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ラスティア国2

135 翌朝

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「…うーん……ん?」


暑さと寝苦しさのあまり…ゴロリとベッドの上を転がったレティシアは、とてつもない違和感を感じて目を開けた。


(…動けない…)


それもそのはず。
ミノムシのように毛布に包まれていて、手も足も動かせないし出せない。身体はしっとりと汗をかいている。


「ナニコレ?」


この事態が初めてではない気もするレティシア。
風邪をひかないようにと、アシュリーが気遣ってくれたのだろう。


(…す巻き?もしや、寝相の悪さがバレてるの?…)


『責任を持ってあたためる』を有言実行した、当のご本人はベッドに不在。
寧ろ、不在だからこうなっているわけで…。


「殿下?」


室内のどこかにアシュリーがいるかもしれないと声を出してはみたものの、辺りはシーンと静まり返っていた。


(ウソでしょ?!こんな状態の私を、放置しないで~!)


まだ、朝の七時過ぎ。
ここで大声を出して誰かが飛んで来たとして、アシュリーのおかしな性癖が噂になって困るだけ。

どうにかして毛布の締めつけを緩められないものかと、レティシアは全身を必死に動かす。


(ねぇ!どんな特殊な包み方してんのっ?!)




──────────




毎朝、二時間は練武場などで身体を動かしているアシュリー。
今朝も、レティシアが寝ている間に部屋を出て、ラファエルやルークと手合わせをしていて不在だったらしい。

眠りの深いレティシアが起きているとは思わず、音もなく部屋へ入り、ベッドの上でクネクネと踊っている愛しい恋人の姿にしばし目を点にした後…大爆笑していた。



    ♢



「…フッ…」

「思い出して笑うのヤメて」

「ハハッ…すまない…可愛かったから」


レティシアの恨みがましい視線を躱すように、アシュリーは話題を変える。


「それにしても、その“水着”というのは初めて見る」
 


汗びっしょりで戻って来たアシュリーと、無駄に?寝汗をかいたレティシア。
室内の浴室を使うためにロザリーを呼んだところ、汗を流すだけならば『一緒に入浴してはどうか?』と、混浴の提案を受けた。
何か誤解をしているか、企んでいる…そんなロザリーの不敵な笑みが気にはなったが、時間の無駄と手間を省くため混浴中。



「まぁ…異世界のものですからね。
私、聖女宮で入浴中にお世話をしていただくのが少し恥ずかしくって…これは、サオリさんが作ってくれたんです」


パジャマや下着、ドレスに続いて、サオリが作った黒いビキニ水着を身に着けたレティシアは、湯船の縁に肘を乗せて頬杖をついている。


恋人との混浴は、前世でも未経験。

思ったよりすんなりと受け入れたアシュリーは、やはり肌を見せることに抵抗がない。
湯着をざっくりと羽織り、鍛え抜かれた美しい肉体を惜しげもなく披露する。
ギリシャ彫刻ばりの裸体を直視できず、やや距離を取っているのはレティシアのほうだった。

ロザリーがレティシアに用意してくれたのは、アシュリーのものより薄くて柔らかな白い湯着。
肌着のような軽さで、濡れると下に着ているビキニの形が透けて見えるとはいえ…膝丈の上着一枚、これがあるのとないのとでは大違い。


「随分と布の面積が少ないな」

「異世界では“水着”を着た男女が水辺で戯れます」

「…君は一体…どんな破廉恥な世界からやって来た?」


全く想像がつかないといった大真面目な表情を向けられ、誤解のないよう一般的な“水着”の機能や役割を説明する…が、アシュリーは訝しげ。


「入浴の時だけ着ているのか?」

「時々です、ロザリーがいる時は着ないので」


気心の知れたロザリーの前では、レティシアは素っ裸でも平気。ところが、つい最近事情が変わった。

ラファエルの都合に合わせ、剣術指導は週に四日程度。侍女としての仕事もあるロザリーが一緒に稽古できるのは、その半分の二日。

稽古が終わった後、ロザリーは住み込み侍女専用の共同浴場へ、レティシアは部屋の浴室へと…別々に入浴タイムを取る。
その結果、ロザリーと稽古をした日は他の侍女に入浴の世話を頼むことになってしまった。
今さら『一人で入れます!』とも…言い出せない。


「あぁ…確か、昨日はロザリーがいなかったか…」


そういえば、見知らぬ侍女がいて…バスローブから“黒い布地水着”が見えていたなと、記憶を思い返したアシュリーは…渋い顔をする。


「…殿下?」

「ロザリーに…負けている」


(…負け?えーと…何の話?裸を見る回数?え?)


「…まさか、ロザリーに嫉妬して…?」

「…………」


図星を突かれて黙ったアシュリーは、静かに湯の中に手を泳がせ…離れていたレティシアの腰を強引に引き寄せた。


「…ちょっ…で、殿下?!」


油断していたレティシアは、ザバッと波立つ湯に攫われるようにしてアシュリーの膝上に捕えられる。


「私は、レティシアにとって…どれ程の存在だ…?」

「…え?」


突然の質問に首を傾げたレティシアの頬に、アシュリーが手を伸ばす。


「ロザリーだけじゃない、君が心を許し…親しくする者には負けたくないんだ。…私は、一番で…特別でありたい」

「…一番…」


レティシアから見たアシュリーは、いわば“質実剛健”な人。加えて、煌めく美しい容姿に恵まれ、高い魔力、黄金と黒の王族色を纏う権力者。
そんな…非の打ち所のない彼が、レティシアへひたむきに愛を乞う。


「浅ましい感情を抱えた罰かな…レティシアが私の恋人なのは妄想か夢かもしれないと、毎夜不安に駆られている。どこか信じられなくて…余裕がない」


なぜこんなにも愛してくれるのか…レティシアこそ信じられないというのに?
咄嗟に返す言葉が見つからず、目を瞬かせた。


「だから…昨夜、私を求めてくれて…うれしかった」


アシュリーは、レティシアの頬に触れていた手で首筋をスルッと撫でる。
そこには、淡いピンク色をした所有印キスマークが二つ。胸の谷間にも同じものが見えていた。


「甘い囁きと香りに舞い上がって、私はこういった経験がないのに…君への気遣いも忘れ、無我夢中で…」


レティシアは傷ついてもすぐに治る。
鬱血痕キスマークもあっという間に消えるかと思えば…アシュリーの与えるものはどうやら認識されにくく反応が鈍い。かなり薄い痕が、まだわずかに残っていた。


「強く肌を吸い上げると…こうして痕が残ってしまうんです。“愛の証”というものですね。私は消えるのが早いので、この程度ならお化粧で隠せます」

「証?…そうか…ごめん」

「私も『ごめん』です。私だけが勝手に安心しきっていて、ずっと殿下を不安にさせて…ごめんなさい。恋愛は二人でするものなのに…」


黄金色の瞳が、期待と不安に揺れている。



「大好きです、殿下」



レティシアはかしこまって、誓いを立てるようにハッキリ言うと…アシュリーの唇に心を込めてキスをした。

レティシアの告白と口付けは、セットで破壊力抜群。
アシュリーは喜びと感動のあまり…言葉を失う。


「私は、あなたが一番好き。
顔が超タイプだって、この前言いましたよね?逞しい綺麗な身体も好きです。勿論、私を大事に想ってくれている優しくて強い殿下だから好きなんです」

「………レティシア」

「夢ではありませんよ。私が消える悪い夢は、もうないわ」


そう言い切って、レティシアが神秘的な青い瞳を向けると…アシュリーは顔をほころばせ、蕩けるような甘い笑顔をみせる。


「君は、いつも私の心を癒し…愛情で満たしてくれる。唯一で…最愛の女性ひとだ」


所有印キスマークに触れていたアシュリーの指先が、鎖骨を伝って胸を撫で…脇腹から背中へと、レティシアを慈しむような動きで滑っていく。
最後に強く両腕で抱き締め、心の底から安堵したように…ホウッと深く息を吐いた。



    ♢



しばらく抱き合い…うっとりと幸せに浸っていたレティシアは、アシュリーが湯着をずらしてビキニの肩紐に指を掛けたところで、ハッとして身体を離す。


「…あっ…ま、待って…」

「ん…触れては駄目?…昨夜は、暗かったから…」


欲望を隠さない、強請るような上目遣いで求められ…レティシアは“キュン”が溢れ出る。


「駄目とかじゃ……ぁンッ…」


パクリと柔らかな胸を食まれて、小さな声と共に身体が跳ねた。


「ち、違うの…時間っ、……やっ……朝食…のっ」


攻撃の手を緩めないアシュリーの動きが、ピタリと止まる。


「………朝食?」










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