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夜の訪問者*
しおりを挟む*少しだけキスシーンあります。
ーーーーーーーーーーーー
「兄の裸見た事ある?」
「は、はは裸?」
夜の訪問者の言葉に俺は絶句した。
◇◇◇◇
「ここは家の者は寄り付かないから」
不審者だと思って、と彼は素直に謝った。朝食の時間にここには誰も居ないだろうと。それなのに大勢の人の気配がして驚いたそうで。誰か確かめる事もなく怒鳴りつけてしまったんだとか。
イヴ・ジュード=アームストロング。
「弟だ」
弟が居るのなんて聞いてない、というのは言わない方がいいんだろう。
黒髪に青い瞳。瞳の色は母上譲りだそうだ。そこを除けば兄弟はとてもよく似ていた。リロイの瞳を青くして若くしたらイヴくんになりそう。
父上は領地で仕事があるので一緒ではなかったが、母上は社交のアレコレ、イヴくん自身は就学中なので、爆弾騒ぎが一応の収束を見せたので共に帰って来たという事。俺たちは温室に居たので気付かなかった。
もしかして何か色々抉れてる?
改めて、御母堂と共に紹介を受けた後、夜一人で部屋にいるところに弟くんの訪問を受けた。向かい合わせにソファに落ち着く。
そして開口一番とんでもない質問を受ける。
◇◇◇◇
「兄の裸見た事ある?」
「は、はは裸?」
噛んでしまった。
「そういう関係ではまだ……」
まだって何だ、まだって。言ってる内に声が小さくなる。顔も熱いので真っ赤だろう。
イヴも真っ赤になる。その様子を見るといやらしい意味で聞いたわけではないと分かるが、今俺たちはいやらしい想像しかしてない。
「いや! 違う!!
火傷の痕がないか訊きたくて……」
大きな声で否定したが声も小さくなって。
「イヴくんも拗らせてるね」
妖精の森の屋敷で母上のしでかした事を言ってるんだろう。
母上が罪悪感から拗らせてるのの煽りを受けて同じ様に拗らせてるんだろうとは思うんだけど。
「兄ちゃんに直接訊いちゃえば」
そこまで言って気付いた。
「ああ、俺も他人のこと言えない」
俺は言いたい事言えずに異世界に来てしまって本当に後悔したんだ。
「?」
隠す様なことでもないし隠しても正しく伝わらないので俺はイヴくんにヒヨリの事ぶっちゃけた。もう全部済んだ事なので聞いたとしても彼の重荷にもなるまい。誰にも秘密にしてないし。
「教えてくれる人居ない?」
兄貴の事だ。
皆んな気を遣ってるんだろうな。でも全く知らされないのは、逆に妄想逞しくなってどんどんおかしな方向にいっちゃうよな。
「あの、多分だけど、リロイは小さい頃の事あんまり気には病んでないと思うよ」
他人に何が分かると言い返されると思ったが、イヴくんは、
「そう」
俯いて呟いた。
そんな事は分かってるんだろうなぁ。
何が問題?
「俺、兄弟居ないし。まあ、ヒヨリは兄弟みたいなもんだけど」
でも、体にある傷の事とか知らないって相当仲悪い?
「母がね、私に後を継がせたがってるんだ」
声を絞り出す様にイヴは話し始めた。
「兄は嫡男だし、それを差し引いても兄の方が優秀なのは明らかなんだ。私は兄のサポートするのに吝かでないし、その方が嬉しい位なんだが……。
昔の話聞いてるだろ。そんな事があったんなら余計に、兄にすまないという気持ちが湧いてきそうなもんなんだが、母は逆に自分が酷い状態だったのは兄のせいで、酷いことしたのは兄がそうさせたと言うんだ」
罪悪感に堪えられないというか。
「手元に置いておいた子供の方が可愛いんじゃないのか」
戦国大名によくある話だなあ。大概返り討ちに遭うやつ。
それよりも。
「あのさ。イヴは俺がリロイとそういう関係だと思ってるの?」
「違うの? 皆んなそう言ってるけど」
決定してるのか? もう決定事項なのか?
また頬に朱がのぼってるのを自覚しながら、断られたけど、飲み物用意した方がいいのかな? 俺の為に。
一人でぐるぐるし出した時、扉が開いた。
「違わない」
当のご本人登場に俺は固まってしまった。
固まってる内にリロイは俺の隣に座る。
違わないと言った事はスルーして彼は言う。
「火傷の痕はない。母上に対しても蟠りはない。
その上で、提案というか、これはお願いなんだが」
彼は弟の顔をじっと見ている。もしかしたらこんなに見るの初めてなのかな。恋人云々はスルーしてくれたので、俺は呑気な事を考えていた。
「公爵家は、イヴ。お前が継いでくれないか?」
リロイは驚くイヴくんに、じっくり考えてくれと言って、そのまま帰した。イヴくんも何か言いたそうだったが、俺を見て帰ってしまった。何でかなあ? もしかして恋人同士を邪魔しちゃ悪いと思ったのかな……。
覚悟が決まらないうちにどんどん囲い込まれていく。
「火傷の痕、本当にないの?」
訊くとリロイは見たいか?
色っぽい顔で言ってくる。
「あるの?」
「いや」
笑いながら答える。
「あの火事で痕の残る様な傷を負った者はない」
「お母さんに対しても?」
「いや、そういうのはない。子供の頃の事は良く覚えてないし。母はあるのかも知れないが」
「じゃあ、何で? イヴくんの事とか今日帰って来るとか黙ってたんだ?」
「イヴに興味を持つかと思って」
横顔で言う。
嫉妬?
貴族の御令息なのに自己肯定感低いよな、リロイって。
手を伸ばして顔を挟みこちらを向かせ、唇を重ねる。
夜だから。
「お前はとんでもないな」
リロイは苦笑混じりに言う。
「あそこは聖域だったんだ」
「温室? 入って拙かったかな。扉開いてたら入っても良いって聞いたから」
「まあ、入っても良いんだが。祖母の造ったもので祖父はとりわけ大事にしてるから、皆気を遣って寄り付かないんだ。だから食事などした事がない」
快挙だって頭撫でられたのはそのせいか。
「知らなかったから。逆に良かったのかも。気を遣われるのってかえってしんどいし」
「そうなんだろうな」
俺の髪を撫でながら、今度は彼から口付けてくる。
リロイの深い紫の瞳は虹彩のモザイクがキラキラ瞬いてる。
その瞳を見ながら俺たちは今までで一番長いキスを交わした。
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