12 / 190
ルブラン王国
12 トラス侯爵家3
しおりを挟む「父上っ!!」
「ジュリオン…何事だ、騒がしいぞ」
ノックもせず…勢いよく執務室の扉を開けて現れたジュリオンの姿を、執務机に座ったトラス侯爵が呆れた顔で見上げる。
「…大体の要件は分かっているが…どうした?」
「レティシアを除籍するとは、どういうことですか?!」
とうとう知ってしまったかと、トラス侯爵は大きくため息をつき…手元にあった書類を脇へ寄せた。
「それが…本人の希望だからに決まっている。お前は、私が勝手にレティシアを追い出すとでも思っているのか?」
「希望しているからといって、許していいものではないと申し上げているんです。レティシア一人で、どうやって生きていくんですか?婚約は解消できたのですから、私たちで守ってやるべきでしょう?!…とにかく…私は反対です!」
「ジュリオン、ここでの暮らしは今のレティシアには合わない。それは彼女にとって辛いことではないか?」
「ならば、辛くないようにしてやるべきでしょう。父上は、たった一人の娘がいなくなってもいいと?」
最近、ジュリオンがレティシアを女性として愛し始めているのではないか?と、邸内で噂になっている。
溺愛していた可愛い妹のレティシアが、見た目そのままに別の女性として生まれ変わった『禁断の恋』。使用人たちは、二人を物語の主人公へ見事に仕立て上げてしまう。
こういった噂は、それが嘘でも真実でも体裁を保つ上ではよくない。邸内の者たちにはしっかりと注意をしたが、人の口に戸は立てられぬもの…何を言っても諦めの悪そうなジュリオンの様子に、トラス侯爵はここで一度しっかり話をしておく必要があると思った。
「私の娘であった“レティシア”は…もう存在しない。
それに…17年間共に生きてきた私たちには情があっても、彼女にはない。ないものを求めることはできんだろう?」
「…………」
「ジュリオン、彼女は…自分は父親の所有物でも、政略結婚の道具でもないと言っていた。こことは全く違う別世界にいた女性なんだ。生き方が違えば考え方も変わる…私たちとは添う部分があまりにも少ない。彼女が日ごろ邸内の奥に籠もっているのは、私たちの間に無駄な軋轢が生じるのを防ぐためでもある。
貴族として生きるなら手伝いもするが、彼女はそれを望まない。曖昧な立場のまま長く居座っていてはよくないと、明確に線引きをしたんだと私は思う。彼女にとって一番いい選択は何か?…毎日ひっついているお前なら、すぐに理解できると思ったが?」
少しでも時間があれば、ジュリオンはレティシアの様子を見に行っている…との報告を受けている。
それが単に“妹思いの兄”の姿であるのならば、咎めるような物言いはしたくない。ただ、そのような行動の積み重ねが周りに誤解を与え、恋人同士だと見られてしまっているのも事実。
「…一番の選択…」
「貴族としての役割を果たすより、平民として生きたいと言う…彼女のその選択を私は許したまでだ」
レティシアの除籍は決定事項で、国王からの許可も得て…すでに手続きを開始している。ジュリオンが何を言っても覆りはしない。
「…この家を継ぐのは私です…私が、ずっと側でレティシアを守っていきます。それが、一番いい選択です」
「…何だと?…強い意志があり、自由を望んでいるのに、邸内に閉じ込めて囲うつもりか?」
レティシア側の都合などまるで考えていないジュリオンの発言に、トラス侯爵は一瞬耳を疑った。
妹を手放したくないという強い執着か、それとも…?
「…ジュリオン…彼女に魅入られてしまったか?」
「…っ…!!」
♢
ジュリオンには、ブリジットという婚約者がいる。
トラス侯爵の友人であるコールマン伯爵の娘、ブリジットとは幼馴染。
昔から交流があり仲がよかったため、婚約するならばブリジットがいいのではないかと…自然な流れで、本人たちも納得をして婚約を結んだ。
『ブリジットと会う予定を、何度か断ってきている』
そうコールマン伯爵から聞いたトラス侯爵は、事情を説明し謝罪をしていた。
レティシアの転落事故があったからといって、婚約者との関係を疎遠にしていいものでは決してない。
だが、今のジュリオンはレティシアしか見えておらず…このままでは非常に危険だと感じる。
♢
「少し頭を冷やしたほうがいい。私が言えるのは、レティシアには彼女の望む生き方があって、お前は貴族ジュリオン・トラスとして正しい道を進むべき…ということだ」
「…それは、分かっています…」
「いいや、分かっていない。ジュリオン、婚約者を傷付ける…愚かな行為をする男にだけはなるんじゃないぞ。ブリジット嬢に、誠実な対応をしろ」
「…………」
ブリジットの話を持ち出されたジュリオンは、俯いて黙る。
レティシアを蔑ろにしたフィリックスと同じようには絶対になるな…そう忠告を受けているのだと分かった。
「レティシアの除籍は、私たち夫婦でよく話し合って決めた。理解して欲しい」
「…っ…そんな!…母上まで…」
「これ以上、その話はするな」
トラス侯爵は、執務机の引き出しを開けて一通の手紙を取り出すと…机の上に置いた。
「…もう少し落ち着いてからと思っていたが…」
「………手紙?」
「妹のレティシアから、お前への…“最後の手紙”だ」
──────────
娘のレティシアが遺した…トラス侯爵と侯爵夫人への手紙には、深い感謝と謝罪の言葉が書き綴られていた。
『私は自由になりたい』
そう最後に書かれていた文字は、涙で滲んでいた。
侯爵夫妻は、貴族籍を抜けたいと言うレティシア本人の希望を承諾する。
除籍後は、親戚が経営する街の商店へ三ヶ月ほど預かって貰えるよう約束を取り付け…平民の生活環境に慣れるまでそっと様子を見守ることにした。
──────────
ジュリオンが受け取った手紙は、幼いころから一緒に過ごした“兄との思い出”がたくさん詰まった…妹からの愛の手紙だった。
『お兄様、私を愛してくださってありがとう。私は、ジュリオン・トラスを愛しています。永遠に』
手紙を胸に抱き締め、レティシアの名を何度も呼びながら…ジュリオンは泣き崩れる。
「愛している…私も…永遠に愛している…レティシア」
その日、ジュリオンが部屋から出てくることはなかった。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
瞬殺された婚約破棄のその後の物語
ハチ助
恋愛
★アルファポリス様主催の『第17回恋愛小説大賞』にて奨励賞を頂きました!★
【あらすじ】第三王子フィオルドの婚約者である伯爵令嬢のローゼリアは、留学中に功績を上げ5年ぶりに帰国した第二王子の祝賀パーティーで婚約破棄を告げられ始めた。近い将来、その未来がやって来るとある程度覚悟していたローゼリアは、それを受け入れようとしたのだが……そのフィオルドの婚約破棄は最後まで達成される事はなかった。
※ざまぁは微量。一瞬(二話目)で終了な上に制裁激甘なのでスッキリ爽快感は期待しないでください。
尚、本作品はざまぁ描写よりも恋愛展開重視で作者は書いたつもりです。
全28話で完結済。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
生まれたときから今日まで無かったことにしてください。
はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。
物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。
週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。
当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。
家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。
でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。
家族の中心は姉だから。
決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。
…………
処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。
本編完結。
番外編数話続きます。
続編(2章)
『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。
そちらもよろしくお願いします。
夫に離縁が切り出せません
えんどう
恋愛
初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。
妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
公爵令嬢ディアセーラの旦那様
cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。
そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。
色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。
出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。
「しかと承りました」と応えたディアセーラ。
婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。
中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。
一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。
シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。
痛い記述があるのでR指定しました。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる