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感謝祭
102 夜会では定番
しおりを挟む「大公殿下、レティシア・アリス様、今晩は」
「…パトリックか…」
「アンダーソン卿、ご機嫌よう。今夜は素敵なパートナーとご一緒ですのね」
パトリックと腕を組む可愛らしい令嬢の姿に、レティシアは満面の笑みを浮かべて興味津々な様子。その隣で、アシュリーが曇った黄金色の瞳をしていた。
レティシアはパトリックにやたらと好意的で、それがアシュリーは気に入らない。こうして絡む度に刺すような視線を向けられるパトリックは…災難である。
「コホン…えー…ご期待を裏切るようで大っ変申し訳ないのですが、こちらは私の妹のフィオナですっ!」
「大公殿下、お久しぶりでございます。お元気なお姿を拝見できて、光栄に存じます」
「フィオナ嬢も…お変わりないようだ。パトリックから、婚約が決まったと…聞いている。…おめでとう…」
「ありがとうございます。婚約者は辺境の地におりますので、今夜は仕方なく兄にエスコートを頼みました」
「仕方なくっ?!」
パトリックの妹フィオナは、ちょっぴり毒舌だった。
(…あれ?)
ユティス公爵家ではクロエ夫人の前でも平然と会話をしていたアシュリーが、微妙に言い淀んでいたように思える。明確には分からないが、どこかに違和感を覚えた。
魔力香にも変化を感じて、レティシアは小さく首を傾げる。
「レティシア・アリス様、はじめまして。お会いできて大変うれしいです。フィオナ・アンダーソンにございます」
「…はじめまして、フィオナ様。こちらこそ、よろしくお願いいたします。アンダーソン卿には大変お世話になっておりますわ」
「…騒がしい兄が、いつもご迷惑をお掛けして…」
「とんでもありません。そういえば、瞳のお色が同じ…ご兄妹でいらしたのね」
「はい、年は二つ違いでございます。兄には恋人となるパートナーが…残念ながらまだ。このパーティーで素敵なご令嬢に出会えたらいいのですが」
「フィオナ、婚約者が決まったからと急に何だ?私を売り出す気ならやめてくれ」
「売り出すだなんて!お兄様の幸せのためです。もうちょっと積極的になってくださらないと、売れないわよ」
兄妹仲がいいのだろう、生真面目な兄と毒舌な妹との小競り合いが始まった。
ふと、レティシアの周りに兄と妹の組み合わせが多いことに気付く。パトリックは…どう見てもシスコンではなさそうだ。
「レティシア・アリス様、今宵は一段とお綺麗ですね」
「あら…イグニス卿、今晩は。お褒めいただき、ありがとうございます」
言い合っているパトリックとフィオナの丁度反対側から聞こえた声の主は、カイン。
「カイン」
「あぁ、レイ。お前…かなり目立ったな」
「レティシア程ではない」
「似たり寄ったりだと思うぞ。まぁ、精霊の祝福なんて我々は目にする機会がないからな。遠目からでも緊張している様子が分かった」
「…えぇ、人生で初めての出来事なもので…」
「いつものあなたらしくなくて…いいですね」
「そのお言葉、イグニス卿にそっくりそのままお返しいたしますわ」
「……ん?」
おちゃらけた態度を封印中のカインは、普段の黒ずくめな装いから華美な正装へとその姿を変えていた。それでも、やはり彼は騎士らしく男っぷりがいい。
見惚れた令嬢たちが漏らす甘いため息は桃色。アシュリーとカイン、二人のイケメンに挟まれたレティシアは、流石に周りからの視線が気になり始める。
…と、令嬢たちが突然サッと道を空けたその後ろから、大きな人影が近付いて来た。
「大公殿下」
「…っ…フレデリック?!…いや、イグニス伯爵」
「大変…お久しぶりでございます」
「…あぁ…本当に久しぶりだ。パーティーに参加するとは、知らなかったな」
──────────
レティシアの前に現れたのは、カインの父親でアシュリーの元護衛隊長、現在アルティア王国第二騎士団の団長フレデリック・イグニス。
額から右眼にかけて斜めに大きな傷があり、厳つい強面に真っ赤な瞳で“大魔王”のようだが…アシュリーへ向ける眼差しが優しい。
大柄で、肩から腕にかけて隆起した筋肉は服の上からでもハッキリと分かり、その強靭な肉体は人の目を引く。
髪や瞳の色はカインと同じで、長い金髪を三つ編みにしていた。
(三つ編みって…アリなんだ)
三つ編みも意外だが、この父親の血筋からカインのような軟派な子供が生まれた事実が…不思議である。
「すまない、レイが珍しくパーティーに参加すると…話してしまった。父上がお前に会いたがっていたから。でも、父上が今日参加できるか、正直ギリギリまで分からなかったんだ」
「カイン…構わない。イグニス伯爵、会えてうれしいよ」
「副団長が気を利かせてくれましてな。武人である私は…このような華やかな場所に似つかわしくはないでしょうが、こうして殿下にお会いする願いが叶いました。私こそ、うれしい限りにございます」
大きな身体を丸めてアシュリーと握手を交わす、忠臣騎士フレデリック・イグニス。
その姿は、レティシアの目に神聖な戦士のように映った。
「レティシア・アリス殿、フレデリック・イグニスにございます。以後、お見知りおきください」
「イグニス伯爵、どうぞよろしくお願いいたします。レティシア・アリスでございます」
レティシアは腰を落として丁寧な礼をすると、大柄なイグニス伯爵をジッと見上げる。
「……はて、私の顔に何かついておりますかな?」
「はっ…申し訳ありません、失礼をいたしました。何だか尊いお姿でいらっしゃるので…つい…」
イグニス伯爵の強面な顔が一転、クシャッと崩れた。
「はははっ…アリス殿は、私が恐ろしくはありませんか?」
「…恐ろしいなどと…なぜそう仰るのでしょう?」
「なぜと申されるか?」
貴族の身体に傷があることは良しとされず、忌み嫌われる。イグニス伯爵が武人であるとしても、眉をひそめられたり、若い令嬢に泣かれた経験は一度や二度ではなかった。
イグニス伯爵は傷のある右眼だけを閉じ、ニヤリと笑う。
「あ…お顔の傷…?」
「左様、見た目の悪さですな。私はカインとは違って、生憎と人気がございません。ご令嬢方に嫌われております」
「…伯爵様…」
「何ですかな?」
「今はこうして着飾っている私ですが、貴族でも令嬢でもありません」
「…ん?」
「ですから、伯爵様を嫌う“ご令嬢方”と私は違います。そもそも、私は死…ぅん、この世に存在していなかったのです。見た目がよく顔に傷がなくても、私のように異世界の者であったり…いえ、私以上に得体の知れない者は多く存在しているはずです。私は、そちらのほうが伯爵様よりずっとずっと恐ろしいと感じます」
「…………」
イグニス伯爵は大きく目を見開いて、その目をそのままアシュリーに向ける。
アシュリーはイグニス伯爵と目を合わせた後、口元に小さく笑みを浮かべ…愛しくて堪らないという甘い表情でレティシアを見つめた。
「…レティシア、少し伯爵と話をしたいんだ。側を離れるが…構わないか?」
「勿論です」
「では、飲み物はアルコールの入ったものに気をつけて、君はまだ17歳だからね?」
頷くレティシアの手を取り、アシュリーはレースの手袋にほんの少しだけ唇を押し当てる。
「カイン、レティシアの側から絶対に離れるな」
「はいはいはい、了解!」
「…カインよ…“はい”は…一度でいい」
「…はい…父上…」
(…ぶっ…叱られてるっ!!)
──────────
「イグニス卿にも、やっぱり妹さんが?」
会場内を移動しながら、レティシアはカインに何となく聞いてみた。
「やっぱり…って?…俺は、妹じゃなくて姉がいる」
「…お姉様でしたか…」
「レティシアちゃんみたいなカワイイ妹なら大歓迎だね。うん、三人は欲しいな!!」
「私は、イグニス卿みたいなお兄さんは…ちょっと…」
「…………一回泣いていい…?」
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