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63 フィリーライツ子爵家へ2
しおりを挟む翌日。
ランセント侯爵家から迎えの馬車が到着し、侯爵家の家令がライアンに丁寧に挨拶をした。
「ご令嬢は我が侯爵家の大切なお客様でございます。どうかご心配なさいませんよう。
ランセント侯爵家当主カイン様、並びに侯爵夫人ミランダ様より…その旨、ライアン・フィリーライツ子爵様にお伝えするよう…私が仰せつかってまいりました」
立派な馬車に護衛騎士が付き添い、家令まで…となると、ライアンも頷くしかなかった。
「娘を…よ…よろしくお願いいたします」
「お任せください」
「では…お父様、行ってまいります」
こうして、アドリアナはフィリーライツ子爵家からランセント侯爵家へと旅立っていった。
「…アドリアナは…どうして帝国に…」
「ライアン兄さん。アドリアナと私たちは…もう以前のような関係には戻れないのかもしれません。
家族であることに変わりはないですが…アドリアナは私たちと一定の距離を取るつもりでしょうね」
「どういう意味だ?何か知っているのなら…ハッキリと言えばいいだろう!」
苛立ちを隠せない様子のライアンを見て、ジョージはため息をつく。
「アドリアナは、兄さんとアイリーンの間に何があったのかを…知ったんだと思います」
「…何っ!!…」
予想もしていなかった話にライアンは驚く。
フィリーライツ子爵家では、アドリアナの母アイリーンについて触れないことは暗黙の了解。
アイリーンが出て行ってから…ライアンの前でその名を口にした者は誰もいない。
「一体誰がアドリアナにそんな話をした…?!
いや、知られたからといって…それが何だというんだ?
私は、母親が魔女だというあの子の汚点を今まで隠してやっていただけだ。そうだろう?どこかおかしいか?!
アドリアナには魔力がない…つまり、魔女じゃないんだよ。だから、今まで普通に育ててきたんじゃないか!」
ライアンは、アドリアナに一定の愛情を持っている。
子爵家のためにも、大切にしてきたつもりだった。
穏やかな性格の娘は、反抗もせず我儘も言わない…今まで何事もなく上手くやってこれた!問題などなかったはずだ?!…と。
「もしかして、あんな平民女に引っかかった私のことを…アドリアナは責めているのか?
だが、私は惑わされた被害者だ。相手は魔女だぞ、どうしようもなかった!
再婚ができなかったのも、きっと魔女が呪ったんだろう。
それでも、子爵家を守ろうと今まで一生懸命やってきたというのに…クソッ…何が不満だと言うんだ!」
ジョージはこんなに興奮して話すライアンを普段目にしたことはなかったが、ひどく滑稽に見えた。
「ハハッ…やはり分かりませんか…?…私たちは…呆れるほど無能な兄弟ですね」
あの魔法使いも、きっとこんな気持ちだったに違いない…そうジョージは思っていた。
「無能だと?!…お前までおかしなことを言い出すな!」
「おかしいのは一体誰なのか?…今から兄さんに真実を教えてあげますよ…」
そう。
ジョージの元へ届いた魔法の手紙には…アイリーンについて詳しく調べた情報も書き記してあったのだ。
──────────
ジョージの話を聞いて…徐々に顔色が悪くなるライアン。
「兄さん、分かりましたか?
被害者は、村から追い出され…無理やりここに連れて来られた…アイリーンだったのです。
アイリーンは稀な闇の魔力持ちで、本来ならば帝国に保護されるべき高貴な存在…魔女ではなかった。
当然、兄さんは惑わされてなどいない。勝手に懸想しておいて…被害者ぶるなど見苦しい。もうお止めください。
自分の都合がいいように解釈してきただけなんですよ。
勿論…何もせず、ただ黙って見ていた私も…同罪です」
「そ、そんな…あの女は…魔女だったはずなんだ…」
「兄さん、アドリアナがこの話を聞いてどう思ったのか…想像できますか?」
ジョージが兄への気遣いを見せることはなかった。
子爵邸にこっそり身を潜めていたリュウは、その一部始終を冷めた目で眺めていた…。
♢
『ライアンは、ジコチューだな』
リュウはそう思った。
『己の欲望のままアイリーンを手に入れ、子ができた。
最初はそれでよかったが…先を考えない、思慮に欠けた行動を親から責められ…面倒になったから、アイリーンを捨てようとでも考えたのでは?
強引に結婚までしたアイリーンの身の上を、後になってわざわざ調べる理由はそこにあったんだろう。
“魔女”だと聞いて、ほくそ笑んだに違いない。
自分は一切悪くない。そう主張するだけで上手くいく』
『臆病者は、アイリーンの話題を過度に避けていたんだな。その名を口に出せないほどとは…重症だ。
ジョージに突かれて、あんなに興奮してベラベラと…やましいところがあると白状しているようなものだろう?』
『アイリーンがアナの魔力を封印していなかったら…アナの命は…なかったのかもしれない。
…まぁ、全て俺の想像だが』
♢
何れにしても…
アイリーンを汚点だという元夫、誇りだという娘…この2人の気持ちが通じ合う日など、来るわけがない。
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