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第14話ー2

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 ――夜10時。

 明日から改装工事が行われる『珠の湯』こと南の温泉。

 少しのあいだ鉱山で働く鉱員たちに入浴を我慢してもらい、急遽貸し切りにした浴槽の中央に、喜色満面のフラヴィオが入っていた。

 本日は特別に、湯に薔薇の花弁を浮かべてある。

「その『条件』がコレって、さすがだな酒池肉林王」

 と呆れているのは、友人ベルの誕生日のために、レオーネ国からテレトラスポルトでやって来たハナだった。

 マサムネやタロウ、ナナ・ネネは仕事で来られなかったが、アヤメも祝福したいとのことで連れて来た。

 フラヴィオが、胸を躍らせて女用の脱衣所の方を見つめる。

「まだか? なぁ、まだか?」

「そう焦るなよ、フラビーは長湯平気なんだし」

「ハナも一緒にどうだ? モストロも長湯平気だろう?」

「そうだけど、あたいはいつでもテレトラスポルト出来るようにしておいた方がいいよ」

「あとで皆一緒に、テレトラスポルトで帰れば良いではないか?」

「そうは行かないって、この湯じゃ」

 と、浴槽脇にある岩を椅子代わりにして腰かけていたハナが、手を湯の中に入れながら「あっつー」と言った。

「こりゃ、酒池肉林楽園はせいぜい5分だぞ、フラビー」

 フラヴィオが口を尖らせて「短いぞ」と言ったとき、脱衣所の方からヴィットーリアの声が聞こえて来た。

「入るぞ、フラヴィオや」

 待ってましたと、フラヴィオが「うむ!」と元気良く返事をすると、脱衣所の扉が開いた。

 酒池肉林王の女神ことヴィットーリアを先頭に、天使番号1番、2番、3番、4番、そして5と6を飛ばし、7番らがタオルアッシュガマーノ一枚姿で浴槽へとやって来る。

 火は灯していないが、明るい月夜に煌々と照らされているそれらを眺め、フラヴィオの碧眼がたちまち恍惚としていく。

「Oh……楽園パラディーソ……!」

 フラヴィオがベルに出した、温泉の男女別改装の『条件』がこれ――『改装前に一度、女神・天使一同と混浴させてくれること』だった。

 遠いわ仕事があるわ、ていうか熱すぎるわで、今までに一度も叶ったことのないフラヴィオの夢だった。

 天使番号5番のヴァレンティーナがいないのは、この国に異性の親と入浴するという習慣が無いからで、6番のビアンカがいないのはまだ1歳で43℃の湯は熱すぎる故に、これらは仕方がない。

 その代わりにと、本当はアヤメも誘ったのだが、恥ずかしいからと断られてしまった。残念に思いながらも、将来は是非とも結婚して欲しいオルランドと話したさそうだったので、無理には連れてこなかった。

 内心、熱いと思いながらも我慢し、笑顔でいてくれる女神・天使に取り囲んでもらい、くっ付いてもらい、膝の上に座ってもらい、でれんでれんになった酒池肉林王の歓喜の笑声が海山に響き渡っていく。

 ――が、気になるのが天使番号7番。

「なんか遠いぞ、ベル」

「お気になさらず」

 と、言われても気になる。何故かベルだけ、フラヴィオと距離を置いていて。

 フラヴィオが浴槽の中央にいるのに、ベルは隅っこで縮こまっている。

「こっちに来てくれ」

いいえ

「何故だ」

「私では、まだフラヴィオ様を喜ばせて差し上げることが出来ないのです」

 一体何を言ってるのかとフラヴィオが問おうかとき、ベルが逃げるように「ところで」と会話を転換した。

「セレーナさん、お店の『あんこパンパーネ』の売れ行きはどうですか?」

「ええ、とりあえずは好調よ。お昼前に売り切れるし。でも、2、3ヶ月はどうなってるかしら……ねぇ?」

 とセレーナがパオラを見ると、それは「うーん」と腕組みした。

「やっぱ難しいべね、甘い豆は。村の皆もセレーナさんのお店で見つけたら買って来るんだけんども、2回目は買う気しないみたいだべよ。たぶん、栽培や輸入をするほどにはならないだよ」

 それを聞いたアリーチェが「そう」と肩を落とした。

「残念ね。わたしは好きだから、需要が出たら嬉しかったのだけれど」

「まぁ、ワタシも美味しいと思ったけど、あんことトルタが目の前にあったら、トルタを取るわ」

 とベラドンナは言った後、湯から跳び上がるように立ち上がった。

「あーもー、無理! 入ってらんない! 熱すぎる!」

 続いて4番目の天使パオラも湯から出て行く。

「実は、オラももうダメですだ! ごめんなさい、フラヴィオ様!」

 さらに「わたしも」とアリーチェが続き、「あたしも」とセレーナも続いて、フラヴィオに謝りながら脱衣所の方へと向かって行く。

 たちまち悄気ていくフラヴィオを見てヴィットーリアはもう少し頑張っていたが、入浴から5分、ついに立ち上がった。

「私ももう限界じゃ、フラヴィオ」

「ま、待ってくれヴィットーリア、もうちょっとだけ――」

「無理じゃ。これ以上はのぼせてしまうし、何より熱すぎる湯というのは皮脂を奪い、肌を乾燥させてしまうのじゃ」

「って、この『珠の湯』の看板はそなただぞ!」

「ああ、大丈夫じゃ。汲んで来てくれるのなら、私はちゃーんと一日一杯の飲泉を始めるぞ。また、冷ましたものを洗顔に使ってみようと思う」

 とベルに笑顔を向けたヴィットーリアは、「ほほ」と笑うと脱衣所へと向かって行った。

「ほら、5分だろ?」

 とフラヴィオを見ながら言ったハナが、湯から上がった女神・天使一同をテレトラスポルトで城へと送り届けるため、脱衣所へと向かって行く。

 落胆したフラヴィオの視線は、遠くに居ながらも我慢して入浴を続けている残り――7番目の天使へ。

「ベル」「ノ」「頼む」「ノ」「なあ」「ノ」――

「一体、なんだというのだベル」

 痺れを切らしたフラヴィオの方から寄っていくと、今度はベルが逃げていく。

「おい」「ノ」「こら」「ノ」「待て」「ノ」――

 フラヴィオの頬が、膨れ上がった。

 長身故の長い腕を伸ばし、ベルを捕まえる。

 すると、フラヴィオの方へと引き寄せられていくベルが、足をばたつかせて暴れ出した。

「は、離してくださいっ……!」

「逃げなくても良いではないか」

「わ、私ではお目汚しになり兼ねませんっ……!」

「意味が分からぬ」

「の、のぼせるので上がりますっ……!」

 とベルが言うので、フラヴィオが「ほら」と言って、その脇の下に手を入れて湯から出し、浴槽の縁に座らせた。

 その際に身体に巻いていたアッシュガマーノが浴槽の中に落ち、ベルが「あっ」と慌てて胸元を腕で隠した。

「なんだ?」

 今さら、とフラヴィオは思う。

 骨と皮だけだったベルの身体が、どれだけ健康体に近づいて来たか確認するために、着替えを手伝ったり風呂場に入ったところを覗いてみたりと、ベルの身体は毎日のように見ている故に。

 フラヴィオが「おい?」とベルの頬をつつくと、ベルがようやくその胸中を明かした。

「さ、先ほど脱衣所で気付いたのですが……成人天使の中で、私だけだったのです」

 フラヴィオが首を傾げる目前、ベルの小さな顔がフラヴィオの背面にあるガローファノ鉱山を見上げていく。

 そして次に口を開いたら、その声が震えていた。

「皆様の胴体の上には、あのガローファノ鉱山のように、フラヴィオ様が思わず宝探しせずにはいられないような、立派なお山が屹立されていらっしゃいました。しかし、私だけ……まさかの私ひとりだけ、未だに探る価値のない広大な平野が広がっていたのです」

 意表を突いた返答に、フラヴィオの口から「へ?」と間の抜けた声が出る一方、その台詞は「だから」と続く。

「フラヴィオ様……せめて、私の胴体に丘陵地帯が出来るまでお待ちくださいませっ……!」

 と脱衣所の方へと逃げようとしたベルを、フラヴィオが「待て待て」と引っ張り戻して、また浴槽の縁に座らせた。

 浴槽の中に立ち膝でいるフラヴィオの碧眼より、少し下の位置にある栗色の瞳が涙で潤んでいる。

 フラヴィオは「まったくもう」とその頭を撫で、呆れの意味で溜め息を吐いた。

「そんなことを気にしていたのか。良いか、ベル。しかと覚えておくのだ」

 傷付いた天使を慰めるため、この酒池肉林王、情熱の乳房論をいざ語らん。

「乳房とは、三者三様、十人十色、百人百様、千差万別なり! 大きさ、形、色、感触、どれを取ってもこの世に二つと同じ乳房はなく、唯一無二の――そう、最高級のオルキデーア石よりも稀少価値のある財宝だ。小さいだの、大きすぎるだの、形が悪いだの、左右非対称だの言って悩む女たちは多いが、すべてが尊重すべき個性なのだ。男の中には自分の粗末なブツを棚に上げて馬鹿にする奴もいるが、それこそ尊き乳房を拝ませてやる価値のないクソだから捨て置き、女は皆、自分の乳房に自信を持ち、ふんぞり返るくらいに胸を張って生きるべきなのだ。この世に無価値の乳房など、無い! 増してや、そなたは余の大切な天使なのだぞ? 宝探し? 言ってくれれば、余はいつだって行く。行きたいに決まっているではないか。そなたがこの先、丘や高山を築こうが、平地を極めようが、うっかり谷になろうが……その乳房、すべてが天地万物の至宝なり!」

「――ああ……酒池肉林王様……」

 ベルの涙が引っ込むと、フラヴィオはやれやれと笑った。

 正直言えば巨乳は好きだし、見かけると本能的に目で追ってしまうが、そんなものは二の次、三の次で、フラヴィオが何よりも愛しているのは、女の笑顔だ。

「大体な、ベル。そなたの成長は、これからなのだ。大きさで悩むのはまだ早いぞ?」

 ベルが「スィー」と言って、胸から手を離した。

 たしかに今現在はほぼ平地、または気持ち丘のそこを見つめながら、まだどこか物欲しそうだったが、フラヴィオが「大丈夫だ」と言うと、また「スィー」と返事をした。

 先ほど下した命に、ようやく従ってくれる。両手を伸ばしてきたその小さな身体をやっとこ抱っこしたら、つい安堵の吐息が漏れた。

 先日の海賊船事件から、補佐以前に天使軍の問題児であるベルを野放しにしておくのは不安心で、時間が許される限りは膝の上に置いておきたかった。

 後方に下がって、海の方を見ながら浴槽の縁に寄りかかり、しかとベルを膝の上に置き、そして「ほら」と南の空に浮かぶ月を指差した。


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