上 下
70 / 75

65 男爵令嬢(リュウside)

しおりを挟む

「リュウ、さっきは…その…」


馬車に乗り込んだ途端、バツが悪そうな顔をした殿下が謝罪してくる。

何事もなかったかのように部屋から立ち去った殿下だったが、アドリアナに触れようとしていたところを俺にバッチリ見られていた。


「いえ、護衛騎士様がいらっしゃいましたから…よくないと判断しただけです」

護衛騎士とて貴族…どこの誰と繋がりがあるのか分かったものではない。

“壁に耳あり障子に目あり”である。
不用意な言動は互いに気を付けなければならない。

殿下は軽く咳払いをして話題を変えた。


「トムの処刑は言われた通りに執行したぞ。後は裁判だが…奴らには未来などない」

「…えぇ…。今日は、何かありましたか?」

「実は…婚約破棄をした令嬢の中で、1人だけ命を取り留めた者がいる。リュウや大魔法使い殿の話では、儀式によって強い毒を受けた後は奇跡・・でも起きないと助かることはない…確か…そうだっただろう?」


俺は少し考え、殿下の話に間違いはないので頷く。


「そうですね。…今から…そのご令嬢に会いに行けと?」

「あぁ…頼めるか?副団長の知り合いなんだが、1年も体調不良に苦しんでいるらしい」


──────────


第二騎士団の副団長ナルシスと俺は、とある男爵家を訪れていた。


「どうぞ、こちらが娘の部屋でございます。…あの…ナルシス様、一体どういったことでしょう?」


男爵家の当主らしい男性が、おずおずとナルシスへ話しかける。


「先触れで知らせた通り…第二皇子殿下からのご配慮です、男爵」

「は、はぁ…それは…ありがとうございます」

「私が付き添うので心配は不要です。扉は開けたままにしておきますので…少しの間、誰も部屋には近付けないようにお願いします」

「…畏まりました…」


俺の訪問が特例であり、秘密裏に行われていることは理解されているようだ。
そうはいっても…男爵は父親として気が気でないだろう。


ベットに横たわる女性を少し離れた位置から観察する。
痩せ細り、自力では起き上がることも難しいように見えるが…意識があり生きている・・・・・


「…ナルシス様…」

「サーシャ嬢、体調はどうだろうか?」

「…変わり…ございませんわ」

「あなたのお陰で、多くのご令嬢たちが救われました。勇気を出して…話してくれてありがとう」


ナルシスは優しく語り掛ける。
サーシャは青白い顔をしてはいたが…穏やかに微笑み、涙を浮かべた。

事件が早期に解決できたのは、サーシャの協力があったからだと思われる。


「今日は、魔法使いのリュウ殿をお連れしました。サーシャ嬢が長く苦しんでおられる体調不良を…改善してくださるかもしれません」

「…まぁ…ありがとうございます…」

「さぁ、リュウ殿…こちらへどうぞ」


俺はナルシスとサーシャに頭を下げると、ベットの側にある椅子へと腰掛けた。

ナルシスは部屋の扉付近まで速やかに移動していく。


「ご令嬢、少し触れさせていただきますね」


そう言って上掛けをめくろうとした時、サーシャの胸元に…米粒よりも小さな光を見付けた。


「………ん……?…」

俺がフッと軽く息を吹き掛けると…その小さな光は舞い上がり…手の中へと落ちてきた。


「…あの、どうか…なさいましたか?」

「…これは…」


木の精霊。
それも…もう息絶える寸前で、精霊光がわずかに光っているだけの状態だ。

サーシャは木の精霊の加護付きなのか…?…思わずステータスを確認する。


「…ご令嬢は…緑豊かな自然を愛して、大切にしていらっしゃるんですね…」

「え?…あの…」


俺は、もう消滅しかかっている木の精霊に…やんわりとマナを与えてみる。

異種間でのマナや魔力の補給は、通常いくつかの段階を経て行う。
徐々に馴染ませていく行程が大事で、いきなり大量に力を分け与えることは不可能。

切れかけた電池を一瞬だけ蘇らせるような…その場しのぎの補給しか今は行えない。


「以前は…植樹などの活動を…しておりました。邸の庭も…私なりに大切に手入れを…」

「なるほど」


俺の手の中の精霊は、ぼんやりとではあるが姿が見えるようになってきた。
薄黃緑色の羽を付けた、まるで天使のような精霊…親指の半分ほどのサイズしかない。


「ご令嬢は、精霊に助けられていたのだと思います」




精霊はとても純粋だが、気まぐれで気移りしやすい。
精霊の気分を損ねれば、せっかく受けた加護も即失う…といわれている。

つまり、精霊の加護とは一生続くわけではないのだ。
そもそも、魔法使いや精霊使いとの契約もそう簡単には結ばない。




サーシャは魔力がないので、精霊との交信はできないし加護を受けても効果は薄い。

それでも、多くの精霊に愛されていたのだろう。


─呪薬の毒を跳ね返すには、強い力が要ったはず─


おそらく、霊力を使い果たすまで加護を与え続けたのはこの精霊だけだったのだ。




奇跡・・を起こした健気で小さな木の精霊を…俺はそっと指先で撫でた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

神様に妻子の魂を人質に取られたおっさんは、地球の未来の為に並行世界を救う。

SHO
ファンタジー
相棒はあの名機! 航空自衛隊のベテランパイロット、三戸花乃介。 長年日本の空を守ってきた愛機も、老朽化には勝てずに退役が決まる。そして病に侵されていた彼もまた、パイロットを引退する事を決意していた。 最後のスクランブル発進から帰還した彼は、程なくして病で死んでしまうが、そんな彼を待ち受けていたのは並行世界を救えという神様からの指令。 並行世界が滅べばこの世界も滅ぶ。世界を人質に取られた彼は世界を救済する戦いに身を投じる事になる。これはチートな相棒を従えて、並行世界で無双する元自衛官の物語。 全ては、やがて輪廻の輪から解き放たれる、妻子の生きる場所を救うために。 *これは以前公開していた作品を一時凍結、改稿、改題を経て新規に投稿し直した作品です。  ノベルアッププラス、小説家になろう。にて重複投稿。

前世ポイントッ! ~転生して楽しく異世界生活~

霜月雹花
ファンタジー
 17歳の夏、俺は強盗を捕まえようとして死んだ――そして、俺は神様と名乗った爺さんと話をしていた。話を聞けばどうやら強盗を捕まえた事で未来を改変し、転生に必要な【善行ポイント】と言う物が人より多く貰えて異世界に転生出来るらしい。多く貰った【善行ポイント】で転生時の能力も選び放題、莫大なポイントを使いチート化した俺は異世界で生きていく。 なろうでも掲載しています。

処理中です...