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ラスティア国

89 側近

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「…ヤツレたな…パトリック…」

「お陰様で。そう言う殿下は、大変健康そうで羨ましい限りです」



執務室で…肌艶のいいアシュリーに向かって嫌味を言い放っているのは、大公補佐官のパトリック・アンダーソン。
彼は、アルティア王国のアンダーソン伯爵家次男。22歳。


「一ヶ月半…ぶりか?」

「えぇ、殿下が国を出られて戻られる前に私はここを発ちましたので…随分とお久しぶりですね」


ルークたちが、一足先にラスティア国へと持ち帰った三箱のカプラの実。パトリックは、それを僻地に住む“古の大魔女”の下へ届けに行く任務を任されていた。

一ヶ月近く宮殿を不在にしていた側近が、無事帰還したのである。




──────────
──────────




“古の大魔女”は、聖女サオリの召喚の際に神獣サハラに力を貸した人物で、アルティア王国とは縁があった。
魔法使いとしては最高峰、その力は神の領域だと称賛されている。

定住しないことで有名な大魔女だったが、ここ一年は魔法薬の生成にハマり…アルティア王国領内の誰も住まない山奥に住み着いていた。


アシュリーがラスティア国の大公になってしばらくして、アルティア王国へ大魔女から連絡が届く。



─ カプラの実が欲しい ─



カプラの実は大変に貴重で高価な魔法薬の素材で、アルティア王国内では過去に一度も扱ったことのない品物。
しかし、聖女召喚を成功へと導いた大魔女からの頼みを、国王クライスは断わるわけにいかない。


「カプラの実を持って来た者に、お礼として望みの魔法薬を作ってくれると“古の大魔女”殿が申された。レイ、チャンスだと思って…ひとつ頼まれてくれないか?」


国王は、カプラの実の入手をアシュリーに依頼する。



    ♢



初めてカプラの実をルブラン王国の商店まで受け取りに行ったパトリックは、取扱いの不備によって購入した二箱の内一箱を腐らせてしまう。

それでも、アシュリーは“古の大魔女”へ一箱分のカプラの実を届けることはできたため、報酬として女性への拒絶反応を和らげる魔法薬を頼むことができた。


「ふぅむ…それはなかなか大変だね。三ヶ月後にもう一度カプラの実を持って来てくれたら、魔法薬を渡そう。今回より、もっと量があるとうれしいがねぇ…ホッホッホッ…」


しわがれた声でそう言われたアシュリーは、それから三ヶ月後にルブラン王国の商店へ現れ、レティシアと運命の出会いをすることになる。




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「カプラの実と引き換えにすぐ魔法薬がいただけるものかと思っていましたが、考えが甘かったですね。毎日毎日、無償労働をさせられましたよ。一時は、このまま山奥から帰れないかとすら思いました…魔女とは狡猾な生き物です」

「“古の大魔女”殿は、お前が気に入ったんだな」

「そのお言葉、全っ然うれしくありませんがっ!」


珍しい薄緑色の髪と瞳を持ち、なかなかの美男子であるパトリックは、眼鏡をグイッと持ち上げ…アシュリーを睨みつける。


「…それで?」

「カプラの実を大層お喜びでした。近いうちに殿下には会う機会があるだろうと。もしかすると、大魔女様は“感謝祭”にお越しになるのかもしれませんね」

「そうか」

「大変に気まぐれなお方です、どうなるかは分かりません。こちらが、いただいた魔法薬でございます」


パトリックが手荷物の中から取り出したのは、手のひらサイズのガラス瓶に入った…いかにもという感じの紫色の液体。
執務机の上に置かれた小瓶は、一つ。


「…これが…」

「大魔女様曰く、女性を好きになる薬だと」

「……好き?……ん?待てよ、何か違わないか?」

「ですよね。効果も一晩だと聞きましたし…」

「一晩?」

「多分、媚薬の一種でしょうね」

「媚薬?」

「殿下のことを、男色だと勘違いされたのでは?」

「男…」

「「…………」」


アシュリーがジロリとパトリックの目を見るが、パトリックは天井に視線を向けて目を合わせようとしない。

周りに男性の側仕えしか置かないアシュリーは、以前“男色”との噂が出回ったこともある。
どこでどう間違いが起きてしまったのか?…アシュリーの目の前で、使えない魔法薬がキラリと妖しく光っていた。何も言わず、魔法薬をそっと引き出しに閉まう。


「…元から…大して期待はしていなかった、大丈夫だ。いろいろと苦労を掛けて悪かったな、パトリック」


“古の大魔女”の魔法薬作りは、まだ趣味の域を超えてはいないらしい。
しかし、カプラの実を再び欲した大魔女のお陰で、アシュリーはレティシアという特効薬を手に入れた。カプラの実が一度腐ったことも、一切無駄にはなっていない。


「顔がニヤついているじゃないですか…本当に悪かったと思っていらっしゃいますか?殿下」




──────────
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「あぁ…やっとお会いできましたね。殿下の補佐官をしております、パトリック・アンダーソンです」

「はじめまして、アンダーソン卿。秘書官のレティシアです」


アシュリーから『話がある』と執務室に呼ばれたレティシアは、執務机の斜め前に置かれた事務机に座るパトリックと初めて対面し、挨拶を交わす。


「あなたの助言のお陰で、カプラの実をいい状態で届けることができました。感謝申し上げます」

「バルビア国からの輸入品は、商店でも珍しいと聞いておりましたので…今回はお役に立ててよかったですわ」

「バルビア国が閉鎖的な小国だということに加え、カプラの実は国側が輸出制限をかけている希少な品で入手は大変困難です。情報もなく、バルビア国と新たに取引をしたくてもいい返事が貰えないまま、無駄に時間だけが過ぎる恐れがありました。
カプラの実を入手できるのは、今のところ…一番近くてルブラン王国のあの商店しかありません」

「そうでしたか…カプラの実を直接輸入できないから、商店に注文して受け取りに来られたのですね」

「仰る通りです」

「私はまだ勉強不足で、アンダーソン卿のように詳しいことは何も…お恥ずかしい限りですわ。トラス侯爵が意外にやり手だと、今初めて知りました」


パトリックとレティシアは、まるで以前からこうしたやり取りをしていたかのように自然と話が進んでいく。


「父親としてトラス侯爵がどうだったかは分からないが、商売人としては非常に優秀だ。ルブラン王国国王も、一目置いている。二人とも、座って話さないか?」


アシュリーは、パトリックとレティシアを応接セットのソファーへと誘う。
アシュリーがレティシアの手を取り座らせた後、その隣にアシュリー、向かい側にパトリックが腰を下ろす。


「今思えば…ルブラン王国の国王陛下は、かなりトラス侯爵に気を遣っていたのかもしれません」


(あの時は魔法石の映像記録を盾にしたつもりだったけれど、トラス侯爵家は王族でも簡単には手出しができない相手だったのね)



レティシアの頭の中に、トラス侯爵夫妻やジュリオンの顔が…ぼんやりと思い浮かんだ。










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