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急患を救え!(前編)
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「二人とも起きてるかー?そろそろ準備しろよ」
「…まだ眠い」
炬燵の中からいかにも眠そうな声が返事をした。
妖は夜に活動的になるものが多い。中でも、魔物や悪霊と言われる類のものは、特にだ。
だから、うちの診療所は基本的に朝から日暮れごろまでを診療時間として設けていた。弱った妖が、うちにくる途中で魔物などに襲われないようにするためである。
ゴンは『猫又』なので、言わずもがな妖なのだが、特に夜行性というわけでもないらしい。猫が「寝る子」という語源をもつと言われるだけあって、昼でも夜でも暇があれば、そこら辺で寝転がっていることが常だった。きっとゴンは妖より、むしろ猫の器質の方が勝っているのだろう。
「私はもう準備万端よ!ほら、ゴンもちゃんと朝ご飯食べないと!力でないよ⁉」
楓はゴンと違って早起きだった。そしていつも朝から元気いっぱいである。
「俺、朝は食べない派なんだってば」
ゴンの煩わしそうな声を背中で聞きながら、俺は二人より先に診療所に向かった。天界と下界を隔てる扉を開いて診療所に入ると、診療所の窓から見える空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
表の掃き掃除を終え、診察道具などの確認をしていると、楓がニボシの袋を抱えたゴンを家から引きずってきた。
まだ眠そうな目のゴンに、ストーブの火を点けてもらい湯を沸かす。
「さぁ、香嘉《かか》を飲んでシャキッとしたら、診療所開けるぞ」
『香嘉《かか》』とは、複数の香辛料を混ぜ合わせた、白茶色の飲み物で、朝に飲むと良い目覚ましになるのだ。毎朝ストーブで沸かした湯でこの『香嘉《かか》』を淹れて二人に出してやるのが、最近の日課になっていた。
いつも楓はそれに黒砂糖を入れ飲み、ゴンはそのままストレートで飲む。
「ああ、どうか今日は診療所が落ち着いていますように!」
ゴンは『香嘉』の入った湯呑みに向かって手を合わせながらそう唱えたあと、一気にそれを飲み干した。
ゴンは診療所では、主に番台に座って受付と会計をしてくれているが、時々診察の手伝いをしてくれることもある。楓は臨機応変に患者の誘導や、俺の診察の補助、簡単な薬の調合なんかをしてくれていた。
ちりん、ちりん
本日、最初の患者として診療所にやって来たのは『のっぺらぼう』だ。そして診療所が開くなり駆け込んできた彼がここに来た理由は、聞くまでもなく一目瞭然だった。
なぜなら『のっぺらぼう』の全面皮膚に覆われた顔面は、真っ赤に爛れ、今にも破裂しそうな出来物が無数にできていたからだ。
「先生、とにかく顔が痒くてたまらないんです。何とかなりませんか」
『のっぺらぼう』は今にも掻きむしってしまいそうになるのを、必死に抑えている様子で訴えた。
「これは酷いなぁ。何か原因として思い当たるものはないですか?普段食べない物を食べたとか」
もし、何か『呪い』を受けたのなら、『呪い』特有の臭いがするはずなのだが、この『のっぺらぼう』からは『呪い』の臭いはしていなかった。
「普段食べない物、ですか…昨日宴会で『酒の神様』が作ったとかいう珍しい酒を頂きました。びっくりするほど上手い酒でしたけど、顔の爛れと関係あります?」
「なるほど、神様が作った酒を飲んだんですね。だとしたら、その酒の強い『神力』に身体がまけてしまったんだと思います。そうしたら、この『炭粉』を水に溶かして、顔の腫れが引くまで毎日飲んでください」
「え?炭を飲むんですか?」
『のっぺらぼう』は怪訝そうな顔…ではなく、調子の声で言った。
「この『炭粉』はただの炭じゃなくて、神力や妖力を吸着する術がかけてあるんですよ。色は真っ黒だけど、飲んでも害はないから安心して」
『のっぺらぼう』はまだ少し不安そうだったが、俺の説明で一応は納得したらしく、用意した『炭粉』を受け取って帰って行った。
「二番の方どうぞー!」
次に診察室に入って来たのは、いつも来る山姥だった。
「ひひひ。あんたら、そろそろ付き合い始めたか?そうだろ?実はもう良い仲なんだろぅ~。お姉さんに教えてごらんな」
そう、この『山姥』はいつも大した用もないのに診療所にやってきては、こうやって毎回同じネタで俺と楓をからかうのだ。今日はまだいいが、忙しい時にこれをやられると、さすがにイラっとする。それに俺はどちらかというと、こういった話題でからかわれるのが苦手なのだ。
「おばあちゃんは、まだ良い人できないの?」
うんざりしている俺に変わって楓が山姥に切り返した。
「いやぁ駄目駄目。最近の若い男は根性なしばかりさ。あたしの魅力に正面から立ち向えるやつはそういないね。ところで、あの番台に座っている猫は、今誰か相手はいるのかい?あの子は中々…見どころがありそうだ」
そう言って山姥は不気味に微笑んだ。
ゴンはいつも眠そうな半開きの目をしているといっても、元は綺麗な顔立ちをしている。だからか女性の患者から時々声をかけられることもあるようで、特に婆《ばばあ》の妖たちの中には、わざわざゴンに会いに来る者もいるくらいだった。
「婆さん、そんなことは直接本人に聞いてくれよ。一体、今日は何の用で来たんだ。どこも悪くないなら、もう次の患者を呼ぶぞ?」
「おっと、ちょっと世間話をしていただけさね。今日は腰が痛いんだ。痛みを取ってくれ」
俺は『山姥』に、書き溜めてある『鎮痛の護符』を渡した。そして、まだペラペラと話し続ける『山姥』の肩を掴んでくるりと反転させると、そのまま診察室の外に押しやった。
その時、番台の方をちらりと見ると、噂のゴンは涼しい顔をして、番台の下でこっそり漫画を読んでいる最中だった。
何でこんなだらしない奴のことを、女性たちはこぞって好ましく思うんだろう。まったく、これだから顔がいいやつはズルい。俺なんか女性に声をかけられることなんて…ない!
そして、俺が半分腹いせに、ゴンが読んでいる漫画を没収しようとしたとき、診療所の表から急に騒がしい声が聞こえてきた…。
「…まだ眠い」
炬燵の中からいかにも眠そうな声が返事をした。
妖は夜に活動的になるものが多い。中でも、魔物や悪霊と言われる類のものは、特にだ。
だから、うちの診療所は基本的に朝から日暮れごろまでを診療時間として設けていた。弱った妖が、うちにくる途中で魔物などに襲われないようにするためである。
ゴンは『猫又』なので、言わずもがな妖なのだが、特に夜行性というわけでもないらしい。猫が「寝る子」という語源をもつと言われるだけあって、昼でも夜でも暇があれば、そこら辺で寝転がっていることが常だった。きっとゴンは妖より、むしろ猫の器質の方が勝っているのだろう。
「私はもう準備万端よ!ほら、ゴンもちゃんと朝ご飯食べないと!力でないよ⁉」
楓はゴンと違って早起きだった。そしていつも朝から元気いっぱいである。
「俺、朝は食べない派なんだってば」
ゴンの煩わしそうな声を背中で聞きながら、俺は二人より先に診療所に向かった。天界と下界を隔てる扉を開いて診療所に入ると、診療所の窓から見える空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
表の掃き掃除を終え、診察道具などの確認をしていると、楓がニボシの袋を抱えたゴンを家から引きずってきた。
まだ眠そうな目のゴンに、ストーブの火を点けてもらい湯を沸かす。
「さぁ、香嘉《かか》を飲んでシャキッとしたら、診療所開けるぞ」
『香嘉《かか》』とは、複数の香辛料を混ぜ合わせた、白茶色の飲み物で、朝に飲むと良い目覚ましになるのだ。毎朝ストーブで沸かした湯でこの『香嘉《かか》』を淹れて二人に出してやるのが、最近の日課になっていた。
いつも楓はそれに黒砂糖を入れ飲み、ゴンはそのままストレートで飲む。
「ああ、どうか今日は診療所が落ち着いていますように!」
ゴンは『香嘉』の入った湯呑みに向かって手を合わせながらそう唱えたあと、一気にそれを飲み干した。
ゴンは診療所では、主に番台に座って受付と会計をしてくれているが、時々診察の手伝いをしてくれることもある。楓は臨機応変に患者の誘導や、俺の診察の補助、簡単な薬の調合なんかをしてくれていた。
ちりん、ちりん
本日、最初の患者として診療所にやって来たのは『のっぺらぼう』だ。そして診療所が開くなり駆け込んできた彼がここに来た理由は、聞くまでもなく一目瞭然だった。
なぜなら『のっぺらぼう』の全面皮膚に覆われた顔面は、真っ赤に爛れ、今にも破裂しそうな出来物が無数にできていたからだ。
「先生、とにかく顔が痒くてたまらないんです。何とかなりませんか」
『のっぺらぼう』は今にも掻きむしってしまいそうになるのを、必死に抑えている様子で訴えた。
「これは酷いなぁ。何か原因として思い当たるものはないですか?普段食べない物を食べたとか」
もし、何か『呪い』を受けたのなら、『呪い』特有の臭いがするはずなのだが、この『のっぺらぼう』からは『呪い』の臭いはしていなかった。
「普段食べない物、ですか…昨日宴会で『酒の神様』が作ったとかいう珍しい酒を頂きました。びっくりするほど上手い酒でしたけど、顔の爛れと関係あります?」
「なるほど、神様が作った酒を飲んだんですね。だとしたら、その酒の強い『神力』に身体がまけてしまったんだと思います。そうしたら、この『炭粉』を水に溶かして、顔の腫れが引くまで毎日飲んでください」
「え?炭を飲むんですか?」
『のっぺらぼう』は怪訝そうな顔…ではなく、調子の声で言った。
「この『炭粉』はただの炭じゃなくて、神力や妖力を吸着する術がかけてあるんですよ。色は真っ黒だけど、飲んでも害はないから安心して」
『のっぺらぼう』はまだ少し不安そうだったが、俺の説明で一応は納得したらしく、用意した『炭粉』を受け取って帰って行った。
「二番の方どうぞー!」
次に診察室に入って来たのは、いつも来る山姥だった。
「ひひひ。あんたら、そろそろ付き合い始めたか?そうだろ?実はもう良い仲なんだろぅ~。お姉さんに教えてごらんな」
そう、この『山姥』はいつも大した用もないのに診療所にやってきては、こうやって毎回同じネタで俺と楓をからかうのだ。今日はまだいいが、忙しい時にこれをやられると、さすがにイラっとする。それに俺はどちらかというと、こういった話題でからかわれるのが苦手なのだ。
「おばあちゃんは、まだ良い人できないの?」
うんざりしている俺に変わって楓が山姥に切り返した。
「いやぁ駄目駄目。最近の若い男は根性なしばかりさ。あたしの魅力に正面から立ち向えるやつはそういないね。ところで、あの番台に座っている猫は、今誰か相手はいるのかい?あの子は中々…見どころがありそうだ」
そう言って山姥は不気味に微笑んだ。
ゴンはいつも眠そうな半開きの目をしているといっても、元は綺麗な顔立ちをしている。だからか女性の患者から時々声をかけられることもあるようで、特に婆《ばばあ》の妖たちの中には、わざわざゴンに会いに来る者もいるくらいだった。
「婆さん、そんなことは直接本人に聞いてくれよ。一体、今日は何の用で来たんだ。どこも悪くないなら、もう次の患者を呼ぶぞ?」
「おっと、ちょっと世間話をしていただけさね。今日は腰が痛いんだ。痛みを取ってくれ」
俺は『山姥』に、書き溜めてある『鎮痛の護符』を渡した。そして、まだペラペラと話し続ける『山姥』の肩を掴んでくるりと反転させると、そのまま診察室の外に押しやった。
その時、番台の方をちらりと見ると、噂のゴンは涼しい顔をして、番台の下でこっそり漫画を読んでいる最中だった。
何でこんなだらしない奴のことを、女性たちはこぞって好ましく思うんだろう。まったく、これだから顔がいいやつはズルい。俺なんか女性に声をかけられることなんて…ない!
そして、俺が半分腹いせに、ゴンが読んでいる漫画を没収しようとしたとき、診療所の表から急に騒がしい声が聞こえてきた…。
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