上 下
44 / 190
アルティア王国

44 アルティア王国

しおりを挟む


今日、アルティア王国で国王に帰国の挨拶をするアシュリーは、朝からほぼ正装に近い服装だった。

高価な宝飾品を身に着け、濃紺色の生地に銀糸や宝石で装飾を施した上着と、毛皮ファー付きの真っ白なロングコートを難なく着こなし…レティシアの前に颯爽と現れる。

衣装にも負けないアシュリーの美しい顔と立派な体躯、気品溢れるその立ち姿にレティシアは興奮していた。


(…素敵!これは格が違うわ…)


「…カッコイイ…」

「ん?…何?」

「はっ!…えっと…とってもよくお似合いです、殿下」


レティシアは、パチパチと両手を叩いて称賛する。


「…褒めてくれてありがとう。今日は移動の合間に昼食と休憩を挟むだけだ、夕刻前には王国へ着く。では…行こうか」

「はい、殿下」



    ♢



今日も…仲のいい二人のやり取りを、ゴードン以下従者たちは眺めていた。


カ)「見ました?殿下、褒められてニヤけてましたよ。俺が手を叩いても、あんな顔してくれるんですかね?」

チ)「あの照れ笑いはレティシア専用に決まってんだろ。殿下って、見た目を褒められるの嫌がってた人なのにな」

ル)「モテ過ぎると、そんなこともあるんでしょう。俺たちには一生分かりませんて」

マ)「また、レティシアを先に馬車に乗せようとして…お、今日は押し問答してるわ…頑張れ、レティシア!」

ゴ)「殿下は顔色がいいな…昨夜の効果ありと見た。さぁ、俺たちも王国まであと少し頑張って行こう!」




──────────
──────────




「大公殿下、お帰りなさいませ。入国者名簿を確認いたしますと、出国時よりお一人お名前が増えて…ええぇぇーっ!!!!」


馬車の扉から顔だけを覗かせてアシュリーに声をかけた年若い入国管理の担当者は、静かに座席に座るレティシアの存在に気付くと叫び声を上げた。
アシュリーが馬車に女性を同乗させたことなど、過去に一度もなかったからだ。


「あぁ、増えたのはここにいる彼女だ。新しい秘書官として、他国から私の下に雇い入れた。以後、よろしく頼む」

「…あっ…えっ…こっ…こちらにょお方が…?!」


しれっと報告をするアシュリーの態度に目を白黒させている担当者は、驚きのあまり唇を震わせて言葉がおかしい。


「そうだ」

「レティシアと申します」


想像以上の反応を示す担当者の言動にレティシアは吹き出しそうになるのを必死で堪え、これでもかと…精一杯の微笑みを向けた。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」

「しっ…しょっ…少々!お待ちください!」


レティシアの目映い笑顔を受けて急激に頬を紅潮させた担当者は、建物の奥へと引っ込んでしまう。


(…あら?出て来なくなっちゃった…)


別の年配の担当者が慌てて飛んで来て、一行は無事に入国手続きを済ませる。



    ♢



「では、私とゴードンは今から陛下に謁見を賜る。
ルークとカリムは、一足先に魔法陣を使ってラスティア国へ戻れ。レティシアが生活できるよう準備を整えておくことを忘れるな。チャールズとマルコは、レティシアを頼むぞ」

「「「「はっ!」」」」



王国に入ると、アシュリーは自身に保護魔法を施した。
抑えていた魔力を解放すると…その顔つきや声色はさらに凛々しくなり、王族らしい威厳と自信に満ち溢れて神々しい。

従者たちも気合を入れ直し、機敏な動きで主人からの“命令”を受ける。

周りの空気が一変した。


「レティシア…ここは私に与えられている部屋の一つだ。ゆっくり身体を休めておくように。いいか、どこへも行くなよ?」

「…はい…殿下…」


今の状況についていけず…一人取り残された気分のレティシアは、そう返事をするのがやっとだった。


「大丈夫だ…すぐに戻る」


アシュリーはレティシアの硬い表情を見て、優しく頬をひと撫ですると…足早に部屋を出て行った。


「「「「行ってらっしゃいませ」」」」




──────────




「チャールズさん、お庭に出てもいいですか?」

「あぁ、それなら…私も一緒に行こう」


チャールズは部屋周辺の小庭を散歩しながら、この王国についていろいろと話をしてくれる。
気楽なチャールズの語り口調が今のレティシアには有り難く、とても心地よかった。



アルティア王国には護り神である“神獣”がいて、“神樹”と呼ばれる…神の力が宿る珍しい樹もあるという。

『神に愛される、緑豊かな魔法の国』

レティシアが馬車の窓から見た街並は、建物がカラフルで人々には活気があり、元気で明るい印象の国だった。



「殿下は、王宮ではいつも警戒心が強くなる。いくら神様が守ってくださっていても、醜い人間の陰謀ってのは渦巻いてるものだからな。レティシアも気をつけろよ」

「時代劇の“大奥”みたいなこと?…伏魔殿ってやつ?」

「おお…おく?」

「えー…この世界だと、国王陛下にお妃様が何人もいて、子供の後継ぎ問題や貴族を巻き込んだ権力争いとかがあったり…暗殺や陰謀による蹴落とし合いが起こる感じ?」

「おお…おく、スゴい怖いな!」


やや大袈裟に、ブルブルッと震えて見せるチャールズ。


「でしょう?骨肉の争いなのよ」

「我が王国の王族だけの話なら、前国王陛下は側室をお持ちにならなかったし…殿下たち御兄弟は非常に良好な関係だよ」

「とてもいい王家ね」

「あぁ…だけど、権力が王族一点に集中してるからな。甘い汁を啜りたい外野がわちゃわちゃと喧しいんだ…ん?」



…ガサッ…ガサッ…



「…っ…!」

「そこにいるのは、誰だっ?!」


チャールズはサッとレティシアを背に庇い、二人で音のする方向を凝視する。



ポーン!



「…っ…キャーッ!!」


チャールズの頭上を通り越して、レティシアの顔面に白い塊が飛んで来た!








 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

瞬殺された婚約破棄のその後の物語

ハチ助
恋愛
★アルファポリス様主催の『第17回恋愛小説大賞』にて奨励賞を頂きました!★ 【あらすじ】第三王子フィオルドの婚約者である伯爵令嬢のローゼリアは、留学中に功績を上げ5年ぶりに帰国した第二王子の祝賀パーティーで婚約破棄を告げられ始めた。近い将来、その未来がやって来るとある程度覚悟していたローゼリアは、それを受け入れようとしたのだが……そのフィオルドの婚約破棄は最後まで達成される事はなかった。 ※ざまぁは微量。一瞬(二話目)で終了な上に制裁激甘なのでスッキリ爽快感は期待しないでください。 尚、本作品はざまぁ描写よりも恋愛展開重視で作者は書いたつもりです。 全28話で完結済。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...