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招かれざる客

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「客の様だな。悪いが少し隠れててくれ」
 ゾフィーは会話の途中で店の表に目をやると、俺たちは強制移動させられていた。
 いきなり目の前の風景が変わって眩暈を覚える。
 俺たちは、さっき居た所から少しズレた。
 壁のこっちに居た。
 壁に見えていたものは今は透明の幕になって俺たちと向こうを隔てている。
 誰かが勢い込んで入って来たが、こちらに注意を向けなかった。

「こっち見えない?!」
「マジックミラーだ!」
「取調室だよ」
 ゾフィーの度重なる魔法に俺とライトは盛り上がる。
「守秘義務とか良いのかな」
 ヒヨリが呟く。
 リロイが小柄な身なりの良い婦人を見て言った。
「リズベスト伯爵夫人」
 こちら側の声は聞こえないみたいだ。都合の良い事に。


 占いの部屋は、客用の椅子は一つになっている。やって来た客は躊躇う事なくその椅子に座った。慣れている。
『これ見ていただきたいの』
 声も水の中を通った様に聞こえる。
 挨拶もなく鞄から何かを取り出す。あれは。
「魔法陣?」
「本当に出回ってるんですね」
「同じ物だとは限らんが」
「違法な物だとも分かりませんが」
 リロイとキールは言ったが夫人のこの慌てっぷりは。

『この紋様は初めて見ますね』
 ゾフィーは魔法陣に手を翳す。
『……多分何か呼び寄せる』
 リズベスト伯爵夫人はもう一枚紙を取り出す。
『この呪文を唱えろと言われて』
『ああ、新月から満月に掛けてですね。どうでした? もう試してみました?』
 何か知っている風なゾフィーに夫人はホッとした顔をした。
『二回試したけど何も起こらなかったわ。殆ど朝から晩まで部屋に籠って唱えたのに。家人に変に思われたわ』
 クライヴさんと時期も一致する。
『ああ、やはり眉唾ものでしたか』
 ゾフィーは呆れた様な表情をわざと見せつける様に言う。
『まあ、やはりという事は……』
 夫人は落胆した、でもホッとした表情になる。お仲間がいて気が楽になったんだろう。大金叩いたとしても、裕福そうだ。お金はどうでもいいんだろう。
『これは知り合いの話で洩らすのは本来なら憚られるのですが』
 さも貴女は特別ですよ、そう取られる様にゾフィーは続ける。
『いえ、お得意様のお知り合いが騙された様でしてね』
『まあ、これと同じものですの?』
 そこで止まる。俺たちも壁のこちら側で息を呑んだ。さっき初めて見るって言ったな、姉さん。ここでそれは燃えたと言ったら不信に思われないか? 夫人のは燃えずに残ってクライヴさんのは燃えた。違いはそれだけだろうか?
『本人には内緒の相談という事だったので』
 苦しくない?
 こちらの心配を他所に、夫人は何も思わなかったらしく。
『騙されたのが恥ずかしかったのかしら』
 なるほど。夫人は騙されたのが恥ずかしいんですね。
『売り付けた人間は分かっていますから』
 夫人に疑問を差し挟む余裕を与えず、魔女は続ける。
『召喚の魔術式だと大ボラ吹いた様ですね。召喚は違法なのに』
 “違法”という言葉に夫人は心なしか青くなった。
『騙されていたとしても、本物だと信じて購入したとなると……。まあ、人やら魔物やらじゃないと、それ程大事にはなりませんから。しかし個人でやったとしても家格のある様な方ですと』
 ゾフィーはそこで言葉を切った。
『わたくし、騙されたんですの!』
 夫人は今度は真っ赤になった。
『言葉巧みに! 今日もやっと出て来れたんですのよ! 最近の騒ぎの上に王太子殿下の飛行船もあんな事になりましたでしょ。なかなか家から出して貰えなくて』
 泣きそうになってるな。大丈夫か。かなり情緒不安定なんじゃ。
『これは私がお預かりしておきましょうか? これを売り付けた人間が私の推測通りの人物だとすると、彼女は守秘義務というものを持ち合わせていませんので、当局の追求に何の抵抗もなく依頼主を売る可能性があります。ですが現物が無ければ手出しできませんから。どれだけ出回っているのかわかりませんので、お上が事件に気付いているのかも怪しいですが』
 ゾフィーの悪党。今の絶対親切心じゃないだろ。
『お願いしても良いかしら?!』
 夫人はその言葉に飛び付き、そのまま帰ってしまった。
 誰かに押し付けたかったと思われる。やっと出れたと言ってたから早く帰りたかったのもあるんだろうな。

 夫人が帰って部屋はまた元に戻った。
「未来のテーマパークだ」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ」
「ライト! お前だって楽しいだろ? そうだろ? そう言え!」
 ライトのほっぺをぐににに、っと横に伸ばす。
「若い子はやらかいな」
「二つしか違わないじゃん!」
 ライトも俺のほっぺをぐにににに、っと引き伸ばす。
 冷めた紅茶は温かいものと取り換えられていた。
「何が欲しかったのか訊くの忘れた」
 ゾフィーが己の失態に凹む。
 お金に余裕ありゃ、大概の物は手に入るだろうに。
「リズベスト伯爵に子供は居ただろう」
 貴族で既婚者となれば悩みは限られて来るよね。
「ああ、夫人との間に二人。今、高等学校だろう。悪い噂は聞かないな」

 彼女は一体、何が欲しかったんだろう?





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