上 下
102 / 190
感謝祭

102 夜会では定番

しおりを挟む


「大公殿下、レティシア・アリス様、今晩は」

「…パトリックか…」

「アンダーソン卿、ご機嫌よう。今夜は素敵なパートナーとご一緒ですのね」


パトリックと腕を組む可愛らしい令嬢の姿に、レティシアは満面の笑みを浮かべて興味津々な様子。その隣で、アシュリーが曇った黄金色の瞳をしていた。
レティシアはパトリックにやたらと好意的で、それがアシュリーは気に入らない。こうして絡む度に刺すような視線を向けられるパトリックは…災難である。


「コホン…えー…ご期待を裏切るようで大っ変申し訳ないのですが、こちらは私ののフィオナですっ!」

「大公殿下、お久しぶりでございます。お元気なお姿を拝見できて、光栄に存じます」

「フィオナ嬢も…お変わりないようだ。パトリックから、婚約が決まったと…聞いている。…おめでとう…」

「ありがとうございます。婚約者は辺境の地におりますので、今夜は仕方なく兄にエスコートを頼みました」

「仕方なくっ?!」


パトリックの妹フィオナは、ちょっぴり毒舌だった。


(…あれ?)


ユティス公爵家ではクロエ夫人の前でも平然と会話をしていたアシュリーが、微妙に言い淀んでいたように思える。明確には分からないが、どこかに違和感を覚えた。
魔力香にも変化を感じて、レティシアは小さく首を傾げる。


「レティシア・アリス様、はじめまして。お会いできて大変うれしいです。フィオナ・アンダーソンにございます」

「…はじめまして、フィオナ様。こちらこそ、よろしくお願いいたします。アンダーソン卿には大変お世話になっておりますわ」

「…騒がしい兄が、いつもご迷惑をお掛けして…」

「とんでもありません。そういえば、瞳のお色が同じ…ご兄妹でいらしたのね」

「はい、年は二つ違いでございます。兄には恋人となるパートナーが…残念ながらまだ。このパーティーで素敵なご令嬢に出会えたらいいのですが」

「フィオナ、婚約者が決まったからと急に何だ?私を売り出す気ならやめてくれ」

「売り出すだなんて!お兄様の幸せのためです。もうちょっと積極的になってくださらないと、売れないわよ」


兄妹仲がいいのだろう、生真面目な兄と毒舌な妹との小競り合いが始まった。
ふと、レティシアの周りに兄と妹の組み合わせが多いことに気付く。パトリックは…どう見てもシスコンではなさそうだ。


「レティシア・アリス様、今宵は一段とお綺麗ですね」

「あら…イグニス卿、今晩は。お褒めいただき、ありがとうございます」


言い合っているパトリックとフィオナの丁度反対側から聞こえた声の主は、カイン。


「カイン」

「あぁ、レイ。お前…かなり目立ったな」

「レティシア程ではない」

「似たり寄ったりだと思うぞ。まぁ、精霊の祝福なんて我々は目にする機会がないからな。遠目からでも緊張している様子が分かった」

「…えぇ、人生で初めての出来事なもので…」

「いつものあなたらしくなくて…いいですね」

「そのお言葉、イグニス卿にそっくりそのままお返しいたしますわ」

「……ん?」


おちゃらけた態度を封印中のカインは、普段の黒ずくめな装いから華美な正装へとその姿を変えていた。それでも、やはり彼は騎士らしく男っぷりがいい。

見惚れた令嬢たちが漏らす甘いため息は桃色。アシュリーとカイン、二人のイケメンに挟まれたレティシアは、流石に周りからの視線が気になり始める。
…と、令嬢たちが突然サッと道を空けたその後ろから、大きな人影が近付いて来た。


「大公殿下」

「…っ…フレデリック?!…いや、イグニス伯爵」

「大変…お久しぶりでございます」

「…あぁ…本当に久しぶりだ。パーティーに参加するとは、知らなかったな」




──────────




レティシアの前に現れたのは、カインの父親でアシュリーの元護衛隊長、現在アルティア王国第二騎士団の団長フレデリック・イグニス。

額から右眼にかけて斜めに大きな傷があり、厳つい強面に真っ赤な瞳で“大魔王”のようだが…アシュリーへ向ける眼差しが優しい。

大柄で、肩から腕にかけて隆起した筋肉は服の上からでもハッキリと分かり、その強靭な肉体は人の目を引く。
髪や瞳の色はカインと同じで、長い金髪を三つ編みにしていた。


(三つ編みって…アリなんだ)


三つ編みも意外だが、この父親の血筋からカインのような軟派な子供が生まれた事実が…不思議である。


「すまない、レイが珍しくパーティーに参加すると…話してしまった。父上がお前に会いたがっていたから。でも、父上が今日参加できるか、正直ギリギリまで分からなかったんだ」

「カイン…構わない。イグニス伯爵、会えてうれしいよ」

「副団長が気を利かせてくれましてな。武人である私は…このような華やかな場所に似つかわしくはないでしょうが、こうして殿下にお会いする願いが叶いました。私こそ、うれしい限りにございます」


大きな身体を丸めてアシュリーと握手を交わす、忠臣騎士フレデリック・イグニス。
その姿は、レティシアの目に神聖な戦士のように映った。


「レティシア・アリス殿、フレデリック・イグニスにございます。以後、お見知りおきください」

「イグニス伯爵、どうぞよろしくお願いいたします。レティシア・アリスでございます」


レティシアは腰を落として丁寧な礼をすると、大柄なイグニス伯爵をジッと見上げる。


「……はて、私の顔に何かついておりますかな?」

「はっ…申し訳ありません、失礼をいたしました。何だか尊いお姿でいらっしゃるので…つい…」


イグニス伯爵の強面な顔が一転、クシャッと崩れた。


「はははっ…アリス殿は、私が恐ろしくはありませんか?」

「…恐ろしいなどと…なぜそう仰るのでしょう?」

「なぜと申されるか?」


貴族の身体に傷があることは良しとされず、忌み嫌われる。イグニス伯爵が武人であるとしても、眉をひそめられたり、若い令嬢に泣かれた経験は一度や二度ではなかった。
イグニス伯爵は傷のある右眼だけを閉じ、ニヤリと笑う。


「あ…お顔の傷…?」

「左様、見た目の悪さですな。私はカインとは違って、生憎と人気がございません。ご令嬢方に嫌われております」

「…伯爵様…」

「何ですかな?」

「今はこうして着飾っている私ですが、貴族でも令嬢でもありません」

「…ん?」

「ですから、伯爵様を嫌う“ご令嬢方”と私は違います。そもそも、私は死…ぅん、この世に存在していなかったのです。見た目がよく顔に傷がなくても、私のように異世界の者であったり…いえ、私以上に得体の知れない者は多く存在しているはずです。私は、そちらのほうが伯爵様よりずっとずっと恐ろしいと感じます」

「…………」


イグニス伯爵は大きく目を見開いて、その目をそのままアシュリーに向ける。
アシュリーはイグニス伯爵と目を合わせた後、口元に小さく笑みを浮かべ…愛しくて堪らないという甘い表情でレティシアを見つめた。


「…レティシア、少し伯爵と話をしたいんだ。側を離れるが…構わないか?」

「勿論です」

「では、飲み物はアルコールの入ったものに気をつけて、君は17歳だからね?」


頷くレティシアの手を取り、アシュリーはレースの手袋にほんの少しだけ唇を押し当てる。


「カイン、レティシアの側から絶対に離れるな」

「はいはいはい、了解!」

「…カインよ…“はい”は…一度でいい」

「…はい…父上…」


(…ぶっ…叱られてるっ!!)




──────────




「イグニス卿にも、やっぱり妹さんが?」


会場内を移動しながら、レティシアはカインに何となく聞いてみた。


「やっぱり…って?…俺は、妹じゃなくて姉がいる」

「…お姉様でしたか…」

「レティシアちゃんみたいなカワイイ妹なら大歓迎だね。うん、三人は欲しいな!!」

「私は、イグニス卿みたいなお兄さんは…ちょっと…」

「…………一回泣いていい…?」










────────── next 102 夜会では定番2









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

瞬殺された婚約破棄のその後の物語

ハチ助
恋愛
★アルファポリス様主催の『第17回恋愛小説大賞』にて奨励賞を頂きました!★ 【あらすじ】第三王子フィオルドの婚約者である伯爵令嬢のローゼリアは、留学中に功績を上げ5年ぶりに帰国した第二王子の祝賀パーティーで婚約破棄を告げられ始めた。近い将来、その未来がやって来るとある程度覚悟していたローゼリアは、それを受け入れようとしたのだが……そのフィオルドの婚約破棄は最後まで達成される事はなかった。 ※ざまぁは微量。一瞬(二話目)で終了な上に制裁激甘なのでスッキリ爽快感は期待しないでください。 尚、本作品はざまぁ描写よりも恋愛展開重視で作者は書いたつもりです。 全28話で完結済。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...