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第13話ー6

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「これさ、あたいがリージンの船の船尾楼から持ってきた世界地図なんだけど」

 そういえばリージンの船からテレトラスポルトで移動する直前、ハナは船尾楼から筒状に丸めた紙を持って来ていた。

 カンクロ語で文字が書かれているその地図のあちこちに、小さな×印が付けられている。カプリコルノ島にも付いていた。

「これたぶんさ、リージンが襲って来たとことか、これから襲おうとしてたとこだよ。見てよ、ヴィルジネを。酷いな」

 と、ハナが指さしたヴィルジネ国――レオーネ国の北にある島国――を見ると、8ヵ所もの×印が付けられていた。

「ま、一番は真珠が目当てやろうな、カンクロ国王は。オルキデーア石ほどとは言わへんけど、真珠もアホみたいな値段で売れるし」

 とのマサムネの言葉に、ベルは眉を寄せた。

 何故いきなりカンクロ国王が出て来たのか。

 マサムネはフラヴィオの隣の席で、リージンがしていた青のオルキデーア石の指輪を持っていた。

 石が埋め込まれている部分の、裏側を見ている。

 そしてふと、ベルの顔を見た。

「7番目の天使はほんま、ええ仕事したわ」

 ベルが小首を傾げた手前、マサムネが「ん」と指輪をフラヴィオに渡した。

「良いか、ベル」

 そう言いながらフラヴィオが、指輪のマサムネが見ていた部分をベルに見せた。

 金で出来た円形のそこに、牙を向いた虎の顔と『W・F』の文字が刻印されていた。

「虎はカンクロ国の国章、『W・F』はカンクロ国王のイニシャルイニッツィアーレだ」

「間違いないで」

 と、マサムネが続いた。

「うちとカンクロは、ワイのじっちゃんの時代には敵国やってんけど、その後に講和を結んだんよ。せやから時々、カンクロ国王から贈り物をもらったりする。それには、いつもこれと同じ刻印があんねん」

 一体どういうことなのかと、ベルは再び眉を寄せた。

 フラヴィオが続ける。

「これがどういう経緯があって、リージンの手に渡ったのかは分からない。ただ、余はカンクロ国王と交流は無く、カンクロ国の商人が我が国に来たことも無い」

 マサムネを隔てた向こうにいるフェデリコが口を開く。

「カンクロ国王が他国からオルキデーア石を掠奪したとか、贈り物として貰ったとか、または商人から商人の手に渡ってとか、そういうことも考えられる。しかしな、ベル。国家と海賊が手を組んでいるという話は、よくあることなんだ。リージンは、カンクロ国王公認の――つまり、『カンクロ国王の海賊』だったということも考えられる」

 耳を疑ったベルが、それは本当なのかと確認する意味を込めてフラヴィオの顔を見つめると、それは頷いた。

「そういう海賊行為で裕福になろうとする国があるのだ。掠奪にて得た金銀財宝は、国王と海賊船の船長で分配されると聞く。またそういう国では海賊は正義とされ、咎められることなく称えられるものらしい。3年前にオルキデーア石を掠奪された時は原石のままだったから、カンクロ国王が指輪に加工してリージンに贈ったのかもしれん。まぁ、カンクロ国王に問い質したところで、しらばっくれるだろうがな」

「ああもう、なんのこっちゃって反応するでーあのタヌキ親父――カンクロ国王は。せやからもう、帰国したらカンクロに密偵送り込むわ」

 そう言ったマサムネの顔を、フェデリコの先にいるアドルフォが見た。

「ヴィルジネ国は、ムネ殿下の第二夫人アーシャ殿下の母国でしたな。密偵の得た情報が案の定だった場合、ヴィルジネ陛下は取り敢えずはカンクロ国に抗議という形を取るのですか?」

「うん、とりあえずはそうやと思う。後、うちの親父も。まずは口で海賊止めろやボケ言うて、向こうがどうするかに掛かっとるわな。止めへんようやったら、まずうちのアーシャがブチ切れるし……」

 と、マサムネがフラヴィオの顔を見た。

 フラヴィオもマサムネの顔を見つめる。

 どちらも真顔だった。

「なぁ、フラビー……この国は今日ええ方向に進んだけど、コニッリョを仲間にするとなると時間掛かる。カンクロに、カーネ・ロッソやその混血メッゾサングエが増えすぎる前に、こっちから潰しておくのもありやで」

 フラヴィオから深い溜め息が漏れた。

「戦はなるべく避けたいんだが……」

「それは分かる。せやけど、そうも言ってられへんかもしれんで。カンクロがこの国めっちゃ欲しがっとんのは感じとったけど、カーネ・ロッソを仲間に入れたばかりの3年前に、すでに一度やられとったってことやん。まぁ、リージンがカンクロ国王の海賊だった場合の話やけどな? ワイ、カンクロがこの国襲うときはテレトラスポルト一択やと思っとったのに、まさかの船かいな」

「ああ、船は誤算だった。よくもまあ、遥々カンクロからやって来たものだ」

「この国がよっぽど欲しいってことだろうね、カンクロ国王は」

 と、マサムネの向かいの席にいるタロウが口を挟んだ。

「いくら風魔法で船を動かすって言ったって、カーネ・ロッソは土属性だから速く動かすことは出来ないし。近くのヴィルジネなら分かるけど、カプリコルノはカンクロから物凄く遠いわけだし。そのせいで着くまでに人間は病気だらけになるだろうし、途中で座礁・沈没も出て来るだろうしさ。さらには、他国軍や海賊、海のモストロと当たって戦闘なんてこともあるんだし、ここまで無事に辿り着ける気がしないよ。ああ、もしかして、リージンは最初から一艘で航行してたんじゃなくて、最初は海賊船団だったのかもね。カンクロ国王公認だとしたら、出資金もたんまり出してもらったんだろうから」

 タロウの左隣にいるナナ・ネネが口を開く。

「カンクロ国王、味占めた」

「一度あることは二度ある」

「またここに海賊来るかもしれない」

「またここに明日来るかもしれない」

 ハナが「待て待て待て」と、口を挟んだ。

「海賊のことも心配だけどさ、ちょっと置いとこう。さっき、もっとやばい話してたぞ……」

 と、ハナがマサムネの顔を見た。

「あのカンクロと、戦争する気か?」

「せやから、まずは密偵の結果を待つ。話はそれからで、すぐやない。戦になったら、こっちやてめっちゃ準備がいる」

 ハナが「当たり前じゃないか!」と愕然とした様子で声を上げた。

「カンクロて、とんでもない大戦だぞ! 負ける気はないけど、うちとカプリコルノ、ヴィルジネの三国合わせたって、大打撃は免れないぞ!」

 ベルは世界地図のカンクロ国に目を落とした。

 大陸にあるそれは、とても大きな国だと思っていたレオーネ国の、さらに何倍もある大きさの国だった。

「カンクロ国の兵士はどれほどいるのですか?」

 マサムネが答える。

「カーネ・ロッソの数はどれくらいになっとるか分からへん。けど、人間の兵士だけで100万や」

「――は?」

 そのあまりにも桁外れの数に、ベルがぽかんとしてフラヴィオの顔を見る。

 フラヴィオが宥めるようにベルの頭を撫でた。

「大丈夫だ、もし戦になったとしても負ける気はない。レオーネのガットたちが仲間に居てくれることだしな。ただその場合、流石に余もフェーデもドルフも、また戦場に出られるようになった子供たちも連れていくことになる。その間、国の守りが手薄になるのはたしかだ」

「兵士を増やしましょう」

 とベルが声を強くして言うと、フラヴィオが頷いた。

「そうせねばならんようだ。戦はなるべく避けたいところだが、備えはあるに越したことは無い」

「では」

 と、世界地図に目を落としたベルの瞳が、恍惚と煌めいていった。

「我が主フラヴィオ・マストランジェロ陛下の、華麗なる世界征服開始でございます」

「こらこらこらこら」

 と、フラヴィオとフェデリコ、アドルフォが声を揃えた。さらに「問題児だなー」なんて言われる。

 呆れ顔で「まったく」と言いながらもおかしそうに笑ったフラヴィオが、ベルの頬をつついた。

「なんだ、その野望は? 余はそんなこと望んでいないぞ?」

「なんと……」

 と、ベルが残念そうに肩を落とすと、フラヴィオが「こら」とまた頬をつついた。

「覚えておくのだ、ベル。余は守るために武を振るうのであって、奪うために振るうのではない。良いな?」

 そこには、少し厳しい主の顔がある。

 酒池肉林王じゃない、力の王だ。

 天使は皆、フラヴィオに寵愛され、甘やかされるものだ。

 でも『補佐』となったベルに対しては、これから先、他の天使と同じようにはいかない時があるようだった。

「スィー」と返事をし、脳内の備忘録に主の言葉をしかと書き留めた。

 するとフラヴィオは「良い子だ」と言ってベルの頭を撫で、いつもの優しく明るい笑顔に戻った。

「兵士を増やす方法は、奪う以外にもある。それらでこれから徐々に増やしていくとして……」

 と、今度は嬉しそうに「ふふふ」と笑った。これは酒池肉林王の顔だ。

「9月9日はそなたの誕生日だ、もうすぐだ。何が欲しい? ああ、ドレスヴェスティートなら、着せ替え好きのティーナも喜ぶように、余とフェーデとドルフが一着ずつ用意した。あとは何だ? 何が欲しいのだ? おっと、『何もいらない』は駄目だぞ? 15歳だ、成人祝いだ。ちゃーんと、おねだりしなきゃ駄目だ」

「おねだり、ですか。では、あの……」

 と、ベルがフラヴィオの顔を見つめた後、フェデリコとアドルフォの顔も見た。

 するとその2人が、「お?」と少し嬉しそうな表情を見せた。

「もちろん私にもおねだりして良いんだぞ、ベル? 君は私の可愛い生徒でもあるんだ、なんでも言ってくれ」

「俺にもねだってくれて良いんだぞ、ベル? 俺だってこれでも可愛いと思ってるんだ、遠慮はいらない」

 用意したヴェスティートに合わせたコッラーナが良いか?

 ティアーラが良いか?
 指輪や腕輪が良いか?
 ああ、靴もいるよな?

 無論、薔薇の花束や、あまーいケーキトルタはあるんだぞーう?

 と、喜色を浮かべて問うて来る3人に対し、ベルは「ありがとうございます」と頭を下げた。

 そして、「では」とその顔々を見ながら、ちゃんとおねだりした。

「南の温泉の増掘ぞうくつ許可および改装費、そして経営権をください」



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