17 / 149
獣人と干し飯
しおりを挟む手持ちの水筒(とはいっても獣の胃で作ってあるものだが)に塩と砂糖を入れ、じゃかじゃか振りまわす。
そうすれば簡易ポカリの完成だ。
布に簡易ポカリを染み込ませ、荷台の中で横たわる獣人の口元にしゃぶらせる。こんなに弱っていたら普通に飲むこともできないだろうという私の考慮だ。
体は毛皮で覆われているが痩せ細って見えるし、両手足の鎖がある場所は毛が禿げ肉が変色し血も出ている。頭の上にある耳も引きちぎられたような怪我があり、見ているだけで痛々しい。よく見れば手の向きがおかしいし、折れているのかもしれない。
目に光のない彼に何度も何度もポカリを吸わせ、一息ついた頃には月が出ていた。
今まで遠巻きで私を見ていたスヴェンはそろそろ宿へ戻れと私を外へ連れ出す。
残念な事に宿の室内に異臭を放つ彼など入れられず、仕方なしに馬小屋を借りたのだ。
「あんな奴持って帰ってもおやっさんに叱られっぞ」
「お爺ちゃんはそんなことしませーん。ご飯で釣りまーす」
祖父に叱られる可能性は捨てきれない。
けれども祖父はご飯に釣られるというか、多分私の行動について文句は言わないだろうとふんでいる。
神を信じているからか、私を信じているかは定かではないが、祖父は私がしたい事はさせてくれるだろう。
「今日の夕ご飯はどうするの? まっずいのは嫌なんだけど」
「……我慢しろ」
「無理」
不味い飯を食べるくらいならば私は別の物を食べる。
宿の女将さんからマグカップを借り、万が一のために持ってきた乾飯を取り出しそこに入れる。それは何だと言う顔をするスヴェンにお湯を出して欲しいお願いすれば、長たらしく、恥ずかしい呪文を唱えマグカップには湯気の立つお湯が注がれた。
「んで、これは何だ?」
「米」
「コメ?」
この国ではパンが主食だ。
だがしかし! 庭では米がとれるのだ。毎日炊いて、卵かけご飯にし、チャーハンもどきにして、オムライスもどきにして、余ったら乾飯にする。
勿体無い精神で作っては見たが食べる機会があまりなく、今回街まで行くのに試しに持ってきたのだ。
ダンジョンへ向かう時も野宿し夕ご飯を用意しなくてはいけない事はあったが、そこはスヴェンに任せてパンとジャーキーを食べていたし、スヴェンからみれば初めての食べ物だろう。
水で戻すと一時間ほど掛かるが、お湯ならそれより早い。
これも決して美味しいものではないが、腐ったような肉と萎びた野菜を食べるよりマシだ。
それでも流石に味がないのは嫌なので、小さく千切ったジャーキーを入れグルグル回しふやかす。
ふやけたところでスプーンで掬い、パクリと口にすればジャーキーに染み込んだ醤油とニンニク、ハーブの味がスープになっていてそこそこ美味しい。
「そだ! 胡椒も入れよう!」
小さな麻袋から出した細々にした胡椒を振りかけると、これまた食欲をそそるいい香りがし、ぐぅとスヴェンのお腹が鳴いた。
「食べたいならあげるから、マグカップ貸してもらってきなよ」
「嗚呼そうする」
返事も半ばに部屋を出行き、戻ったスヴェンの手には私のマグカップより大きなものが握られている。
セコイ事するねと笑いながら声をかけると大人だから食う量が違うと真面目に返された。
「火の精、水の精よ! 我に力を与え、ここに暖かな恵みをあらわしたまえ!」
そんなこっぱずかしい呪文とともにマグカップにはお湯が満たされ、私はそこに乾飯とジャーキーを入れる。
こんなおっさんが厨二病的な呪文を言うなんて誰が想像しただろうか。
ある意味私は魔法が使えなくてよかったとも思う。
スヴェンの分のもグルグルとスプーン混ぜあわせ、最後にちょびっとの胡椒を入れ少し時間をおけば、ハイ完成。
馬小屋で寝ている彼にも乾飯を戻したやつを家に帰るまで与えよう。
弱った胃にはちょうどいいだろう。
二人でベッドの縁に腰をかけ会話もなく食べ続け、それでも物足りなかったらジャーキーやドライフルーツを食べる。
余談だが、大量に持ってきたジャーキーは半分ほど売れ残っており私達が食べても問題ない。帰りにもダンジョンによって売ってから帰ろうと思っていだが、彼が死んでは元もないので真っ直ぐ帰路につくことになっている。
家に帰るまでにいくばか回復してくれればいいのだが、今の状態では何とも言えないだろう。
翌る日の日が昇りきっていない時間に私達は宿を出発し、家まで急いだ。
ガタガタと揺れる荷台の中、衰弱しきっている彼にポカリを飲ませ、お湯で戻した乾飯を少しづつ口へ運ぶ。
半開きになりゼェゼェと肩で息をする彼には申し訳ないが、なかば無理矢理口の中に突っ込んだと言っても過言じゃないだろう。
咀嚼することもままならない彼にとってはドライフルーツを与える事は出来ないし、家に帰っても当分はおかゆの方が良さそうだ。
「リズ、ちょっと来い」
「なにー?」
馬を操るスヴェンの真横に移動して何か用と聞くと、お前はアレをどうしたいんだと昨日から何度も言われている言葉を言う。スヴェンの目はどこか心配しているように見えるし、あらぬ疑いをされても困る。
ここは正直に話した方がいいのだろうと判断した。
「街に一定量の塩とか卸すなら人数欲しいじゃん。だから回復すればいい労働力かと」
「回復しなかったらどうすんだ」
「それを今、”試してる”」
庭で採れたコメと塩。砂糖に醤油に香辛料各種。
それを使ったものを今の彼に飲み食いさせているのだ。怪我の具合は見た感じではかなり酷いが、それでも三日で完治するのか。はたまた完治せず多少治るくらいなのか。
「私、ポーションいらずなんでしょ? でもそれが保存食でなるかは分からないか実験中。 それと第一にモフモフしたいから生かしたい」
助けたいではなく、生かしたい。
自分で言うのも何だが何ともまあ、腐りきった性格だ事。
「お前、何つーかひでぇな」
実験はねぇよと苦笑いするスヴェンに、自分を知る事は大事なのだよ返し、だから邪魔しないでねと釘をさす。
「労働力増えたら魚を捕まえて、養殖して川魚でだし汁つくるんだー! そしてベーコンもハムもいっぱい作って食を更にゆたかに!」
私が目指す食文化は20世紀の日本。
アルノーと祖父に美味しいものをたらふく食べさせて、幸せな人生を送るのが目標である。
その為ならば非道行為もおこなってやるさ。
0
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜
ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。
年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。
そんな彼女の癒しは3匹のペット達。
シベリアンハスキーのコロ。
カナリアのカナ。
キバラガメのキィ。
犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。
ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。
挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。
アイラもペット達も焼け死んでしまう。
それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。
何故かペット達がチートな力を持って…。
アイラは只の幼女になって…。
そんな彼女達のほのぼの異世界生活。
テイマー物 第3弾。
カクヨムでも公開中。
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる