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感謝祭

121 目覚め

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アシュリーが夜会で倒れて、三日目の朝。



『……ぅ……なん…だ…』



彼は、やっと意識を取り戻す。



    ♢



言葉を口に出したつもりのアシュリーだが、喉に何かが張り付いているのか…声が出て来ない。
少し開いた口からは、ただ空気が漏れているだけ。

上瞼と下瞼は縫いつけられたみたいにびくともせず、瞼越しに明るい光を感じるのみ。

身体は鉛のように重くて自由が利かず、拘束されているのかと一瞬不安になったが…圧迫感がないため違う。


『…ここ…は…?』


声が出ないのだから、独り言ですらない。

先ずは、静かなこの場所をどうにかして知ろうと、アシュリーは視覚以外の全神経を集中させていく。

どこか覚えのある軽やかで澄み切った空気…とは裏腹に、全身がマットに深く沈み込んでいる感覚と、唯一動かせる手に触れたシーツと毛布らしき柔らかな布地から、ベッドに寝かされているのだと分かる。


『…まさか…倒れた?…そうだ、夜会…』


煌びやかなパーティーの様子が、パッと脳裏に浮かぶ。
会場内で、身体に違和感を感じた。大勢の人前に出て、好奇の眼差しを嫌という程浴びたのが悪かったのか?


だとするならば、おそらくここは聖女宮の治療室。

体調不良で倒れると、治療を受けても大概はこうした重苦しい気分で目覚めを迎える。
十中八九今も同じ状況、意識を失って担ぎ込まれたという話になるが…あまりにも状態が悪かった。

目は開かず声を出せない上に、頭がズキズキと酷く痛むのが気にかかる。これでは、どんな考えも纏まらない。

長い時間責め立てられ、脳が疲れ果てて思考が停止した後のような…不快で気怠い疲労感は何だろうか。


『クソ…本当に…忌々しい』


久しぶりに、悪い夢を見ていた時のことを思い出す。





─ レティシアは? ─



最後に一緒にいたのは、レティシアだったはず。
大事な話をしようと心に決めて、二人っきりになりたくて…それから…どうなったのかがよく分からない。



─ 彼女の前で倒れたか…失態を晒したな ─



「…レティ…シア…」




──────────




朝の七時。

冷えた栄養ドリンクを手にしたレティシアが軽い足取りで治療室へ戻ると、アシュリーの小さな声が聞こえた。

パタパタと…ベッドへ小走りで向かう。


「殿下、呼んでいましたか?私はここにいますよ…安心してください」


艷やかな漆黒の前髪をそっと撫で、頬を両手で包み込むと…レティシアは自分の額とアシュリーの額をピタリとくっつける。


「うん、熱は完全に下がりましたね。よかった!…じゃあ、少しお身体に触れますよ」


いつも通り声をかけながら、アシュリーの頭と上半身を器用に抱きかかえ、手際よく背中に毛布や枕を挟み込む。


「水分補給と…お薬も飲みましょう。そろそろ、お目覚めになりませんか?私も皆も、殿下を待っております」


そう言って、長い髪を掬い取り…魔力香を確認しながら整えていく。
魔力香は体調や感情のバロメーター。レティシアは、彼の回復を香りでも知ることができるのだ。




一度口に含んだ冷たい栄養ドリンクは程よい温度となり、アシュリーの口の中へどんどん吸い込まれていった。


「ん?…よく飲みますね…」


喉が渇いているのかもしれないと…二回、口移しをすることに。


レティシアは、魔法薬を一回で完璧に飲ませられるようになっていた。
少しとろみのある魔法薬の前後に栄養ドリンクを飲ませることで、口移しがサラッといい感じに終わる。そのためには、この一つの工程で最低三回のが必要。

よって、ノーカンキスの回数はそろそろ20回を超えそうで…ファースト、セカンド…どころの話ではなくなっていた。


アシュリーに、六回目の魔法薬を飲ませる。


(我ながら、今までで一番上手だったかも)


レティシアは達成感と上達っぷりに喜ぶ…のではなく、違和感を覚えた。なぜなら、スムーズ過ぎるから。

魔法薬を口移しすれば、アシュリーは貪欲に舌を吸って求めてくることもあるのに…今朝は栄養ドリンクと同様、コクコクとリズミカルに喉を鳴らし飲み込む…しかも早い。


(こんなのは初めてよね。気のせい?何だか…殿下が恥ずかしそう)


重なっているのが唇だけであっても、そこからわずかに感情が伝わってくる。

レティシアは、最後シメの栄養ドリンクを飲ませると…アシュリーの咥内を少し刺激してみることにした。




──────────




誰かがこちらへ向かって来る。
アシュリーは聞き覚えのある足音に、耳を澄ます。


「殿下、呼んでいましたか?私はここにいますよ…安心してください」



─ レティシア! ─



彼女の声を聞いた途端、ドクン!と…アシュリーの心臓が大きく揺れた。
身体中に勢いよく血が巡り始め、力が漲る。

どこからか…嗅いだことのない甘い香りが漂い、鬱陶しい頭痛が息を潜め、頭の中が徐々に鮮明クリアになっていく。

香りに気を取られていると…両頬を手で挟まれ、額にコツンと温かいものが当たった。

瞼にフッと吐息がかかり、レティシアがすぐ側にいるのだと感じたアシュリーは…ベッドから跳ね起き、彼女を掻き抱きたくて堪らなくなるが、その願いは叶わない。



─ 何が起きている? ─



混乱するアシュリーを置いてけぼりにして、レティシアはマイペースにことを進めていく。

グイッと持ち上げられた動かない身体と顔には、容赦なく豊満な胸が押しつけられる。
このプルプルとした弾力…目を閉じていても…二度の経験から、絶対に間違いはない。



─ 待て…ちょっと、待ってくれないか ─



薬を飲もうと聞こえた後は…心の準備ができないまま、柔らかな唇と熱い舌を受け入れるしかなかった。

口移しで与えられるものを夢中で飲み込む。最早、味など分からない…いや、どうでもいい。

一体、何度このいやらしい口付け・・・を受けるのか?
アシュリーの戸惑いは、グルグルと渦を巻く。



─ ん…?…なっ…?! ─



突然、レティシアの舌がチロチロと咥内をイジり始める。
敏感な上顎を舌先でそっとくすぐるように舐められて、重い身体の芯がブルリと震え出して止まらない。
妖しく蠢く彼女の舌を押さえて抵抗するのが精一杯だというのに、逆に絡め取られチュウッと吸われてしまう。

強い快感に喘ぐアシュリーは、わけが分からなくなっていた。


「……ふっ…んん…っ…」


魅惑の口付けで攻めて来たくせに、甘ったるい…何とも悩ましい鼻息を漏らすレティシアは、アシュリーの知る彼女と同一人物なのだろうか?



─ チュッ ─



レティシアの唇が離れていく。


ホッとしたような、寂しいような。
下半身の一部が火照って…窮屈で…切ないような。


惚けて半開きになった唇と溢れた唾液を、布で優しく拭われると…もう彼女の唇が恋しい。




─ レティシア、私は…目覚めているよ ─




──────────




「…ふぅ…」


アシュリーの口元を聖水で清め、レティシアはゆっくりと呼吸を落ち着かせる。


(ちょっと…やり過ぎちゃった?…でも、今までと明らかに違うのよね。どうしてだろう)


本能による反応ではなく、意志が働いている気がしていた。
もしかすると、意識があるのに…身体に不具合があって、知らせることができないのかもしれない。


「…殿下…目覚めていらっしゃるのですか?もしそうなら、私の手を握ってください」


そう問いかけつつも、半信半疑でレティシアがアシュリーの手を取ると、ギュッと強く握り返してくる。


「えっ!!…う…うそっ?!」


今までにない強い力に、びっくりして大きな声を出す。


「本当に?!殿下、私が分かりますか?レティシアです!」


握った手にさらに強く力が加わると、感激したレティシアはアシュリーの手を放り出す勢いで…覆い被さって抱きついた。


「殿下っ殿下っ!!…よかった!よかったぁ~~!!」




巻き込まれたアシュリーの手は、レティシアの胸を鷲掴みにする形で挟まっていたのだが…彼女は気付かない。




─ レティシア、君は…無防備過ぎる ─










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