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37 ランセント侯爵家(旅の4日目)
しおりを挟む第二皇子殿下がお越しになる…という話は、ランセント侯爵家の使用人たち全員に素早く伝わり、アレクサンダーが到着した時には出迎えの準備は完璧に仕上がっていた。
「帝国の第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」
美しいカーテシー…さすが帝国宰相ランベルト・エドガー侯爵の娘である。
その輝く銀髪は、アドリアナの青みがかった銀髪とはまた少し違い…白銀だ。
「ランセント侯爵夫人、出迎えありがとう」
優しい微笑み。
ランセント侯爵夫人ミランダを見つめるアレクサンダー。
使用人たちの中には『帝国の皇子様に初めてお目にかかれる』と、淡い恋心のような気持ちで浮かれるメイドもいた。
端正な顔立ち…柔らかで煌めくその表情…下心などなかった使用人までもが見事にノックアウトされた。
「お待ち申し上げておりました」
後方から聞こえたランベルトの野太い声に、使用人たちはハッと我に返ったのである。
──────────
「ランセント侯爵夫人、5年前のルーシアナ嬢の事故について…辛いことを思い出させてしまうかもしれないが…聞いてもらいたい話があるのだ。…構わないだろうか?」
広い応接室には、ランベルト、ミランダ、そしてアレクサンダーしかいない。
「私にそのようなお心遣いを…ありがとうございます…殿下。どうぞお話しくださいませ」
「そうか。エドガー侯爵も構わないか?」
「勿論でございます、殿下」
「うむ。今、大きな事件を調べている。
その調査中に…偶然、アイリーンという女性が馬の暴走事故で儚くなったことを知ったのだ。
あぁ…事件とは直接関係がないので安心して欲しい」
アレクサンダーは、アイリーンがどの様な女性であったのか…リュウからの情報を元に、掻い摘んで話した。
「そのような不遇な扱いを…。5年前はアイリーンさんの素性が全く分かりませんでした…長く身を潜めていらしたからなのね。
それに、ご家族…お嬢様がいらっしゃったなんて…何てこと。
私がルーシアナを守れなかったばかりに…」
話を聞いたミランダは、溢れる涙をそっと拭き取った。
「お前はアーサーを身籠っていたのだ。馬の前に飛び出していたら…無事ではすまなかっただろう…」
そう言って…ランベルトが優しく娘の肩を抱いて慰める。
当時、ミランダは第二子を授かっていたという。
事故のショックで早産にはなったが、長男のアーサーは健やかに育っている。
「アイリーンという女性にとって、娘と同じ銀髪の少女は特別だったに違いない」
事故の時、銀髪のルーシアナとアドリアナが重なって見えたのではないだろうか?
アレクサンダーはそう思っていた。
「アイリーンさんは…身を挺してルーシアナを庇い、助けてくださったと聞いております。
殿下の仰る通り、手放した娘さんへの想いもあったのでしょうが…」
「ランセント侯爵家にとっては恩人ですわ。魔女などと…そんな話は馬鹿げております」
アイリーンは平民。
貴族の子供を助けて命を落としたとしても…その場に捨て置かれる。
だが『銀髪の女の子を捜して欲しい』と、リュウはわざわざ頼んできた。
平民であっても、帝国の魔塔に所属するレベルの“魔法使い”ならばその存在は特別だ。
アイリーンはそれに当てはまる…稀な闇属性持ち。
リュウは、アイリーンが魔女だという汚名を晴らそうとしている。
そして、その娘のアドリアナを貴族社会の中で守る後ろ盾をも得ようとしているのでは?
アレクサンダーはそう読んでいた。
「…娘の子爵令嬢と…会う機会ならば作れるかも…」
その呟きに、ランベルトとミランダは反応を示した。
アレクサンダーはニヤッと笑う。
「そうだな…3日後のティータイムにでも、またお忍びで遊びに来よう…次は、私の“友人”も連れてね。
ランセント侯爵夫人のご都合はいかがかな?」
「お待ち申し上げておりますわ、殿下」
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