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65 男爵令嬢(リュウside)
しおりを挟む「リュウ、さっきは…その…」
馬車に乗り込んだ途端、バツが悪そうな顔をした殿下が謝罪してくる。
何事もなかったかのように部屋から立ち去った殿下だったが、アドリアナに触れようとしていたところを俺にバッチリ見られていた。
「いえ、護衛騎士様がいらっしゃいましたから…よくないと判断しただけです」
護衛騎士とて貴族…どこの誰と繋がりがあるのか分かったものではない。
“壁に耳あり障子に目あり”である。
不用意な言動は互いに気を付けなければならない。
殿下は軽く咳払いをして話題を変えた。
「トムの処刑は言われた通りに執行したぞ。後は裁判だが…奴らには未来などない」
「…えぇ…。今日は、何かありましたか?」
「実は…婚約破棄をした令嬢の中で、1人だけ命を取り留めた者がいる。リュウや大魔法使い殿の話では、儀式によって強い毒を受けた後は奇跡でも起きないと助かることはない…確か…そうだっただろう?」
俺は少し考え、殿下の話に間違いはないので頷く。
「そうですね。…今から…そのご令嬢に会いに行けと?」
「あぁ…頼めるか?副団長の知り合いなんだが、1年も体調不良に苦しんでいるらしい」
──────────
第二騎士団の副団長ナルシスと俺は、とある男爵家を訪れていた。
「どうぞ、こちらが娘の部屋でございます。…あの…ナルシス様、一体どういったことでしょう?」
男爵家の当主らしい男性が、おずおずとナルシスへ話しかける。
「先触れで知らせた通り…第二皇子殿下からのご配慮です、男爵」
「は、はぁ…それは…ありがとうございます」
「私が付き添うので心配は不要です。扉は開けたままにしておきますので…少しの間、誰も部屋には近付けないようにお願いします」
「…畏まりました…」
俺の訪問が特例であり、秘密裏に行われていることは理解されているようだ。
そうはいっても…男爵は父親として気が気でないだろう。
ベットに横たわる女性を少し離れた位置から観察する。
痩せ細り、自力では起き上がることも難しいように見えるが…意識があり生きている。
「…ナルシス様…」
「サーシャ嬢、体調はどうだろうか?」
「…変わり…ございませんわ」
「あなたのお陰で、多くのご令嬢たちが救われました。勇気を出して…話してくれてありがとう」
ナルシスは優しく語り掛ける。
サーシャは青白い顔をしてはいたが…穏やかに微笑み、涙を浮かべた。
事件が早期に解決できたのは、サーシャの協力があったからだと思われる。
「今日は、魔法使いのリュウ殿をお連れしました。サーシャ嬢が長く苦しんでおられる体調不良を…改善してくださるかもしれません」
「…まぁ…ありがとうございます…」
「さぁ、リュウ殿…こちらへどうぞ」
俺はナルシスとサーシャに頭を下げると、ベットの側にある椅子へと腰掛けた。
ナルシスは部屋の扉付近まで速やかに移動していく。
「ご令嬢、少し触れさせていただきますね」
そう言って上掛けをめくろうとした時、サーシャの胸元に…米粒よりも小さな光を見付けた。
「………ん……?…」
俺がフッと軽く息を吹き掛けると…その小さな光は舞い上がり…手の中へと落ちてきた。
「…あの、どうか…なさいましたか?」
「…これは…」
木の精霊。
それも…もう息絶える寸前で、精霊光がわずかに光っているだけの状態だ。
サーシャは木の精霊の加護付きなのか…?…思わずステータスを確認する。
「…ご令嬢は…緑豊かな自然を愛して、大切にしていらっしゃるんですね…」
「え?…あの…」
俺は、もう消滅しかかっている木の精霊に…やんわりとマナを与えてみる。
異種間でのマナや魔力の補給は、通常いくつかの段階を経て行う。
徐々に馴染ませていく行程が大事で、いきなり大量に力を分け与えることは不可能。
切れかけた電池を一瞬だけ蘇らせるような…その場しのぎの補給しか今は行えない。
「以前は…植樹などの活動を…しておりました。邸の庭も…私なりに大切に手入れを…」
「なるほど」
俺の手の中の精霊は、ぼんやりとではあるが姿が見えるようになってきた。
薄黃緑色の羽を付けた、まるで天使のような精霊…親指の半分ほどのサイズしかない。
「ご令嬢は、精霊に助けられていたのだと思います」
精霊はとても純粋だが、気まぐれで気移りしやすい。
精霊の気分を損ねれば、せっかく受けた加護も即失う…といわれている。
つまり、精霊の加護とは一生続くわけではないのだ。
そもそも、魔法使いや精霊使いとの契約もそう簡単には結ばない。
サーシャは魔力がないので、精霊との交信はできないし加護を受けても効果は薄い。
それでも、多くの精霊に愛されていたのだろう。
─呪薬の毒を跳ね返すには、強い力が要ったはず─
おそらく、霊力を使い果たすまで加護を与え続けたのはこの精霊だけだったのだ。
奇跡を起こした健気で小さな木の精霊を…俺はそっと指先で撫でた。
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