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ラスティア国2

136 翌朝2

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「レティシア様との混浴をお勧めいたしましたが…大公殿下はお気に召さなかったのでしょうか…?」


レティシアの髪を梳かしながらショゲているロザリーは、浴室から出て来たアシュリーの様子を見て…そう言っている。


「気にし過ぎよ」


混浴とは、時間の無駄や手間を省くのには向かない。
どちらかといえば、バスタイムを楽しむために…タップリと時間が必要なものだと学んだ。


(殿下が、ちょっと拗ねていたかな)



『朝食に遅れてはいけない』
そう考える二人の混浴は、タイムリミットを迎えた。

ただ、アシュリーのあらぬところが…少々質感を増していたため、レティシアは一足先に浴室を後にする。


パウダールームにいたレティシアが、魔導具ドライヤーでロザリーに髪を乾かして貰っていたところ…バスローブを着たアシュリーがやって来て『少し急ごう』と、やや無機質な物言いをして去って行く。


ロザリーには、それが衝撃だったらしい。



「お二人の仲が深まるかと思って…すいません…私、また失敗をして…」

「何を言ってるの、お陰で深まったわ。…ありがとう、ロザリー」


(私、告白しちゃったんだから!)


「レティシア様ぁ~」


この時点では、ただの“慰めの言葉”だと思って聞いていたロザリーも、身支度が進むと…レティシアの身体に微かに残る所有印キスマークをいくつか見つけることになり…最終的に笑顔になる。



    ♢



「おぉ、もう先に来ていたのか?おはよう。レティシアと邸で会うのは、久しぶりだな」

「おはようございます、公爵閣下。朝食の席にお招きいただき、誠にありがとうございます」


いい匂いが漂うダイニングルームで、アシュリーとレティシアは、ユティス公爵夫妻とラファエルにそれぞれ挨拶をしていく。


「…と、レイは…随分…不貞腐れた顔をしてるが…どうした?」


アシュリーのテンションの下がり具合を、ユティス公爵はニヤニヤしながらも…ちゃんと見抜いていた。




──────────




「…とても…よく似合っている…」


品のいいゴールド色のドレスは、透明感のあるピュアで色白な…レティシアの清廉さをさらに輝かせていた。
アシュリーは目を細め、美しい恋人に見惚れる。


「ありがとうございます」


部屋の入口近くから熱い視線を向けてくるアシュリーは、白いコートに濃紺色の上着と…いつも通りの完璧なスタイル。
少し違うのは、髪を一纏めに結わずハーフアップにしているところだろうか?長い黒髪を下ろしていると、キリリとした彼のシャープな雰囲気が少し和らぐ。


(殿下は、いつだって素敵ね)


「ロザリー、髪型が気に入ったわ。皆さんも…ありがとう」


今日のレティシアは、ミルクティー色の髪をふんわりと結い上げ、首元がスッキリ。左右に留めた赤い薔薇の髪飾りが、華やかさを演出している。


「はい、完璧な仕上がりです!本日はケープを羽織られますので、髪はアップスタイルが軽やかでよろしいかと思います」

「大変お美しくていらっしゃいますよ」

「きっと、楽しいお茶会になりますわ」

「お手伝いできましたこと、光栄に存じます」


鏡に映る姿をチラリと見て、ロザリーと侍女たちに向かって微笑んだ後…レティシアは、パタパタとアシュリーの側へ駆け寄った。


「殿下、素晴らしいドレスをありがとうございます。心より感謝申し上げます」


背筋をピンと伸ばして膝を軽く曲げ、スカートを少し摘んで優雅に礼をしてみせる。

アシュリーも『どういたしまして』…と、胸に手を当てて一礼して応え、レティシアの手を取り口付けた。


「うん、淑女の礼はいいが…走って来ては駄目だよ?」

「へぇっ?!…あれ、私…走ってました?」


(…無意識って怖い…)


「私が思うに、まだスリッパだろう?」

「…あぁぁ…」


緊張からか、浮足立って落ち着きがなくなっていることを自覚したレティシアは、急激に不安になり…縮こまった。


(…私、上手くやれるかしら…?)





「これで、完成」


アシュリーは、ドレスと同じ色合いのヒールを履いて椅子にちょこんと座るレティシアにケープを着せ、首元のリボンを結んで微笑む。


『大公殿下が自らお洋服を…愛されていらっしゃるわ』

『レティシア様、お可愛らしい。お人形さんのよう』

『美男美女でいらして、絵になりますわね』


二人のやり取りや、アシュリーが世話を焼く仲睦まじい姿に、侍女たちはホッコリする。


「まだ時間には少し早いな。緊張を解すために、公爵家自慢の庭でも歩こうか」


アシュリーがレティシアを誘い出す。
『緊張を解す』とは…この場から離れ、早く二人きりになるための単なる口実というもの。正直、庭に行くかどうかもわからない。


「行ってらっしゃいませ!」


ロザリーたちは、部屋でアシュリーとレティシアを見送る。

茶会が催される離宮へは、公爵邸から魔法陣でひとっ飛び。
離宮は公爵邸同様に魔法結界が張られているため、護衛は一人付けば十分=レティシアの側にはアシュリーがいるので不要。

今の彼には、護衛ルークがお邪魔虫に見えてしまうだろう。




──────────




「立派な庭園だな」


結局、庭を直接歩くことはせず…二人は手を繋いで、テラスルームまでやって来た。
丁寧に手入れをされ、色よく草花が配置された見事な庭を眺めながらゆったりと過ごせるこの部屋は、二面がガラス張りの角部屋。
明るい日差しが室内を照らす。


「あら、ザックさんとお弟子さん…気付くかしら?!」


窓際でガラス越しにピョコピョコと小さく跳ねるレティシアは、庭で作業中のザックの目に留まったらしく、麦わら帽子を大きくこちらへ振っている。


「話に聞いていた…庭師か」

「聖女宮の薔薇を育てているのも、ザックさんです」

「…庭もいいが…レティシア、こっちを向いて」


素直に振り向くレティシアに…アシュリーはブツブツと何か呟いてから頬に触れ、細い腰を大きな手で掴むように抱き寄せた。

向かい合ってピタリと密着する身体に、レティシアは思わず背を反らす。


「…あっ…今のは何でしょう?」

「ん?…茶会に行くまでに、君の化粧を崩してしまいそうだから…魔法をかけた」

「化粧?魔法?」


(前に、聖女宮でやってもらった…メイク崩れしないアレ魔法…?)


ぼんやり考えていると…ふっと目の前が暗くなり、顎を持ち上げられる。


「…レティシア、綺麗だ」


吐息混じりの美声。
金の瞳を持つ美男子が…至近距離。レティシアは目眩がしそう。


(綺麗なのは…殿下)


「…お、恐れ入ります…殿下こそ…格好いいです」

「ありがとう…」


やんわり押し当てられる唇は、愛情を伝えるしっとりと落ち着いた口付けだった。

整えた装いを気遣ってか、アシュリーは腰から背中を強く抱いてはいても、乱すような荒々しい行為はしない。


「…一つ、分かったことがあるんだが…」


少し物足りなさそうに、自分の下唇を人差し指でなぞり…無自覚で色っぽい仕草をしながらレティシアを見つめる。


「…分かったこと?」

「女性のドレスだ。胸が見えそうだったり、背中に布がほとんどないような形のものが多いだろう?
私は、レティシアの肌を他人には見せたくないと思う。ただ、ああいったドレスは…愛でようと思えばどこからでも簡単に侵入できる利点があると…」


そこまで言って…この話を続けていいものかと、アシュリーは何気に述べている己の変態発言を振り返った。

レティシアは、着ているドレスに視線を落とす。
胸元から自然なポロリ?は期待できないし、背中は手を入れる隙間がない。
なるほど…じかにお触りしたいならドレスを脱がせるくらいの勢いがないと無理かと、アシュリーを見上げる。


「殿下は、どこへ侵入しようとなさっておいでで?」


現状、侵入できるのはスカートの中しかないのだが…それに気付いているのかいないのか…?


「………どこ?」


(あ、コレは気付いてないな)


アシュリーは完全無欠な存在に見えて、レティシアの前ではちょっと油断して素が出てしまう可愛い人。



「…すまない、カインのような…発言をした。忘れて欲しい」



今ごろ、カインがクシャミをしていることだろう。










────────── next 137  茶会









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