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第24話ー2

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 ――3日後。

 宮廷内で働く将兵や使用人たちのうち、夜勤の者たちから欠伸が漏れ、日勤の者たちが起き出した頃。

 馬でガローファノ鉱山へとやって来たフラヴィオとファビオ。

 安全のため帽子型の兜を被ると、右手に持ったツルハシや金槌、ノミといった工具を、白み始めた空へと掲げた。

「行くぞーっ!」

「おーっ!」

 と、宝探しに行くような高揚感の下で、坑道へと入っていく。

 進む道は、壁に一定間隔で設置してある松明が明るく照らしてくれている。

「一応、弁当持って来ましたけんども……オイラがパオラに贈るのは水色のオルキデーア石だし、パオラが小粒の方が良いって言うし、最上級でも昼前には見つかりそうですだか?」

「ああ、運が良ければ数時間以内には見つかるんじゃないか? でも、一点の傷も曇りもない最上級だからこそ、大粒のものを贈りたかったんだが……」

「他の女の人たちがそうするみたいに、パオラも結婚指輪と一緒に重ねて付けていたいそうですだ」

「なるほど、大粒だと農作業には邪魔になるか」

 と言ってから数歩進んで、「あれ?」とフラヴィオが立ち止まった。

「もしかして、余もそうした方が良いのか? 大粒しか考えていなかったが……使用人としての仕事もするしなぁ」

 ファビオが「え?」と首を傾げる。

「今日、オイラの手伝いでなく、陛下もオルキデーア石を採りに来たですだか?」

 そう問うた後に、ファビオが続けざまに問う。

「えと……どちらの女性へ?」

 フラヴィオが「うん?」と返すと、ファビオが少し狼狽した様子を見せた。

「あ、えと、オイラはパオラから聞いてるですだよ……ルフィーナさんのこと」

 なるほどと、フラヴィオは納得する。

 ルフィーナが本当はレオーネ国出身のメッゾサングエで、また次の王妃候補であることは天使一同も知っている故に。

 フラヴィオが再び歩き出しながら答える。

「ルフィーナは、余の後妻に確定していない」

「そうですだか……んだば、ベルさんに?」

「うむ」

 ファビオが「おお」と声高になった。

「もしかして陛下、ベルさんを次の王妃陛下にされようと? それなら、村の皆が大喜びしますだよ! 町の皆も、きっとベルさんだって期待してるだ! これは祭になるだーっ!」

 とはしゃいだファビオの表情は、少しして消えていった。

 フラヴィオから返事がない。

 その横顔に笑顔もない。

宰相ベルは余の妻にはなってくれぬ。余もベルを妻に選んではならぬ。そうしてしまったら、今度こそ余は国王失格になる」

「そ…そんな……!」

 ファビオは「陛下!」と声を上げると、思わずその腕を引っ張った。

 立ち止まり、振り返ったフラヴィオの悲しそうな碧眼を見つめるファビオの瞳が動揺する。

「陛下は先日、仰っていましただ。オイラにとってのパオラは、陛下にとってのベルさんだって。んだば、夫婦にならなきゃダメですだ! だってオイラは、アニェラとピッパを失った後、パオラがいたから生きて来られただ!」

 フラヴィオが頷く。

 ファビオと同じだ。もうベル無しでは生きられない。

「無論、本音を言えば後妻に迎えたいのはベルだけだ。ベルも望んでくれた」

「んだば、尚更ですだよ! 国民は陛下やベルさんの幸せだって、願ってますだ! どうしてもって言うなら、ルフィーナさんを側室に――」

 ファビオの言葉を遮るように、フラヴィオが首を横に振った。

「ベルに『側室』という考えはない。何より、ルフィーナ本人が嫌がったそうだ」

 困惑したファビオから、もっともなことを問われる。

「んだば……んだば、どうしてベルさんに婚約指輪を贈るですだ? あ、ルフィーナさんが、後にベルさんを側室にしても良いって言ってくれる日が来るかもしれないからですだかっ?」

「そうだな、その可能性も無くはないな。だが、なんというか……ベルが余の妻になりたいのだと望んでくれたら、夢を見たくなった。余が後妻を迎えねばならないその日まで、夢を見たいのだ」

 そう言って、フラヴィオが地下へと続く梯子を降りて行く。

 その後を付いていくファビオが「そうですだね」と鼻を啜った。

「叶わないと分かっていても、いや、分かってるからこそ、今だけでも幸せな夢を見たいですだね」

 フラヴィオの足が地下に辿り着くと、水溜まりを踏んだような音がした。

 湧き水で地面が濡れているようだ。

 靴に少し染み込んで来たのを感じながら、尚のこと奥へと進んでいく。

「求婚の言葉はベルさんには言いますだか?」

「言えぬ」

「愚問でしただ」

「申し訳ないことに、余はベルに、本当にただ指輪を渡すだけになってしまう」

「そうですけんども……でも、陛下から指輪もらったら、ベルさん大喜びして一生夢を見ていそうですだよ」

 冗談交じり言ったファビオだったが、「そうだ」と返って来た。

「お、ここ水色のオルキデーア石が固まってるぞ」

「おお、本当ですだ。削って取り出してみますだ!」

 と金槌とノミでカンカンと音を立てて掘削しながら、ファビオは何度もフラヴィオの顔を見てしまう。

 するとそれは、ファビオの心の内を察したように、さっきまでの話を続けた。

「余が求婚の言葉を言わなくても、指輪をベルの左手の薬指にはめてしまえば、それは『首輪』になる。余が後妻を迎えた後、ベルに他の男と幸せになってくれと言えたなら変わるかもしれないが……とてもではないが言ってやれぬ」

「あの……それは――」

「手前勝手な話だろう? 分かっている。余はヴィットーリアのときもそうだった。大切な弟が余よりもずっと昔から恋をしていた女だったのに、譲ってやることが出来なかった。今回も――ベルもだ」

 しかし、そのことにまったく戸惑いが無いわけでもないらしい。

 フラヴィオが、ファビオにこんなことを問うてくる。

「ベルの未来を縛り付けようとしている余は、最低の男なのだろうか?」

 ファビオは「いいえ」と返した。

 たしかにフラヴィオの自分勝手な行動かもしれないが、フラヴィオにとってのベルが、自身にとってのパオラだというのなら、仕方がないと思うからだ。

 だってすぐ傍に居てくれないと、生きて行ける気がしないのだから。

 だからあの日、『力の王』に殺される覚悟をしてまで、4番目の天使の譲渡を求めに行ったのだ。

 それに、ベルが他の男を想っていたなら兎も角、ベルがフラヴィオしか眼中にないのは傍目にも分かる。

「オイラには、ベルさんにとっても幸せなことのように思えますだ。想像してみても、幸せそうなベルさんしか浮かばねぇですだ。それに、さっきも申し上げましたけんども、ルフィーナさんが心変わりして、ベルさんを側室になんてことも無くはないと思いますだ」

 フラヴィオが「そうだな」と返した。

 その顔に、少し笑みが浮かぶ。

「ならば余は、忌憚なくベルに指輪を贈ろう」

「それが良いですだ。ベルさん、大喜びしてくれますだよ!」

 ファビオが掘削していた水色のオルキデーア石が、周りの岩石と一緒にぽろっと地面に落ちた。

 岩石に複数くっ付いているので、手に取ったフラヴィオが「どれどれ」と、ひとつひとつ松明の灯りで透かしながら見ていく。

「おお、コレたぶん最上級だぞ。加工すると小さくなるが、小粒が良いというのなら、これくらいの大きさがあれば充分だ。運が良かったな、先に帰っていて良いぞ」

 ファビオが首を横に振った。

「オイラも付き合いますだ」

「良いのか? 話し相手がいてくれるのは、もちろん嬉しいが。余が探してるのはリッラ色の最上級だから、水色やローザ色よりは時間が掛かるぞ?」

「リッラ! ベルさん、似合いますだよ! いくら時間が掛かっても構いませんだ、絶対最上級を見つけましょうだ! 陛下の最愛の女性に贈るんですし、大粒のが良いと思いますだ!」

 と笑顔で言ってくれたファビオに「ありがとう」と返すと、フラヴィオは再び右手のツルハシを掲げた。

「では、行くぞーっ!」

「おーっ!」

 と、ファビオも金槌とノミを掲げる。

 そして2人、鼻歌混じりに坑道の奥へと進んでいく。

 この日からガローファノ鉱山に通い始めた2人が、朝から晩まで坑道に籠り、目当てのものを見つけたのは7日後のことだった。

 大粒で、類まれに見るほど上質の、リッラ色をしたオルキデーア石だった。


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