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第6話ー3

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「ランド兄上、昼間たくさん武術の鍛錬をしているのに、夜はなるべくお勉強するようにしてるみたい。そういうところフェーデ叔父上に似たのかなって思うのだけれど、ランド兄上の場合は必死っていうか……何かいつも焦っている感じがするの。そういうの私にはあんまり話してくれないから、本当のことは分からないけれど……」

 図書室でオルランドと会った時、時間があるようだったら少しその辺のことを話してみようかとベルは考える。

 ヴァレンティーナの言うことが当たっているのならば、オルランドはとても悩んでいるように感じた。

「ところでベルって……実はランド兄上の婚約者フィダンツァータだったりするの?」

 突然の思わぬ問いかけに、ベルから「へ?」と間の抜けた声が出た。

「一体、何のお話でしょう」

「あれ、ちがうの。じゃあ、やっぱり村天使さんがランド兄上と……?」

「今のところ、私はフラヴィオ様からはそのような話は伺っておりませんが……何故そのように思われたのですか?」

「だってね、ランド兄上そろそろ結婚相手を決めておかないといけないのよ。父上が天使に選ぶ人って、『守りたい人』か『守らなきゃいけない人』だと思うの。1番目の天使は大切な親友の妻だし、2番目の天使は大切な弟の妻。3番目の街天使さんは、実は父上の初恋の人だって母上が言ってたわ。5番目の私は娘だし、6番目の天使は弟の娘。この先、兄上たちや弟たちの妻になる人、その娘たちも天使に選ばれると思うの。だから未婚の4番目の村天使さんって、実はランド兄上のフィダンツァートなのかなって思ってたんだけど……」

「なるほど、可能性はありますね」

「でしょう? それか、次の7番目の天使に選ばれる人かなって思ってたわ。でもちがうとしたら……」

 と、ヴァレンティーナがベルの顔をじっと見つめる。

「ベルって、父上の『めかけ』というものなのね」

 再び意表を突かれたベルから、また「へ?」と間の抜けた声が出る。

「め…めか、妾……?」

「ベラ叔母上が言ってたわ。『王妃』はあくまでも第一夫人だけで、第二夫人以降は『めかけ』というのだって。昔のプリームラ国では一夫一妻の決まりがあったらしいけど、こっちのオルキデーアの国王は、みーんな『めかけ』がいたのよ。昔は病気が流行っていたから、大人まで生きられる子供が少なかったのだって。そういう理由で先王陛下は三男だったけど即位することになったし、父上とフェーデ叔父上の弟妹もみんな亡くなってしまったのだって。本当は弟も妹も義母兄弟もいたのだけれど、みんな10歳まで持たなかったって聞いたわ。それから、先王陛下の『めかけ』もそうだったのだけれど、お産が原因で女の人が亡くなることは少なくないから、王が『めかけ』を作るのは重要なことだったのよ」

 ベルは混乱してしまう。

 ヴァレンティーナの言う通り、友好国のレオーネ島では王妃以外の第二夫人以降を『妾』とも呼ぶらしい。

 だが、この国ではそれは列記とした『側室』と呼ばれる『妻』であり、『妾』と言ってしまったら男女関係はあるものの妻ではない者――愛人を指している故に。

 ヴァレンティーナが「だからね」と続ける。

「やっぱり父上も『めかけ』を作るのねって。だってこの先、もう病気が流行らないとは言えないのだし」

「それはたしかに。しかし、王妃陛下は何と仰るでしょうか」

「なんか、父上の『めかけ』100人出来るかなって覚悟で結婚したらしいわよ」

「なんと……」

「ちなみに私が将来母上と同じような立場に置かれることがあっても、そういうものだから気にすることはないって」

「ティーナ様は、他国の陛下や王子殿下と婚約されているのですか?」

 ヴァレンティーナが首を横に振った。

「私にまだそういう話は無いの。でも、いつかそうなっても、母上に「夫を信じ、愛し、尽くしなさい」って言われているわ」

「王妃陛下の鏡ですね」

「ベラ叔母上は「しょせん『めかけ』って思いなさい」って」

「……そ…そのような心境が励みになることもありましょう」

 ヴァレンティーナが「それで」と話を巻き戻す。

「ベルって、父上の『めかけ』なの?」

「その…………」

 ベルは初めて考える。

 自身はこの先、どうなるのだろう。

 フラヴィオの大切な者の妻でもない、血縁者でもない、現在の未婚であるこのベルや村天使パオラは、実は側室候補だったりするのだろうか。

 それとも、側室ではなく『妾』なのだろうか。

 はたまた、王子たちのフィダンツァート候補ということも有り得なくはないようだ。

 となったら、その王子たちの側室や妾も考えられなくはない。

 さらに、

「あ、もしかして叔父上たちの『めかけ』?」

 そんな可能性もあるようだ。

 お陰で、ますます混乱した。

「さっぱり分かりません」

 どこかワクワクした様子に見えていたヴァレンティーナが、少し残念そうに「そう」と言った。

「ベル、だーれにも恋とかしてないのね」

「恋……ですか?」

「だって、父上も叔父上たちも兄上たちも弟たちも従兄弟たちも、相手が望まないなら自分勝手なことはしないもの。たとえば、ベルが王に――父上に恋したとするでしょう? ベルは天使に選ばれたくらい父上のお気に入りなのだから、ベルが望めば『めかけ』になれると思うわ」

「……『第二夫人』や『側室』と呼ばれるよりは精神的に楽な響きではありますが、それでも私は相応しくありません」

「そんなことあったら天使に選ばれていないわ。嫌なの、父上の『めかけ』?」

「嫌とかではなく……私は相応しくないのです」

「もう、そんなことないってば」

 と少し呆れ顔になったヴァレンティーナが、今度は言葉をこう変えて問うてくる。

「父上に『めかけ』になって欲しいって……ううん、『なれ』って言われたら、どう?」

「それは……」

 愚問と言っても過言では無かった。

 だって主の命令なのだから。

「なります」

「そうなのね!」

 と、ヴァレンティーナが蒼の瞳を煌めかせた。

「私は、フラヴィオ様にお助け頂いております」

 ベルの脳裏に蘇る。

 エステ・スキーパの血で汚れた、フラヴィオの手。

 自ら手を汚してまで、このベルを地獄から引っ張り出してくれた。

「あの日から私にとってフラヴィオ様は神のようなお方であり、この先の生涯、この方のために尽くし、ご恩返しすることを誓いました。私は恋というものをしたことがありませんので、これが恋というものなのかそうでないのか、分かりませんが……。私のフラヴィオ様への想いは、きっと海の深淵よりも深く、見渡す限りの空よりも広く果てしない……そんな感じがするのです」

「えぇえぇえっ……!」

 頬を染めたヴァレンティーナ顔を見つめながら、ベルが続けた。

「そんなフラヴィオ様の最愛の天使……それはきっと、ティーナ様、あなたです。そして私は、あなたの侍女。このベルナデッタ、命を懸けてお守りすると誓います」


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