60 / 75
55 ランセント侯爵家2
しおりを挟む「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」
「カイン殿、久しぶりだな」
カイン・ランセント侯爵は、その真面目過ぎる性格から…若い頃はなかなか良縁に恵まれなかった。
27歳を過ぎて、いよいよ女性と付き合うより仕事優先の生活へとシフトチェンジしそうになった時、尊敬する帝国宰相ランベルト・エドガー侯爵からミランダとの縁談を持ち掛けられたのだ。
今では愛妻家で有名、妻に一途なその様子に『人はこんなにも変わるのか』と、周りを驚かせた人物だという。
「それにしても、仕事はどうしたのですか…?」
帝国宰相をチラリと見て…アレクサンダーは苦笑する。
カインは分かるが、ランベルトまでがなぜ?という意味である。
「皇帝陛下からは、お許しをいただいております」
ランベルトが恭しく礼をする。
「…ん?何かあったのか…?」
ピクリと眉を動かすアレクサンダー…だが、この場にそういった緊張感はないようだ。
「それよりも…ご紹介いただけないでしょうか?」
ランベルトに言われ、アレクサンダーは空気のように気配を消しているリュウの存在を思い出す。
…ちょっと…忘れてしまっていた。
「あぁ…すまない。私の大切な友人のリュウだ。
冒険者なんだが、フィリーライツ子爵令嬢との橋渡しとして…今日は同行してもらった」
紹介されたリュウは丁寧に頭を下げる。
貴族に声をかけられるまで…平民からは言葉を発することなど許されない。
リュウは帝国宰相の鋭い目線をつむじ辺りに熱く感じていた。
「冒険者…なるほど、殿下が信頼されている方なのでしょうな」
“友人”という言葉に、カインはハッとする。
「殿下、もしや…この方がルーシアナのことを…」
「ルーシアナ嬢に、何か変化があったのか?!」
「はい、そうなんです!実は、殿下からお話しをお聞きしたその翌朝…ルーシアナが少しずつ話すようになり、昨日は部屋から出て…車椅子で庭を散歩したのです!」
カインの目には薄っすらと涙が浮かぶ。ランベルトも喜びを隠せず…表情が緩んでいた。
「そうか!それはよかった。あぁ…だからエドガー侯爵までこちらへ来ていたのか。
リュウ、聞いての通りだ。…発言を許す…」
突然話を振られ、皇子と宰相と財務官から注目されたリュウはたまったものではない。
「え?いえ…その、…アイリーンさんの想いが伝わったのだと思います。よかったですね」
ニコッと笑って、それ以上リュウは何も話さない。
我先に…と、前へ出しゃばる上位貴族ばかりと接している3人の男たちは…顔を見合わせた。
「ハハッ…リュウらしい。この男は目立つことを嫌う…自分の功績を認める必要性を感じていないのだから、全く困ったものだ」
アレクサンダーの話しぶりから、ルーシアナの回復にはリュウの手助けがあったと分かる。
「ありがとう…リュウ殿。後で、妻にも会ってやってくれたまえ」
カインはリュウに深く頭を下げる…そして、その体勢のまま肩を震わせ動かなくなった。
「…カイン…」
側にいたランベルトが、徐ろにカインの背を抱え自分に引き寄せる。
「リュウ殿、本当に感謝している。男が…このような場で涙を見せるものではないが、どうか許してやってくれ」
「お気になさらないでください」
リュウは変わらず笑みを浮かべ、何となく気配を消す。
このような場には慣れていない…来なくてもよかったかもしれない…と考えながら。
──────────
アドリアナとミランダは庭でティータイムを楽しんでいた。
今まで貴族のサロンに出向く機会のなかったアドリアナは、ミランダに作法を教わりながら…美味しい紅茶と菓子を堪能することができた。
同年代の貴族令嬢たちは、皆こうしてマナーを学び、実践しながら社交界へとデビューしていく。
アドリアナは礼儀作法より家事手伝いが得意…改めて、何も準備ができていないのだと実感してしまうのであった。
「お嬢様、お寒くないですか?」
庭の片隅から女性の声がした。
「まさか……ルーシィなの?」
「あ、奥様!…お嬢様が今日はこちらのお庭に行きたいと…。まぁ、大変失礼をいたしました!」
侍女らしき女性は、来客中であると気付き…慌ててミランダに謝罪をしていた。
車椅子に乗った少女の介添えをしていたようだ。
「…こんにちは、はじめまして…」
アドリアナは少し離れた場所から少女に挨拶をする。ミランダに似た、銀髪の幼い少女だった。
「あ…ぁ…」
少女は突然の出来事に驚いたのか、ポロポロと大粒の涙を流す。
急な事態にオロオロするアドリアナと侍女。
「ルーシィ!」
ミランダは咄嗟にルーシアナを胸に抱きしめる。
アドリアナに会ったことで、アイリーンを思い出し混乱している…ミランダはそう思った。
「うぅ……ごめんなさい」
「…っ!!…ルーシィ…大丈夫よ、心配しないで」
ミランダはルーシアナの背中を優しく撫で、落ち着かせるように話し掛けた。
「…おかあさま…ゆめの…おんなの人…が…」
「ルーシィ、夢の女性はね………いえ………」
「…あのね、あのね…ごめんなさいって…いいたいの」
「え?…まぁ…ルーシィったら、そうだったのね?」
「…うん…」
「お話しをしてみたいの?」
「…うん…」
ミランダは侍女を下がらせ、ルーシアナをアドリアナに会わせることにした。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
神様に妻子の魂を人質に取られたおっさんは、地球の未来の為に並行世界を救う。
SHO
ファンタジー
相棒はあの名機!
航空自衛隊のベテランパイロット、三戸花乃介。
長年日本の空を守ってきた愛機も、老朽化には勝てずに退役が決まる。そして病に侵されていた彼もまた、パイロットを引退する事を決意していた。
最後のスクランブル発進から帰還した彼は、程なくして病で死んでしまうが、そんな彼を待ち受けていたのは並行世界を救えという神様からの指令。
並行世界が滅べばこの世界も滅ぶ。世界を人質に取られた彼は世界を救済する戦いに身を投じる事になる。これはチートな相棒を従えて、並行世界で無双する元自衛官の物語。
全ては、やがて輪廻の輪から解き放たれる、妻子の生きる場所を救うために。
*これは以前公開していた作品を一時凍結、改稿、改題を経て新規に投稿し直した作品です。
ノベルアッププラス、小説家になろう。にて重複投稿。
前世ポイントッ! ~転生して楽しく異世界生活~
霜月雹花
ファンタジー
17歳の夏、俺は強盗を捕まえようとして死んだ――そして、俺は神様と名乗った爺さんと話をしていた。話を聞けばどうやら強盗を捕まえた事で未来を改変し、転生に必要な【善行ポイント】と言う物が人より多く貰えて異世界に転生出来るらしい。多く貰った【善行ポイント】で転生時の能力も選び放題、莫大なポイントを使いチート化した俺は異世界で生きていく。
なろうでも掲載しています。
レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる