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アルティア王国
54 気になること
しおりを挟む「最初に驚いたのは、どんな言葉でも理解できたことです。トラのお姿のクオン様とお話しできた時は、感激しました」
「この世界で言語理解と言われている、特殊な力ね。理解だけではなくて、ルリちゃんが話す言葉は誰にでも伝わるでしょう?」
サオリの言葉に、レティシアはハッとした。
レティシアの話す日本語は、自動的に翻訳されて相手に聞こえている。だから会話が成立するわけだが、それがあまりに日常過ぎてピンときていなかった。
「クオンは、獣化していてもルリちゃんと意思の疎通ができて、随分はしゃいでいたようね」
「私もめちゃくちゃうれしかったです。クオン様は、フワフワでとっても可愛いです」
「まだ獣化した姿しか見ていない?人化すれば普通に会話もできるし…ふふっ、あの子はサハラによく似ているわ」
「…わぁ…」
(ミニサハラ様?!人化後も、ちょっと見てみたいな)
♢
聖女サオリの下には、様々な種類の病や悩みを持った人々が救いを求めて訪れる。その中には『前世の記憶持ち』『記憶喪失』『魂が抜けた』といった…稀で奇異な相談事もたくさんあった。
「他に何かあるかしら?」
「気になるのは、やっぱり記憶です。時々、自分の記憶にモヤがかかってはっきりしないのが…怖いんです」
「前世の記憶?」
「はい」
「今、レティシアとしての新しい記憶が急速に増えて、前世の記憶が圧迫を受け始めているのかも。尤も、それが身体と馴染むことにも繋がる。例えば、すぐに眠くなったりはしない?」
「…あっ…」
「心当たりがありそうね」
「ルブラン王国を出てからは特に…気付くと寝てしまっていて、とても長く眠ったりします」
「きっと、魂が疲弊しないように身体を休めるとか、記憶をアップデートしている状態だと思うわ。現世で生きるために、同化が始まっていると見て間違いない」
(しょっちゅう寝てしまうのには理由があったのね。この身体が、私を受け入れようとしているんだ)
「残されたルリちゃんの魂は確固たる存在、前世の記憶を全て失ったりはしないはず。それでも、新しい記憶を積み重ねる度に、徐々に薄れる記憶への不安や怖れを感じる気持ちは当然あるでしょう」
「前世の記憶しかないと…いつまでも言っていられませんね」
「いつかは同化して、完全にこの世界の住人になる。だから、もっと前向きに捉えて毎日の生活を楽しめるといいわね」
(…確か、レイヴン様も『楽しめ』と言ってくれた…)
「大丈夫よ。ルリちゃんの側には聖女の私がついているわ!安心してちょうだい!!」
「…サオリさん…」
胸を張って、その中心を掌でトン!と叩くサオリの明るい笑顔を見たレティシアは…またひとしきり泣いてしまった。
──────────
「結局のところ、大公とはどんな関係なの?」
「今は見ての通り、主従関係です。最初は…ちょっといろいろとありまして」
「その“ちょっといろいろ”を、聞かせて欲しいの」
「…き…聞きます?」
「聞きたいわ、順番に話してみて」
満面の笑みで肯かれては、どうしようもない。
レティシアがアシュリーとの出会いから今に至るまでをかいつまんで話すと、サオリは表情豊かに相槌を打ちながら聞いてくれる。
勿論、キスした話は内緒だ。
「…待って、大公からいい匂いがするって本当?」
「はい。それも、心が穏やかになる爽やかな香りといいますか…よく寝てしまうのも、そのせいだと思っていたくらいです」
「…ふぅん…」
アシュリーは香水を使っていないし、体臭もない。レティシアの言う爽やかな香りは、サオリには全く感じられなかった。
ただ、香りといえば…召喚された当時、サハラから男らしくて刺激的な強い香りを感じていたサオリは、その官能的な匂いに酔ってあっという間に抱かれてしまった経験を持つ。
サハラの放つ香りは、男女を結びつける絶大な効果を持つアイテム。勿論、花嫁であるサオリにしか匂わない。
「殿下の髪からは、強い香りがします。でも、シャンプーや整髪料は使っていないそうなので不思議なんです」
「…髪?」
「そういえば…昨夜、殿下の髪を触っていて…香りの強さが感情に左右されているんじゃないかって思いました」
「…ルリちゃん…」
「はい」
「髪に触ったの…?」
アシュリーは強い魔力の持ち主。魔力の象徴である髪に触れさせるとは通常考えられない。
強張ったサオリの表情に、レティシアは戸惑う。
「…触りました……え?」
「そう…ルリちゃんは、髪について何も知らなかったのね」
「髪について?」
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