66 / 149
ニコラ・エリボリス
しおりを挟む「アマドロロ、ウキョウにオオタネニンニン。 見たことあるようなないような、雑草にしか見えん」
ギザギザの葉を手に取り太陽にかざしてみても特に変化することはなく、いたって普通の雑草にしか私にはみえないこの草。これらはちゃんと薬草図鑑に記されている薬草そのものなのだが、全く知識のない私のような人間からしたら見逃してしまうものなのだろう。
庭に生えていた長寿草の側に点々と生え始めたその草たちは今後の私の稼ぎにもなる重要なものであり、そして何より私がポーションを作れるかどうかがかかっているものでもある。
それらを丁寧に根っこから引っこ抜き、ひと束ずつ水の湿らせた麻布で根を包むように巻いていく。
これで干からびないかは不安だが、何もしないよりもマシだろう。
ポイポイと束ねた薬草を籠に入れ、依頼主のエリボリスへと持っていく薬草の準備は完了だ。
「レドー、一旦ここに置いとくけど捨てないでねぇ! あと、野菜スープと飲み物の用意頼んだよー」
大声でレドに言いつければ仕事をしていた手を止めて私に返事を返し、そして私はそれを確認すると布で出来た出入り口から庭を出た。
するとそこに広がっているのは木でできた床で、ガタゴトと車輪で揺れている。
そうここは荷馬車の中だ。
前方にもある布の間から顔を出せばそこにはスヴェンとクヌートの二人がいて、のんびりと談笑している。それに水を指すことはせず、もう一度荷馬車の中に戻ってゴロンと横になり、私は領主の屋敷まで暫しの休息をとることにしたのであった。
心地よい眠りの中頭を揺すられ目を覚ますと不機嫌そうな顔をしたスヴェンが真っ先に目に入り、ようやく屋敷に到着したのだと察した。まだ眠い目をこすりながら荷馬車を降りるとそこには澄ました顔の領主と、無表情の従者、そして青白い顔で不安そうに表情を歪める亜人達がすでに私達を待ち構えていたのである。
「お久しぶりです領主様」
領主に一礼し、にこりと笑えば領主もつられたように頬をほころばせ、そして視線を私からスヴェンに移す。スヴェンの手には亜人達分の支払い金が用意されており、従者がそれを受け取って数えいた。
「ーーこちらの不注意もありましたので、一体分の料金はお返しいたします」
用意した金額は六人分。けれど手に入った亜人は五人。
私の不手際のせいで一人いなくなってしまったというのに、領主はその分を差し引いてくれるようだ。
ありがとうござますと深く頭を下げれば、領主は気にするなとでも言うように片手を挙げる。それに対して私はもう一度だけ深く頭を下げたのである。
「ーーじゃあ亜人達はこっちに」
今回はあまり近づかず、手招きして荷馬車に乗せていき、そしてスヴェンに耳打ちをしたあとに私も続いて荷馬車の中へ。そしてこちらを睨みつける彼に背を向けて、また外へと続く布を潜った。
「パメラ、彼らの案内を!」
今か今かと待っていたパメラに声をかけ、今度は彼女を荷馬車へ向かわせる。それはもちろん私なんかよりも同類の彼女の方が安心できるであろう心遣いからだ。
パメラの手にひかれ庭に一番に降り立ったのは鳥の獣人で、その後に続いて虎の親子も驚いた表情でやってくる。
パクパクと口を開けたり閉めたりする獣人の横にシャンタルを立たせ、レドは私の真横へ。
そして始まるのは今後の過ごし方についての講演会である。
「やぁ、諸君。 私は君達の飼い主のリズエッタだ。 今後ここで過ごしてもらう君達にはいくつかの決まり事がある。 その一、働かざるもの食うべからず。 その言葉通り働かないものにはご飯はあげません、しっかり働きましょう。 その二、信頼も忠誠も要らないから己のために働け。 私をご主人様だとは思わなくて結構! だがしかし、幸せに生きたきゃそれなりの働きはしましょうね! その三、逃げるな危険! 逃げようとしても逃げられないよ! 逃げても外の世界の方が危険だから即死んだと思ってね、以上です。 今日から三日はお休み期間とするので、その後からきっちり働くように。 困ったことはこの獣人、レドに聞け」
ドンと胸を張って言い切ればレドは後ろでフンっと鼻を鳴らし、パメラは云々と頷いている。シャンタルはまたもや微妙な表情だが頷き、慰めるかのように獣人の肩を叩いた。
「それとそこのちびっ子達ように食べ物が必要な時もレドに報告するように! レドはそれに応じてお爺ちゃんに伝えて?」
「わかりやした!」
大きな声ではっきりと話すレドに女の獣人はびくりと肩を揺らしたが、そこはパメラが支え優しく微笑む。すると彼女の方も少しだけ安心したのかホッと息をもらした。
「それじゃあ後は頼んだよ!」
前回よりもいくらか気持ちは楽で、レドだけじゃなくパメラとシャンタルの二人がいる事にとても安心できる。彼女ら二人が私をどう思っているかは知ったこっちゃないが、やはり預けられる人数が増えれば増えるほど私の精神的負担が減りそうだ。
事前に用意しておいた籠を手に取り、いつの間にがガタゴトと揺れ始めた荷馬車へ戻る。
そっと布を手で退けて外を覗けけばこちらを見ていたティモと目が合い、心配そうに声をかけられた。
「平気か?」
先日の一件があったからか心配してくれたのだろう。
「大丈夫です。 彼らは眠ってますので家に帰るまでよろしくお願いしますね?」
ティモを含め三人に庭と馬車が繋がっていることは教えてはいない。きっとこの先も余程のことがない限り教えることはないだろう。
いくら護衛であれ私に危険が及ぶであろう事柄は伏せておかなければ、何処からかそれが漏れてもおかしくはないのだ。彼らを信頼していないわけではないが、身内以外にこの事を話したくはない。
「寝てんなら安心だなぁ」
目元に皺を浮かべて笑うティモはどんな薬で眠っているのか、または何をしたかなど聞きことはなく、私の言葉にただ頷いた。
下手に詮索してこないのはとてもありがたいから、今後もこんな関係を続けていければいいと心の底から願った。
それから領主の屋敷からそれ程遠くない場所に位置した私の家つくと、四人とは暫しの別れだ。
手に籠を持ち荷馬車から飛び降り、気をてけてと手を振る。それに答えるように四人も手を振り返し、スヴェンに至っては馬鹿なことはするなよと小言まで吐いていった。
まぁ、スヴェンとは会おうと思えばいつでも会えるのだから、そんな寂しくはないのが心情である。
「さて、気を引き締めてエリボリスさん家へ向かいましょう!」
ぱしんと頬を叩きつけて向かうの、私の家から目と鼻の先ほどの距離に位置した煉瓦造りのニコラ・エリボリス邸である。
煙突からもくもくと白い煙が出ているし、在宅だろう。
インターホンなんて洒落たものは扉になく私は軽く握った拳でトントンと扉を叩き、それからすぐ白髪混じりのおばあさんが顔を出した。
「あら、可愛いお客様だこと!」
「あれ、こちらはニコラ・エリボリスさんのお宅ですか? 男性だと聞いていたのですが」
聞き間違えかなと首をかしげるとおばあさんはクスリと笑い、そして大きな声で家の中へ向かって誰かを呼んだ。
「あなたー、お客様ですよー!」
「ええぃ、五月蝿い!」
おばあさんの声とほぼ同時に渋い声が響き、そしておばあさんの後ろからのそっと一人の男性が顔を出す。
白髪混じりの髪と髭。丸い眼鏡をかけた背の低めのおじいさん。
皺々の顔から祖父よりも歳をとっているだろうと推測できる。
「ーー全く五月蝿いったらありゃせん。 なんだ、小娘。何の用だ」
ぶっきらぼうに話しかけるその人がニコラ・エリボリスだと私は理解し頭を下げ、手に持っていた籠と引っ越し蕎麦ならぬ、引っ越しパウンドケーキを差し出した。
「お隣に引っ越してまいりましたリズエッタと申します。 今後、よろしくお願いします!」
最初が肝心とにこりと万遍の笑みを浮かべてみればおばあさんはまぁ可愛いと私の頭を撫で、ニコラはけっと唾を吐いた。
これが私と、私の師匠となるニコラ・エリボリスとの最初の出会いであった。
0
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
死んでないのに異世界に転生させられた
三日月コウヤ
ファンタジー
今村大河(いまむらたいが)は中学3年生になった日に神から丁寧な説明とチート能力を貰う…事はなく勝手な神の個人的な事情に巻き込まれて異世界へと行く羽目になった。しかし転生されて早々に死にかけて、与えられたスキルによっても苦労させられるのであった。
なんでも出来るスキル(確定で出来るとは言ってない)
*冒険者になるまでと本格的に冒険者活動を始めるまで、メインヒロインの登場などが結構後の方になります。それら含めて全体的にストーリーの進行速度がかなり遅いですがご了承ください。
*カクヨム、アルファポリスでも投降しております
憑依転生~手違いで死亡した私は、悪女の身体を乗っ取り聖女となる~
もっけさん
ファンタジー
同じホームに立っていただけで、同姓同名の男と間違えられて心臓発作で死亡した。
神様の不手際で死亡した為、寿命分を黄泉で過ごすか、試験運用で作った世界で生きるかの選択を迫られる。
特例課所長のイザナミと交渉した私は、ランダムで憑依先を選ぶ代わりに神様チケットを三枚手に入れる。
憑依した先は、悪女と名高いお姫様の身体で断罪の真っ最中だった。
学習型自立AIググル先生を頼りに、乱立する死亡フラグをへし折り自由気ままに生き足掻く物語である。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)
ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。
流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定!
剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。
せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!?
オマケに最後の最後にまたもや神様がミス!
世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に
なっちゃって!?
規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。
……路上生活、そろそろやめたいと思います。
異世界転生わくわくしてたけど
ちょっとだけ神様恨みそう。
脱路上生活!がしたかっただけなのに
なんで無双してるんだ私???
サモンブレイブ・クロニクル~無能扱いされた少年の異世界無双物語
イズミント(エセフォルネウス)
ファンタジー
高校2年の佐々木 暁斗は、クラスメイト達と共に異世界に召還される。
その目的は、魔王を倒す戦力として。
しかし、クラスメイトのみんなが勇者判定されるなかで、暁斗だけは勇者判定されず、無能とされる。
多くのクラスメイトにも見捨てられた暁斗は、唯一見捨てず助けてくれた女子生徒や、暁斗を介抱した魔女と共に異世界生活を送る。
その過程で、暁斗の潜在能力が発揮され、至るところで無双していくお話である。
*この作品はかつてノベルアップ+や小説家になろうに投稿したものの再々リメイクです。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる