので、私は大丈夫です。お気になさらず、ワン・ジン殿下。ご武運を」
とベルがまた笑顔を作ると、また「ん」と答えて耳を赤くしたワン・ジンが、ふと左手首から金の腕輪を外した。
それを「やる」とベルに手渡す。
泥ダンゴはいらないが、これはいるのですぐに受け取る。
内側には、ワン・ジンの名とカンクロ国の国章――牙を向いた虎――が彫られていた。
「次にカンクロに来たとき、それを持って宮廷へ来るがいい」
「宮廷へ?」
「ああ、それを持った女が来たら通すよう、宮廷の者に言っておく」
「しかし……私などが伺ってもよろしいのですか?」
ワン・ジンが「ああ」と答えて、ベルから目を逸らした。
「その安物の服は、あまりおまえに似合っていない。それなりのものを用意しておいてやる。今日の礼だ」
「殿下……」
ワン・ジンが耳だけでなく、頬も染めたと思ったそのときのこと。
山からカーネ・ロッソたちの叫喚が響き渡って来た。
「ご主人様ぁーっ!」
「逃げてくださいぃぃぃーっ!」
ワン・ジンがはっとして「どうした!」と山へと向かって駆け出す。
その刹那、ハナがテレトラスポルトで現れ、ベルとコラードを少し離れた場所にある岩陰に連れて行った。そこにはマサムネとナナ・ネネ、アラブ、シャルロッテの姿もある。
「宰相の読み通りや! これ、ひょっとするとひょっとするんちゃう!」
と、マサムネ。唇に人差し指を当て、一同に喋らないよう指示を出す。
それから間もなくのこと。
火だるまになったカーネ・ロッソが、いくつも山を転がり落ちて来た。
「商人だそうだな。どこの国のだ」
「ここサジッターリオ国です」
「名はなんだ」
「エミと申します」
「たしかに、カプリコルノっぽくは無いな」
どうやら、これから侵攻しようとしている敵国カプリコルノの罠なのではないかと疑われているようだった。
実際その通りではあるが、ベルは動揺を見せないよう平然と振る舞う。
しかし――
「貴様、『土』をどう思う」
と突如謎の質問をぶつけられ、思わず栗色の瞳が動揺してしまった。
(つ、『土』……?)
分からない。そんなことを問われた意味が、本気で分からない。
が、ここで返答を間違うと策が失敗に終わることだけは察した。
(土、土、土……!)
頭を超高速で回転させ、それなりの返答を黙考する。
『土』で思い出すのは、自身の子供の頃だった。よく弄っていた故に。
「私は今でこそ商人ですが、生まれは農民なもので……木を育み、作物を実らせてくれる大地――土は、私の命を紡いでくれました。そう、土は私にとって偉大で掛けがえのない母のような存在でございます」
ああ、もう言葉が続かない。こんなので良かっただろうか。
「悪くない」
良かったらしい。ワン・ジンの眉間のシワが薄くなった。
そして偽りの名前――エミ――を呼ばれた。
「例の山へ案内しろ。と言っても魔法で移動するから、方向を教えてくれればいい」
と、ワン・ジンがベルに手を差し出して来た。テレトラスポルトを使うのだと分かる。
ベルはコラードの手を左手でしかと握ると、ワン・ジンの手の上に右手を乗せた。
そして誘導すべき山がある方向に顔を向けて「あちらです」と言うと、何百匹といるカーネ・ロッソのどれかがテレトラスポルトを唱えた。
その後を他のカーネ・ロッソたちも追ってくる。またさらにその後を、ハナたちもこっそり付いて行っている。
何度もテレトラスポルトを繰り返して辿り着いた場所は、ベルが一度だけ来たことのある山の麓だ。
あれは、コラードがシャルロッテを口説き落とした舞踏会の日の夜だった。あのときのように、今回も真っ白な雪が積もっている。
「この山です」
とベルが言うと、ワン・ジンたちがそれを見た。ワン・ジンを含め、カーネ・ロッソたちが山の匂いを嗅ぐ。
「おおっ! ご主人様、肉の匂いがします!」
ワン・ジンが頷いて「行って来い」と言うと、カーネ・ロッソたちがはしゃいで山に駆け込んで行った。
(さて、何が起こるでしょう)
この山には、普段人と関わることのない人型モストロがいる。
だから誘導して来た。
いわばこの山は彼らの縄張りで、それを踏み荒らしたとき何が起きるだろう。
マサムネたちいわく、彼らはまるで人や他のモストロに興味を持たないようだと言っていたが、生きるための食物が奪われたときまで、そうはいられるものだろうか。
もしこの国の人間が彼らの山から食料を奪うことがあったなら、きっと少なからず敵対関係は生まれるだろうとベルは思う。
カプリコルノ国も、500年前までのレオーネ国も、人間とモストロが不仲となったのは食べ物の争奪が一番の原因なのだから。
(私は、この山の彼らを、まだ名前すら知りませんが……)
その姿を、あの日ベルは少しだけ見た。
ほんの数秒のあいだで、一匹のオスだった。
周りの雪に溶け込むように肌が白く、紅の瞳と唇を持ち、蝙蝠のような翼が生えていた。そして、月光に照り輝く世にも美しい黒髪を持っていた。
「エミ」
隣からワン・ジンに呼ばれて、その顔を見る。
眉間の皺はもう無くなったが、どこか怒っているように見える。そういう顔らしい。
「貴様、モストロが平気そうに見えるが」
ベルは「はい」と返事をした。
「私には、商人をしているうちに知り合ったテレトラスポルト旅商人の友人がおりますので」
ワン・ジンが納得したように「なるほど」と言った。
「遠方にあるうちの国に商売に来るときは、そいつにテレトラスポルトしてもらうわけか」
「はい。友人は普段は他国に住んでおりますが、カンクロ国へ行く際には迎えに来てくれるので、ありがたく。モストロは――特に人型モストロは、私にとって人間の友人と変わりません」
「そうか」と返して来たワン・ジンの口元に、安堵したような笑みが浮かんだように見えた。
「俺はカーネ・ロッソのメッゾサングエなんだ」
「左様でございましたか。ご両親様のどちらかがカーネ・ロッソなのですか? それとも、おじい様やおばあ様でしょうか?」
と問うた直後に、ベルが「あれ?」と小首を傾げた。
「でも……おじい様やおばあ様ってことは無さそうですね? 私はここ近年で、カンクロ国民とカーネ・ロッソが仲良くなったように存じております」
ワン・ジンが「ああ」と頷いた。
「俺の母親がカーネ・ロッソなんだ。俺が生まれたとき――19年前は、まだ周りにメッゾサングエは居なかった。最近になってマシになって来たが、それまでは人間には忌み嫌われていた」
と、ワン・ジンがベルを一瞥して問う。
「俺を、嫌だと思うか」
「いいえ。つい先ほども申し上げたではありませんか」
と、ベルは少しおかしそうに笑って見せる。自然なものであれ、作りものであれ、日に日に笑顔が上手になっていく。
ワン・ジンが「そうか」と言った。やっぱり口元にうっすら笑みを浮かんでいる。
そしてベルの顔から一旦目を逸らしたと思ったら、また謎の質問をぶつけてきた。
「エミ、泥ダンゴは好きか」
「どろだんご?」
と鸚鵡返しに問うた後に、困惑する。それって、子供の頃に畑の土で作ったアレのことだろうか?
(何故そんなことを……)
ベルの様子を見たワン・ジンが、ふと地面を指差した。すると雪の中から、ぽこんとピカピカの茶色い玉――泥ダンゴが現れた。
コラードは知らないらしく、「なんだ?」と声を漏らした。
泥ダンゴが浮遊し、ワン・ジンの手の中に収まる。
「これだ。知ってるか?」
「はい。子供の頃に作って遊びました。懐かしいですね」
と、言葉通り懐かしい気分になる。そしてちょっと感動する。
子供の頃、何日も掛かって作ったものが一瞬で出来てしまった。しかも、記憶の中の泥ダンゴよりもピカピカに輝いていて、思わず「凄い」と漏れた。
が――
「いるか?」
いらない。
ピカピカでも宝石じゃあるまいし、儲からない。
遠慮しているわけじゃない。いらない。
しかし、正直にそう言ってはいけないのは分かる。
「そんな、よろしいのですか? 私、こんなに綺麗な泥ダンゴを見たのは初めてです」
「ああ、いい。土さえあればいつでも作れる」
「では、ありがとうございます。嬉しいです」
とベルが笑顔を作って泥ダンゴを受け取ると、ワン・ジンが「ん」と言いながら目を逸らして耳を赤くした。
「珍しいな、人間の女なのに。泥ダンゴで喜ぶとは」
「こんなにピカピカで美しいのですから、私だけでは無いのでは?」
「居なくはない。子供なんかは喜ぶ。しかし、さっきも言った通り俺は忌み嫌われて来たこともあって、喜ぶ人間の女が居るなと思っても、それは金や身分狙いの女共ばかりだ」
ベルが「え?」と小首を傾げると、ワン・ジンが続けた。
「まだ名乗っていなかったな。俺はワン・ジンだ」
「まぁ、カンクロ国の王太子殿下でいらっしゃいましたか。これはご無礼を」
とベルが跪こうとすると、ワン・ジンが慌てたように「良い」と言った。
「立て、エミ」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
とベルがまた笑顔を作ると、「ん」と返したワン・ジンの耳がまた赤くなった。
ベルが「ところで」と会話を続ける。
「ワン・ジン殿下、先日カンクロ国に行った際に小耳に挟んだのですが……カンクロ国王陛下のご容態は如何でございますか?」
「ああ…そのことか。分からん……」
と少し沈んだその様子から、噂通りカンクロ国王は病に罹っているようだった。その容態も芳しくないように思える。
「こんなところにいらっしゃってよろしいのですか?」
「ああ。人間の病は気からと言う。カプリコルノを手に入れれば、父上もきっと元気を取り戻す」
「カプリコルノを? では、遠征中でございましたか」
「ああ。だから今はカプリコルノに行くな。危険だぞ」
「畏まりました。ご心配ありがとうございます」
「後、それから」
と、ワン・ジンが少し動揺したのが分かった。
「もらっても良かったのか、干し肉。飼い犬から渡されるなりに食ってしまったんだが……町に食い物はあるのか?」
「家の中を探せば何か出て来ると思うので、私は大丈夫です。お気になさらず、ワン・ジン殿下。ご武運を」
とベルがまた笑顔を作ると、また「ん」と答えて耳を赤くしたワン・ジンが、ふと左手首から金の腕輪を外した。
それを「やる」とベルに手渡す。
泥ダンゴはいらないが、これはいるのですぐに受け取る。
内側には、ワン・ジンの名とカンクロ国の国章――牙を向いた虎――が彫られていた。
「次にカンクロに来たとき、それを持って宮廷へ来るがいい」
「宮廷へ?」
「ああ、それを持った女が来たら通すよう、宮廷の者に言っておく」
「しかし……私などが伺ってもよろしいのですか?」
ワン・ジンが「ああ」と答えて、ベルから目を逸らした。
「その安物の服は、あまりおまえに似合っていない。それなりのものを用意しておいてやる。今日の礼だ」
「殿下……」
ワン・ジンが耳だけでなく、頬も染めたと思ったそのときのこと。
山からカーネ・ロッソたちの叫喚が響き渡って来た。
「ご主人様ぁーっ!」
「逃げてくださいぃぃぃーっ!」
ワン・ジンがはっとして「どうした!」と山へと向かって駆け出す。
その刹那、ハナがテレトラスポルトで現れ、ベルとコラードを少し離れた場所にある岩陰に連れて行った。そこにはマサムネとナナ・ネネ、アラブ、シャルロッテの姿もある。
「宰相の読み通りや! これ、ひょっとするとひょっとするんちゃう!」
と、マサムネ。唇に人差し指を当て、一同に喋らないよう指示を出す。
それから間もなくのこと。
火だるまになったカーネ・ロッソが、いくつも山を転がり落ちて来た。
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