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第10話ー5

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 ハナがベルを連れて来たのは、本日は来る予定の無かった町――『王都ジラソーレ』だった。

 ベルは町の門前に立っていると分かると「あれ?」と小首を傾げ、ハナ以外の一同がいないと分かるとまた「あれ?」と言ってハナの顔を見た――

「ハナさん?」

「違うだろ?」

「そうでした。ハナ?」

「うん、あのなベル。やっぱり町を案内するぞ」

「ありがとうございます。しかし、皆様は……」

「大丈夫だ、ベル。他の皆は一緒だ、だからティーナにはリコたんが付いてる」

「スィー、その辺は心配いりませんが……」

「さっきも言っただろ、ティーナやリコたんがいたら町が大変なことになるって。だからあたいと2人で行こう」

「はぁ、しかし……」

 と困惑するベルの手を、ハナが些か強引に引っ張った。

「早く早く!」と門を潜り、王都ジラソーレの中へと入って行く。

 そこには異国の町並が広がっていて、ベルはすぐに興味を持った。

 何か役立つ発見があるやもと、辺りをくまなく見つめていく。

 カプリコルノの町は木枠と土壁で出来た民家が縦に伸び、3階建てや4階建てになっているものも多い。

 対して、こちらの民家はすべて木造で出来ており高くても2階建てのようだ。

 しかし大きな島の分、町は横に広く伸びているようだ。

 またカプリコルノの貴族の屋敷のような石造りの家も見当たらないが、豪壮な門を構えているなど、それっぽい身分だろう思われる家も見えた。

 遠くには荘厳な雰囲気の漂う5階建ての建造物があって、あれは何かとベルが指さすと、ハナが「寺だ」と答えた。

 また、流石はモストロと交流するようになって500年近く経つ国で、至る所に猫耳や尻尾の生えている者たちがいる。

 如何にもモストロといった見た目の者が歩いていても、黒髪で小柄、ついでにぺちゃっと愛らしい顔立ちの印象を持つこちらの人間たちは、誰も警戒した様子なく過ごしているようだ。

 それはカプリコルノには考えられない光景で、ベルは改めて驚いてしまう。

「人間とモストロとの共存は、本当に可能なのですね」

「ああ、そうさ。500年近く前のモストロを愛したレオーネ国王の話は可哀想かもしれないけど、人間にもモストロにも大切なものを教えてくれたんだ。ていうか……ごめん、ベル。気になるか?」

「何がでしょう?」

 との反応を見る限り、ベルはまったく気付いてないようだ。

 擦れ違う人々――特に人間――にやたらと注目されているのだが。

 ハナの猫耳には、ひそひそ話が聞こえてくる――

「ちょっと今、見た?」

「宮廷ネーロのハナちゃんが、すごい美少女連れてたぞ!」

「あの娘、たぶんカプリコルノから来たんちゃう?」

「ほんま美男美女大国やな」

 ハナは「気にならないならいいんだ」と言うと、ベルが「そうですか」と返した。

 それから間もなく、辺りに甘い香りが漂ってきた。

「ここは……オルキデーアでいう『ヴィーア・プリンチペッサ』でしょうか?」

「うーん、違うな。ヴィーア・プリンチペッサ――姫通りはさ、女が喜びそうな菓子や物ばかり売ってるから、8割は女で賑わってるだろ? でもこの町にはそういう通りがないから、男も女もオスもメスもいるよ。食べ物なら甘いのも売ってるし、塩辛いのも売ってる。あ、食べてみたいのがあったら言ってくれ。あたいが金持ってるから大丈夫だ」

「ありがとうございます」

 ベルが最初に目を留めたのは、すれ違った若い女性2人が手に持って食べていたものだった。

 それは笹の葉で挟んで持っていたようだったが、似たようなものを知っている。

「今のは……パンケーキふわふわトルタですか?」

「そう。去年カプリコルノから伝わって来て、大流行中なんだ。バターブッロと牛乳も、最近庶民の手にも入るようになったしな。この辺は食べ物の店が多くて、食べ歩きしやすいように小さくしたのが売ってるんだ。手が汚れないように、笹の葉とかで挟んだりして」

「なるほど、良い案ですね」

「でもさ、レオーネ島の菓子っていったら、最初はあっちだったんだ」

 とハナが指さした店をベルが見ると、店主と思われる老婆と、先ほど見たガット・ティグラートのような赤い髪をした10代後半くらいの少年がひとりいた。

「あの赤い髪の奴、ゲンって名前なんだけど、あの店主のばぁちゃんの孫――ティグラートのメッゾサングエなんだ。猫耳じゃなくて人間の耳だし、尻尾もないから一見普通の人間みたいだろ?」

 本当にそうだった。カプリコルノでも、赤みを帯びた髪の人間ははちらほらと見かける故に尚のこと。

 それにしても、店の方はあまり繁盛はしていないように見える。他の店は行列が出来ているが、こちらはそれが無かった。

「なんというお菓子ですか?」

「『あんこ』だよ。ブッロや牛乳もだけど、砂糖もカプリコルノから来たんだ。むかーしカプリコルノから伝わって来たサトウキビを、南の方で栽培してて……って、それは知ってるか」

「スィー。サトウキビの栽培にはこちらの気候の方が、適しているようで」

「そそ。南の方は年中温暖でさ、よく育つんだ。で、出来た砂糖は最初カプリコルノへの輸出が中心だったんだけど、サトウキビ畑が広がってるうちにこっちの庶民にも出回るようになってさ。その頃、砂糖で『小豆』っていう豆を甘く煮た菓子が流行ったんだ」

 ベルは「豆を?」と鸚鵡返しに訊いていた。

 豆を甘くして食べるという習慣は、カプリコルノにはなかった。

 そして少し興味が湧く。

 本日のベルの同行者であるアリーチェは、虫一匹殺せないほど心優しく、動物性のものが食べられずにいる。

 それ故、女子供が好んで食べる牛乳や卵、ブッロを使って作るふわふわトルタやクッキービスコットなどの菓子も食べることが出来ずにいた。

「アリー様のお口に合うかもしれません」

「ああ、そうかな? ここのあんこ屋が一番手間掛かってて美味いし、買ってみるか」

 とハナがベルの手を引っ張って「ばぁちゃーん、ゲーン」と店に寄っていくと、店主の老婆が「おや」と目を丸くた。

 ティグラートのメッゾサングエ少年のゲンは「おー」と片手を上げる。

「ハナちゃん、今日はずいぶんと可愛らしいお嬢さんを連れてるね」

「すげー。カプリコルノ人か?」

「うん、カプリコルノ陛下の新入り天使のベルっていうんだ」

「おや、そうかい。ほらベルちゃん、お団子ひとつあげるよ。食べてお行き」

 との厚意に甘え、ベルは「ありがとうございます」と、店主からその『団子』というものを受け取った。

 竹串に一口大の丸くて白いものが4つ刺さっており、それに赤いような茶色いような紫色のような色の何かが塗られている。

 ハナが「白くて丸いのが団子、塗られてるのが『あんこ』だよ」と言った。

 あんこは豆を煮たものだというが、豆の皮が見当たらなかった。

「これは……煮た豆を網などで漉しているのでしょうか?」

 店主が「そうだよ」と答えると、ゲンが「『こしあん』ってんだ」と続いた。

 手間の掛かる菓子のようだと思いながら、ベルは団子を一口食べてみる。

 かなり甘いが脂肪分がなくすっきりとしていて、団子はもちもちとした食感だった。

「ふむ……これはなかなか美味ですね」

「だろ? ばぁちゃんの作るあんこは美味いんだ。もちもち団子もな。あ、漉してない『つぶあん』もあるけど、アリーさんどっちが好きかな?」

「それは私にも分かり兼ねますが……」

 と、ベルは目前に陳列されているあんこ菓子を端から端まで見つめていく。

「あんこを使ったお菓子とは、種類が豊富なのですね」

「そうなんだ。アリーさんどれが好きか分かんないし、面倒だから全部買って行こう。ばぁちゃん全種類ちょーだい、団子もぼた餅もマンジュウも大福3種も全部。数は、うーん……」

「フェーデ様は甘いものが苦手ですので、お召し上がりにならないかと思われます」

「だよな。んじゃ、それぞれ7個ずつ」

 店主とゲンが笹の葉などで菓子を包んでくれながら、こんなことを話し出した。

「ありがとうね、ハナちゃん、ベルちゃん。最近はあまり売れなくってね。特に若い人は、トルタの方が好きみたいでね」

「うん、ぶっちゃけオレも。ブッロ最高」

 と言ったゲンに対し「おまえな」とハナが呆れ顔になる傍ら、ベルはふと罪悪感を覚える。

 そのトルタはカプリコルノ国から伝わった故に、少々の責任を感じてしまう。

 店主から溜め息が漏れた。

「この先、あんこじゃ食べていけなくなるかもしれないねぇ……」

「待ってよ、ばぁちゃん。あたいはばぁちゃんのあんこが好きだ。それに、そう言ってあんこ屋がトルタ屋になったりして、小豆農家が泣いてるんだ」

「それは分かるけど、でもねぇ……」

 ハナが困ってベルの顔を見る。ベルは数秒のあいだ黙考すると、こう言った。

「ここは、新商品を開発してみては如何でしょう」

 ハナと店主、ゲンが声を揃える――「新商品?」

 ベルは「スィー」と答えると、小麦粉とブッロ、卵、牛乳の有無を店主とゲンに聞いた。

 ブッロと牛乳は最近手に入るようになったとのことで心配になったが、町の人々にはもうすっかり浸透しているのか、全ての食材が揃っていた。

 そのうちの3つ――ブッロと卵、牛乳――は『冷蔵箱』と呼ばれるものに入っているらしい。

 初めて聞くそれを見せてもらうなり、ベルは「なんと……!」と目が丸くなる。

 それは一見、大き目の木箱で、蓋を開けると中は上下二段に分かれていた。

 下段には食べ物が、上段には氷塊が入っていて、中はひんやりと冷えていた。

 この国には『氷屋』がいて、その氷はガット・ネーロやガット・ティグラート、またはそのメッゾサングエが魔法で一年中作って売っているらしい。

「まぁ、家族にひとりでもガットやそのメッゾサングエがいれば、そいつが作るから買わないんだけどな。だからこの氷もオレが作ってんだ」

 と、ゲンが冷蔵箱の氷塊を指差した。

「冷蔵箱用の魔法の氷ってな、溶けにくく出来てんだ。こういう、まだまだ暑い季節でもな」

「夏でも食材の腐敗を防げるとは……! なんと素晴らしいことでしょう!」

 ベルはすっかり興奮してしまいながら、店の台所を借りて料理を始めた。

 小麦粉と卵、牛乳、砂糖を混ぜてトルタの生地を作る。

 いつもはふわふわに仕上げるために、卵白は別の容器に分けてしっかり泡立ててから生地に混ぜるのだが、今回は敢えてピタピタしたいのでこれで良かった。

 またいつもなら他国から輸入しているバニラヴァニッリャで香りを付けるのだが、それはまだレオーネ国には無いようなので仕方がない。

 さて焼こうと思った時、いつものフライパンパデッラが無い――ふわふわトルタ屋には鉄板があるらしい――ことに気付き困った。

 が、どうやら皿型の『焙烙ほうろく』と呼ばれる土器で代用できそうだったので、不安に思いつつ調理を続けてみる。

 レオーネ式の釜戸に「ほらよ」とゲンが魔法で火を付け、そこに焙烙皿を置いて温め、ブッロを溶かす――

「あ、それ多めで」

 とのゲンの希望により、たっぷり溶かしておいた。

 その上の二か所に生地を流し、直系8cmほどのピタピタトルタを2枚焼いて作る。

 いや、蓋をして蒸して少し膨らませ、『ピタふわトルタ』にしておいた。

「そして、あんこをこうして……」

 とベルがあんこを2枚のピタふわトルタで挟むと、ハナとゲンが「おおっ」と、店主が「あらま」と声を高くした。

「完成です。そこそこいけると思うのですが」

 出来上がったそれに2カ所包丁を入れて4等分にし、それぞれ一切れずつ取って口に入れてみる。

 作ったベル自身も味見しつつ見守った3人の反応は、上々のものだった。

 ゲンが真っ先に「神!」と声を上げ、その後にハナと店主が興奮気味に続く。

「コレ美味いよ、ベル! ブッロの風味とあんこの組み合わせが最高だ!」

「そうだねぇ、トルタとあんこは合うんだねぇ。生地もふわっとしていて美味しいよ」

 ゲンが「よし!」と言って、どこからともなく紙と筆を持ってきた。

「名付けて、『ベル焼き』!」

 と、ゲンは早速新商品として出すらしく、紙に筆で力強く『ベル焼き』と書いていく。

 ちなみにカプリコルノ通貨に換算して、1個350オーロのようだ。

 自身の名が商品名に使われるのは少々恥ずかしく、ベルは頬を染めて困惑してしまうが、ハナは「良い!」と声を上げて興奮していた。

「ばぁちゃん、今まで通りの菓子も作りつつ、この『ベル焼き』で頑張ってみようよ! この大きさなら食べ歩きしやすいし、きっと売れるよ!」

「ああ、そうだね、ハナちゃん。諦めないでやってみようかね。ありがとう、ベルちゃん」

 ベルがほっと安堵した時、ハナの猫耳がタロウの声を察知した――「あっ、ハナの声が聞こえた! こっちだ!」

「む……」

 とハナは口を尖らせると、先ほど買った菓子の袋を手に取った。

 フェデリコたちは町の外で待たせているのか、駆けつけて来たのはマサムネとタロウの2人だった。

 ハナは眉を吊り上げている2人に向かって「おー」と笑顔を作り、「こら!」と言って説教を始めようとしたタロウの胸元に菓子の袋を押し付けた。

「はい、兄貴。これアリーさんのために買ったあんこ菓子だ。甘いもの苦手なリコたんの分はないけど、皆のはあるから食っていいぞ。あ、でもベルとあたいのも入ってるからそれは残しておいて」

「ああ、ありがとう。でも今は、そうじゃなくて……!」

「ハナおまえ、何しとんねん!」

 マサムネが怒号した。

「ベルもおんのに、勝手なことしよってからに! 皆、心配し――」

「殿下、見てくれ!」

 と、ゲンがマサムネの言葉を遮り、その目前に『ベル焼き』と書いた紙を突きつける。

「うちの新商品だ!」

 マサムネが「へ?」と間の抜けた声を出し、紙に書かれた文字を読んで「なんやコレ?」と眉を寄せているあいだに、ベルの手を掴んだハナが、またテレトラスポルトで逃走した。



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