62 / 149
厚かましく
しおりを挟む一人薄暗い荷台の中でうずくまり、脳裏に浮かんでは消える恐怖を耐え凌ぐ。
荷馬車の外では領主とスヴェンが会話をしているようだが、今の私の耳にそれは届く事はない。
愚かな行動をしてしまった故に一人の亜人を殺してしまい、そしてあたかも私は悪くないと、責任をティモに押し付けようとしたのだ。言葉には出さなかったけれど態度には出ていたかもしれない。
今一人で殻の中に閉じこもっていたい気分なのである。
それなのに空気を読もうとしないスヴェンはズカズカと暗い荷台の中へと入り、荷馬車は
他の誰かを御者にして進んでいく。
リズエッタ、と私の名を呼ぶスヴェンの声を無視し、じっと床だけを見つめた。
「おいこら、無視してんじゃねぇぞ」
両手で頭を掴まれ目を合わせられ、視線を逸らせばまたリズエッタと名を呼ばれ、此方を向けと言わんばかりに力の入った手は私の頬を強く叩いた。
ジンジンと痛みが湧き上がるなか何だよと小さく不機嫌な声を出せば、スヴェンは深くため息をつきその頭を振り上げる。まっすぐに私の額に振り下ろされた頭からは骨と骨とぶつかり合う音が耳の奥に鈍く響いた。
「何すんのさ!」
「クソ餓鬼がメソメソしてっから悪りぃんだろうが。 餓鬼は餓鬼らしく泣きゃいいものを我慢しやがってーー」
赤く染まった私の額を叩き、そして髪をぐしゃぐしゃと搔き乱す。
そしてまた深くため息を吐いたスヴェンは両手を伸ばし、ふんっと鼻を鳴らしたのだ。
その行為の意味をわからずに首を傾げるとスヴェンは呆れ顔で”来い”と、そう言った。
その行動と言葉でようやくスヴェンが何をしようとしているのか、私がどうすべきかを理解し、糸が切れたように溢れ落ちる大粒の涙とともにスヴェンの胸元へと飛び込んだ。
鼻をすする音と隠すことのできない嗚咽。
ポンポンと背中を叩かれる度に閉じ込めていた恐怖がふつふつと蘇る。
敵意を向けられた事はあった。
けれど殺意を向けられた事はなかった。
襲いかかる殺意に対処する術もなくむざむざと殺されかけ、そしてそれに素早く対処したティモにさえ恐れを抱いたのだ。
動物を狩るように魔獣を狩るように戸惑いも疑問も感じることもなく、躊躇なく亜人を殺したティモに対して何故と問いかけたくなるほど、私の頭は平和ボケしている。
当たり前のように向けられる殺意と当たり前のように行われた行為に恐怖し、全てが恐ろしく感じたのだ。
この世界が私の知る世界とは異なっていることを理解してしていても、こんな事が起きるまで心は割り切ってはいなかっだ、私は。
声にならない泣き声をあげ、ぎゅっとスヴェンの上着を握れば何も言わずにスヴェンは背中を撫で、私は安心して泣き叫んだ。
「ーーーー怖かったよぉ」
怖かった、怖かった。
怖い怖い怖いーー。
何度も何度も繰り返し恐怖を叫び、ただただスヴェンに縋りついて大声で泣き叫んだ。
久しぶりに出した涙は時より骨ばった厳つい指に拭われ、そしてその指でその手で、ポンポンとリズムよくスヴェンは私の背中を叩く。何も言わず何も聞かず、それが当たり前であるように私を抱きとめ、私はその暖かな体温とトクントクンと脈打つ鼓動を聴きながらゆっくりと目を閉じていた。
次に目を覚ました時にはあたりは薄暗く、目の前にあったのは見知らぬ天井だった。
どうやら私は泣き疲れて眠ってしまったらしい。
周りを見渡すと私の寝ているベッドの他には木でできたテーブルと椅子があるのみ。よく耳を澄ませば扉の外からは多数の笑い声や話し声が聞こえてくる。
ここは多分、宿屋なのだろう。
そう思いながら重いまぶたを擦るとヒリヒリと痛み、真っ赤に腫れているのだろうと想像できた。
精神的には大人だからかほんの少しの羞恥心もあるも、私はのそのそと部屋から出て階段を真っ直ぐに降りていく。
するとそこにはよく知った顔があり、あからさまに一席だけ空いている。
気恥ずかしさを隠しながらそっと席に着けばニヤニヤとスヴェンは笑い、他の三人は心配そうにこちらを見ていた。
「よーく寝たなぁ。 腹減ってんなら飯はあるぞ?」
ほれと差し出されたのは三つ目の焼き魚で、
見た目は私が食べられる代物だ。鼻を近づけ匂いを確認すれば特に変わった匂いはなく、逆に香ばしい、美味しそうな匂いがする。用意させれたフォークで身をほぐしパクリと頬張れば白身魚の淡白な味わいと、上質な脂の旨味がジワリと舌先で踊った。
「ーーおいしぃ」
パクリパクリと食べ進める私の頭をスヴェンはぐしゃりと撫で回し、ティモは安心したように一息ついた。
その様子を横目で見ていた私は元気になりましたよとへにゃりと締まりのない顔で笑ってみせ、グゥと鳴り響く腹の虫を黙らせにかかったのである。
その他にテーブルに用意されていたのは見知らぬ焼き串と果物、色味の薄いスープとお酒。
お酒は飲めないので代わりに水をもらい、次に焼き串へと手を伸ばす。
それは私のよく知る海老のようなものや小魚がそのまま突き刺さったもの、渦巻きがかる貝の中身を刺したものなど海の幸や何かの肉など様々だ。
試しに海老を一つ食べてみればよく知った海老そのもので、特に不味くもない。むしろ美味い。
「美味しい! 流石海だね!」
むしろ、変な味付けをしない家主に感謝したい。
「ーー散々泣いたくせによく食うもんだ」
「よく食うよー。 食べることは生きること、心も体も豊かにすることだからね。 それはつまり食育!」
食べて元気出すよと笑えば呆れたようにスヴェンも笑い、カールはじゃあ食いまくるかと豪快に笑う。
クヌートはなるべく味の付いてない料理を注文していき、ティモはジョッキの酒を飲み干した。
四人の安堵した顔を見て笑顔見て、少なからず心配させたのだろうとほんの少しの反省をした。
だからと言って私はめげない。
私は私のために生きて幸せを味わって死ぬ予定なのだ。
予定調和を崩さぬようにビビりながらも慎ましく、否、図々しく厚かましく生きていこう。
この世界でそれが当たり前ならば、私もそれに染まればいいのだから。
0
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
異世界でスキルを奪います ~技能奪取は最強のチート~
星天
ファンタジー
幼馴染を庇って死んでしまった翔。でも、それは神様のミスだった!
創造神という女の子から交渉を受ける。そして、二つの【特殊技能】を貰って、異世界に飛び立つ。
『創り出す力』と『奪う力』を持って、異世界で技能を奪って、どんどん強くなっていく
はたして、翔は異世界でうまくやっていけるのだろうか!!!
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜
ハマハマ
ファンタジー
ファンタジー×お侍×父と子の物語。
戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。
そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。
「この父に任せておけ」
そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。
※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる