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最終章
158 誘拐5
しおりを挟む「…光ってる…」
ぐったりするロザリーを抱き締めていたレティシアは、指輪がポウッと光を放つのを目にしてハッとする。
(契約した時に見た光と同じだ…ちゃんと願いが届いた?!)
“神聖なる石”の青白い月光のような輝きはあっという間に暗がりを明るく照らし、箱いっぱいに広がってレティシアとロザリーを包み込む。
神秘的な空間の中を、チカチカと小さな光の粒が点滅しながら舞っては降り注いでくる様子に、レティシアは何度も瞬きをした。
「もしかして…これも浄化?…あの毒花の匂いを消して、ロザリーを助けてくれているのね」
花の苗に視線を向けると、花弁が萎んで頭を垂れ、みるみる枯れていくではないか…と同時に、ロザリーの呼吸が穏やかになっていくのがはっきりと分かる。
レティシアは、ロザリーの乱れた前髪を丁寧に整えた。
(…よかった…ロザリー…本当によかったぁ…)
これこそ、偉大な聖力を持つ古代の遺物の為せる業。
サオリ曰く、銀の指輪は契約者であるレティシアとの親和性が高く相性ピッタリだという。
強力過ぎて持て余していた品には違いないが、加護に守られているお陰で契約が可能となった魔力なしのレティシアにとって、この指輪は最高の贈り物。
(私の想いに応えてくれて、心から感謝いたします)
レティシアがホッと安堵の息を漏らし、畏敬の念を込めて優しく指輪を撫でると…触れた部分がじんわり熱く感じる。
不思議に思ってよく見ようとしたところで、浄化の役目を終えた光が石に吸い込まれ消えていく。
「…あぁ…また暗くなっちゃう…」
♢
「殿下、心配してるよね…こんなことになるだなんて。ルークも…ルークは、ロザリーを探してるに違いないわ。今ごろお邸や王宮で騒ぎになっているはず…皆さんに迷惑をかけて、どうしよう。
サオリさんはザックさんと親しかったし…あ、今日は殿下の大事な儀式の日なのに…これじゃ秘書官失格…」
レティシアは毒花の危機から脱したロザリーを抱えたまま、心の内をとめどなく口に出していた。闇黒に呑まれるのを防ごうとするあまり、意図せず口数が…もとい、独り言が多くなっている。
…と、荷馬車がどこかに停止したらしく、揺れがピタリと止まった。
外からの音が何も聞こえない暗闇では時間の経過が遅く長いと感じるのは当然、どれくらい走り続けていたのか?見当がつかない。
「…完全に動かなくなった…馬と切り離されたんじゃないかしら。ロザリー…ねぇ、ロザリー?」
ロザリーは安らかな息遣いで眠っていて、いくら揺すって声をかけても目覚める気配がないように思える。
花の匂いを吸った直後、身体の自由が利かずに崩れ落ちたロザリーを見ていたレティシアは、素人ながら神経毒の類を疑う。もし、自分に加護がなければ、この場で共に倒れていた…その後を想像しただけで怖くなった。
「…駄目、悪い話は考えない。浄化はされてるから…」
(花は赤と黄…種類の違う苗。どちらか一つは毒で、もう一方は眠り薬みたいに催眠作用があったのかも)
ここが“誘拐犯ザック”の目的地だとすれば、必ず敵側に動きがあるはず。
今の状態ではロザリーを連れて自力での脱出はおろか、何か起こっても咄嗟に身構えることすらできない…正に、毒花を仕掛けたザックの狙い通り。抑え難い怒りが胸の奥底から湧いてくる。
レティシアは、ロザリーを扉から離れた場所まで運んで床に横たえると、脱いだ上着を枕代わりに頭の下に挟んでおく。
「大丈夫…大丈夫。助けは絶対に来る…大丈夫」
(だから…それまで、ロザリーだけは守らなきゃ。悪人なんて、いっそ私に触れて黒コゲになってしまえばいいのよ)
闇然とした箱の中央で仁王立ちになり、いつ開くかも分からない扉を睨む。
過度な緊張で気が高まっているレティシアは、自分の足がガクガクと小刻みに震えていようが構ってなどいられなかった。
「移動にゲートを使った感じはない…まだ王国内なら、サハラ様は王国を護る神様だから、大地の加護を受けた私を探せたりとか…あっ、そうだ…金の指輪…」
アシュリーが対の指輪の保持者である事実を、すっかり失念していた。
それというのも…そもそも、金の指輪の役割は銀の指輪の効果を打ち消すもので、対である便利さや実用性を取り立てて実感できないことに加え、アシュリーが指輪と契約を交わしていないからだ。
ただ…持っているだけで『いろいろと役立つ』とサオリが話していたのをレティシアは微かに覚えている。
(他に何の役に立つのか?…私、全然知らないわ…馬鹿ね)
「………殿下…」
急に…アシュリーの和やかな笑顔が思い浮かんで、レティシアは思わず両手で顔を覆った。
ギュッと胸を締め付ける切ない想いに抗えず、どうしようもなく恋しくて、苦しいと…言葉に出してしまいたくなる。
「…殿下に…会いたい…」
──────────
『契約!』
パッと青い光を放ち、アシュリーの右手中指に金色の指輪がしっかりと収まった。
「…上手くいったようね。これで、大公も指輪の契約者よ。だけど無茶をしないで、あなたが倒れてしまったら無駄骨に終わるわ」
「分かっております、ご無理を言いました。感謝申し上げます…サハラ様、聖女様」
「…うむ。大公の身体もそうだが、神力を注いだ指輪にもかなりの負荷がかかっている。使える時間は長くないと思え」
「はい」
「いいこと…契約者のレティシアが危険に晒されると、指輪が強制的に召喚術を行うわ。結界の中でも……えぇっ!」
アシュリーの足元に、物凄いスピードで銀色に発光する複雑な魔法陣が展開していくのを見たサオリが…驚きの声を上げる。
「まだ何も説明してないわよっ?!」
「…どうやら、銀の指輪は待ち切れなかったようですね…」
そう言った直後、アシュリーは眩い光に飲み込まれて…サハラとサオリの前から姿を消す。
♢
─ レティシア!! ─
どこか遠くで?名を呼ばれたレティシアは、その聞き覚えのある声に…伏せていた顔を勢いよく上げる。
「はっ!今…殿下?の声が…えっ、指輪がまた光ってる?!」
─ レティシア!! ─
「…っ…どこ?!…どこから声が聞こえてるの!」
再び輝き出した指輪を懐中電灯代わりに、慌てて辺りをキョロキョロしながら歩き回っていると、一際強くなった光が箱の天井を照らした。
「…これ、魔法陣じゃ…?!」
レティシアが大きな口を開けて天井を見上げた瞬間、神からの使いかと見紛うような…白光りしたアシュリーが、魔法陣の中心からフワリと舞い降りて来る。
「……○☆▲□◎!!!!……」
大きな手が素早く伸びて…束ねていない長い黒髪がレティシアの頬に当たったかと思うが早いか、アシュリーの逞しい胸板が目の前に迫っていた。
「……んむっ…ぅ…」
「…レティシア…レティシア…」
体温と魔力香、そして…繰り返し耳元で囁かれる甘い美声。
紛れもない本物、実物のアシュリーに抱き締められている。これが現実であるのなら、奇跡が起こった…レティシアは夢中でしがみついて、魔力の香りに酔いしれた。
(…あぁ……殿下だ…)
アシュリーは、幸福感に浸るレティシアの髪に何度も口付けては…ホッと小さく息を吐く。
「…殿下…助けに来てくれたんですね…ありがとうございます」
「遅くなってすまない…無事か?」
「…はい、心配かけてごめんなさい。ロザリーも…今は眠っていますが、大丈夫です」
「…そうか…ずっとこんな暗い場所に…」
アシュリーはレティシアを抱く腕を緩め、視界の悪さを補うように両手で頬を撫でた後、ロザリーの様子を見ながら側に屈んで明かりを灯す呪文を唱えた。
「やはり、結界内では魔法が使えないか…予想通りだな」
「結界?荷馬車の中に結界が…?」
「あぁ、術者が意図的に隔離した領域だ。闇に閉じ込めるとは…レティシア、怖い思いをさせて…ごめん」
「いいえ…いいえ、殿下が謝る理由など何も…」
ロザリーの前でしゃがみ込むレティシアに、アシュリーは自分の上着を掛け…立ち上がる。
「すぐに、ここから出よう」
「…でも、魔法が使えないのに…」
「私の魔力による属性魔法はね。だが、魔法石を使った魔導具やアーティファクトの力は固有のもので、制限されない」
「…確かに、魔力なしの私でもこの指輪は扱えます。そうか…だからさっきも使えたのね」
「勿論、空間を破壊したいなら弱い力では太刀打ちできないよ。…レティシア、そこで目を閉じて待っていて」
扉にそっと当てたアシュリーの右手が結界の境界線に触れると、金の指輪の周りが青く煌めいた。
静かに呼吸を整え、掌底を打つ要領で反動をつけて力強く右手を突き出せば、一瞬で青から金色へ変わった聖なる光が強烈な閃光となって爆発的な威力を外へ放射する。
─ カッ!!!! ─
目を閉じていても瞼に感じる程の明るさに驚いたレティシアが、反射的に目を開くのは最早止めようがない。
「……えっ…?!」
周りの状況は、一変していた。
────────── next 159 誘拐6
読んで頂まして、誠にありがとうございます!
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